歴戦の戦闘機乗り。
気付けば、コテツはそう呼ばれるようになっていた。
そう呼ばれることにコテツは違和感を覚える。
単に、死に損ない続けただけではないか。
自虐でもなんでもなく、ごく自然にそう感じるのだ。
「コテツ編隊長どの、全員整列いたしました!」
「そうか」
空母の格納庫に響き渡った若々しい声に、コテツはゆっくりと振り返った。
コテツ編隊長どの、か。
違和感しか感じないな。
そうコテツ大尉は思った。
ずらりと並んだ彼の部下たち。
揃いも揃って若々しい面々だった。
いや、幼い、といってもいいような顔立ちの者もチラホラ居る。
全員、コテツよりも年下である。
当然と言えば当然の話だ。
ついこの間まで、彼らは学生だったのだから。
これからコテツは、学徒出陣兵を率いて地球艦隊に立ち向かうのだ。
小さく息を吸ってから、コテツは話し始めた。
三十五名の青少年たちに向かって。
「ワープポイント・テテルジアを知っているか」
ディノン帝国国民なら知らぬはずもない場所だった。帝国本星付近にあるワープポイントのひとつである。
「そこへ地球艦隊がワープアウトした。昨日のことだ」
隊員たちは思わず顔を見合わせあった。
「近日中に、ヤツらは帝国本星に乗り込んでくるだろう。我々の任務は……これを迎撃することにある」
不安と緊張に、一同の顔が青ざめた。
学徒出陣。
学生を在学途中で徴兵することだ。
戦争末期の疲弊しきった国家が兵数不足を補うために行う悪あがき。
世間一般には、そのイメージが大きいが、今回は少し違う。
ディノン帝国軍の戦力は、それほど悪化しているわけではない。全体で見れば、という前置きを付ければ、の話だが。
従来の帝国軍の大部分は周辺星系国家との国境付近に配備されている。帝国の窮地につけ込んで周辺国が武力介入してこないようにするための抑えとして。
その何割かを一時的に帝国本星に呼び戻して本星防衛に充てることは可能だ。
しかし、それらの兵器は電磁パルス兵器に対して未だに無防備なのである。
耐電磁パルス兵器は帝国中の軍需工廠をフル回転させて今も生産中だ。
足りないのは、それを使える人間だった。
特に深刻なのが戦闘機のパイロットである。帝国軍内のパイロット適正者は、ほぼ全員が航宙隊に転属済みである。民間人も、即時徴兵可能なパイロット適正者はとっくに底をついていた。
他に、身体能力が高い若者がいるところはないのか。
その逼迫した疑問の答えが学校だったのだ。
高いパイロット適性を持つ学生が次々と徴兵され、戦場へと送られた。非常時である。パイロット適正さえ満たしていれば、年齢はほぼ無視された。
整列を解散させ、私室へと向かうコテツは、部下になったばかりの彼らの顔を思い浮かべていた。
そこにあったのは不安、緊張、そして覚悟。
自分のときはどうだったろう、とコテツは思い返して見る。
三百時間の飛行シミュレーション訓練と、二時間の実機訓練。初陣のときに持っていた操縦経験と呼べるものはそれだけだった。
「今にして思えば、それでも随分と恵まれていた……」
二十時間の飛行シミュレーション訓練と一時間の実機訓練。
それが、初陣を控えたコテツの部下たちに与えられた操縦経験である。
「まるでパイロットの促成栽培だな」
だが、初陣の時の自分にあって彼らにないもので決定的なのは。
「彼らにはディンプ編隊長も、チャザー少尉もブルド少尉もいない」
コテツは深く息を吐いた。
「居るのは俺だけだ……」
なんと頼りないことだ。コテツはそう思うのだ。
そして、初陣の時の自分になくて彼らにあるもので決定的なのは。
「あのとき、俺は負けても命さえあれば次があった。あいつらは、……勝たねば次はない」
帝国本星最終防衛ライン。
それがコテツ編隊の初陣となる戦場であった。
帝国本星最終防衛ライン。
文字通りの意味だ。これを破られたなら、帝国本星まで地球艦隊を阻むものは何もない。
帝国本星に到達した地球艦隊はそこに電磁パルス兵器の雨を降らせるだろう。
兵器の電磁パルスシールド処理は不眠不休の突貫工事で進められているが、到底、地球艦隊の攻撃に間に合うものではなかった。
星中の電子機器はクラッシュし、本星の首都機能は麻痺するだろう。
そしてディノン帝国は未曾有の混乱に陥る。
周辺諸国がそれを黙って見ている筈が無い。牙をむき出しに、こぞって武力介入してくるのは明らかだった。
いくつもの国の軍隊が我先にとなだれ込んでくるだろう。国境周辺の帝国軍は混乱した指揮系統に翻弄され、分断され、連携も取れない。各個撃破されるまで、どれほどの時間を稼げるだろうか。
帝国領は蹂躙されるだろう。略奪と暴行が横行するだろう。
どれだけの帝国国民が逃げ惑い、どれほどの地獄を味わうのだろう。
コテツ編隊の隊員たちが、初陣で勝利を手にできなかったなら。
自分の家族も。
自分の友人も。
自分の恋人も。
自分の故郷も。
どれほどの地獄を味わうことになるのだろう。
そんなことはさせない、と。
彼らは決意している。
だから地球人と殺し合うしかない。
不安にとらわれるのも当然だ。緊張するのも当然だ。
それでも彼らは覚悟している。
地球人と殺し合うことを。
そして自分が殺されることを。
『まずは生き残れ。ただし、逃げるな』
そんな彼らにディンプ編隊長の、その言葉をかけてやることすら今のコテツにはできないのだ。
想像してみる。
『責任は俺が取る。全員、ただちに帰投しろ』
戦場で自分が彼らにそう告げたなら。
彼らは逃げるだろうか。
逃げたとして、帝国が他国に蹂躙されるさまを正視できるだろうか。
自分の家族が、自分の友人が、自分の恋人が、自分の故郷が地獄の底にたたき落とされる光景に耐えられるだろうか。
自分が逃げなければ、もしかしたら避けることができたかも知れない光景に。
「……俺なら無理だ。到底、無理だ」
力なくコテツは呟く。
わかっているのだ。
自分が考えているようなことは、部下達だって何度も自問自答したに決まっている。徴兵されるとわかった日から、今まで、何度も何度も、何度も何度も。
逃げずに戦うしかない。
自問自答の果てに、その結論に至ったからこその覚悟なのだ。
わかっているのだ。
自分にできることは、地球艦隊を撃退するために彼らの指揮を執ることだけだ、と。
生き残らせるためではなく、勝つために。
「……こんなことがあっていいわけがあるか……」
私室に戻ったコテツはドアを閉めると呻くように言って、ドアにもたれたまま、ズルズルと座り込んだ。
地球との休戦交渉は、あの日に頓挫したままだった。
帝国軍の和平派はすっかり鳴りをひそめてしまっていた。空中分解してしまった、といってもいいぐらいだ。
「……ティモール少将が和平派の中心人物だったなんてな」
あの日、和平への途(みち)は閉ざされたのだ。
最早、戦う以外の途(みち)は残されていない。
ディノン帝国軍屈指の戦闘機乗りとして。
「歴戦の戦闘機乗り……。俺はそんな立派なものじゃない。命令されるまま、流されるままに戦場に行っていただけだ。戦場での俺は、ただ生き延びるだけで精一杯だった。その結果、たまたま死に損ない続けただけだった」
座り込んだまま、コテツは呟く。
「……あの日……。ティモール少将を守れなかったあの日……。あの日、俺は始めて生き延びる以外の目的で戦った気がする」
そして負けたのだ。
天井を見上げた。
「次の戦場で、俺は何のために戦うのだろう。そもそも……次があるのか?」
ぽつりと漏らして口をつぐんだ。
「コテツ編隊長どの、おられますでしょうか」
虚空を見つめているとドアがノックされ、声が掛けられた。
「誰だ?」
「トカー准尉であります」
「クビン准尉であります」
慌ててコテツは立ち上がり、部屋の奥のデスクの前にある椅子に腰掛けた。
「カギは開いている。入れ」
「失礼します」
丁重なしぐさでドアを開け、ぎこちなく敬礼をして、二人の少年が入ってきた。
「どうした」
「実は、これを預かって頂きたく参上しました」
そう言っておずおずと差し出してきたのはメガネケースだった。
「……中身は入っているのか?」
「はい。さっき切った髪がひと房、入っております」
「自分も入れてあります」
「出撃前でなくていいのか?」
「はい、出撃直前はバタバタしそうですので、余裕のある今のうちにと思いまして」
「そうか、わかった。預かろう」
コテツは二人からメガネケースを受け取った。
二人が部屋を出て行ったあと、コテツは用意しておいたトートバッグにメガネケースを入れた。
「……あと三十三個か。大きめのバッグにしておいてよかった」
次の出撃のあと、いったい、いくつの遺髪のなり損ないを返すことができるのだろうか。
「……まあ、戻ってきたら、この空母が沈められているかも知れないがな」
我ながら不吉なことを口にした。そんな感じでコテツは頭を軽く振った。
改修の完了した愛機が届いた、との報せを受けて、コテツは格納庫へ向かった。
「うおーっ、これが編隊長機か」
「機銃、デッケー! ゴッツー!」
「スラスターも俺たちのとは違うっぽいぞ」
「カスタマイズされた隊長機ってロマンだよなー!」
「いい……」
格納庫に近づくと、なにやら騒がしい声がする。一人や二人ではなさそうだ
中に入ると、格納庫には先客がいた。コテツ編隊の隊員たち全員が揃っている。
「編隊長どの、お先に勉強させて頂いております!」
三十五人の青少年が一斉におこなった敬礼に答礼を返し、コテツはハンガーに固定された自機の前に立つ。
「物見高いやつらだな」
「そうはおっしゃいますが、隊長機の姿はしっかりと覚えておかないといけませんから」
「そうです。どんな時でも見分けがつくようにしておかねばなりません」
「……勝手にしろ」
「はい、ありがとうございます!」
はじけるように笑う隊員たちが見ている中、コテツはコクピットに向かった。
「試験飛行、いつでも行けますよ」
整備兵が声を掛けてくる。
「わかった、すぐに準備を……」
「待ってください、コテツ編隊長どの!」
隊員の一人が声をはさんできた。
「なんだ?」
怪訝な顔でコテツが振り向くと、飛びぬけてガタイの良い隊員がカメラを手にして笑っていた。確か、名前はダラジムといった筈だ。
「折角ですし、ピカピカの新品のうちに一枚、いかがでありますか」
「……許可する。はやく撮れ」
編隊長機を撮るジャマにならないよう、コテツは機体から離れようとした。
「ああっととと!」
「……うん?」
変な声をあげたダラジムを見れば、ちょっと慌てたような戸惑うような様子だった。
「し、失礼しました。それで、その、そうじゃなくて……折角だから、その、隊のみんなで撮りたいと思ったんであります」
「……そうか」
改修完了したての編隊長機をバックにずらり横四列に並んだコテツ編隊、総勢三十六名。
満面の笑顔の者もいる。
緊張のあまり、ひきつったように笑う者もいる。
穏やかに微笑む者もいる。
おどけた笑顔の者もいる。
真ん中のコテツ編隊長も、どこか安らいだように笑っていた。
その集合写真はこうして撮られたのである。
「ふむ……悪くない反応だ。ほぼ注文通りの仕上がりだ」
虚空を縦横無尽に軌跡を描く銀鞠のコクピットで、コテツは満足げに息を吐いた。
操縦特性はクセが強く、フラットには程遠い。だが、その代わりに機動性、応答性が格段に上がっている。取り替えた機銃の試し打ちもしてみたが、連射性能が下がった代わりに一発の破壊力が跳ね上がっている。
「……あとは……」
後ろを振り向いて、ため息をつく。
「あいつらを時間の許す限り鍛えないとな」
必死に後ろに付いてくる四機の練習機。それぞれ距離を保って飛ぶだけで精一杯な様子である。
「まだまだ足取りが危なっかしい。五機に増やしたら玉突き事故を起こしそうだ」
出撃まで残された時間が、あとどれだけ残されているかはわからない。だが、少しでも隊員の操縦技倆を上げてやりたかった。
コテツは無線のスイッチを入れた。
「ちゃんと付いてこい。俺の機体のスラスターの方向、噴射の強さ、そして機体の挙動、しっかりと目に焼き付けておけよ」
「了解であります!」
「うむ、まだまだ元気なようだな。ペースを上げるぞ」
「ひ、ひえぇっ………ご、ご教導、ありがとうございますぅっ!」
隊員達三十五名の相手を一巡したところで、コテツは休憩をとった。
自室で仮眠をとったあと、目覚ましのコーヒーを飲もうと展望室へと向かう。
展望室のドアを開けると。
「いいぞ、そこだ!」
「ああっ、クソッ」
「やったぜ!」
いつもは閑散としている展望室は熱気と歓声であふれていた。
興奮気味に何かを見物しているギャラリーたち。
「何ごとだ?」
怪訝な顔をするコテツのもとに、
「編隊長どの!」
隊員のひとりが駆け寄ってくる。
嬉しそうな、楽しそうなその顔を見て、コテツは「ああ、アレのことだったか」と合点がいった。
「ここを試合会場にしたのか。……展望室使用の許可は取れたのか」
「はっ! 艦長にはこころよく許可の裁可をいただきました。編隊長どのにもレクリエーション許可の承認をいただき、隊員一同、深く感謝しております」
人垣の中に分け入っていくと、球技に興じていた隊員たちがプレーを中断して敬礼してきた。
なにやらむず痒い気分で答礼し、
「構わない、続けろ」
と促すと、早速、試合が再開された。
彼らが興じているのはバディ・ボール。ディノン帝国で大人気のスポーツだ。コテツたちの知るよしもない事だが、地球のバスケット・ボールに酷似している球技である。
バスケット・ボールと大きく違う点は、プレー人数が五人ずつではなく十一人ずつであること、ボールを持ったまま歩ける歩数が二歩ではなく五歩であること、そして、味方同士での故意の接触プレーが認められていることである。
特に、三つ目の相違点が大きい。
チームメンバーの腕を掴んで引っ張り、急な方向転換をする、というのは序の口で、リフトアップしたり、チームメンバーの肩に手を掛けてジャンプし、高さと滞空時間を稼ぐ、といったようなプレイもある。
派手なものになると、仲間の組んだ両手をジャンプ台にして相手選手のブロックを飛び越え、そのままダンクシュート、なんてプレイまである。
ただし、非常に危険なスポーツであるため、野試合であろうとも、正規の講習を受けて試験に合格し、ライセンスを取得していなければ出場することは法的に認められていない。
「まさか、隊員のほとんどがライセンス持ちとはな」
コテツは意外そうに呟いたが、コテツ隊隊員たちはパイロット特性が高いと認められた学生たちから招集されているのである。そのほとんどはスポーツ特待生であり、高い運動能力をアピールする証明書がわりにもなるバディ・ボールのライセンスを彼らが取得しているのは不思議な話でもなかった。
「……スポーツ特待生か」
コテツの眉間に苦々しげな皺が刻まれた。隊員たちは、戦闘機乗りになるためにライバルたちとしのぎを削ってスポーツ特待生の枠を勝ち取ったわけではないだろう。
この戦争が終わったらどうするつもりだ?
彼らに面と向かってその疑問を口にするほどコテツは愚鈍ではなかった。
まさに愚問である。答えは分かりきっているのだから。
この戦争が終わったら、学生に戻り、青春を捧げると決めた競技に打ち込む。
それ以外のどんな答えがあるというのか。
ワアァアアアアッ!
派手なプレイが決まり、見物していた兵士たちが歓声を上げた。
「ははは、まさかこんなところでバディ・ボールの試合が見れるとはな」
「まったくだ。思わぬ役得だな」
艦内に娯楽施設が全くないわけではないが、生のスポーツ観戦というのはやはり格別のものがある。
観客達はすっかり夢中になっていた。
コテツも皆と一緒に観戦を楽しんだ。
楽しそうだ。
輝いている。
これが、こいつらの本来の、本当の姿なのだ。
だが。
この戦争が終わったとき、彼らの何人が元の日常に戻れるのだろう。
そう思いながら。
そして、その日はやってきた。