新たな超空間航法(ワープ)ポイントをディノン帝国星域内に発見。
そのニュースに帝国中が沸き立ったのは、コテツが十歳のときだった。
超空間航法。はるか大昔に確立された技術だが、未だにその原理は解明されていない。
原理もわからない技術をよく使えるものだ、という意見もあるが、別に珍しいことでもない。例えば火だ。燃焼は酸化現象の一種であるが、大抵の文明保持知性体はその原理を理解する何十万年も前に火のおこし方を発明し、使ってきているではないか。
ただ、原理がわからないのだから、不明なところだらけである。超空間航法を安定して実行し、往復できる宙域、すなわち超空間航法(ワープ)ポイントが成立する条件すら解明されていない。
今のところ、超空間航法(ワープ)ポイントを結ぶかたちでしか恒星系間航路は実用化されていないのだが、その超空間航法(ワープ)ポイントがどこにあるのか、予測すらできないのが現状だ。
では、どうやって超空間航法(ワープ)ポイントを見つけ出すのか。
その答えはこうである。しらみつぶしに様々な宙域で無人探査船をワープさせて、無事に往復ワープで戻ってこれる宙域を見つけ出すのだ。原始的で莫大な時間と費用のかかる方法だが、これしか方法がないのだから仕方が無い。時折、一攫千金を夢見る無謀者が有人探査船で未知の宙域でワープを繰り返す旅へ漕ぎ出すこともあるが、無事に戻ってくることはごくごく稀である。
莫大な予算を費やしても、新超空間航法(ワープ)ポイントの探索を中止しないのは、それに見合った成果が期待できるからである。
もしも未知の恒星系への航路でも見つけたなら、その経済効果は計り知れない。
帝国中の期待を背負った新航路の開発事業にはさらなる予算が投入された。
新星系発見。
コテツが士官学校に入学した年に、そのニュースが帝国中を駆け巡った。
だが、国民の期待は裏切られた。
新星系には先住民がいたのだ。
そう。地球人たちが。
新しい星系を発見したのに、そこに既に先住民が居た場合はどうするか。
銀河連合の規約ではこうなっている。
先住民が統一政体を形成し、自力で自分の恒星系外へ有人到達できる文明を持っていたならば、銀河連合への加盟を促す。その段階に至っていなかったならば、干渉せず監視のみを行い、彼らが外宇宙へと漕ぎ出してくる日を待つ、と。
ただ、今回のケースは少々、特殊であった。
地球人は外宇宙への航行に成功していた。
事実、彼らとのファーストコンタクトは地球からの移民船との遭遇、というかたちで成された。
だが、文明がそのレベルに達してもまだ、ヤツらは何百という国家に分かれていがみ合っていたのである。
ある意味、空恐ろしいほどのバイタリティに満ちた連中だった。
地球人の総力を挙げて外宇宙の探査を行うのではなく、国同士の勢力争いの一環として他星系の領有を主張するために移民船を送り出すのだから。
地球人の移民船は武装していた。
そして、接触を試みたディノン帝国の探査船へ問答無用の先制攻撃を行ったのである。どうやら、地球の他の国の移民船と誤認したらしい。
こうして、ディノン帝国はなしくずしに地球との交戦状態に入った。
当初はディノン帝国が圧倒的に優勢であった。文明レベルがまるで違うのだから当然である。なにしろ、地球側は超空間航法(ワープ)の実験にすら成功しておらず、かろうじて亞光速航法を実用化しているような状態だった。他の技術も推して知るべしである。
このまま事態が推移したならば、共通の敵を得た地球人は結束し、統一政体を成立させ、銀河連合加盟の資格を得、そのままディノン帝国に無条件降伏していただろう。
だが、地球人はどこまでも予想外な連中だった。
電磁パルス兵器を使用したのである。
それによって電子機器が麻痺した帝国軍宇宙戦艦へ、太古の帆船時代の海賊のごとく接舷戦法(なぐりこみ)を敢行して突入、艦内で白兵戦を繰り広げたのである。そうして制圧、拿捕した宇宙戦艦を解析、模倣し、超空間航法(ワープ)を手に入れた地球人たちは恒星間宇宙戦艦を新造した。
そして地球人の逆襲が始まった。
まさに逆襲だった。彼らは太陽系からディノン帝国艦隊を撤退させただけでなく、帝国本星を目指して攻め込んできたのである。
たった一隻の宇宙戦艦で構成された、艦隊と呼ぶにも値しない孤独な戦力で。
「……まさか戦争になるなんて思わなかったから、軍人になろうと思ったのになあ」
母艦への帰還の途につく戦闘機のコクピットで、コテツはため息と共に不埒な呟きをはき出した。上官に聞かれでもしたら懲罰モノな独り言だったが、電磁パルス兵器によって無線が壊されている今、そんな心配は無用だった。
今回の出撃も、なんとか生き延びられた。
次も生き延びられる保証はないが。
「こんな日々がいつまで続くんだろう」
深刻で当然な疑問だったが、無論、答えてくれる者がいる筈もない。
だから、自分で答えるしかない。
「戦争が終わるまで、か……、さもなきゃ、俺が死ぬまで、か」
出てきた答えの、あまりのくだらなさにコテツは苦笑した。なんの足しにもなりはしないではないか。
うつむいていた顔を上げ、キャノピーごしに前を見つめて見たが、母艦の姿はまだ見えない。
ゆっくりと、コテツはため息をつくのだった。
「あれ、コッツン? コッツンだよね?」
ようやく宇宙空母に戻ってきたコテツを、ひどく懐かしい呼び名で迎えた者がいる。それは新たな超空間航法(ワープ)ポイント発見のニュースに帝国中が呑気に喜んでいた頃のコテツのあだ名だった。
「…………ハッチー、か……?」
声に振り向くと、そこには子供の頃の面影をわずかに残している青年が笑顔で立っていた。
「やっぱりコッツンか、久し振りだなあ」
「ハッチーじゃないか」
思わずコテツも笑顔でこたえた。
そういえば、心の底から笑顔になったのは、いつ以来だろうか。
その幼なじみの名はハチキ。子供の頃、三年続けて同じクラスだった。
「しかし、お前も軍人になってたとはなあ」
心底意外そうにコテツは呟いた。コテツの知るハチキは、おとなしく心優しい少年で、口喧嘩すらしたことがない。
「いや、俺は徴兵の方だよ」
ハチキは頬を指先で掻いて笑った。子供の頃からの癖だ。
「ああ、そっか。兵役が復活してしばらく経つもんなあ」
「うんうん。有人兵器が主役になったから軍は人手不足。とうとう民間人を駆り出す始末だもんね」
「……ああ。耳が痛いな。俺たちが不甲斐ないせいで……」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。悪いのは地球人さ。禁忌兵器を平気な顔で濫用するなんて正気じゃない。それに付き合わされる方こそ災難だよ。今どき有人兵器で殺し合いなんてどうかしている」
「禁忌兵器……電磁パルス兵器か。条約に批准していないどころか銀河連合に加盟すらしていないからこその裏技だな」
「そうは言っても、やって良いことと悪いことの区別くらいは付きそうなもんだけどね。自分たちがやられたらどうなるかって、普通は考えて……って、自分たちが電磁パルス爆弾を喰らってもいいように、アナログ、アナクロ丸出しな有人兵器を主力にしてるんだっけ。斜め上の発想をするよね、地球人って」
「意表をつかれたのは確かだな」
「うんうん。で、話は戻るけど、コテツが軍人……それも戦闘機乗りになってたのだって、僕はビックリだよ」
「そんなに意外か?」
「まあね。といっても、こいつは大きくなったら戦闘機乗りになるんだろうな、なんて子供はいなかったケド」
「たしかに、戦闘機乗りなんて職業自体、長い間、廃れきっていたからな」
「だよねえ。……こんな時代になるなんて想像もしていなかった、なんて愚痴、大人たちはよくしていたけどさ」
「ああ。こんな時代になるなんて、想像もしていなかったな。俺たちも」
「でもさ、なんで軍人になったの? 子供の頃、軍隊に入りたいなんて話、したことなかったよね?」
「ああ、そうか……そういや知らせてなかったな、あのころの誰にも。俺が転校した先でさ、あー、……一家まとめて事故に巻き込まれてな」
「……え」
「まあ、ひと言で言えば身寄りがなくなったのさ。全寮制で、卒業後に軍人になれば学費が免除になる士官学校は、そんな俺にうってつけだったってワケよ」
「あー、その……なんて言ったらいいか……」
「そんな顔しないでくれよ」
「う、うん……」
「しっかしさ、それこそまさに、こんな時代になるなんて想像もしていなかったから軍人になろうと思ったんだけどな」
「そこはコテツらしいよ」
「そうか、俺らしいか。褒め言葉だと受け取っとくよ」
顔を見合わせて二人が笑ったとき、艦内サイレンが鳴り響いた。
発進待機のサイレンが。
「忙しない事だな。せめて、熱いシャワーを浴びる時間くらいは欲しいところだ」
「まったくだ。誰か、地球の野蛮人どもに休息って概念を教えてやれよ」
整備兵であるハチキと少しおどけた敬礼を交わし合って別れ、コテツは僚友たちと軽口をたたき合いながら戦闘機へと向かった。
ふと、コテツは思った。
これで何回目の出撃になるのだろうか、と。たしか、三回目までは数えていたが、それから先はいちいち数えるのを止めてしまっていた。
それは、出撃に……殺し合いに慣れてしまったことを意味するのだろうか。
初めて敵機を撃墜したときのことを思い出そうとして、コテツはやめた。
そんなことを思い出したら、機銃のトリガーを引くのをためらってしまいそうな自分に気付いたからだ。
今はただ、生き残ることだけを考えるべきだった。
それが、殺される前に殺すしかないことを意味するとしても。
コテツは前髪をいじった。髪はずいぶんと伸びていて、簡単に束ねられるようになっている。
遺髪を遺す相手もいないのに、何をやっているのかと思わないでもないが、短髪にしようという気には何故かなれずにいた。
これまで何度も繰り返された交戦によって、地球戦艦の艦載機は、その数をずいぶんと減らしている筈だった。
地球戦艦の軍事目標が一体何であるか、まだ分かっていないが、予想はできる。
ディノン帝国本星に電磁パルス爆弾の雨を降らせることだろう。
そんなことになれば、本星の首都機能は麻痺してしまう。
そうなったとき、最も憂慮すべきなのは地球戦艦ではない。ディノン帝国周辺の他星系国家の存在だ。
「やつらがこぞって武力介入してこない理由が見つからないな」
地球戦艦がいると予想される宙域へ向かう編隊の中で、コテツは忌々しげに呟いた。
地球軍によって大混乱に陥った祖国が周辺他国によってホール・ケーキのように切り分けられる未来を想像して、不快げにからだを震わせる。
「なんとしても、地球戦艦を沈めなきゃな。少しでも早く」
逆に地球戦艦の側にしてみると、ヤツらは帝国軍の迎撃網をかいくぐって帝国本星に到達したい筈だ。
当然、できるだけ交戦は避けたいと考えるだろう。
だからこれまで地球戦艦との戦闘は、行方をくらませては息を潜めるようにして航行する地球戦艦を探知し、戦闘機の編隊を向かわせ、それを迎撃するべく出撃してきた地球軍の戦闘機とドッグ・ファイトを繰り広げる、という形になっていた。
だが、そのパターンが崩れた。正確には、地球戦艦がパターンを破ったのだ。
コテツが属する艦隊に向けて、地球軍戦闘機の編隊が向かっているという。
やにわに信じられることではなかった。今までの航海で艦載機の数を減らし、なおさら交戦を避けたい筈の地球軍が、わざわざこちらに向かっているというのだから。
だが、信じられないから、あるいは信じたくないからという理由で情報を無視するのは愚か者のすることだ。
十中八九、誤報だろうと思っても、誤報であることが確定するまでは、たとえ徒労に終わるのがわかりきっていても手間を惜しむべきではなかった。
「なにしろ、相手は地球人だからな。何をしてくるかわからないっつーか、何をしてきてもおかしくないっつーか。厄介な連中だ」
コテツは小さく肩をすくめた。
「……ん? 今度は何だ?」
編隊の先頭を飛ぶディンプ編隊長機のテールランプが明滅している。その信号が伝えているのは。
「……母艦に引き返す、だって? やっぱり誤報だったのかよ。人騒がせな」
「……何が起こった……?」
やっとの思いで絞り出した声が震えていた。
キャノピー越しに、母艦である宇宙空母の巨体が横たわっているのが見える。
いや。
これはもはや、宇宙空母だった巨体が、と言うべきか。
艦影が見えてきたときは、目の錯覚か何かだと思っていた。
だが、近づけば近づくほどに、あり得ぬ光景は鮮明になっていくばかりだった。
「いったい何がどうなれば、こんなことになるんだ?」
ひしゃげていた。
まるで握りつぶしたアルミ缶のように、宇宙空母全体が歪み、へこみ、ひしゃげていた。
「対艦ミサイルを食らったって、戦艦の主砲を食らったってこうはならないぞ」
これではまるで。
「戦艦サイズの巨大なハンマーでタコ殴りにでもしたってのかよ……」
コテツはもう一度うめいた。
「何が……起こったんだ」
コテツの所属する艦隊は宙域全体に広く散開して布陣していた。
防衛ラインを突破しようとする只一隻の地球戦艦を補足、包囲するのが目的なのだから、この布陣は理にかなっているはずだった。確実に獲物を捕らえようとするなら、網は広く張らねばならないのだから。
だが、結果だけをとれば分散した戦力を各個撃破されただけに見えてしまう。
宇宙空母が救援を請う通信を聞きつけて、ディンプ編隊と同じように他の艦艇が駆けつけたときには、空母を襲った何者かは既にどこかへ去ってしまっていた。
わずかな生存者から得られた情報では、その何者かの正体は分からなかった。電磁パルス兵器によって電子機器が破壊され、カメラもモニターも使い物にならなくなっていたからだ。巨大な何かが船体に叩きつけられるような衝撃が何十回と続いた。とりあえず分かったのは、それだけである。
……そして、そのわずかな生存者の中に、コテツの幼なじみであるハチキは含まれていなかった。
遺体が回収できただけ、彼はまだ幸運だったのだろうか。