コテツ様はそんなこと言わない   作:亀頭十三

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俺たちは主役ロボにやられメカで立ち向かう⑩

 停戦信号に従い、両軍は交戦を中止している。

 まばらに残骸の浮かぶ宙域の只中、風穴の開いたままのラッダス機を押しながら、コテツは帝国軍艦隊へと戻ってきた。

 どうにか燃料はもってくれた。

 コテツ編隊の母艦はもうない。コテツは別の宇宙空母へと向かった。

 自分の母艦の同型艦を見つけ、接近する。

 ごく単純な構造の無線機のスイッチを入れる。どうやらまだどうにか使えるらしい。ノイズまみれの通信が艦橋と繋がった。

 オペレーターとノイズまみれの簡単なやり取りを行う。

「着艦の許可、感謝する。どのハッチから入ればいい」

「どれでもいい。今朝までは満員御礼だったが、今は閑古鳥が鳴いている。好きなのを選んでくれ」

「……了解した。まずは負傷機を押し込む。受け取ってくれ」

 

 もしかしたら助かるのでは、という思いがなかったといえば嘘になる。

 だから、ラッダスはとっくに死んでいた、銃弾を喰らった時点で、ほぼ即死だっただろう、との見解を軍医から聞かされるのは、存外こたえた。

「隊長さん、ですか」

「…………?」

 納体袋(ボディバツク)に入れられるラッダスを見つめるコテツに話しかけた者がいる。どうやら、この格納庫の整備班のひとりらしい。

「ご自分を責めんでください」

「……………?」

「あいつは隊長さんに感謝こそすれ、恨んでなんぞいません」

「……お前にあいつの何がわかる」

 つい、言葉がとげとげしくなった。

「わかります。倅の気持ちですから」

「……!」

 コテツが驚愕とともに凝視したその顔は、確かにラッダスに面差しが似ていた。

「倅が最後までお世話になりました。ありがとうございます」

 ラッダス准尉の父親に深々と頭を下げられ、コテツはうろたえた。

「いや……俺は……」

「ありがとうございます。倅が絶対零度の宇宙空間で凍え続けずにすんだのは……私のところに帰ってこれたのは……母親と同じ墓で眠らせてやれるのは……隊長さんのおかげです」

 もう一度、頭を下げて、彼はわが子の遺体に付き添い去っていった。

 それにかける言葉をコテツはついに見つけることができなかった。

 代わりに彼の口をついて出てきたのは、

「……ああ、しまった……」

 力のない落胆の声だった。

 預かっていた部下たちの遺髪が、母艦ごと沈んでしまったことに気づいたのだ。

「誰か退艦する者に預かってもらえば済む話だったのに……」

 声も表情も沈んでゆく。

「どこまで俺は役立たずなんだ」

 

 コテツは展望室に入った。

 特に理由はない。

 強いて言うならば、他に行くあてもなかったから、ということになるのだろうか。

 展望室は見覚えのあるデザインをしていた。

 当然といえば当然である。ここは、コテツの母艦の同型艦なのだ。展望室も同じ設計でない方が不自然だろう。

 売店の場所も同じだった。

 コーヒーを買い、砂糖をたっぷりと入れる。

「イヤになるくらいにそっくりだな……」

 展望室を見渡して、コテツはぼやいた。

「そっくりだが、……いくらそっくりでも、ここはあの艦(ふね)ではないんだよな」

 この艦は、あの艦ではない。

 だが、あの艦の代わりをすることはできるだろう。

 そして。

 俺も、あいつらも、いくらでも換えはいるのだ。

 何者かに無言のうちにそう言われているような気がして、コテツは苛立ちを覚えた。

 甘ったるいコーヒーを苦々しげにすすっていると、

「……コテツ編隊の生き残りってのはあんたかい?」

 背後から声をかけられた。

「……コテツ編隊の死に損ないなら俺のことだよ」

 伝法な物言いにつられて、つい捨て鉢な口調で返しながらコテツは振り返った。

 そこには青年将校が一人、立っていた。階級章は准尉。年のころはコテツと大差なさそうである。

「あんたの隊長さん……コテツ大尉はどちらにおられる?」

「……コテツは俺だが」

 怪訝な顔で応えると、

「おいおい、その冗談はさすがに不謹慎が過ぎる……」

 青年将校は軽薄なしぐさでコテツの襟元の階級章を覗き込んだ。とたんに慌てて直立し、大仰に敬礼する。

「し、失礼いたしました!」

「気にしなさんな。この年恰好(なり)を見て編隊長だと思う方がどうかしている」

 コテツは苦笑して受け流した。停戦直後のゴタゴタで、色々と情報が正誤交えて錯綜しているのだろう。

「はっ、はい……、い、いえ、その、大尉殿が隊長らしくないという意味では……」

「だからいいって。普通の……まともな世の中なら、俺はまだまだ新兵同然なんだから」

「そ、そうは参りません。大戦果を挙げられたコテツ大尉殿は、我が軍の英雄でありますから」

「……英雄呼ばわりはカンベンしてくれ」

「ですが」

「それより、俺に何か用があったんじゃなかったのかい。まさか、『英雄どの』のサインと握手をねだりに来たワケじゃないんだろう?」

 

 あなたに会いたいという方がおられます。

 普段はとてもフランクな物腰なのだろう青年将校はしゃちほこばってコテツにそう伝えた。

 会いたい、というのはある意味、異様な言い方だった。

 少なくとも、ここでは。

 ここは戦場であり、コテツは軍人である。

 会う必要があるのなら、呼びつけるなり、やって来るなりすればよいのだ。

 それが、会いたい、というのはどういうことだろう。

 これは命令ではない、ということだ。強いて言えば要望である。それも個人の要望であろう。

 個人の要望を、軍が、それも将校クラスの人間をつかってわざわざ伝えに来たのである。

 異例であり、異様であった。

 いったい誰が。

 当然その疑問をコテツは抱いたが、その答えまでは、この青年将校は知らされていないようだった。

 とにかく、すぐにディノン帝国艦隊旗艦まで来てほしい、とのことだった。

 そのために艦隊は最大限の便宜を図る、との許可書類を手渡されたコテツは驚愕した。

 書類には艦隊司令官のサインがなされていたのである。それも、直筆であった。

 

 応急補給を受けた赤地に黒の縞模様の愛機を駆って、コテツは旗艦へと向かった。

 旗艦は戦艦であるが、空母ほどではないにせよ、戦闘機の発着ができるようになっている。

 格納庫に収容された愛機からコテツが飛び降りると、

「コテツ大尉殿ですな。こちらです」

 迎えの者がすでに待ち構えていた。

「……! ……?」

 驚きと疑問がコテツの心を捉えた。

 格納庫の中でまばらに並ぶ戦闘機のなかに、砲弾型の……地球軍戦闘機が混じっているのに気づいたのである。

「……まさか。見間違いだよな」

 近寄って確認したかったが、

「早く! こちらです!」

 コテツは腕をつかまれてしまった。

 

 コテツが通されたのは医務室だった。それも集中治療室である。

 集中治療室の扉の前には十人以上の警備兵が門番のごとくに陣取っていた。

 あまりの物々しさに警戒心を抱きながら、コテツは扉をくぐった。

「こちらへ」

 促されるまま、治療室の中央に備え付けられた診療ベッドへと向かう。

「!」

 その枕元に立っている人物に、コテツは見覚えがあった。

 見覚えはあるが、面識はなかった。

 それも当然なことで、この人物こそがこの艦隊の司令官、アラバラト大将であった。

 直立して敬礼するコテツに穏やかに返礼をして、初老の提督は言った。

「よく間に合ってくれた、コテツ大尉。彼が貴官に会いたがっていてね。せめて、その願いだけでも叶えてやりたかったのだ」

「彼……でありますか」

「うむ。この戦争を終わらせた、もう一人の立役者だよ。彼に、このくらいしか報いてやれることがないというのは忸怩たるものがあるが……。とにかく、こちらへ来たまえ」

 その言葉に従い、コテツは歩み寄った。

 診療ベッドの上に横たわっている者がいる。

「……また、会えましたね」

 うれしそうな声だった。

 聞き覚えのある声だった。

 懐かしい声だった。

 もう二度と聞けないと思っていた声だった。

「ティモール少将……」

 コテツの声が強張る。

「あのとき……護送部隊のなかで一機だけ、無事に逃げた機体があったと聞きました。……あなただったのですね」

 ベッドの上に横たわる、和平派の中心人物。

 その両腕は根元から失われていた。

 その両足も失われていた。

 その下腹部も、どこまで残っているのか。

 残った身体(からだ)のそこかしこに、無数のチューブやコードが取り付けられていた。

 青ざめた唇が、懸命に言葉を紡ぐ。

「すみません。あれだけ大きな口を叩いておいて、……ずいぶんと時間がかかってしまいました」

「……いえ……」

 こたえるコテツの声は喘ぐようだった。

「……もはや、全身の壊死はナノマシン治療でも進行を止められない状態だ。まだ意識を保っていることが、すでに奇跡なのだ。手の施しようがない。停戦直後、ティモール少将が帝国軍に急遽帰還したときには、すでにこの状態だったのだ。……ナノマシンの投与が、もう少し早かったなら……」

 アルバラト提督が耳元でささやく声が、やけに遠くから聞こえてくる。

「……あの停戦信号弾は少将閣下が……地球戦艦に撃たせたものだったのですね……」

「あのあと……地球軍に救助されて……手当てを受けて……意識を取り戻して……意志の疎通が図れるようにして……和平交渉を進めて……停戦合意を取り付けて……あまりに時間がかかり過ぎました……あまりにも……時間が……」

「………………」

「わたしは、それがくやしい……あと一日……せめて一日……たった一日……どうして、それが……ただそれだけのことができていたなら……きっと……きっと……」

「……少なくとも小官は閣下のおかげで救われました。今、こうして小官の命があるのはティモール少将閣下のおかげであります」

「……! そうですか……。ありがとう。あなたに会えてよかった。アラバラト提督にわがままを言った甲斐がありました」

 振り絞るように一息に言って、ティモール少将はゆっくりとまぶたを閉じた。

 生命がまたひとつ、燃え尽きようとしているのを悟ったコテツは思わず吼えた。

「礼なんか言うな! ありがとうなんて、ありがとうなんて! ありがとうなんて言葉、俺があんたに言う言葉じゃないか!」

 すっかり小さくなってしまったそのからだの、肩をつかんでゆさぶる。士官学校でさんざんに叩き込まれた筈の職業軍人としての規律がコテツの意識から、すっかりはじけ飛んでしまっていた。

「死ぬな、死ぬなよ! あんたは生きて! 生きて! みんなからのありがとうを受けとらなきゃいけないんだ!」

 ……その叫びに、何を思ったのだろう。息絶える寸前に、ティモール少将は透き通るような微笑(ほほえみ)を一瞬だけ浮かべたのだった。

 

 コテツはひとり、旗艦内の格納庫へと戻ってきた。

 母艦を失い、部下を失った今、コテツに残されたのは返り血に染まった虎の如き愛機だけである。

 何か用があるわけではない。ないのだが、とりあえず向かうあてなど、もはや、ここぐらいしかなかった。

「そういえば」

 ここに着いたときにちらりと見えた、砲弾型の戦闘機のことをコテツは思い出した。

 

「……見間違いじゃなかったのか」

 近くに寄ってみて確認したが、たしかにそれは地球軍戦闘機であった。

 しかも、その機首には。

「三つ巴のノーズアートだと……!」

 まさか、あれと同一の機体だとでもいうのだろうか。

「三つ巴のノーズアートがあるのが、あれ一機だけとは限らないが……」

 機体の様子をじっくりと観察する。

「これは!」

 機体に一筋、引っかき傷のような痕(あと)がついている。

 見覚えのあるその傷跡は、コテツ機にもついているそれによく似ていた。

 刺し違えてでもヤツを止める。その覚悟の感触が、生々しくよみがえりコテツを撫でた。

「オマエはディノンの戦闘機乗りか?」

「!」

 背後からかけられた声に、コテツはなぜか戦慄を覚えた。

 ゆっくりと振り向くと、そこにはパイロットスーツに身を包んだひとりの若者が立っていた。

 帝国軍のパイロットスーツではない。だが、コテツはそのパイロットスーツがどこの物かを知っている。

 何度も見たことがある。

 戦闘機のキャノピー越しに、何度も。

 それは、地球軍のパイロットスーツであった。

「地球軍所属、紡木(つむぎ)大尉だ」

 その若者……正確に言うならば、うら若い女性は、そう名乗った。

 

 黒い髪に、黒い瞳。

 顔の造作も体格も、ごくごく標準的なヒューマノイド・タイプ。

 ディノン帝国軍の制服を着せれば、見た目だけは、そのまま帝国軍人で通用するだろう。

 流行の服で帝国の繁華街をうろついたところで、誰も不審には思うまい。

 つまるところ。

 地球人はディノン帝国人と同じ種族だということだった。

 銀河系全体に散らばる、そうなった経緯はもはや不明だが、おそらくは同じルーツを持つ種族、ヒューマノイド・タイプ。

 今まで回収してきた地球軍戦死者の検死からわかっていたことではあったが、生きている地球人とこうして相対してみると、それでも少なからぬ衝撃をコテツは感じた。

「……ディノン帝国には名乗りの習慣はないのか?」

 怪訝そうに紡木が言う。

「……ああ、申し遅れた。ディノン帝国軍所属、コテツ大尉だ」

 コテツは名乗りを返した。

 大尉? にしては、やけに若いな。そんな表情を紡木はしたが、コテツにしてみれば、彼女の年齢が自分と離れているようには思えない。どう見ても同年代だった。

 よく見ると、パイロットスーツの胸ポケットに携帯端末が取り付けられており、そこからコードが野堤の頭部のヘッドセットに伸びていた。

 おそらくは、翻訳アプリを使っているのだろう。……ティモール少将が文字通り生命を削って完成させたであろう、翻訳アプリを。

「災厄の赤虎……ああ、いや、あの赤い戦闘機のパイロットに会いたいのだ。何か知っていたら教えてほしい」

 紡木は親指でコテツの愛機を指し示した。

「…………俺はこの戦闘機のパイロットに会いたい。何か知らないか?」

 コテツは親指で砲弾型戦闘機を指し示した。

 かみ合わない会話に翻訳アプリの不調を疑ったのだろう、紡木は胸の携帯端末にちらりと目をやり、それでも律義に答えた。

「その戦闘機のパイロットは私だ。それは私の専用機だ」

「ならば話は早いな。あの赤鞠のパイロットは俺だ。あれは俺の専用機だ」

「………! キサマが災厄の赤虎……!」

 紡木は驚愕に息を呑み。

「…………」

 コテツは、やはりそうだったか、と言わんばかりに小さく息を吐き出した。

 

 しぱらくの沈黙のあと、紡木は話し始めた。

「軍使の送迎艦の護衛として、私はここに来た。急な話だし、私が護衛に加わるのを渋るヤツもいたが、軍使を帝国軍に送り返すのに、……こいつはさっき知ったんだが、もう一刻の猶予もなかったらしいな。私と押し問答をしているよりは加えた方が話が早い、ということになった」

 時間に猶予がない、というのはわかる理屈だった。和平の使者を死なせて帰しては、喧嘩を売っているのも同然である。使者が……ティモール少将が生きているうちに帝国軍に引き渡さねば、和平は成立しえないだろう。

「そうまでして私はここに来た。あの赤い戦闘機のパイロットに会うために」

「会ってどうする」

「会って言わねばならぬことがある」

「言ってみろ」

「……長くなるぞ」

「かまわんさ。……することのある身でもない」

 

 ……地球とディノン帝国との間に戦端が開かれたとき、紡木綾子は士官学校の新入生であった。

 電磁パルス兵器によって反撃の糸口が見えたとき、紡木は士官学校を繰り上げ卒業し、戦闘機乗りになった。

 戦歴を重ねた紡木は部隊を率いる身となって、ディノン帝国本星防衛ラインに挑んだ。

「平和な……まともな時代なら、私はまだまだ新兵も同然が当たり前な年齢(とし)だ。だが、私の部下たちは、皆、私より年下だった。開戦当初、ディノン軍に好き放題にやられた地球軍は、その埋め合わせをするために学徒出陣をするしかなかった」

「…………」

「あいつら一人一人に夢があった。この戦争が終わったら、その夢に向かって生きていけるはずだった」

「………」

「五人だ。七十二人いた部下のうち、生き残ったのは、たった五人だ。他は皆、キサマに殺された」

「……」

「子供の頃に見たアニメを思い出したよ。そのアニメじゃ、カスタムメードの主役ロボに乗ったスーパーエースが、宿敵との一騎打ちの前に、まるで景気づけの花火みたいに敵の量産機を次々と火の玉に変えていた」

「…………」

「私はキサマが憎い。殺してやりたいほど憎い。たとえこの場で蜂の巣にされるとしても、今すぐ殴り殺してやりたいほどに憎い」

「なら、どうしてそうしない」

「そんなことをしても、それはあいつらの仇をとったことにならないからだ。戦場での仇は戦場で討つ。私は憎しみで戦わない。人としての筋を通すために戦う」

「……そういうものか」

「そういうものだ。次の戦場で出会うことがあったなら、私は刺し違えてでもお前を殺す。正々堂々と、な」

「そうかい。まあ、気持ちはわからんでもないよ」

「なんだとぉ……」

「俺も、お前らの部隊に部下を殺されている」

「……! ……ならば話は早いな。私とキサマ。どちらがかたき討ちを果たせるか、というだけのことだ」

「そうでもないさ」

「なぜだ」

「そんなことをしても、あいつらの仇をとったことにならないからだ。憎くもないのに殺しあって、殺されて、殺し返して……その繰り返しを止める。それこそが、本当のかたき討ちだ」

「ふざけるな! それが男のいうことか!」

 ああ。こいつは俺だ。コテツはそう思った。

 こいつも、殺し合いしか能のない怪物なのだ。俺と同じく。

 ディンプ編隊長、チャザー少尉、ブルド少尉、バラフト特務大尉、……そしてコテツ編隊隊員たち。そんな人々と出会い、ともに戦ってきたのだろう。

 だが、こいつはティモール少将のような人には出会えなかったのだろう。

「言わねばならぬことってのは、それで全部かい?」

「……ああ。言うべきことは言った」

「そいつはよかった」

「ところで、殺し合いの連鎖を止めると言ったな。そんなことをどうやってやるつもりだ」

「そうだな、今の俺には……」

「……………」

「殺したくない。殺し合いなんかしたくない。話し合いで済むならそれに越したことは無い。誰だってそうだ。当たり前じゃ無いか。……本当は地球人も、きっとそう思っている。そう信じることぐらいしかないな」

「それから先は?」

「これから考える」

「……そういえば、キサマも私に会いたいと言っていたな」

「ああ」

「会ってどうするつもりだったのだ」

「オマエがどんなヤツかを知りたかったのさ。……いや、知りたかったというより、確かめたかった、と言うべきかな」

「何をだ」

「オマエたちが血も涙もない破壊と殺戮に飢えた悪鬼だということをさ。部下たちを皆殺しにした連中には、ぜひとも、そういうヤツでいてほしかった」

「…………!」

「どうやら、その目論見は見事に外れたようだがな」

 

 紡木が去っていった後。

 コテツは懐の内ポケットから、一枚の写真を取り出した。

 改修完了したての編隊長機をバックにずらり横四列に並んだコテツ編隊、総勢三十六名。

 満面の笑顔の者もいる。

 緊張のあまり、ひきつったように笑う者もいる。

 穏やかに微笑む者もいる。

 おどけた笑顔の者もいる。

 真ん中のコテツ編隊長も、どこか安らいだように笑っていた。

 皆が笑っていた。

 笑っていたのだ。

 その集合写真を、コテツはしばらく見つめていた。

 笑みと涙の枯れ果てたまなざしで。

 

 やがてコテツは写真を懐にしまいこむ。

 顔を上げる。

 災厄の赤虎と呼ばれた愛機へと歩き出した。

「災厄とは、よくも名づけたもんだ」

 確かに災厄だ。部下を全滅させ、地球側のアイツらをも散々に葬った男の異名に、これほどふさわしい名もそうはあるまい。

 コテツはそう思った。

 

 こうして、ひとまず戦争は終わった。

 コテツは少佐に昇進した。

 コテツの年齢で少佐になることも、一介のパイロットが少佐になることも、ありうることではなかった。

 平穏な時代であるのならば。

 ディノン帝国本星の、尉官用の寮から佐官用の官舎に移り、詰め込み促成の研修に四苦八苦して。

 たまの休暇にシティ・ウォディーバへ羽を伸ばしに行ったりもして。

 そしてコテツは再び宇宙へと昇った。

 最新鋭艦との触れ込みの急造空母に乗り込む。

 トランクを片手に自室へ行くと、扉の前で彼を待つ者がいた。

 知った顔だった。

「ご無沙汰しております、コテツ少佐。小官もこの艦に着任しました。そう言えば、まだ名乗っていませんでしたな。ジョーギリ准尉であります。これをお届けにまいりました」

 ディノン帝国本星決戦のあとでコテツを旗艦へ呼びに来たあの青年士官から、コテツは一冊のファイルを受け取った。電磁パルス兵器対策の一環だろう、最近は書類の紙化が進んでいる。

 ファイルにはコテツ編隊の補充隊員についての書類資料が綴じられていた。

「すでに隊員たちは格納庫にて待機しています」

「なにやら慌ただしいな」

 ぼやきながらコテツはファイルをめくる。せめて、名前ぐらいは顔合わせの前に確認しておくべきだろう。

 そしてコテツは絶句した。

 

 格納庫でコテツを待っていたのは、赤地に黒の歪な縞模様を宇宙線シールド効果のある特殊塗料でペイントされた新しい愛機と。

「ムギ准尉です。よろしくお願いします、隊長さん!」

「……フィーナ准尉です」

「サラ准尉であります! ご指導ご鞭撻のほどお願いいたします。隊長どの!」

「シュノ准尉です」

 四人の少女たちだった。そのなかには、見知った顔もいた。シティ・ウォディーバで出会った飛行機好きの少女が。

「…………」

 絶望には、こんなかたちもあるのか。

 初々しい敬礼を受けながら、コテツはそう思った。

 次に戦争になったなら、戦場に駆り出されるのは、この少女たちなのだ。

 

「四人とも、意外と筋は悪くないな。これなら、短期間でそこそこの技倆(うで)に仕立て上げるのも充分に可能だろう」

 と言うのが、その日のうちに行った実機訓練の感想だった。

「……これでは、使い物にならないと難癖つけて学生に戻すように仕向けるのも難しいか」

 自室で隊員たちの資料ファイルを紐解きながらコテツはぼやいた。

「まだまだ情勢はきな臭い。いつ、地球と戦端が開かれるか……」

 どうすればいい。どうすれば、あの娘たちに殺し合いをさせないで済むんだ?

 それとも、戦場から生還できるように鍛え上げるべきなのか?

 一晩たっぷり悩んだが、答えは出ない。少し時間が早いが、コテツは格納庫へ向かった。

 格納庫には整備兵たちの他にも先客がいた。

「おはようございます、隊長さん!」

 新入りの隊員は、コテツに気がつくと栗色の髪を大きく揺らし、人なつっこい笑顔で敬礼をしてくれた。

「早起きだな、ムギ准尉」

「えへへ、実家にいたときはいつもお手伝いのために早起きしてましたから」

「ああ、パン屋だったか。確かに朝が早そうだな」

「それもあるけど、実は楽しみで早く目が覚めちゃいました」

「楽しみ?」

「明日も飛行機に乗れると思うとワクワクしちゃって。エア・クラフト部だと月に一、二回ぐらいしか飛べなかったですから。だから、たくさん飛行機に乗れるようになったのはラッキーだなって」

「……そういう見方もあるか」

「それに、お給金も出るから仕送りもできますし。戦争で物価が上がっちゃって大変だったから、助かっちゃいました。あ、だから隊長さんには感謝感謝なんですよ。みんな言ってます。隊長さんたちのおかげで戦争が終わったんだって。あの、なんかすごい勲章の……えっと、表彰式? でしたっけ、家族で中継見てました」

 無邪気な視線に耐えきれず、コテツは顔を背けた。

「ああっ、どこ行っちゃうんですか。そんな照れなくてもいいじゃないですかあ」

 とうとうその場を離れて歩きだしたコテツは、一人の整備兵と目が合った。見覚えがある。敵陣を強行突破したあの空母。それに残ってダラジム機とラッダス機に増設ブースターを取り付けてくれた整備兵の一人。名は確か。

「バーズー整備兵?」

「……は……い……」

 びくりと肩を震わせて、バーズー一等整備兵はおずおずとコテツに向き直った。

「やっぱりそうか! やったぜ、こんちくしょう! 誰だよ、あの空母に残った奴は誰も助からなかったなんてぬかした奴は。いい加減なことを言いやがって! ははは、また会えて嬉しいぜ。もしかして、他にも図々しく生き残ったのが居るのかい? そうだ、近いうちにみんなで集まれないか。お互いの悪運に乾杯しようぜ。一軒目と七軒目は俺が奢るよ」

「いったい何軒はしご酒する気なんですか。だいたい全部で何人いると思っているんです。財布が空になっても知りませんよ」

 そんな返事を期待していたのだが、バーズー整備兵は気まずそうに俯き、うめくように言った。

「……自分は……あの艦(ふね)に残りませんでした。病気の母を残しては行けないと……。誰も……自分を責めませんでした。それどころか……お袋さんに孝行してやれよって、みんなは笑顔で送り出してくれて……」

「え……」

「小艇(ランチ)にぶら下がって空母から離れていって……空母が沈んでいくのを見たときに…………………気づいたんです。俺が……逃げ出さなければ……。人手が足りていれば……作業はもっと早く終わって……」

「…………」

「みんな……脱出…に………………間に合ったんじゃ……ないか……って……」

「……で、でもさ……お袋さんは……」

「故郷に戻った時には……母は……すでに……死に目にも………会えずに……俺は……どうして……あのとき……逃げ出したり…………逃げなければ……逃げ出しさえしなければ………」

 自分への失望と絶望に塗り込められた眼差しをしたバーズー整備兵にかける言葉を、そのときのコテツには見つけることができなかった。

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