もう、あとが無い。
すぐそこまで、地球艦隊は迫ってきている。
ディノン帝国本星まで、ワープポイントはあと一つ、たった一つを残すのみ。
「だというのに、地球戦艦を一隻も沈めることができないでいるとはな……」
宇宙空母の、休憩所を兼ねた展望室でコテツが自虐的な笑みを浮かべると、
「そう腐るな、コテツ少尉。お前はよくやっているよ」
ディンプ大尉が話しかけてきた。
「これは編隊長どの」
すっかり手慣れた様子でコテツが敬礼すると、大尉はその隣のベンチに座った。
二人の前に、瞬くことのない星の大海が広がっている。
「ここから見えるか、あの連中の艦(ふね)」
「さすがに距離がありすぎます」
「まあな。だか、こうしている今も、ヤツらは確実に近づいてきている」
「ええ。途中の惑星や施設を占領することもなく、まさに脇目も振らずにまっすぐ向かってきています」
「短期決戦で決着(ケリ)をつけようというのだろう」
「ええ。地球軍に勝機があるとすれば、短期決戦しかありません。帝国では耐電磁パルス兵器仕様の戦艦も戦闘機も開発が進んでいると聞きます。時間さえあれば……長期戦にさえ持ち込めば勝つのは我々です」
「そうだ。電磁パルス兵器というたったひとつのアドバンテージが生きているうちに決着をつけないと、敗北(まけ)るのはヤツらだ。……利口な連中だ、自分のことをよく分かっている」
「決戦は近い、ということですね」
「そういうことだ、……と俺も思っていたんだがな」
「……戦況に変化が?」
「……状況が変わるかも知れん。いや、状況を変えられるかも知れん」
「それはいったい……」
怪訝な表情を浮かべるコテツに、ディンプ大尉はほろ苦く笑いかけた。
「俺たちに、新しい任務が与えられた」
軍使の護衛。
それが、ディンプ編隊に与えられた新たな任務であった。
「ティモール少将です。みなさん、よろしくお願いします」
空母の格納庫で整列するコテツたちの前で自己紹介した軍使は、穏やかな物腰の、武張ったところのない、およぞ軍人らしくない男だった。
そのおとなしげな雰囲気に接して、どこかハッチーを思い出させるな、とコテツは幼なじみの顔を思い浮かべた。
地球軍との休戦交渉。
それが、このやさしげな軍使が帯びた任務である。
帝国軍上層部は、殺し合う以外の選択肢をようやく考える気になったらしい。
なんで、もっと早くそうしなかったんだ。
コテツは、そう思わずにいられない。
整列解散後、この人懐っこい男はコテツに和(にこ)やかに話しかけてきた。将官が士官に対する態度とはとても思えない、尊大さというものをまったく感じさせない笑顔だった。
「いやー、戦闘機に乗るのは初めてですよ」
「そうでありますか。奇遇ですね、自分も少し前まではそうでした」
コテツの、精一杯のぎこちない冗談に、ティモール少将は楽しそうに笑った。
「ははは、そうですね。誰にだって初めてはあります」
我ながら下手な冗談だったな、笑ってくれたからまだいいようなものの、などとコテツが思っていると、
「よお、久し振りだな、ディンプ」
陽気な大声が格納庫を満たした。
振り返ると、声に負けずおとらず大柄な男が編隊長に駆け寄っていた。
「相変わらずのようだな、バラフト」
「そう言うお前さんだって代わり映えしないぜ」
誰だろう、とコテツは思った。どうやら、編隊長の知り合い、それもかなり親しい友人のようだが。
「まったく、もう少し早く来ていれば隊全員に紹介できていたのに……」
「こっちも色々と用事があったんだって」
「まあいい、ここに居る者だけでも聞いてくれ」
ディンプ大尉が声を張った。
「こちらはバラフト大尉だ。本作戦にて、あの複座式戦闘機の操縦をしてもらうために急遽この隊に来てもらった」
「バラフトだ、よろしくな。本業は索敵編隊の隊長なんだが、複座式の扱いに慣れてるからってんで呼ばれたんだ」
索敵機には、操縦するパイロットと、周囲を見渡すのに専念するための哨戒係の二人が搭乗する必要があるため、複座式の機体が用いられるのが常となっていた。
戦闘機の操縦ができないティモール少将を乗せるため、副座式戦闘機を使用するのだろう。
しかし、コテツにしてみればそんなことよりも心に引っかかることがあった。
「索敵編隊……」
思わず漏れた呟きに、ムッとした響きがこもる。
地球の宇宙戦艦二隻を補給部隊と報告されたのは、まだ記憶に新しい。
それを聞きつけられたようだ。
「ああ、そんな顔をしないでくれ」
バラフト大尉が眉を八の字にして苦笑しつつ話しかけてきた。
「言い訳をするわけじゃないが、俺たちが上層部(うえ)に出したのは『敵艦影発見』の報せとアナログ写真のネガだけだ。伝言ゲームの途中で、誰かの願望が混じってしまったんだろうな。……って、言い訳だな、こりゃ」
「あ、いえ、そんな……」
コテツはうろたえてしまった。
「俺たちだって、キッチリ仕事はするさ。……今回だってな」
そう言ってバラフト大尉が視線を向けた先には、他の単座式戦闘機より二回りほど大きな機体が二つ、並んでいた。
「ってオイ、ディンプよ、なんで複座式が二機もあるんだ? 今回の軍使は単身のみで随員はなかったよな」
「予備の機体だよ。まあ、何事も無ければ片方は俺が乗るがな」
「へ? なんでよ」
「……こいつは特製だ。装甲が厚い」
「……ああ、なるほど。相変わらずだねえ、ホントに」
「まあな」
「で、もちろん一人で乗るんだよな」
「当然だ」
どういうことだ、とコテツは思わざるを得ない。装甲が厚いから複座式に乗る、だって? 自分一人だけ、少しでも安全なところにいようってのか?
だが、軍隊では上官の命令は絶対だ。逆らうことは許されない。
軍人になったことを初めて心の底から後悔していると、とりなすようにティモール少将が話しかけてきた。
「お二人さんは色々と積もる話もあるようですし、私たちは外しましょうか」
ティモール少将が、飲み物が欲しい、というのでコテツは展望室へと連れてきた。ここなら、売店がある。
「いけませんよ、あんな怖い顔をしては」
やんわりとたしなめられて、コテツは感情が顔に出ていたことに気付いた。
なんと答えたものか分からずにいると、ティモール少将は話題を転じた。
「休戦交渉……うまくいくと思いますか?」
「自分にはわかりかねます」
荒れた感情を押さえ込もうとしているせいか、無愛想な返答になってしまう。
「じゃあ、すこし質問を変えましょうか。休戦交渉がうまくいって欲しいですか?」
「……はい。うまくいって欲しいです」
できれば、もっと早く休戦交渉を始めて欲しかった。その言葉は懸命に呑み込む。
「わたしもですよ」
「少将どのは……うまくいくとお考えでしょうか」
「これが分のない賭けだとは思いませんよ」
「ですが、…………戦況は我々が不利です」
「……そうですね」
「もう少しで敵の本星まで攻撃が届くというのに、ヤツらは休戦に応じるでしょうか」
「応じる理由があります」
「いったい、どんな?」
「ディノン本星を制圧すれば、ディノン帝国は首都機能のほとんどを喪失し、大混乱に陥るでしょう」
「……はい……」
コテツは唇を噛んだ。
「そうなれば、様子見をしていた周辺諸国がこぞって武力侵攻を仕掛けてくるでしょう」
「わかりません。ディノン帝国がさらに劣勢になるばかりではありませんか。それは休戦の申し出など一蹴して戦争を続行する理由になりこそすれ、休戦を受け入れる理由になるとは到底思えません」
「ディノン帝国が衰亡すれば、ディノン帝国の代わりに地球軍が、武力侵攻してきた周辺諸国の相手をしなければならなくなるでしょう」
「あ……」
「戦争は始めるよりも終わらせる方がはるかに難しいのですよ」
「…………」
「戦火が拡大すれば、戦争の落としどころを見つけるのはさらに難しくなります。このままズルズルと戦争に呑み込まれていくのは、地球の人たちも望んでいないでしょう。ならば、ここでディノン帝国と講和を結ぶのは、地球にとってもいい落としどころになる筈です。と、いうより、地球にとって今が講和を結ぶ最高のタイミングなんです」
「……そんな理屈の通じる相手でしょうか」
コテツの知る地球軍は、何をやらかすかわからない、あまりに非常識な存在だった。
「そうですね。もしかしたら、地球人というのは血に飢えた、自分を滅ぼしてでも相手を滅ぼそうとしている、怪物のような種族かも知れません」
「もしも地球人がそんな悪魔だったらどうなるのでしょう」
「お手上げですね」
「そんな」
「本当にお手上げですよ。もしかしたら、このまま銀河連合全体を巻き込んだ電磁パルス兵器戦争に発展するかも知れませんね」
「……我々にできることは、本当になにもないのでしょうか」
「まあ、とりあえずは、ですね」
「とりあえずは?」
「地球人も、この戦争を終わらせたがっていると信じることでしょうね。それなくしては、我々も進みようがありません」
そう言って、ティモール少将は笑った。照れたように、どこか寂しそうに。
地球との間に外交チャンネルは開かれていない。
それどころか、地球の言語すら解析がろくに進んでいないのだ。
呆れたことに、地球では複数の言語がいまだに使われているらしい。これでは言語の解析が困難になるのは当然だった。まったくもって呆れた話だ。地球人は異なる国に分かれて、異なる言語を使っているのだ。
「そんな地球人と意思の疎通自体ができるのでしょうか」
展望室の売店で買ったコーヒーをすすりながら、コテツは当然の疑問を口にした。
「そこはまあ、やってみるしかありませんね」
「ですが、乱暴な話です。言葉も通じない、当然、事前通告もできないのに、軍使を戦闘機で送りつけるなんて」
「仕方がありませんよ。白旗が軍使の証しであることを彼らが知っているかどうかもわからないのですから」
「白旗が徹底抗戦の意思表示だった星もあったらしいですからね」
「異文化交流というのは色々と難しいんです。一歩まちがえれば戦争にもなる」
これはティモール少将の冗談なのかどうか量りかね、コテツは曖昧に笑った。ここで「実際に戦争になってますしね」と答えるのは、さすがに不謹慎だろう。
「まあ、まったくの無策というわけでもありませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ。戦闘機にライトを取り付けてあります。それを点滅させて、信号を送りながら地球戦艦へ向かうんですよ」
「どんな信号を送るんですか?」
「もちろん『我々はあなたちと対話を望む』って意味の信号ですよ」
「ですが、地球の言語はわからないって……」
「ええ。だから、正確に言えば『我々はあなたたちと対話を望む』っていう意味の筈の信号を送るんです」
「どこで知ったんです? そんな信号」
「……地球との開戦直後にですね、その信号が地球側から何度も送られてきてたんですよ、色んな周波数の電波信号で」
「それはまた、貧弱な根拠ですね」
「全くです」
「もしかしたら、『かかってこい。我々は受けて立つ』という意味の信号かも知れない」
「かも知れませんね」
「それでも行くんですか」
「行きます」
「どうしてですか? 軍の命令だからですか?」
「信じているからですよ」
「何をです」
「言ったでしょう? 地球人も、この戦争を終わらせたがっている。それを信じているから、こうして前に進めるんです」
そう言ってティモール少将は展望室の大きな窓を見た。そこには星の海が広がっている。
それから、二人はしばらくの間、たわいもない話に興じた。
例えば。
「言語の通じない相手と、どうやってコミュニケーションをとるんですか?」
「顔を合わせさえすれば、いくらでも方法はありますよ」
「そうなんですか?」
「ええ。例えばね、こうするんです」
ティモール少将はメモ用紙を取り出して、そこに絵を描き出した。なかなか絵心があるようで、見やすい絵だ。どうやら四つ足の動物の絵らしい。が、目が六つもある。頭には見たこともない形をした角が三本。尻尾の先は二つに割れて、そのそれぞれから羽が生えている。身体には格子模様が浮かんでいる。……あれ、格子模様の動物なんていただろうか。
思わずコテツはこう聞いた。
「それはなんですか?」
するとティモール少将はにっこりと笑い、ベンチを指さしてこう言った。
「それはなんですか?」
「え……ベンチです」
またティモール少将はにっこりと笑い、今度はペンを指さしてこう言った。
「それはなんですか?」
「……ペン、です」
ティモール少将はにっこりと笑ってこう言った。
「これでわたしは、あなたがあれをベンチと呼び、これをペンと呼んでいることがわかりました」
コテツはあっけにとられてしばらく黙っていたが、やがて合点がいった様子でこう言った。
「ああ、なるほど」
「わかっていただけたようですね。わけのわからない何かの絵を見せられれば、たいていの人はこう言います。『それはなんですか?』とね」
「その言葉さえ判明すれば、こっちから色々と質問ができるようになるんですね」
「そういうことです」
「奥の深いものですね」
「でも、まあ」
「?」
「学習型の翻訳アプリというものもあるんですけどね。地球語のデータベースはこれから作らなきゃいけませんが」
ティモール少将は携帯端末を取り出して見せた。いたずらっぽく笑いながら。
「あ……」
「ははは、言ったでしょう。顔を合わせさえすれば、いくらでも方法はある、って」
と、いう具合に。
そのうちに、艦内サイレンが鳴った。発進待機のサイレンだ。
それは、軍使の出立が間近だということだった。
「申し訳ありません。ご出立前の貴重な時間をこのようなことに割いていただき……」
「そんなことを言わないでください。こちらこそ、話し相手になってもらって助かりましたよ。正直、怖くて怖くて仕方がなかったのが随分と紛れましたからね」
そう言うティモール少将の笑顔を見て、コテツは祈らずにいられなかった。
笑顔の意味を、地球人が知っていることを。
戦闘機が次々と宇宙空母から発艦していく。
その数は総勢十二機。
最初に出たのはコテツ機であり、最後に出たのはディンプ編隊長機、その一つ前がティモール少将とバラフト大尉の乗る複座式戦闘機だった。
バラフト機に取り付けられたライトが点滅を始めた。一見すると不規則な点滅のようだが、少し長い周期で見れば規則的かつ正確な点滅であることがわかるだろう。信号を送っているのである。
この信号が、地球軍にとって『我々はあなたたちと対話を望む』を意味することを祈りながら、コテツは戦闘機を飛行させた。
向かうは地球艦隊。まだ、その姿は見えない。
未だに地球戦艦の姿は見えない。
だが。
編隊の先頭についたディンプ編隊長機のテールランプが点滅して信号を送ってくる。
「敵機編隊を発見、か」
テールランプはさらに信号を送ってくる。
「七十二機、か」
とうとう数で圧倒される様になってしまった。
「まあ、すんなりと地球艦隊のところまでいけるとは思ってないさ」
地球艦隊にディノン軍戦闘機の編隊が近づけば、迎撃部隊を差し向けてくるのは当然の展開である。
テールランプが信号を送ってくる。
それが意味するところは『散開して迎撃せよ』ではない。
一方、地球軍の編隊は散開を始めた。
「帝国軍は出遅れた、とでも思っているかな。……なら、そう思っててくれよ」
ディンプ編隊はゆっくりと横に広がった。Vの字を描く。
「無茶を通そうってんだ」
スロットルの横に新しく取り付けられたレバーに手を伸ばす。
V字隊列の先頭を飛ぶディンプ隊長機のテールランプが点滅する。
これはカウントダウンだった。
5、4、3、2、1、0。
「それなりの準備も覚悟もしてあるんだよっ!」
レバーを引く。
突貫作業で増設されたブースターに火が点いた。
他の僚機もブースターを点火する。
ディンプ編隊は一斉に猛加速を始めた。
「ぐ、っががががっががっ!」
強烈な加速Gがコテツを襲う。全身がシートに押しつけられ、締め上げられる。
意識が持って行かれそうになるのを必死に引き留める。
ディンプ編隊は一丸となって戦場を貫いた。
地球軍戦闘機が、慌ててその後ろを追いかける。
バカな、とでも思ってるんだろうな。と、コテツは思った。
今まで帝国軍がこの手を使わなかったのは何故か。
意味が無いからだ。
こんなことをして迎撃部隊との交戦を回避したところで何の意味も無いのである。
帝国軍が向かう先は地球戦艦のところに決まっている。そして地球戦艦には迎撃部隊とは別に艦隊直衛部隊が残っているに決まっているのだ。
つまり、このままだとどうなるか。
「このままだと、地球艦隊の直衛編隊と戻ってきた迎撃編隊に挟み撃ちにされるんだよな」
こんな速度のままでは、早すぎて機体の細かい制御ができない。現に、一瞬でも気を抜けば近くを飛ぶ僚機と接触しそうだ。敵とすれ違ったら引き返すのもままならないし、たとえ捨て身の体当たりをしようとしても単純化した軌道を読まれて回避されるなり迎撃されるなりするだろう。
だから、地球艦隊の近くで一旦減速せねばならない。その行き着く先は護衛部隊と迎撃部隊による挟撃である。
「軍使ってのは不可侵、攻撃しちゃいけないってのが常識だが……ヤツらが俺たちのことを軍使とその護衛だと認めなかったなら、そもそも軍使って概念を持っていなかったら、そのときは……今度こそ生きて帰れないだろうな。……いや、死んで帰るのも望み薄か。やれやれ、今度こそ宇宙の藻屑になる順番が回ってくるかもな」
減らず口でも叩いていないと、どうにかなってしまいそうだった。
始めは漆黒のなかにいくつか並ぶ点だった。
やがて、染みの群れに見えてくる。
宇宙戦艦の輪郭が分かるかどうか、という段階になって、ようやくディンプ編隊長機は『減速せよ』の信号を出した。
空気抵抗のない真空の宇宙空間では、ブースターを切ってもそれだけでは止まらない。慣性の法則にしたがって飛び続ける。
コテツは反転して増設ブースターを点火した。
「ぬっがががっがががががっっがっ」
たちまち強烈な減速Gが襲ってくる。
十分に減速したところで再び反転。前を向く。
こんな曲芸も難なくこなすぐらいにコテツの操縦技量は上がっていた。
「あーあ。もはや悪夢なんだか悪い冗談なんだか」
巨大ロボットに変形済みの地球戦艦戦闘ブロックが三体。
その周囲には艦載機が何十機と飛び回っている。
その遥か後方に浮かぶ三体の居住・長距離航行ブロックの周りにも、護衛の艦載機がまとわりついている。
もたもたしていれば、迎撃部隊も戻ってくるだろう。
「それまでの間、このまま地球艦隊とにらみ合いになってくれればいいんだが」
そうなれば、バラフト機が今も送り続けているランプ信号に地球軍が気付いてくれる可能性は格段にあがる。
「さすがに、そいつは楽観的に過ぎた話か……」
何十機という地球軍戦闘機がいくつもの編隊を組んで向かってきた。
「手荒く歓迎する気イッパイだな、あちらさんは」
ディンプ隊長機のテールランプが点滅する。
「できるかぎり広範囲に散開せよ、か。的を絞らせない気だな」
さらに点滅は続く。
「地球戦艦の周囲を飛び回れ、ただし攻撃は極力ひかえろ、ときた。無茶をいってくれる。もっとも、攻撃したくてもできないんだがな」
コテツは愛機を急旋回させた。
「あとは、バラフト特務大尉機のライト信号にヤツらが気付いてくれるまで、ひたすら逃げの一手か。……まあ、気付いたとしても無視されるかも知れないんだが」
特に地球艦載機の集まっている宙域目がけて加速する。かと思うと軌道を逸らす。と思えば近づこうとする。
「そうはいっても、敵の注意をなるべくこっちに惹きつけないとな」
わかりやすい陽動だが、何機かがノってくれた。
コテツ機に向かってくる。
「ノリの良いやつは地球にもいるんだな」
急旋回を軽快に繰り返してお調子者たちを振り回す。
隙を見て、その中の一機の後ろを取る。
「とりあえず、お近づきのしるしだ、受けとんな!」
機銃のトリガーを引く。
発射音がコクピットのなかで響く。
ペイント弾が地球軍機のキャノピーに命中し、一瞬にして赤色のいびつなまだら模様で埋め尽くした。
「どうだい、気に入ってもらえたかな」
泡を食って離脱していく銀色の砲弾型に声をかけ、次のお客さんに備える。
弾を命中させても相手を殺さない戦い。
その事実が、知らぬうちにコテツを解き放っていた。
彼を縛っていた恐怖から。
相手を殺すという恐怖から。
殺し合いをするという恐怖から。
そして今まで蓄積された経験が才能を花開かせ、確固たる技術をもたらしていた。
もっとも、当の本人にしてみれば、自分もようやく格闘戦(ドツグファイト)に慣れてきたようだ、ぐらいの認識しかないのだが。
「さあ、遠慮はいらない、お前も受け取れ!」
またも地球軍機のキャノピーを赤で染め上げる。
そんなことを何度繰り返しただろう。
「おっといけない」
コテツは焦りの声をあげた。
いつの間にか、ライト信号を送り続ける複座式戦闘機のそばに来てしまっていた。
「うん? バラフト大尉機が二機いる……いや、あれは!」
バラフト機に寄り添うように飛んでいるのはディンプ隊長の複座式戦闘機だった。
「ひどい……ボロボロじゃないか」
どれだけ被弾したのだろう。機能していないスラスターもあるようだった。
「なぜだ? 確かに地球機の数は多いが、この程度の敵機、編隊長の技量(うで)なら難なくさばけるはずなのに」
そう。今の地球軍は数こそ多いが、その分、経験が浅くなっている。実戦を経験する一人当たりの機会が減っているのだ。皮肉な話である。
「あっ」
バラフト機の後ろに地球機が回りこもうとしていた。バラフト機は信号を発するライトを常に地球戦艦側に向けるように飛んでいるため、動きを読まれやすくなっていた。
だが、驚くのはまだ早かった。
なんと、ディンプ機は体当たりでその軌道を逸らしたのである。
音を伝えぬ宇宙空間なのに、ガツン、という衝撃音が聞こえてきそうだった。
ディンプ機の機体にまたひとつ、傷が増えた。
「まさか、盾になっているのか! バラフト大尉機の!」
出撃前の二人の会話が鮮明に脳裏によみがえる。
『予備の機体だよ。まあ、何事も無ければ片方は俺が乗るがな』
『へ? なんでよ』
『……こいつは特製だ。装甲が厚い』
『……ああ、なるほど。相変わらずだねえ、ホントに』
『まあな』
『で、もちろん一人で乗るんだよな』
『当然だ』
あれは、そういう意味だったのか!
自分は装甲の厚い特別機でバラフト機の盾になるという!
編隊長は当然のように最も危険な要所の守り手となることを選んでいたのだ!
二人はたったあれだけのやり取りで、覚悟を示して、察して、受け入れていたのだ!
「俺も盾に……!」
そう思いかけたが、コテツの愛機はなんの変哲も無い量産機である。装甲も薄い。
ディンプ機の真似をすれば、たちまち大穴が開いて撃墜されてしまうだけなのは明らかだった。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
罵りの叫びをあげながら、コテツは虚空を翔ける。何機もの地球機を赤色に染めながら。
「まだか、まだか、まだか!」
コテツは吼える。
「まだ届かないのか! あんなに信号を送っているじゃないか! 『我々はあなたたちと対話を望む』って! 届かないのか! それとも地球人! お前らには、そんな言葉は初めから無かったってのか!」
自業自得なのはわかっている。
『我々はあなたたちと対話を望む』
地球人に、そんな言葉があったとして。
その言葉を先に無視したのは自分たちなのだ。
今さら、何を虫の良い話を。
そう言われたって仕方ないのだ。
それでも叫ばずには居られなかった。
「チクショウ! お願いだ、もう終わりにしてくれ! 戦争を終わりにしてくれ! 殺し合いを終わりにしてくれ!」
無駄とわかっていても、慟哭はあとからあとから胸の奥から湧いて出てくる。
「俺たちは、いつまでこんな事をしてなきゃいけないんだ! いつになったら戦争はなくなるんだ!」
どうしてこんな事になったんだ。いつの間に俺たちは間違っていたんだ? どこで俺たちは間違った? その疑問が脳裏をかすめたとき。
「いつになったら………あっ! あああっ、うああああああっ!」
嘆きの叫びは絶望の叫びとなった。
度重なる被弾に耐えられなくなった編隊長機が弾け、炎に包まれている。
「ディンプ大尉っ!」
届くはずもない叫び。
ちぎれかけた胴体で虚空を漂うディンプ大尉に届くはずもない叫び。
その向こうで。
バラフト機が地球戦艦へと向かっていた。
ライトが壊されたのだろうか。
『我々はあなたたちと対話を望む』
そう呼びかける光は絶えていた。
「そんなところへ行って何をしようというんだ! もう届けるすべはないのに! 俺たちの言葉を、地球に届けるすべなんて残ってないのに!」
そう叫んだコテツは、ある言葉を思い出していた。
『顔を合わせさえすれば、いくらでも方法はありますよ』
照れたような、どこか寂しそうな笑顔で言われた言葉を。
「まさか、まさか!」
コテツは愕然となった。
「地球戦艦に乗り込んで直談判しようってのか! 無理だ、無茶だ、戻ってきてくれ!」
届かぬ叫びを止められない。
「あなたはこんなところで死んじゃいけないんだ、ティモール少将! 引き返してくれ、バラフト特務大尉! 逃げてくれ! 俺がやる! 殿(しんがり)は俺がやる!」
既に何発か被弾している複座式戦闘機に向かうコテツ機の前を、一機の地球軍機が横切ろうとする。
「邪魔をするな!」
怒号と共にペイント弾をたたき込む。かつて神業とまで呼んでいた離れ業を無造作にやってのけた自分に、コテツは気付いてもいない。
地球戦艦の間近に迫ったバラフト機のキャノピーが吹き飛んだ。いや、外されたのだ。コクピットの中から。
そこから上半身を乗り出したパイロットスーツ姿の人影が、両手を大きく振って無防備な姿をさらした。
戦意のないことを示そうとしているのは明らかだった。
「ティモール少将!」
届かぬ叫びがコクピットを満たし。
そして消えるよりも早く。
巨大ロボットの腕が複座式戦闘機をなぎ払っていた。
二人の搭乗員ごと。
『地球戦艦へ向かってください』
ティモール少将が、どんな思いでその言葉を告げたのか。
バラフト大尉は、どんな思いでそれを受け入れたのか。
それを知らぬ者たちが、彼らを殺したのだ。
ディンプ大尉もバラフト大尉も戦死した今、この編隊の指揮権を持つのはコテツである。
「こんなことってあるか! こんなことってあるか! こんなことがあっていいわけがあるか!」
無念の慟哭と共に、コテツは帰投の信号弾を放った。
しばらく待ったが、戦場から離脱する味方機は出てこない。
戦場を駆け巡ってみたが、飛んでいる帝国軍機を見つけられない。
コテツ機は地球戦艦に背を向け、増設ブースターに点火する。
母艦へ向けて虚空を孤独に駆ける。
それに続く者はいない。
猛烈な加速Gがコテツを襲ったが、うめき声ひとつあげることはなかった。