「我々は地球艦隊の接近を補足した。間もなく帝国本星最終防衛ラインに到達するだろう」
早朝。
格納庫に整列した隊員たちを前に、コテツはゆっくりと噛みしめるように話し始めた。できるかぎり平常心を装いながら。
「これより我々は空母を発艦、地球艦隊の迎撃にあたる」
もう、隊員達はどよめいたりしなかった。
「地球軍の艦載機編隊との交戦は、先発の別部隊が行う予定である。地球の戦闘機編隊を彼らが惹きつけておいてくれている間に、我々は交戦宙域を迂回して地球艦隊本隊を目指す」
彼らの顔に浮かんでいるものは。
不安。緊張。そして覚悟。
初陣を……死地を目前にしてもなお、彼らは覚悟を失っていなかった。
「以前より説明していた通り」
ここでコテツは言葉を切った。呼吸を二度、意識して繰り返す。
「我々、コテツ編隊の攻撃目標は地球戦艦そのものである。諸君らの機体の装備が対艦仕様であるのも、そのためである」
対艦仕様戦闘機。
戦闘機、とは言うものの、格闘戦(ドッグファィト)よりも対艦爆撃に主眼を置いた仕様になっているのだから、これは対艦攻撃機、と呼んだ方がいいかもしれない。
格闘戦性能が低いのだから、戦闘機に攻撃されると弱い。
かといって、対艦の名の通り、戦艦の攻撃に強いのか、と言えば、そんなことはない。
攻撃機が戦闘機よりも優れているのは、まず積載量、そして航続距離である。
攻撃機が戦闘機よりも劣っているのは、まず旋回能力、そして火力である。
つまるところ、攻撃機は対艦宙雷の運搬射出に特化した艦載機なのである。
そう。
コテツ編隊は、巨大ロボットに変形する地球戦艦に、防御も応戦もままならないこの機体で、立ち向かうのだ。
「コテツ機、出る!」
その声に呼応するようにカタパルトが稼働、コテツ編隊長機を射出する。
あっという間に投げ出された宇宙空間。
そのはるか前方では、既に帝国軍先発隊が地球軍艦載機との交戦を始めている。
あの部隊も、過半数が学徒出陣兵だと聞いている。
……俺たちとあいつらと、どっちがまだマシなのだろう。
そんな無益な疑問が浮かんできたのを、コテツは頭を振って追い出した。
振り向けば、コテツに続いて隊員機が空母を次々と発艦していた。
コテツの役目は彼らの先導、そして護衛である。
そのため、コテツ編隊のなかで、コテツ機だけがカリッカリの格闘戦仕様に仕上げられていた。
「さて」
コテツは精一杯の強がりで不敵に笑う。
「この戦争、どんなフィナーレになることやら」
ディノン帝国本星が陥落するまでやるのか。
地球艦隊が全滅するまでやるのか。
どちらかが国ごと滅びるまでとことんやるのか。
『戦争は始めるよりも終わらせる方がはるかに難しいのですよ』
ふいに、柔和な笑顔と共にその言葉が脳裏をよぎった。
「ああ、確かにこいつは難題だ。なにしろ話し合いの通じない連中との戦争だからな」
なにしろ地球人のことだ。戦争を始めることと続けることは知っていても、戦争を終わらせるってことを知っているかどうかは怪しいものだった。戦争とは、自然に終わるまで……つまり相手を根絶やしにするまで続けるものだ。地球人がそう思っているとしてもコテツは驚かない。
「落としどころが見えない戦争ってなタチが悪いぜ。まあ、タチの悪くない戦争ってのもピンとこないがな」
まあ、だいたい、とコテツはため息をつく。
「フィナーレを見る前に強制退場ってのがあるからな。戦場ってやつには……」
瞬くことを知らない星の海のなかに。
流星のように生まれては消えていく光点の数々が見えるようになってきた。
「最初の関門だな」
コテツが忌々しげに呟く。
帝国軍と地球軍の戦闘機が格闘戦を繰り広げている宙域が近づいているのだ。
「こいつらに目を付けられたら一巻の終わりだ」
重くて嵩張る対艦宙雷を抱えた攻撃機など、戦闘機にしてみれば鈍重に動く的でしかない。
ここは、こそこそと目立たぬように迂回するより他にない。
遠目には星々の一部に見えるように不規則な編隊を組んで、コテツたちは戦場の隅を進んでゆく。
ここで一旦、コテツは編隊の最後尾についた。編隊に襲いかかろうとする敵機がいないか見張るにも、編隊に襲いかかろうとする敵機を迎え撃つにも、このポジションが都合がいい。
スラスターを切って惰性のみで飛行する。
真空の宇宙空間で音が伝わる筈がないのに、どうしても息も潜めてしまう。
格闘戦を繰り広げている地球機がこっちに気付いていないか注意するために交戦宙域を見張っていないといけないのだが。
「この視線を感じて気付かれたりはしないだろうな……」
非科学的な不安に、コテツは小さな呟きをつい漏らしてしまうのだった。
「増設ブースターの数が揃っていれば……」
それは益体もないぼやきである。
確かに、三十六機分の増設ブースターが揃っていれば、速度にものをいわせて強行突破することも可能かもしれない。
だが、現実として、増設ブースターの配備は間に合わなかった。
「できることの中で最善を尽くすしかないのはわかっているが……」
宇宙服も兼ねたパイロットスーツの、ヘルメットバイザーをあげて双眼鏡をのぞき込む。
不規則な旋回を繰り返す銀色の砲弾型のひとつがこちらに向かって来るたびに背筋が凍る思いをし、他の方向へと旋回してゆくたびにホッと息をつく。
何度そんなことをくり返しただろう。
格闘戦を繰り広げる戦闘機たちの狂宴から十分に距離をとった、と見るや、コテツはスラスターを噴かして編隊の先頭に立った。
テールランプで信号を送る。
「総員、俺につづけ!」
三十五機の攻撃機が先頭から順番に次々とスラスターに点火する。
編隊は長く伸び、同じ軌跡を描いて宇宙を飛ぶ。
それは流れ星が寄り添っているような光景だった。
「見えてきたぞ、地球戦艦だ!」
巨大な人影が三つ、虚空に浮かんでいる。
その周囲をゆっくりと飛び交う直衛の艦載機が活発に飛び回り始める。
「ここまで近づけば、さすがに気付かれるか」
ここでまた、コテツは隊列の最後尾につく。
機影が四つ、大きな弧を描いて接近してくる。コテツ編隊の背後を取ろうとしているのは明らかだった。
「基本に忠実だな。訓練は存分にしているようだ」
だが、実戦経験に乏しい、とコテツは看破した。
四機の地球軍機へ向けて旋回する。セミオートに設定した機銃の引き金を引く。
七発の銃弾を放つ。先頭の地球軍機に三発。次の地球軍機に一発。その次の地球軍機に二発。最後尾の地球軍機に一発。すれ違いざまにたたき込んだ。
四機の地球軍機が四つの火球に変わる。
「こいつはすごい……! 一発当たれば大穴があく」
換装したばかりの機銃の威力にコテツは戦慄したが、地球軍も、死に神のような敵機の登場に戦慄したことだろう。
今度は七つの機影がコテツ機に向かって動き出した。
「そうだ、良い子だ、俺に向かってこい」
機体をゆっくりとロールさせる。
「あいつらを迎撃するどころじゃなくしてやる……!」
大きく、小さく、不規則な、だがなめらかな螺旋を描きながらコテツは七機の地球軍戦闘機へと向かってゆく。
地球編隊が浴びせかけてくる銃弾の雨をかわす。
コテツ機の機銃が火を噴く。
五つの光を瞬かせたコテツは思わず叫んだ。
「……しまった!」
二機も撃ちもらしてしまった。
攻撃機へと向かう地球軍機を急旋回して追いかける。背後につくや否や引き金を引く。
二機の戦闘機に命中するが、そのうち一機はバラバラになる前に発砲していた。
「まずい! これは命中(あ)たるぞ!」
コテツの予測通り、コテツ編隊機の一機がよろめく。
が、そのまま飛行を続ける。
「……あたりどころがよかったか」
安堵の息をつく暇も無く、次の新手が近づいてくる。
その動きに迷いが見えた。
「俺とあいつらと、どっちを先に撃墜(おと)すべきか分からなくなっているな」
どうやら、地球艦隊護衛機のほとんどは初陣のパイロットで占められているらしい、とコテツはにらんだ。
「もっと迷わせてやるぜ」
新手の後ろに回り込む、と見せかけて、急旋回。体当たりをするかのような勢いで敵編隊へと突っ込んでいく。
慌てたように機首をコテツ機へ向け、銃火を噴いて迎撃する地球軍機。その何発かは味方の地球軍機を誤射し、二機に穴を開けた。
狼狽する地球編隊の側面に回り込み、機銃を撃つ。
九機のうち七機を撃墜した。
残った二機の眼中にコテツ編隊の攻撃機はすっかり映らなくなっていた。逆上したようにコテツ機へと向かってくる。
それをいなしつつ撃墜したときである。
戦場は強い閃光で満たされた。
「やったぞ!」
思わずコテツは叫んでいた。
コテツ編隊機が切り離した対艦爆雷が地球戦艦に命中したのだ。
切り離された対宙雷は三十五発。地球戦艦に命中した対艦宙雷は八発。
連続した無音の爆発が収まったとき、巨大ロボットの両腕と左脚がもげていた。
もはや、戦艦を殴ることなど到底不可能だろう。
「よーし、長居は無用だ」
声を弾ませながらコテツは帰投を指示する信号弾を撃った。
爆雷を切り離して身軽になったコテツ編隊機は、ほとんど一斉に地球艦隊に背を向けて逃げ出した。
「フ、現金なものだ」
コテツはつい微笑んだが、地球軍の艦載機が、逃がすか、とばかりに次々と追いすがってくる。
「お前らの相手は俺がしてやるよ」
編隊の最後尾に陣取ったコテツは、ゆっくりと錐もみ飛行しながら周囲を見渡した。
「ヤツらめ、相当、泡を食ってるな。まるで連携がとれていない」
地球軍機がバラバラに一機ずつ近づいてくる。
コテツは、それを近づいてくる順番に落ち着いて撃墜していけばよかった。
コテツがもっとも危惧していたのは地球艦隊を雷撃したあとの帰路だった。
爆雷を切り離して身軽になったとは言え、それでも格闘戦(ドッグファイト)は戦闘機の方に分がある。
地球艦隊を雷撃すれば、どんなに鈍感な人間でもコテツ編隊の存在に気付くだろう。
母艦へ帰投しようとする攻撃機の一群を黙って通してくれると思える程に、コテツは楽観的になれなかった。
しかし結果から言えば、それは杞憂に終わった。
「地球軍が退いていく……!」
コテツが思わずもらした驚愕と安堵の呟き通りであった。
三隻の地球戦艦の一隻が戦闘不能に陥ったことで、地球艦隊は一旦しりぞいて態勢の立て直しをはかることを選択したのである。当然、地球戦闘機の編隊も交戦宙域を離脱し、艦隊本隊へと帰投した。
ディノン帝国軍にしてみれば、これは追撃のチャンスである。ただし、それは戦力に余裕があれば、の条件がつく。
そして、帝国軍も疲弊していた。
地球軍と呼吸を合わせて帝国軍編隊も帰投し、両艦隊の間に一時的な空白宙域が生じた。
コテツ編隊はその真っ直中を突っ切って母艦への帰路とすることができたのである。
「ははは、まさかこうして全員とまた顔を合わせることができるなんてなあ」
「まったくだ、長生きはするもんだぜ」
「なーにいっぱしのこと言ってやがる、年の順なら、お前は下から数えた方が早いだろうが」
「なあに、年のことは言いっこなしでいこうぜ。どうせ、俺たちの年齢なんて、どいつもこいつも似たようなもんだ」
「違いない。ガキンチョも青二才も世の中から見れば似たようなモノさ」
初陣の不安と緊張の反動だろう。
生還できた歓喜と安堵にコテツ編隊隊員たちがはしゃいで笑いあう声が格納庫のあちこちから聞こえてくる。
そんな喜びの声に、コテツはコクピットシートに座ったままで耳を傾けていた。
「ふ……。あいつらのバディ・ボールの試合、また観ることができそうだな」
つい口元が緩んでしまう。
勝った……! ついに勝った……! 俺は勝ったんだ……!
深い感慨がコテツを包んだ。
地球戦艦一隻を大破。
大戦果である。
だが、それ以上にコテツ編隊の誰一人として欠けずに生還できたことが嬉しい。
「はは……。生きてるだけで大勝利さ。俺たちの大勝利だ」
心の底からあふれてくる歓喜をかみしめつつ、コテツはコクピットから降りた。
「おつかれさまでした、コテツ大尉!」
整備兵が満面の笑顔で出迎えてくれる。
「ああ、本当に疲れたよ。もう、ドッグファイトなんてのは、これっきりにして引退したいね」
わざとらしい苦笑いを浮かべて見せた。
「そいつは難しいでしょうな。大尉を軍が手放すわけがない。当分は教導パイロットとして、後進の育成に引っ張りだこですよ」
「アナログ制御の有人戦闘機なんて、所詮は時代の徒花さ。耐電磁パルス仕様無人機の数が揃い次第、お払い箱になっちまうよ」
「……たとえそうだとしても、大尉は英雄です。国家の存亡をかけたこの戦いで、戦況を大きく挽回できたのは、コテツ編隊の大殊勲のおかげなのですから」
「俺は英雄なんかじゃないさ」
「またまたご謙遜を」
謙遜しているつもりはない。
英雄、という言葉を聞いてコテツがイメージするのは、大勢を殺した人間ではなく、何かを守り切った人間だった。
お前は何を守り切った?
そう問われたときに返す言葉をコテツは持っていない。
コテツ編隊の隊員たちはコテツに守られたのではない。彼らが生還できたのは、自分自身で自分自身を生き延びさせたからだ。
コテツはそう認識している。
「あの……コテツ大尉どの」
別の整備兵が駆け寄ってきて話しかけてきた。
「なんだ」
「艦橋から連絡がありました。至急、出頭するようにと」
「ああ、戦果報告の催促か。忙しないことだ。もう少し生還の喜びに浸らせてくれたってバチは当たらんだろうに」
コテツは大仰に肩をすくめた。あいつらに遺髪のなりそこないを返してやらなきゃな、と思いながら。