「よくもまあ、生きて還って来れたものだ」
通算三隻目となる母艦の格納庫で、コテツは感慨を呟き、自分の愛機を見上げた。
こちらは母艦と違って、初陣からずっと同じ機体を使ってきている。
「我ながら物持ちのいいことだ。……本当にいいのは運の方だろうがな」
コテツは苦笑する。
実際、アレから無事に逃げおおせたのは、運が良かった、としか思えない。
思い返してみる。
タコ殴りにされた旗艦が沈黙すると、地球軍の巨大ロボットはコテツたちを次の獲物に定めた。その周囲を飛び回っているのは全て銀色の砲弾型。地球軍の戦闘機だ。そいつらが、一斉にこっちに向かってきたのだ。
コテツたちは必死に逃げた。
振り返れば、巨大ロボットがゆっくりと変形していくのが見えた。
腕が衝角(ラム)に。
脚は艦体に。
頭は艦橋に。
見間違えるはずもない。
それは地球戦艦の戦闘ブロックだった。
「あの巨大ロボットこそが、地球戦艦の本当の姿だった、ということか」
しかし、軍上層部はアレをどうやって仕留める気なのか。
戦艦の数を揃えて離れたところから山ほど対艦ミサイルをぶちこんでやればいい。
電磁パルス兵器さえなければ。
センサーが電磁パルスで破壊されれば、自動追尾どころか姿勢制御もままならない。地球戦艦に命中(あて)るどころか、まっすぐに飛ぶことすら困難になるのは明らかだった。
それどころか、ミサイル弾頭の安全装置を外して発射菅にセットしたところに電磁パルスを食らったらどうなるか。ミサイルが飛ばずに発射管がふさがるぐらいならまだいい。起爆装置が誤作動して暴発した日には、下手をすると帝国軍戦艦ごと轟沈してしまう。
コテツたちが銀鞠に装備したのが対艦ミサイルでなく、推進装置を持たず、命中時の衝撃で信管が機械的に爆発する対艦宙雷を装備したのも、同様の理由からだった。地球戦艦に命中する軌道に手動制御の銀鞠で乗ってから、宙雷を切り離して銀鞠自体は軌道を逸れるのだ。遥かな昔、レシプロ戦闘機で海上戦艦を急降下爆撃していたのと似たような感覚だろう。
「まあ、今の地球戦艦を焦って撃沈する必要はないんだがな」
なにしろ、地球戦艦は居住・長距離航行ブロックを切り離したあげくに、自爆させてしまったのだ。これでは、超空間航法(ワープ)ポイントにたどり着いたところでワープ自体ができないではないか。
「あとは、宇宙機雷で地球戦艦を包囲してしまえばチェックメイトって寸法か」
一隻のみで敵中深く切り込んできたリスクが、ようやく地球戦艦を縛っていた。
「補給も無しに敵国で孤立、と。さんざん好き勝手やってくれたが、補給と情報を軽視した軍が勝った試しはないからな。今度こそ、きっちり落とし前つけてやるぜ」
コテツは鼻息荒く不敵に笑った。
が、その笑みが凍り付くまで、それほど長い時間を必要としなかった。
地球本星からの援軍を補足。
その報せが届いたのは,翌日のことだったのだから。
機雷をばらまくどころか、数を揃えるヒマもありゃしない。
「……いっそ悪夢であってくれ」
宇宙空間を飛行する戦闘機のコクピットで、コテツは苦々しげにぼやいた。
コテツの所属する編隊は、ディンプ編隊長とコテツ以外は全員、新兵だった。
別働隊のほとんどが居住・長距離航行ブロックの自爆に巻き込まれたのが痛すぎた。
戦闘機乗りの数がどうしようもなく不足している。
「銀鞠の数が揃えられても、パイロットが足りねえって、なんの冗談だ」
コテツは深くため息をついた。
「地球戦艦とその援軍が合流する前に,援軍の補給部隊を潰さないとならない。……まあ、理屈は分かるけどなあ」
ここまで苦労して、地球戦艦の戦力を削ってきたのだ。ここで後続部隊の補給を受けさせては元の木阿弥である。
そもそも、敵の戦力が分散しているうちに各個撃破するのは戦略の基本なのだ。
「護衛艦ぐらいはついているだろうが、所詮は補給部隊だ。たかが知れている。叩きやすい方から叩くってのは文句ないけど……」
コテツはため息をついた。
「叩きやすい方を叩いたあとは、手強い方を相手しないといけないんだよなあ」
巨大ロボットに変形する宇宙戦艦。
悪夢のような光景を思い出して、コテツはもう一度ため息をついた。
「どこのバカだ、あれを補給部隊と報告したのは!」
帝国軍の索敵部隊を、コテツは声の限りに罵った。
まさに悪夢のような光景だった。
二体の巨大ロボットが並んで浮かんでいる。地球戦艦の同型艦であることは明らかだった。
「……一隻だけでも手に余るってのに……合計三隻って……」
しかも、その背後では、三つの居住・長距離航行ブロックから銀色の砲弾型が湧いて出てきている。
二つの戦闘ブロックに三つの居住・長距離航行ブロック。
それが意味するものは。
「余分な一個は、招かれざる先客の分ってことだよな」
先頭を飛ぶ編隊長機のテールランプが明滅を繰り返した。
「撤退、の指示か。冷静な判断をしてくれてありがたいよ、ディンプ編隊長どの」
この戦力差では、全滅覚悟で総攻撃をかけても、地球軍艦載機の数をいくつか減らせるかどうかだ。なにしろ、パイロットのほとんどが初陣なのだから。
「それよりも、この情報をはやく軍上層部まで届けるのが急務ってものだよな」
地球艦隊に背を向けて、スラスターを噴かす。
地球軍は追撃しては来なかった。
「追っかけてこないのは助かるが……。こいつは不要な交戦は避けたいってことなのか、……それとも、余裕の現れってことなのか」
もしかしたら、後者なのかもな、とコテツは思った。
「こうなってくると、四隻目、五隻目の宇宙戦艦が来ない保証なんてどこにもないな」
思わず呟いてから、コテツはその予言めいた内容の不吉さに身震いをした。
「忙しないことだな。今度はあっちの地球戦艦か」
母艦へと戻ったディンプ編隊を収容した宇宙空母は、すぐさま超空間航法(ワープ)ポイントへ向けて出航した。向かう先は、コテツがぼやいた通り、もう一隻の地球戦艦である。
「叩きやすい方から叩く、か。……地球戦艦戦闘ブロックの方が叩きやすいって、どういうことだよ」
嘆いてはみたものの、コテツにもわかっている。相対的な問題なのだ。二つの戦闘ブロックと三つの居住・長距離航行ブロックよりは、一つの戦闘ブロックの方がまだ勝ち目がある、という。
ただ、絶対値として見れば、当然ながら地球戦艦戦闘ブロックの戦力自体は変わっていない。
手強い戦闘ブロックと、か弱い補給部隊を相手にしていた筈が、ふたを開けてみれば手強い戦闘ブロックと、もっと手強い二つの戦闘ブロックを相手にしなきゃならなくなっていた訳だ。
「どっちにしても、地球戦艦とその援軍が合流する前に、そのどっちかを沈めないとならないことに変わりは無いか」
補給を受ける前の疲弊した状態のうちならば、地球戦艦戦闘ブロックといえども勝ち目が出てくるかも知れない。
もともと、あの巨大ロボットにはディンプ編隊とは別に主力部隊が向かっていた。
「……もう始まっているみたいだな」
キャノピー越しに見える虚空の遥か先。光点がいくつも点滅している。
真空の宇宙空間で星が瞬くことはない。
あれは、戦場の瞬きだ。
スラスターの噴射。
機銃のマズルフラッシュ。
……そして、機体の爆発。
熾烈なドッグファイトの狂宴があそこで繰り広げられているのだ。
「先発の主力編隊は、新兵も多いが数はきっちり揃えてるって話だ」
個々の技倆差を数で圧倒すれば、制宙権を獲得することも不可能ではない。
「そのときは、地球戦艦にコイツを悠々とぶちこんでやるぜ」
コテツは精一杯の強がりで不敵に笑った。手を伸ばせるものなら、銀鞠の腹部に取り付けられた宙雷をポンポンと叩きたい気分だった。
電磁パルス兵器で電子制御が使い物にならなくなるのは地球軍も同じだ。
だから、あの巨大ロボットも、コテツが乗る戦闘機と同様にアナログ手動制御で動かしているのだろう。戦艦のなかで地球人たちが、古代の蒸気船のごとく、手でバルブを開いたりワイヤーを巻き取ったりしているのを想像して、コテツは苦笑した。
「どんなに苦くても無理矢理でも、笑えるうちはまだマシかな……」
そんなことを言いながら。
戦場に到着したコテツの顔からは完全に笑顔が消えていた。
「……悪夢だ」
コテツは必死で回避する。
銀鞠からの攻撃を。
必死で避ける。
挟み撃ちしようとしてくる銀色の砲弾型を。
そのどちらも、同じ識別マークを付けていた。
地球軍を示す識別マークを。
この戦場で、その識別マークを付けていない、つまりは帝国軍の機体は明らかに劣勢に追い込まれていた。
なにがあったというのか。少し考えてみればわかることだった。
「帝国軍艦隊の残骸から補給物資を調達しやがったな、こいつら……!」
体国軍から鹵獲した銀鞠を改修して使っているのだ。
「畜生、死人の服を剥ぐような真似をしやがって」
銀鞠は地球人にとって使い慣れない機体であるはずだが、そんなことは微塵も感じさせない動きだった。
「くそっ……、悔しいが、パイロットとしての適正は地球人の方が上か。お互い石斧を武器に戦うのなら、原始人の方が有利ってわけだ」
毒づきながらコテツは不規則な旋回を続けた。
「だが、時折動きが不自然になるな。戸惑いが見えるというか。味方同士の連携が取れてないようだ。……そうか、銀鞠を横取りしたのが仇になったな。近づいて識別マークを確認しないと敵味方の判別がつけられないんだろう!」
それに気付いたコテツは、地球軍の銀鞠をなるべく狙うようにした。砲弾型を狙う銀鞠はディノン軍の戦闘機以外にあり得ないが、銀鞠を狙う銀鞠は、遠目には地球軍かディノン軍かわからない。
「焼け石に水かもしれないが、少しでもヤツらを混乱させられたら……」
それが功を奏したのかは分からないが、撤退を指示する信号弾が発射されるまで、コテツはどうにか生き延びることができた。
地球軍の宇宙戦艦が合流を果たしたのは、それから間もなくのことだった。