宇宙空母を救おうと艦隊が一箇所に集まった隙をついて、地球戦艦は防衛ラインを突破し、超空間航法(ワープ)ポイントに到達した。
超空間航法(ワープ)ポイントといっても、宇宙船サイズと比較すればその範囲は広大であり、しかもその広い宙域のどこにワープアウトするかは分からない。そのため、ワープアウトしてきたところを待ち伏せる、といった戦法は現実的ではなかった。
つまるところ、ディノン帝国軍はまたもや地球戦艦を見失ったのである。
「いつまでもやられっぱなしのままでいると思うなよ」
などと威勢の良いことを口に出してはみたが、心中は不安でいっぱいだった。
戦闘機のコクピットシートで、コテツは居心地悪そうに身じろぎを繰り返す。
なにしろ、敵の攻撃方法はいまだに不明のままなのだ。
「なんらかの質量兵器であることは間違いない、か……。小惑星か何かを引っ張ってきてぶつけたとでもいうのかね。だけど、空母が回避もせずにぶつけられるままにしていたってのも不自然だしな。電磁パルス兵器を食らっても、ある程度の操船はできるように改修はされている筈だしよ」
のどの渇きを感じて、飲料水のパックに手を伸ばす。
「だが、宇宙空母を襲ったのが地球戦艦で間違いないってのがわかってるのはデカいな」
空母の護衛編隊は全滅させられていたが、只一人だけ生存者がいた。地球軍の攻撃で重傷を負い、救助されて間もなく死亡したが。だが、彼は死の顎(あぎと)にかみ砕かれる寸前に、最後の力を振り絞っていくつかの貴重な目撃情報を帝国軍にもたらした。そのなかに、地球戦艦がどんな攻撃方法をとったのかは含まれていなかったが。
「しかし、それでも眉唾もんだぜ。空母を襲った地球戦艦は戦闘ブロックだけだったなんて。つまり、ヤツらの戦艦は戦闘ブロックと居住・長距離航行ブロックに分離できるっていうのか。どこまで予想外な連中だよ」
交戦時にはお荷物にしかならない居住・長距離航行ブロックをどこかに置き去りにして身軽になる。そうして得た機動力を活かしてディノン帝国の想定外の早さで宇宙空母を強襲、撃沈し、居住・長距離航行ブロックのところへとんぼ返りする。地球戦艦の艦載機編隊が先手をうって出撃してきたのも、ディンプ編隊をおびき出して宇宙空母の護りを手薄にするためだった、というわけだ。地球編隊は囮の役を果たしたあと、居住・長距離航行ブロックに引き返したのだろう。
「理屈はわかるが、思いついたって普通は実行したりしないぞ」
リスクが大きすぎるのだ。切り離された居住・長距離航行ブロックは当然、戦闘ブロックが戻ってくるまで無防備なまま宇宙空間を漂うことになる。長距離航行ブロックだけでは小回りが利かないから回避行動も取れない。そこを攻撃されればひとたまりもない。
「つーか、これから攻撃するんだけどな」
コテツはぼやくような調子で言って、周囲を見回した。キャノピー越しに、どこを向いても帝国軍戦闘機がいくつも見える。なんと、一四四機からなる大編隊だ。
「よくもまあ、これだけの数を揃えたもんだ。ヤツらも大概だが、案外、こっちも負けてないかもな」
今回の作戦はこうだ。
まずは次のワープポイントの前に防衛ラインを敷く。この段階では何の変哲も無い定石通りの展開だ。
次に、地球戦艦の出方をうかがう。もしも、前回と同様に地球軍戦闘機の編隊出撃を確認したら作戦発動だ。艦隊を集結させて地球戦艦の襲撃に備える。同時に、大規模な戦闘機編隊を別働隊として差し向ける。
艦隊で地球戦艦戦闘ブロックを惹きつけ、その間に戦闘宙域を迂回した別働隊が、地球戦艦居住・長距離航行ブロックを背後から急襲するのだ。
そして、本当に地球軍戦闘機は編隊出撃してきた。だからコテツたちもこうして出撃している。作戦通り、別働隊として。
「前回ヤツらにやられたことを、今度はこっちがやり返してやろうってこったな」
だが、前回の成功に味を占めた地球戦艦が、芸も無く同じ手を繰り出してくれる保証はない。もしも、ブロック分離せずにそのまま防衛ラインの手薄になったところをすり抜けようとに突っ込んできたとしたら、どうなるのだろう。
「……そのときは、お荷物の居住ブロックを背負ったままの地球戦艦の機動力はたかが知れている。落ち着いて艦隊で追撃すればいいか。うまくいけば、別働隊とで挟み撃ちに持ち込めるかも知れない」
さんざん手こずらされてきたが、そうなれば帝国軍の勝ちは揺るがないだろう。
「こりゃあ、久し振りに本星の官舎に帰れるかもな。……まあ、帰りを待ってくれる誰かがいる訳でもないんだが」
自分しかいない戦闘機のコクピットシートで、コテツは居心地悪そうに身じろぎを繰り返すのだった。
「おいおい……。こいつはひょっとして、ひょっとするんじゃないのか。司令部の作戦、本当に大当たり(ジヤツクポツト)ときた」
三時間の飛行の果てに、帝国軍の編隊はついに地球戦艦の姿を捉えることができた。正確には、地球戦艦の片割れを。
巨大なリング状の人工物。間違いない。地球戦艦の後ろ半分、居住・長距離航行ブロックだ。
こいつを沈めれば、地球戦艦は超空間航法(ワープ)ができなくなる。当然、ディノン帝国本星にたどり着くことも不可能になる。
先頭を飛ぶ総編隊長機のテールランプが明滅を繰り返す。
「散開して総攻撃、か」
当然の指示だ、とコテツは思った。自分だってそうする。
周囲の機体が次々と増槽タンクを切り離していく。戦闘に備えて少しでも身軽になろうとしているのだ。コテツもそれに倣う。
そしてコテツはすっかり手慣れた様子で右のペダルをゆっくりと踏みこみながら、ゆっくりと操縦桿を引いた。
銀鞠の通称を持つ帝国軍戦闘機が、ゆるやかに旋回を始めた。機体の腹には対艦宙雷が抱かれている。
「こいつをぶち込んでやるぜ」
見れば、早速、地球戦艦へ突撃を始めている帝国機がチラホラ出始めている。
「一番槍争いか」
コテツは一番槍に興味はない。
「確実に仕留められればそれでいい。逃げ道を塞いでやるぜ」
ぐるりと大きく迂回して、居住・長距離航行ブロックの後ろに回り込む。
回り込みながら、コテツは違和感を抱く自分に気付いた。
「何か変だ。何かが足りない。なんだ。何が足りない?」
ゆっくりと錐もみ飛行しながら周囲を警戒する。違和感は消えてくれない。
「おかしい。いつもと何かが違う。いつもなら……いつもなら……」
禁忌兵器だ、とコテツは気付いた。電磁パルス爆弾! あれがまだ撃ち込まれていないのだ。
「何故だ。何か理由があるのか?」
胸腔に充満するイヤな予感に軽い吐き気を覚えながら地球戦艦の後ろ半分を見る。ちょうど、僚機が放った対艦宙雷が命中しようとしているところだった。
「……考えすぎか? ヤツらの電磁パルス兵器が在庫切れっていうだけなのか? ……だか、気になる。だいたい、敵艦の直衛編隊がまったくいないってのがおかしいんだ。どこかに伏兵が隠れているんじゃ……」
地球戦艦から視線をそらし、星々の海へと目をこらす。
そのときだった。
「!」
衝撃がきた。
何が起こったのだ? 思わず地球戦艦に視線を戻す。
そこには、巨大な火球が出現していた。
「……対艦宙雷で艦体が誘爆した……? いや、これはまるで……」
自爆ではないか。その言葉をコテツは思わず呑み込んだ。
業火と破片が迫ってくる。
「自爆に巻き込まれる……!」
スロットルを全開にして、コテツは必死に逃げた。
居住・長距離航行ブロックの自爆に巻き込まれて、別働隊は壊滅した。
生き残ることができたのはコテツを入れてわずか十三機。未帰還率が九割を越えていた。
生き残った者の中にはディンプ特務大尉もいた。彼に率いられ、母艦を目指す。
「なんて真似をしやがる……」
コテツのうめき声がコクピットに空しく響いた。
地球軍が電磁パルス兵器を使わなかったのは、自爆装置を確実に作動させるためだったのだろう。
自爆した地球戦艦の片割れは、果たして本当に無人だったのか。……それとも、誰かが乗っていたのだろうか。
そんな疑問がふと浮かんできたが、それについて考える時間は与えられなかった。
所属艦隊からの救援要請の通信が届いたからだった。
「救援要請だと? 誰か助けてくれって? 相手にしているのは地球戦艦一隻……いや、半隻だろう? 居住・長距離航行ブロックを切り離して身軽になっているとは言え、一個艦隊の手に余るわけがないだろう」
コテツの疑問はもっともなものだった。
だが、交戦宙域に到着したコテツたちは異口同音にこう言った。
誰か助けてくれ、と。
ディノン帝国軍の宇宙戦艦が馬乗りにされたまま、ボコボコに殴られていたのである。
これは比喩でもなんでもない。
言葉通りの光景が、そこでは繰り広げられていた。
両脚が帝国戦艦の胴体を締め付けていた。
両腕が帝国戦艦の艦橋を殴りつけていた。
「なんて真似をしやがる……」
コテツたちの母艦に加えられた、質量兵器による何十回という連続攻撃。
「……その正体がこれか……」
戦艦サイズの巨大ロボット。
宇宙空母、宇宙戦艦、補給船、護衛戦闘機。殴られ、蹴られてひしゃげたそれらの残骸が無数に漂う中、そいつは最後に残った旗艦を殴り続けていた。
まさに悪夢のような光景だった。
「いっそ悪夢であってくれ」
埒もないぼやきがコテツの口から漏れた。