本来、艦の中枢である艦橋は艦体のもっとも奥まったところに設けられるのが常識である。だが、電磁パルス兵器が濫用される現状では、カメラやモニターが使えなくなったら戦況を肉眼で直接視認できるように、艦体の上部と下部に臨時の艦橋が設置されていた。
二箇所に設置されているのは、どちらが被弾しても操艦と戦闘が続行できるようにするためである。
「コテツ大尉、参上しました」
コテツがやって来たのは上部臨時艦橋の方であった。
標準的な宇宙空母本来の艦橋とは違い、急ごしらえでかつ分厚い装甲と細長いのぞき窓に囲まれたそこは、潜水艦の指令所を思わせる狭苦しさである。
その狭苦しい艦橋は重苦しい雰囲気で満たされていた。
そんな中、艦長は前置きもなくこういった。
「再出撃の準備を命じる」
「え?」
コテツは思わず聞き返していたが、その無礼には構わず艦長は続けた。
「一時間以内に再出撃の予定だ」
「……了解いたしました。小官一名の再出撃の準備を進めておきます」
足下が崩れて無くなってゆくかのような感覚に耐えながら、コテツは抵抗した。再出撃はする。ただし、それは自分ひとりだけだと。
「言葉が足りなかったようだ。再出撃するのは貴官だけではない。コテツ編隊全員だ」
「……意見の具申を許可願います」
「許可しよう」
「当編隊は小官の乗機以外は戦闘機ではなく攻撃機で編成されてあります。戦闘機との宙戦に出しても戦力とはなり得ません」
「当然だ」
「では……」
「コテツ編隊再出撃の戦術目的は敵艦の撃沈である」
やはりか。コテツは歯を食いしばった。
もう一度あれをやれ。
艦隊司令部はそう言っているのだ。
隊員全員が生還できたのは奇跡のようなものだ。
果たして奇跡が二度も続くだろうか。
否。
今度は誰かが死ぬだろう。
「……地球軍に同じ手が二度通用するとは思えません」
自分でも意外なほどにコテツは食い下がった。
「だからこそだ」
それを艦長は即座に切って捨てる。
「だから……?」
「地球艦隊がコテツ編隊の雷撃に対応できるようになる前に二撃目を加える。今のところ、地球戦艦に有効な損害を与えられたのはコテツ編隊だけだ。この機を逃すわけには断じてゆかない」
立て板に水を流すようによどみない艦長の言葉に、コテツは何も言い返すことができなかった。
部下たちを死なせたくない。
その、ごく当たり前の感情は、出撃を拒否する理由にはならない。
自分たちがいる場所……戦場は、そういう馬鹿げた場所であることをコテツもわかっている。
仮にコテツが出撃を拒否したところで、即座に隊長を解任され、営倉行きになるだけだろう。いや、その場で銃殺されてもおかしくない。
そして、あの学徒動員兵たちは、ろくな護衛もなしに再出撃を強要されるだろう。
……コテツに採れる選択肢は、たったひとつしかなかった。
燃料、弾薬の補給。対艦爆雷の再装填。機体の点検。
コテツ編隊再出撃の準備は淡々と進められた。
「……どうすればいい。同じ手がヤツらに通じるとは到底思えない」
「まあ、ワタシら、今まで散々に裏をかかれてきましたからなあ」
誰に言うともなく漏らしたコテツのぼやきを整備班長が拾った。
「確かに。ヤツら、何をしてくるかわかったものじゃないからな」
「……隊長さん。夜間迷彩って聞いたこと、ありますか」
「夜間迷彩? 光学迷彩の一種か? 確か、力場で可視光線を迂回させるっていう」
「いえ、あんな複雑なものじゃありません。保護色の塗料を塗るだけの、ごくごくシンプルな方法です」
「保護色?」
「森の中なら緑色、砂漠の中なら黄土色。要は周囲と似た色ですな」
「はあ……」
「そして、夜の空なら黒」
「夜の空? ……! もしかして」
「そう。銀鞠を黒く塗装すれば真っ暗な宇宙空間で見つかりにくくなります」
「そんな手が……!」
「ただし、銀鞠が銀色をしているのは、有害な宇宙線から機体とパイロットを守るためです。黒く塗れば、機体は宇宙線をはじくどころか吸収してしまいます」
「長時間の宇宙飛行をすれば悪影響の危険があるか」
「はい」
「だが、背に腹は代えられない。できることはなんだってやってやろう。しかし、そう都合良く黒ペンキなんてここにあるのか?」
「埃を吸って黒くなったオイルと応急補修材を混ぜて代用しましょう」
「わかった、それで行こう」
即座にコテツは決断した。
残された時間は少ない。迷うなんて贅沢をする余裕などないのだ。
「隊員たちの機体からどんどん塗ってくれ。俺の機体は最後でいい」
「……いいんですか?」
「ああ、構わない」
整備班長が何を心配しているのかはわかっている。これでは、自分の乗機の夜間迷彩処理が出撃に間に合わなくなるかも知れないのだ。
だが、そうなったらそうなったで構わない。いざとなれば、目立つ自分を囮にして地球軍の注意を隊員たちから逸らすこともできるだろう。
そう考えていたのだが、足りないのは時間ではなかった。
「塗料が足りない?」
「はい、このままだと、隊長機を半分も塗れずに黒ペンキが尽きてしまいます。他の機体は塗り終わったんですが」
「うーむ」
「ペイント弾に使うつや消しの赤ならありますが」
「それでいい、やってくれ。ないよりマシだ」
「了解しました」
かくして、コテツの愛機は赤地に黒の縞模様という珍妙なカラーリングを施されることとなった。
「銀鞠が赤鞠と黒鞠になったわけだ。どうにか迷彩塗装は間に合ったが、さて、ぶっつけ本番のこいつが吉と出るか凶と出るか」
赤い球体に率いられて、黒い球体の一群が虚空を進んでゆく。
スラスターを噴かせる時間を少しでも短く済ませられるように、細心の注意を払ってコテツは操縦桿とスロットルレバーを操る。推進剤が燃焼する光すら、最小限に抑えたかったのだ。
宇宙空間の闇のなかに溶け込もうと、呼吸すら潜めつつ、コテツは顔を上げた。
その遥か先では、帝国軍と地球軍の戦闘機が格闘戦を繰り広げている。
地球軍は制宙権を獲得するために戦っているのだろうが、帝国軍は違っている。
囮なのだ。
コテツ編隊から地球軍の目をそらすための。
空母艦長が言ったとおり、今や帝国軍にとって、コテツ雷撃隊だけが勝利への鍵となっていた。
彼らの攻撃を成功させるために、帝国艦隊全体がそのサポートにまわっている。
「こっちも命がけでやっているんだ、お前らも命を張れって言われてるように感じるのは、俺の根性が曲がっているからなんだろうか……」
戦闘宙域を大きく迂回し、あとは地球戦艦へ向けてまっすぐに進むだけ、という段階になったところで、コテツは編隊の後ろについた。
一見すると、ほかの機体を盾にしているようだが、実際は逆である。敵機の後ろを取り合うのがセオリーの航宙戦において、もっとも狙われやすいのが編隊の最後尾なのだ。
「……俺も人のことは言えた義理じゃないか」
編隊のもっとも危険なポジションに自ら着くことで、罪悪感を紛らわそうとしている自分にコテツは気づいた。
「あいつらをこんなところに連れてきたことが、こんなことで帳消しになるわけがないのにな」
吐いたため息すら苦々しげに、コテツがつぶやいた、すぐ後のことである。
いくつもの巨大な閃光が周辺宙域に出現したのは。
それが何か、コテツは即座に理解した。
「照明弾……!」
照明弾の明かりを背にした黒鞠の群れは、晴天を飛ぶカラスのように目立っていた。
「こう来たか、地球人どもめ」
地球軍がコテツ編隊を捕捉しようとして照明弾を撃ったのではないことを、コテツはすでに察していた。コテツ編隊が近づいているのを察知していたのなら、こうも闇雲に照明弾を乱発するわけがない。
これは牽制なのだ。さっきの雷撃成功に味をしめて不用意に近づこうとすれば、照明弾でその姿を丸見えにしてやるぞ、という。
「照明弾を、もう少し早く撃ってくれれば……!」
コテツは歯噛みした。もしも、そうなっていたなら、敵の厳重な警戒を理由に引き返すこともできた。あるいは、もう少しだけ遅く撃ってくれたなら、コテツ編隊の雷撃直前まで発見されなかったかも知れない。
ここで引き返せば、コテツ編隊は追撃されて壊滅するだろうことは明らかだった。
「最悪のタイミングだ……。クソッ、運が悪かった、で済む話じゃねえぞ、こいつは。運が悪かった、で済ませてたまるか!」
コテツ編隊の隊列をめがけて殺到してくる地球軍機の群れをコテツは睨み付けた。
全速で地球戦艦へ向かえ。テールランプでの信号でそう指示を出して、襲いくる敵機へと立ち向かう。
「一機たりとも、ここは通さないっ!」
先頭を切って飛び込んできた三機は、すれ違いざまに機銃の弾を叩き込んでやった。
四機目はどいつだ。
猛るコテツが見たのは、三つの巴が渦を巻いたノーズアートを施された砲弾だった。
「こいつ、……ヤバイ!」
なぜか、ひと目でそれがわかった。
わかると同時、いや、その数瞬前に回避運動に入っていた。なぜかはわからない。いやな予感がした、としか言い様がない。
それが功を奏した。
掠めるようにして敵の銃弾がコテツ機のすぐそばを通過してゆく。
「よりにもよって、こんなヤツがこんな時に!」
コテツの口から呪詛の声が洩れる。
確かに、よりにもよって、であった。
忽然と表れた強敵を相手しながらコテツ編隊を守るのは至難のわざである。
事実、七機の地球軍機がコテツ編隊の雷撃機へと向かってゆくのをコテツは阻むことができなかった。
無理に阻止しようとすれば、その背後から、三つ巴の機銃に仕留められていただろう。
さらに五機の砲弾型戦闘機が、三つ巴の加勢に駆けつけてきた。
「クソッタレがあっ! 邪魔をするなあっ!」
吼えながらコテツは応戦する。
新手の五機は、初陣なのか明らかに浮き足立っていた。
コテツは難なく次々と機銃弾を撃ち込んでいく。
だが、最後に残った三つ巴は明らかに別格だった。
互いに背後に回り込もうとする二機の軌跡は宇宙空間に奇怪な螺旋を描いて複雑に絡まりあった。
「技量(うで)は互角か!」
コテツはそう呻き声をあげたが、雄敵は突如として戦場から離脱を図った。
「どうした……? そうか、燃料がもう保たないか!」
考えてみれば、これほどの手錬れ、コテツ編隊へと襲い掛かるまえに帝国軍の囮たちと激戦を繰り広げていないわけがない。その時点で燃料と弾薬をいい加減、使いつぶしていなければ嘘であった。
三つ巴の砲弾型が背中を見せた。
追撃のチャンスだったが、コテツは一顧だにしない。
そんなことよりも優先すべきことがコテツにはある。
コテツ編隊の隊列へと急ぐコテツが見たのは、機銃を撃ち込まれて次々と火球と化してゆくコテツ編隊機たちの姿だった。
この時。
ふと、コテツの脳裏に鮮烈に蘇った声がある。
空母でのバディ・ボールの試合。ベンチで待機していた隊員が冗談めかして僚友に語っていた。
「戦争だからってさ、殺し合いしなきゃいけないって決め付けるの、どうかと思うわけよ」
「どうかって、なにがさ」
「たとえばさ、代わりにバディ・ボールの試合をするっての、アリじゃね?」
「へ?」
「年に一回の試合で、二十ゲーム差を付けたほうの勝ちにするとかさ」
「おいおい、決着(ケリ)がつくまで、最短で二十年かかるぜ」
「そこがミソよ」
「なにがミソよ」
「だってよ、十年もすりゃあ、みーんな思うぜ。なんで俺たち、戦争してるんだっけ、てよ」
「……まあ、そりゃあ、なあ」
「そうなりゃ、しめたもんさ」
「…………」
「もう、やめちゃおうよ、戦争なんて、てなって」
「………………」
「でもまあ、せっかくだから試合は続けようか、ってな具合になってよ」
「……………………」
「そのうち、なし崩しに、なんだかんだで長い付き合いなんだし、俺たち、仲良くしないのも変じゃね? てな空気になってさ」
「…………………………」
「そうなりゃ、しめたもんさ」
「……だな」
「だろお? グッドアイデアだよな、これ」
「……まあ、な」
そして、二人は笑ったのだ。
その笑い声、笑顔をコテツは覚えている。
コテツ編隊を追撃する地球軍機は十機以上に増えていた。競い合うかのようにコテツ編隊の隊列へと機銃弾の雨を降らせている。黒羊の群れを追いかける野犬のようであった。
その野犬の背後に、返り血で真っ赤に染まった虎が現れた。
赤地に黒のいびつな縞模様。
コテツ機である。
力みなく操縦桿を握るコテツは驚いていた。
細波(さざなみ)ひとつ立っていない自分の心に。
だが、静かな水面の底では怒りが渦を巻き、熱く激しく荒れ狂っているのにコテツ自身、気づいていない。
地球軍機を七機、追い抜きざまに撃墜する。
「……バカか、こいつら」
すかさず旋回したコテツはあきれた。
瞬く間にその数を半分以下に減らされた砲弾型の戦闘機は、コテツに向かってくるでもなく、逃げるでもなく、コテツ編隊への追撃を続行していたのである。
「そこまで流血に飢えているのか、地球人どもめ」
すれ違いざまに残りの五機を、一機残らず撃ち落とす。
それで終わりにはならなかった。
新手の地球軍編隊が迫ってくる。
「……五、六、七……」
そこまで数えたところで、コテツは交戦の間合いに入った。
「まあ、だいたい二、三十機か」
つぶやいて、セミ・オートに設定した引き金を三回引く。
三機の地球軍戦闘機がバラバラになった。
「くそったれ、こう来たか」
コテツが悪態をつく。
三機を葬る間に、ほかの地球軍機は大きく散開していた。そのまま逃げてくれればいいものを、それらはてんでバラバラな軌跡を描きながら、それでもコテツ編隊へとそれぞれ向かっていく。
敵が分散したならば、各個撃破すればいい。用兵の定石だ。
だが、各個撃破にも短所はある。そのひとつが、時間がかかるということだった。
一機ずつ、しらみつぶしに地球軍機を戦闘機の残骸に変えてゆく間にも、他の地球軍機がコテツ編隊に襲い掛かる。
コテツ編隊機は必死に回避運動を繰り返しながら虚空を突き進むが、それでかわし切れるものではない。次々と弾丸を撃ちこまれていった。
「これで二十五ォ!」
吼えるようにカウントする声には焦りの響きが混じっていた。
だが、残った地球軍機は一機。
その一機が厄介だった。
「ポジションが悪すぎる……」
コテツ機と地球軍機を結んだ射線の延長線上にコテツ編隊がいるのだ。
「はずせばアイツらに当たる。はずさなくても、下手をすると貫通した弾で墜としちまう」
忌々しげにコテツはうめいた。
「とにかく、間合いをつめて回り込むしかない」
スロットルを開けて加速する。全身がパイロットシートに押し付けられる。シートとGに挟まれ、締め付けられ、体中の骨がきしむ。その苦痛を、歯を食いしばって耐える。
とびかける意識を必死につなぎとめながら、コテツは見た。
銀色の砲弾型が、漆黒の球型の隊列に機銃を乱射しながら突っ込んでいくのを。
捨て身の地球軍機は、二機を蜂の巣にし、その先の一機に体当たりをし、自分もろとも、ひとつの火球に帰させしめた。
その爆発が収まったとき、周囲に残った機影は合計三機。コテツ機と、コテツ編隊機が二機。
それだけであった。
「……………」
無言のまま、メーター類を確認すると、推進剤も弾薬もろくに残っていない。
次の新手が来れば、手も足も出ずに蜂の巣にされるのは明らかである。
「……ここまで、か」
搾り出すような声だった。
残った編隊機の前に出て、テールランプ信号を出す。
作戦は失敗した、空母へ帰投せよ、と。
「コテツ編隊、全員整列!」
母艦に戻ったコテツは吼えるように言った。体がまるで抜け殻になったかのようで、渾身の力を込めて叫ばないと、声を出せなかったのだ。
その号令に応えて並んだ隊員は二人。……二人だけなのだ。三十五人で出撃して、戻ってきたのはたったの二人なのだ。
三十三人を犠牲にして、地球戦艦へたどり着くこともできなかったのだ。
コテツは部下たちをまもることができなかったのだ。
すまない。
喉まで出かかったその言葉を必死にのみこむ。
謝ってしまったら、自分だけが楽になってしまいそうで怖かったのだ。
それになにより、彼らをまもれなかったことを謝るということは、自分に彼らの生き死にを決める権利があるのだ、と言っているに等しい、という思いがあった。そんな傲慢な謝罪をしてはならない。そう思うのだ。
もしも謝らねばならないときがあるとしたら。
それは、まもれなかったときではなく、自分ひとりが逃げ出したときだ。
戦場から逃げ出したとき、自分は戦場に残った者たちに対して、どんなに謝っても償いきれぬ罪を背負うのだろう。
士官学校の生徒だった頃の自分が今の自分を見たらどう思うだろう。コテツはそんな疑問を抱いた。
そんなのは馬鹿げた意地でしかない、と切って捨てるのではないか。
だが。
戦争という馬鹿げた狂気の只中で人間らしくあろうとすれば、個人にできることは馬鹿げた意地を貫くぐらいしか残されていないのではないか。
……長い沈黙のあと、コテツは静かな口調で言った。
「本作戦は失敗に終わった。だが戦争はまだ終わっていない。艦隊司令部より指示があるまで、おのおの、待機せよ。……解散!」