赤地にいびつな黒の縞模様を描いた球型の戦闘機が、瞬くことのない星々を敷き詰めた虚空に複雑怪奇な軌跡を描いてゆく。
そのコクピットで操縦桿を握るのは、無論、コテツである。
「ムギ准尉! シュノ准尉! フィーナ准尉! サラ准尉!」
真空の宇宙空間に遮られて声が届かないのはわかっている。それでもコテツは叫ばずにはいられなかった。呼びかけずにはいられなかった。返事が来ないとわかっていても。
「五対五だったのがあっという間に……どこまでもこいつらって連中は!」
それを取り囲むのは五機の砲弾型。ゆったりとした弧を描きながら包囲網を狭めてゆく。見事な連携である。
そして、そのうちの一機には三つ巴のノーズアートが施されていた。
コテツは足掻く。悪足掻きをする。
牽制役の一機へ無謀な突撃をかける。と、見せかけて追い込み役へカウンター。機銃のトリガーを引く。
ようやく一機を沈黙させたコテツは、相手の動揺につけこんで牽制役も一機仕留める。
仕留めたところで、二機の追い込み役が並んでコテツ機の後ろを取る。
「近づきすぎだ」
フェイントで揺さぶり、ニアミスを誘う。
狙い通り、並んだ二機が接触してバランスを崩す。それが立て直される寸前に、急旋回したコテツが弾丸をその片方に浴びせた。
包囲網を崩せたか? と思ったコテツの斜め後ろから、三つ巴の撃った弾丸の雨が吹き付けられてきた。
避けきれない、とコテツが認識するのとキャノピーへの着弾は同時だった……。
三日ほど、時間はさかのぼる。
その日、コテツは朝から上機嫌であった。
格納庫へと向かう通路で、自分でも知らぬうちに鼻歌を口ずさむ。
カキッ、カキッと抜けのよい音で指を鳴らしてリズムを取りはじめた。軽やかにステップも踏む。
ノリノリでステップを踏むコテツの後姿を見かけたムギ准尉とシュノ准尉は、自分の見たものを理解できない表情のまま固まった。
それに気づかぬまま、コテツはいよいよヒートアップする。
「イェア!」
ダンスがダイナミックな動きに突入する。
ムギとシュノがそのあとを歩いてついてくる。
珍妙なパレードはコテツのノリが最高潮に達したところで、通路の角を曲がってきたサラ准尉と出くわした。
「…………………」
「…………………………」
しぱしの無言のあと、コテツはその場でターンして、ショボーンな身振りでそそくさとその場を離れようとした。゜
「いやいや、どこへいくんですか、隊長どの」
「……スマン。どうやら俺は浮かれていたらしい」
だが、それも無理もない話ではあった。なにしろ、ついに地球連邦との間に終戦協定が結ばれたのだから。
結局はどっちの勝ちになったのかだの、地球から版図も賠償金も得られなかっただの、地球軍に占領された星域はなかっただの、くだらない損得勘定に気炎を吐く連中が目障りではあったが、いちいちそんな些事にこだわる気にはなれない。
「終わった! 戦争が終わった! 地球との戦争が、これで本当に終わったんだ!」
調印式の中継映像を見たときは、歓喜のままに叫びだしたいぐらいの気分だった。
これで、この女の子たちを戦場に駆り出さずにすむ。殺し合いをさせずにすむ。
このあとに予定されている不本意な茶番も、この快哉を思えば耐えられる。コテツはそう思った。
翌日、コテツはいつものパイロットスーツではなく白を基調とした礼装に身を包み、お偉いさんや報道陣が居並ぶ展望室でお行儀よく粛然としていた。
彼の正面に居るのは、凜々しい佇まいのうら若い女性だ。その礼装はディノン帝国軍のものではない。地球軍のものだった。
彼女とは初対面ではない。一度、会話をしたことがある。その前には、戦闘機のキャノピーとヘルメットのバイザー越しに顔を合わせてもいた。
その表情が硬いのは、緊張しているからだけではあるまい。
「……ようこそ、紡木(つむぎ)少佐。我々はあなた方を歓迎します」
「……恐縮の至りです、コテツ少佐」
どれだけ勉強したのだろうか、流暢なディノン帝国公用語での返答であった。
二人がぎこちない笑顔と動きで握手をすると、報道陣が一斉にフラッシュを焚いた。
「コテツ少佐と紡木少佐。両軍きってのトップエースが握手を交わしました。平和の訪れを象徴するかのような光景です。この歓迎式典の盛り上がりは……」
中継アナウンサーが興奮のあまり、つい大声をあげているのが聞こえてくる。
ディノン帝国軍と地球連邦軍。それぞれのトップエース。それが肩を並べて同じ演習艦で合同訓練をおこなう。今後は地球と戦争するつもりはないという意思表明の一環だ、というのが政府の言い分だった。
いいことだとは思う。少なくとも、街頭デモを組んで「次に戦(や)るときは、地球人どもは皆殺しだ」なんてシュプレヒコールをあげるより遥かにまともだ。
だが、憎くもないのに本気で殺し合いをした相手と同じ艦(ふね)で生活し、訓練するというのは本当にまともだと言えるのだろうか。
急遽、紡木少佐の編隊との模擬戦が組まれたのは、さらに二日後のことだった。
その結果は、前述した通り、コテツ隊の惨敗である。
ペイント弾で赤く染まった愛機を見て、整備班長は苦笑した。
「派手にやられましたなあ」
「……済まん、手間をかける」
「はは、そんな気にせんでください。こいつをひと噴きしてやれば、ペイント弾の塗料は簡単に剥離するんですから」
整備班長は手にしたスプレー缶を軽く振って笑って見せた。
「それよりも、あの子たちの方が心配ですよ」
その言葉にうながされ、コテツは格納庫のすみっこに視線をやった。そこには四人の小さな准尉たちがうずくまるように固まって立ちすくんでいる。
彼女たちを呼びつける気にはなれず、コテツはできる限り平静を装った足取りで歩み寄った。
「こっぴどくやられたな」
「も……申し訳ありません、隊長どの」
「謝ることはないよ、サラ准尉。お前たちには、まだ操縦技術をたたき込んでいる途中なんだ。戦い方を教えていないのに勝てなんて無茶ブリをする方が悪い」
「でも、私たちのせいで隊長さんまで」
「俺が負けたのは俺のせいさ。ムギ達のせいじゃない」
「で、ですが」
「その件に関しては、『ですが』も『でも』もなしだ。いいね、シュノ准尉」
「……ちょっと横暴な言い方ですね……」
「知らなかったのかい、フィーナ准尉。女の子を慰めるためなら、俺は結構な無茶だってするんだぜ。ま、戦場での生き残り方はこれからみっちりと教えてやる。覚悟しときなよ」
下手くそなウィンクをしながら半歩だけ近寄ると、部下たちは二歩あとずさった。
気まずい空気が流れる。
「……あ、あー、その……悪い、距離感つかみ損ねてたな」
コテツがどうにか雰囲気をつくろおうとすると、ムギ准尉が慌てて首と手を振った。
「ち、違うんです! そ、そのっ、あのっ、じっ、実はっ、いや、やっぱりなんでもなくてっ」
真っ赤になっている四人から、どうにか事情を聞き出したところ、彼女たちは昨日から入浴をしていないらしい。共用浴場が使用不可になっているのだという。
「だから、わたしたち……………その………………汗くさいかも………うぅ」
「……スマン。本当にスマン。そういや、ここしばらく給湯設備の調子がおかしいって聞いてたな。まったく、どこが最新鋭艦なんだか。とんだ急ごしらえの安普請じゃないか。……いや、まてよ」
特例とは言え、パイロットでありながらも一応は佐官であるコテツの自室には、小さいがシャワー室が備え付けられている。給湯の系統が違うのか、それは問題なく使用できていた。
「なあ。もし、よかったらの話なんだが……」
「えーと。お、おじゃましまーす」
おずおずと、ムギたちがコテツの自室に入ってきた。
「おう。シャワーはそこだ。使い方はわかるか? ……大丈夫だな。じゃあ、俺は部屋の外に出てるから。そうだな、展望室に居るから、使い終わったら、だれか呼びにきてくれ」
そう言って、コテツは共用廊下に出た。部下たちにはああ言ったが、そのまま扉のそばの壁にもたれ掛かる。ポケットから暇つぶし用の文庫本を取り出すと、適当にページを開いてそのまま読み出した。何度も繰り返し読んだ短編小説集なので、別にどこから読み出しても困らないのだ。
しばらくすると、唐突に扉が開いた。ただし、コテツの部屋ではなく、向かいの部屋の扉だ。
「待ってくださーい、隊長!」
「一緒に入りましょうよー!」
「わ、私はあとで入るから!」
黄色い声を背に慌てて出てきたのは紡木少佐であった。
目が合う。そらす。そのまま、それぞれの自室を背に無言で向かい合うような格好になった。
そういえば、あちらさんの編隊も部下は全員、女性パイロットだったな。風呂事情はいずこも同じか。しかし、どういうことだろう。この艦の編隊はコテツ隊と紡木隊の二隊だけである。そのほとんどが女性なのだ。この合同訓練が親善行事にすぎないことを殊更にアピールしているだけなのか。それとも何か別の思惑が介在しているのか。
小説を読むふりをしながらそんなことを考えていると、コテツの自室の扉が開いた。
「あれっ。隊長さん。展望室に行かれたのでは」
ひょっこりと小さな顔を出したのはシュノ准尉だった。四人の中で最年少だが、小柄なせいか特に幼い印象がある。
「本を読み終わったんでね。続きの巻を取りに来たところだ」
「ぷふっ」
思わず吹き出してしまった紡木少佐をコテツは軽くにらみつけた。それを見た淡いグレーの髪の少女は事情をさとく察したようである。
「もしかして、ずっとここで待っていたんですか?」
「……展望室まで行くのが面倒になっただけだ。ただの気まぐれだよ」
「なるほど。そんなところで何を突っ立っているのかと思っていたが、自分の部下達が心配で部屋から離れられなかったのか。まるで子離れのできない父親だな。知ってるか、それは娘にうざがられる典型的パターンだぞ」
くつくつと喉を鳴らした紡木少佐が口をはさんできて、コテツは慌てた。
「ど、どの口がそんなことを。きさま……いやいや、きっ貴官だってその部屋の中の部下たちを案じて……」
「野獣のような男に部下達がシャワーを浴びているのを知られてしまったからな。なにか間違いがあってからでは遅いのだ」
「きさまっ、よりにもよってなんてことを口走りやがる!」
「ははは、その反応、図星を指されたと白状したに等しいぞ?」
「あ、あのっ! コテツ隊長は紳士な方です。紡木少佐が心配するようなことなんて……」
「シュノ、隊長どのを呼んできてくれたのか? ………………………なんだ、この状況……。どうしてこうなった」
様子をうかがいに部屋から出てきたサラ准尉が、廊下の騒ぎを見てあきれた声を出すのだった。
四人と入れ違いに自室に戻ったコテツは、なんとはなしに部屋を見渡した。
「あ。いつの間に」
机の上の写真立てが伏せられているのに気づく。
そっと手を伸ばして起こす。
三十五人の若者たち……初めての部下たちと撮った集合写真をかざっている写真立てを。
「お前たちはどう思う? お前たちを殺した者達と同じ艦(ふね)で暮らすことになった俺のことを」
声に出して問いかけてみるが、無論、答えが返ってくるはずもない。
「殺されたから殺し返す。その連鎖を断ち切ることが本当にお前たちのかたきを討つこと……か。今でも俺はそう信じている。だが、あの少女たちに俺ができることは戦場での生き残り方を教えることぐらいだ。……なんてぇザマだ……」
そしてコテツは深く嘆息する。
なにしろ、戦場で生き残るということは、殺される前に殺すということなのだから。
模擬戦の後で遠慮のない言い合いをしたのが丁度いいガス抜きになったのだろうか。
しばらくは、穏やかな日々が続いた。
少なくとも表面上は。
そんなある日の夕刻、非番のコテツは士官用の食堂へと向かった。
ディノン帝国軍の食堂では、食事以外に酒も提供されるのが常である。ことに、この空母の食堂は民間企業への委託形態をとっており、品揃えが充実している。要は軍人ではなく民間人が艦内で飲食店をやっているわけだ。当然、商魂たくましく売り上げアップのための工夫は怠らない。
「お一人様ですか、少佐どの」
民間人であっても、この空母でコテツのことを知らない人間はいないといっていい。すぐさまウェイターが早足でやってきて応対した。
「ああ。……ジョーギリ准尉は来てないようだな」
食堂を見回してコテツは言った。あのしゃちほこばってもどこか軽妙な物腰の青年士官とはすっかり顔なじみとなっており、非番に食堂で会えば一献傾けるのが通例になりつつある。
「はい。本日は、まだお見えになっておりません」
にこやかに答えたウェイターに、コテツはカウンター席に通された。
とりあえずの注文を済ませたコテツは店内に流れる音楽に耳を傾けていた。
「こちらへどうぞ」
隣の席に案内されてきた客の顔を見て、コテツは表情をこわばらせた。
それは相手も同じことだった。
「え………あっ」
新顔のウェイターが、自分のやらかしに気づいて蒼白になった。
「し、失礼しました。すぐに別の席をご用意……」
「ここで構わない。私はこの男に向ける背を持っていないのでな」
強引にコテツの隣に座ったのは男装の麗人といった雰囲気を持つ地球軍将校である。
「……奇遇だな、紡木少佐」
「同じ艦(ふね)にいるのだ。奇遇という程のことでもあるまい」
苦笑を浮かべつつコテツが声をかけたが、野堤はにべもない態度である。
ヒリつき始めた店内の雰囲気に、まいったな、とコテツは思った。
ここでコテツが他の席に移動したらしたで、ディノンのトップエースが地球のトップエースから逃げ出した、とか言い出す輩が地球側からもディノン側からも出てくるだろう。
かといって、このままこの席に陣取っていれば、地球への敵愾心を隠そうともしていない、とか言われるのだろう。
どうしたものかと思っていると、注文したエールのジョッキが運ばれてきた。どうやら、紡木も飲み物は同じものを注文していたらしい。運ばれてきたジョッキは二つ。一つずつ、コテツと紡木の前に置かれた。
ジョッキに手を伸ばしながら、そっと周りの様子をうかがうと、店内の誰もが自分たちの様子に耳をそばだてているのがわかった。
戦争が終わったとはいえ、俺たちとあいつらは確かに殺し合いをしていたのだ。
逆に言えば、また戦争になったなら、殺し合いをする間柄なのだ。
憎くもないというのに。
いつ、また殺し合いをすることになるのかわからないのだ。
相手に殺される前に殺さなければならないと、互いに神経を尖らせている。
殺し合いなんてもうゴメンだと思いながら。
なんてくだらない状況だろう。
でも、戦争が始まるきっかけなんて、大抵はこんなくだらないことの蓄積だったりするのかも知れない。
……こんなくだらないことのせいで、あいつらが死ななければならないのだろうか。あいつらが死ななけれはならなかったのだろうか。そう思うと、凍えるような痛みがコテツの胸中を満たした。
自分は軍人だ。本気で殺し合った相手と仲良くしろ、と上層部から命令されれば、それに従わなければならない。ふざけた命令だが、それでも、憎くもない相手と殺し合え、なんて命令よりははるかにましなのだ。
一瞬の逡巡のあと、ジョッキをつかんだ手を、コテツは紡木に向けてそっと突き出す。
紡木もジョッキを突き出してきたのは、ほぼ同時だった。
一呼吸ほどのためらいをはさんで互いのジョッキを軽く打ち鳴らし、コテツはエールを一息に飲み干した。
「もう一杯くれ。……それと、同じものをコテツ少佐にも頼む」
そう言ったのは紡木少佐だった。
そう言われれば、こう返すしかない。
「さっき頼んだテブレッターだが、もうひと皿、追加してくれ。紡木少佐に。もちろん、俺の奢りだ」
「テブレッター?」
「テブルのエッターだよ。プリプリカリカリしてうまいぜ。エールにもよく合う」
「……なんのことやらわからんが。まあ、試してみるとするか」
店内の空気がふわりと緩んでほどけた。
やがて運ばれてきた皿を見て、紡木は拍子抜けした声を出した。
「なんだ、テブレッターというのは串カツのことか。……ふむ、エビの串カツか。できれば塩ではなくたっぷりのタルタルソースでいただきたいところだが、うまいな。それも、伊勢エビサイズとはずいぶんと豪勢だ」
「帝国の名物料理さ」
「しかし、このエビは頭も殻も取ってないのに、なんで尻尾だけ取っているんだ? まあ、殻ごと食えるみたいだから構いはしないが。ソフトシェル、というやつだな」
「え? 何を言っているんだ。わざわざテブルの尻尾を取って食う奴があるか。そこが一番うまいのに。取るなら普通は羽と脚だろう。これだって毟ってあるじゃないか。まあ、脚は脚でうまい派だがな、俺は」
「……ディノンのエビは羽が生えているのか?」
「地球のテブルには羽が生えていないのか? じゃあ、飛ばずに地面を跳ね回って動くのか」
「待て待て。地面だと? エビは水中の生き物だろう」
「おいおい、地球じゃあ、こんなのが海やら川の中を泳いでるってのか?」
コテツが携帯端末の画面を見せると、
「きゃあっ」
紡木が少女のような悲鳴をあげた。
「どうしたんだ。ただのテブルの映像じゃないか」
「……て、ててて、テブルってのはバッタのことか! なんてことだ、私はバッタのフライを完食してしまった……」
「なにをヘコんでるんだ。エビってのがどんな虫かは知らないが、似たような味なら見てくれも似たようなモンだろう」
「全然ちがう! そもそもエビは虫じゃない! 見ろ、これがエビだ!」
紡木が突き出した携帯端末画面を見たコテツは思わずのけぞった。
「な、なんだそのグロいのは! 地球人はそんなのを食ってるのか」
「バッタを食ってる奴に言われたくない!」
「なんでテブルをそんなにイヤがるんだ。こいつは品種改良もした養殖物だから、脂のノリもいいし、腹にも肉がつまっているし、殻も軟らかくて食いやすかっただろう。俺は天然物も食ったことがあるが、腹はスカスカで殻も歯ごたえがかなりあったな。でも、独特の旨みが濃厚で、香ばしさもひとしおで……」
「うわああぁあああっ! やめろぉぉぉおおおっ! 味を想像してしまうじゃないか。さ、酒だ! ウエイター! もっと強い酒を持ってこい! 焼酎はないのか!」
「……どうしてこうなった」
ちょっとした騒動になっている士官用食堂に入ってきたジョーギリ准尉があきれたようにつぶやいた。
そんなことが積み重なっていったある日のことである。
いつものようにコテツが格納庫に入ると、中はただならぬ雰囲気だった。皆、格納庫の一角にある大型モニターの前に集まっている。
「コテツ少佐! 大変です! カリーヤが!」
「カリーヤ? カリーヤ星系になにかあったのか」
カリーヤ星系は、ディノン帝国領のなかでは辺境にあたる。その歴史は比較的浅く、80年ほどになる。帝国領としては。カリーヤ航路が発見されたのは270年前だが、その先に住んでいたのが先住民であるカリーヤ人だった。彼らが統一政体カリーヤ連邦を成立させ、外宇宙へとこぎ出し、銀河連合への加盟資格を得るまで、190年もの間、ディノン帝国は待ち続けたのだ。カリーヤ連邦の外宇宙進出を手ぐすね引いて待ち構えていたディノン帝国は、流れるような手際でカリーヤ星系を帝国の版図に組み込んだ……。
一歩間違えれば、地球もカリーヤと同じ運命を辿っていたのかも知れないな。そう思いながらコテツもモニターの前に立った。
モニターの中では、仰々しい会場で見覚えのない初老の男がしかめっ面で何やら書面を読み上げていた。どうやら、何かの会見の録画中継らしい。
「……かくして、われわれカリーヤ連邦はここに独立を宣言し、ディノン帝国に宣戦を布告するものである」
格納庫の誰もが、無言のまま、そのモニターを注視していた。
「おい、これってどういうことだ」
「どうって……また戦争ってことか?」
「いや、これは内乱だろ?」
「どっちだっていいよ。同じことじゃねえか」
ニュースが終わり、整備兵たちが戸惑いながら声を交わすのを聞きながら、コテツはうめくように言った。
「……どうしてこうなった」
あの本星決戦で死んでいった彼の部下の中にはカリーヤ出身の者もいた。あいつらがこれを見たらどう思うのだろうか。
地球も一歩間違えればカリーヤと同じ運命を辿っていた。
ならば、カリーヤも一歩を間違えなければ地球のように独立を保てたのではないか。
そう考える者がいるのはコテツにも理解できた。
だから、戦争してでもやり直す。
その考えはコテツには理解できない。
「カリーヤだってディノン帝国の一員として地球と戦った。あの悲惨な戦争を経験したんだ。なのに、どうしてあれを繰り返そうとするんだ。ちったあ手段を選べ。考えてから動け。宣戦布告だと吹き上がる前に、落ち着いて十かぞえてみろ。三つかぞえる前にわかるだろうが、これ、アカンやつだってよ!」
憤るコテツのもとに、ジョーギリ准尉がやってきて告げた。
「艦長がお呼びです。艦橋までご足労願います」
「宣戦布告直後にディノン帝国軍はカリーヤ軍の奇襲を受けた。……二個艦隊が壊滅させられた。カリーヤ軍の損害は軽微。カリーヤ軍は電磁パルス兵器を使用したのだ。そしてカリーヤ軍は勝勢をかって帝国本星へと向かっている」
艦橋に出頭したコテツに、ヴィレッド艦長が重々しく告げた。
コテツが沈黙していると、それをどう受け取ったのか、艦長は言葉を続けた。
その内容を要約すればこうなる。
カリーヤ軍は有人アナログ戦闘機の大編隊を有していること。
カリーヤ軍が帝国本星に到着するまでにその迎撃に間に合う位置関係にある有人戦闘機空母はこの艦だけであること。
この二点である。
そして艦長はコテツを呼びつけた本題を切り出した。
「貴官の編隊にカリーヤ軍の迎撃を命じる」
「今回の作戦を説明しよう。俺ひとりで出撃する。お前たちはここで待機。以上だ」
格納庫に戻ったコテツは四人の部下を集めて事態の説明をすると、そう言い放った。
「「「「………………」」」」
四人があっけに取られているうちにその場を去ろうとして背中を向けたコテツの首をサラが、腰をムギが、右腕をシュノが、左腕をフィーナが抱え込んだ。
「待ってください、隊長どの。ひとりで出撃ってどういうことですか!」
「そうですよ、カリーヤ軍は百機以上の大編隊なんでしょう? 無茶です!」
「私たちは未熟かも知れませんけど、いないよりはましなはずです!」
「……なにを考えているんですか」
必死に取りすがってくる。
「いや、よろこべよ! 出撃するなって言ってんだぞ? 殺し合いせずにすんでラッキー、とか言っとけって」
無理やり振りほどいたら怪我をさせそうなので、コテツは動けない。
「よろこべません!」
「お前ら、そんなに殺し合いがしたいのか!」
怒鳴りつけても、
「殺し合いなんてしたくないけど、隊長どのをひとりだけで行かせるなんてできません!」
一向に引きゃしねえ。
「こうなりゃはっきり言うぞ。お前ら、足手まといなんだ! いない方がましなんだよ! 俺ひとりで出撃(で)た方が生き残る目があるんだっ!」
ひどい言い草だが、事実でもあった。
これまでの野堤編隊との模擬戦成績はコテツ編隊の全敗。四人が被弾してからようやくコテツの反撃が始まるが、力及ばす、というパターンである。
「俺はね、……護衛がへたくそなんだ。誰ひとり、最後まで守れたためしがない。だから、おとなしくお留守番しててくれ」
「それでも、おとりぐらいにはなります」
「おとりにもならないさ」
「どうして、そうわたしたちをおいていこうとするんですか。……おにいちゃんを守れなかったからですか。だから、……あんな無茶なことをしてまでおねえちゃんをたすけてくれたんですか。だから、わたしたちを戦場につれていかないようにしようとするんですか」
「……さぁて、なんのことやら。ダラジムに妹がいたなんて、初めて知ったな、俺は」
踵を返して、コテツは肩をすくめた。
「すまない、ジョーギリ准尉。待たせてしまったか」
ひとり自室へ向かったコテツは、部屋の前でたたずむ青年士官に声をかけた。
「いえ、構いませんが。小官に頼みごととはいったい……」
「あずかって欲しいものがあるんだ」
そう言ってコテツは自室の中からトートバッグを持ってきた。
「俺が戻ってこなかったら、この中にあるものをひとつずつ俺の部下に渡して欲しい」
「……これは?」
「たいしたものじゃない。眼鏡ケースさ。俺の髪の毛がひと房ずつ入っている」
「……それは……!」
出撃の前にこうやって自分の髪を預けてゆくという、戦闘機乗りのしきたりは、ジョーギリ准尉も知っている。
コテツが戦死したならば、これがコテツの遺髪となるのだ。
「俺が死んだら、次は、あいつらが戦場に出ることになるかもしれないからな。……ま、そんときのお守り代わりにはなるだろうさ」
「こんな大切なもの、なんと言って渡せと?」
「そうだな……。こう言って渡してくれ。邪魔になったら捨ててくれて構わないって」
こいつが邪魔になるってことは、平和が訪れてフィーナ達が出撃しなくてよくなるってことだ。そうなったら、自分のことなどさっさと忘れて幸せになってほしかったのだ。
自室から格納庫へと向かう途中で、コテツは紡木少佐に出くわした。
「どうやら、随分とろくでもない事態になっているようだな」
「……返す言葉が見つからないな」
「話は付けてきた。私も出撃(で)る」
「そりゃまた物好きなこって」
「……ふん。好きでこんなことをするものか。地球はディノンと友好的にやっていくと決めたのだ。その方針が覆らぬ限り、ディノンの叛乱鎮圧にも協力する。それだけのことだ」
「ありがたくて涙が出そうだよ」
「勘違いするな! 私は地球軍軍人としての責務を果たそうとしているだけなのだからな!」
「へいへい。で、作戦はどうする?」
「行き当たりばったり」
この女、間髪いれずに答えやがった。
「成り行き任せのアドリブ全開かよ。こいつはゴキゲンなセッションになりそうだ」
「いまさら打ち合わせなど、いらぬだろう?」
「……ま、ね。お互い手の内はわかっているか」
コテツはわざとらしく肩をすくめてみせた。
「ところで、部下たちはどうするつもりだ?」
「こんなの、女の子には刺激が強すぎるからな。ここは大人だけでなんとかするべきさ」
「ふん。同感だな。こちらも出撃るのはわたしひとりだ」
「気が合うようでなによりだよ」
格納庫に戻ると、出撃の準備はもう整っていた。
「いつでも行けますよ、少佐どの」
バーズー整備兵が声を張った。
「早いな。もう実戦仕様に組み直したのか」
「自分を鍛えなおした甲斐がありました。……戦場は時間との戦いでもありますから」
「……がんばるのはいいが、ほどほどにな。お前さんは遺される方の気持ちだって知っているんだからさ」
「了解であります」
それだけ言って、バーズー整備兵は毅然とした敬礼を切るのだった。
「じゃあな。こんな馬鹿げたことは、俺たちでおしまいにしてくれよ!」
さばけた口調にとぼけた敬礼。
それが、出撃を見送ってくれる人たちへの、コテツなりの挨拶であった。
空母から飛び立った機影はふたつ。
赤地に黒の歪な縞模様の球形型戦闘機。
三つ巴のノーズアートを施した白銀の砲弾型戦闘機。
向う先に待ち構えているのは、百を越えるカリーヤ軍戦闘機。
電磁パルス兵器が炸裂した直後、カリーヤ機の大群が散開をはじめた。
「数に任せて押し寄せずに包囲殲滅を狙ってくるか。手抜きをしない連中だな。可愛くねえったら、もう」
毒づきながらコテツは愛機をゆったりとローリングさせた。
「ぱっと見で手薄なのはあそこだが……あからさまだな。誘いなのがバレバレだぜ。俺だけなら、あそこにだけは突っ込まないが……」
コテツが罠だと即断したその箇所に、三つ巴の砲弾が迷いも見せずに突撃していく。
「囮役を買って出てくれるか、流石だね」
紡木機を推し包もうとする二十機ほどの一群の合間を、切り裂くように赤虎が駆け抜ける。
駆け抜けざまに機銃を叩き込む。十を越える火球を立て続けに生じさせる。その火球が消える前に、さらにみっつの火球を連鎖させた。
周囲のカリーヤ機が慌てたように駆けつけてくる。
そのなかでも特に機影の濃い一群を見て、コテツはつぶやいた。
「……そろそろかな」
次の瞬間、閃光が戦場を染め上げた。
「タイミングばっちし!」
こっそりと切り離しておいた閃光弾が時限作動で起爆したのだ。
「レトロ趣味全開、なんとゼンマイ仕掛けのタイマーときた。こいつは電磁パルスなんざ鼻にもかけないぜ」
思いもよらぬ位置からの閃光に、カリーヤ機の足並みが大きく乱れる。
だが、コテツは無論のこと、紡木機にも動揺は見られない。
すかさずコテツが切り込んでカリーヤ軍の動揺を煽り、そこを逃さずに紡木が確実に仕留めていく。
たまらずに、カリーヤ機がこの二機から距離を取って形勢を立て直そうとする。
「真面目だがポーカーフェイスのへたくそな連中だな、攻めて欲しくない場所が丸わかりだ」
連携の取れかかっていた急所を確実に貫いて、コテツがカリーヤ軍の混乱を拡大させれば。
慌てたようにコテツ機を追おうとするカリーヤ機の後背に、紡木機が襲い掛かる。
カリーヤ軍の機影が、その数を減らしていく。
数を減らしていくごとに、カリーヤ軍の攻撃に大味さがなくなっていく。
カリーヤ軍の精鋭パイロットにのしかかっていた、数合わせの新米パイロットをかばう負担がなくなっていく。
部下を、僚友を殺された憎しみと怒りをたぎらせて、災厄の赤虎と白銀の砲弾へと襲い掛かってくる。
憎くもないのに殺しあって、殺されて、殺し返そうとして。
殺されたから殺し返す。コテツは、その連鎖を断ち切るどころか、繰り返そうとしている。
だいたい、どこからこれだけのパイロットを集めてきたというのか。
ありうる答えはひとつしかない。
ダラジムのような。
ムギのような……!
「こんな馬鹿げたこと、俺たちでおしまいにしてくれっ……!」
血を吐くようにコテツは呻き声をあげ、瞬かぬ星々を敷き詰めた虚空をキャンバスに、災厄の赤虎で奇怪な螺旋を描いた。
振り切り、誘い、惑わし、かわし、取り付き……。
そして弾丸で穿つ。
それを幾度繰り返したのだろう。
ついに、残り三機。そこまでカリーヤ軍を追い詰めた。
「ここまで来ても逃げ出す気配はないか……。当然だな。俺でもそうする。ここで逃げれば、ここまで俺を追い詰めたのが水の泡だ」
コテツは暴れすぎたのだ。
「弾丸(たま)も燃料も尽きる寸前か……。紡木の方は少しだけ余裕がありそうだが、あの三機を全て任せるのはさすがに横着がすぎるな」
弾切れ、ガス欠はどんな名パイロットであろうとどうにもできない。
「さて、どうするか」
戦況は、コテツの思案がまとまるのを待ってなどくれない。
三機のカリーヤ機が見事な連携を取りながら紡木機へと切り込んでくる。
コテツ機に残された燃料では、その後背に回ることはできない。
「こりゃあガス欠を見透かされちまってるな。ポーカーフェイスがへたなのは俺もかよ、こんちくしょうが!」
先頭のカリーヤ機へ残った二発の弾丸を全て叩き込み、そのまま二機目の前に立ちふさがる。
コテツのとっさの目論見どおり、紡木機を狙って二機目が放った弾丸は全て赤地に黒のストライプを描いた機体に遮られ、白銀の砲弾に届くことはなかった。