チャラ男に彼女をNTRられた僕だけど.....   作:サイキック探偵

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NTRレター...

 

 四月。

 

 桜はまだ散り切っておらず、通学路には薄桃色の花びらが風に舞っていた。

 

 そんなありふれた春の朝も、当時の僕――朝霧悠真にとっては、幸せそのものだった。

 

 高校二年生。

 

 成績は飛び抜けて良いわけでも悪いわけでもない。

 

 部活にも入らず、放課後はアルバイトをして、たまにゲームをして、休日は彼女と出かける。

 

 そんな、どこにでもいる普通の男子高校生。

 

 ……少なくとも、僕自身はそう思っていた。

 

「おーい、悠真!」

 

 後ろから肩を叩かれ、振り返る。

 

「隼人!」

 

 そこにいたのは、小学校からの腐れ縁である黒崎隼人だった。

 

 寝癖のついた髪を気にもせず、制服のネクタイも緩めっぱなし。

 

 教師から何度注意されても直さない自由人だ。

 

「今日の数学、小テストだぞ?」

 

「あ!……わ、忘れてた」

 

「お前なぁ」

 

 隼人は呆れたように笑う。

 

「彼女とデートばっかしてるからだよ。」

 

「そんなことないよ」

 

「いやあるだろ。今度どこ行くんだ?」

 

「え〜と...水族館...かな?…///」

 

「この野郎!幸せそうに言いやがって!リア充爆発しろ!」

 

「ハハハ…///」

 

 照れ臭く自然と笑みがこぼれる。

 

 そして僕の彼女――白石美咲。

 

 一年生の冬から付き合い始めた、同じ高校の一つ下の女の子。

 

 黒く長い髪。

 

 優しい笑顔。

 

 少し天然だけど、人の悪口なんて絶対に言わない子だった。

 

 付き合って一年も経っていない。

 

 それでも僕は、本気で彼女との未来を考えていた。

 

 高校を卒業したら。

 

 一緒に大学へ行けたら。

 

 大人になっても隣にいてくれたら。

 

 そんな未来を、疑ったことは一度もなかった。

 

「おーい」

 

 隼人が僕の顔を覗き込む。

 

「また惚気か?」

 

「違うよ、」

 

「顔が緩みっぱなしだぞ。」

 

「そんなに?」

 

「鏡見てこい!」

 

 二人で笑いながら教室へ向かった。

 

 今思えば。

 

 この時間が、僕の人生で最後の幸せだった。

 

     ◇◇◇

 

 放課後。

 

 夕焼けが校舎の窓を赤く染めていた。

 

 部活の掛け声が遠くで響き、帰宅する生徒たちの笑い声が廊下に流れていく。

 

 僕は学校が終わり自宅へ帰宅しようと、下駄箱へ立ち寄った。

 

 靴を履き替えようと扉を開ける。

 

 その瞬間。

 

 違和感に気づく。

 

「……?」

 

 中に、見覚えのない封筒が一つ。

 

 白い封筒。

 

 宛名も差出人もない。

 

 ただ、僕の名前だけが乱雑に書かれている。

 

 正直嫌な予感がした

 

 誰かの悪戯か?

 

 そう思いながらも、指先が勝手に封筒へ伸びる。

 

 開ける。

 

 中には数枚の写真。

 

「……え?」

 

 最初の一枚を見た瞬間、呼吸が止まった。

 

 そこに写っていたのは――

 

 白石美咲。

 

 そして。

 

 彼女の隣にいる男。

 

 神崎蓮。

 

 学校一のチャラ男。

 

 金髪、派手なピアス、崩した制服。

 

 誰もが知っている、軽薄な笑みを浮かべる男。

 

 写真の中で二人は、手を繋いで歩いていた。

 

 遊園地。

 

 カフェ。

 

 夜の街。

 

 そしてホテル街。

 

 次々とめくられる写真。

 

 笑っている美咲。

 

 寄り添う美咲。

 

 見たことのない表情の美咲。

 

「……嘘だろ。」

 

 声が震える。

 

 手が冷たくなる。

 

 最後の一枚。

 

 ホテルの入口。

 

 二人が並んで中へ入っていく後ろ姿。

 

 その瞬間、膝から力が抜けそうになった。

 

 封筒の中から、さらに一枚の紙が落ちる。

 

 手紙だった。

 

『朝霧悠真へ』

 

 その文字を見た瞬間、嫌な予感が確信に変わる。

 

『ごめんねぇ〜お前の彼女取っちった笑』

 

 視界が揺れた。

 

 文字が滲む。

 

 呼吸が浅くなる。

 

『でも気づかないお前が悪いんだぜぇ』

 

『もう半年前ぐらいから俺のバックでアンアン言ってんのに気づいていねぇでやんの笑』

 

『正直もう飽きてきたけど面と腟はいいからもうちょい遊ばしてもらうわ笑』

 

 そして最後の一文。

 

『ま、粗チン君は俺が送った動画見て家でシコッといてくれや笑笑笑』

 

「……っ」

 

 封筒を握り潰す。

 

 指が震える。

 

 頭の中が真っ白になる。

 

 嘘だ。

 

 嘘だ嘘だ嘘だ。

 

 美咲がそんなことするはずがない。

 

 昨日も笑っていた。

 

『今度の水族館、楽しみだね』

 

 あの笑顔は何だった?

 

 全部、演技だったのか?

 

 その時。

 

 封筒の中から、もう一つのデータが落ちた。

 

 小さなUSBメモリ。

 

 その時さっきの手紙の内容が頭をよぎる

 

『ま、粗チン君は俺が送った動画見て家でシコッといてくれや笑笑笑』

 

 震える手でスマホに繋ぐ。

 

 再生。

 

 画面が暗転し――

 

 次の瞬間。

 

 映像が始まった。

 

 ホテルの一室。

 

 ベッド。

 

『…///何この体勢…恥ずかしい…///』

 

『なんでだよwいいじゃねぇか、お前の愛しい彼氏に見せつけようぜw』

 

『んもう〜///』

 

 聞きたくない声

 

 見たくない光景

 

 そこに映っていたのは。

 

 美咲と神崎蓮だった。

 

 言葉が出なかった。

 

 息が止まる。

 

 頭の中で何かが崩れる音がした。

 

 映像の中で、美咲は笑っていた。

 

 僕に向けた笑顔とは違う。

 

 もっと軽くて。

 

 もっと遠い笑顔。

 

 神崎蓮が何かを言い、美咲が笑う。

 

 そして――

 

 画面が暗転した。

 

「……あ……」

 

 膝から崩れ落ちる。

 

 下駄箱の前。

 

 誰もいない廊下。

 

 夕焼けだけが、やけに綺麗だった。

 

 その綺麗さが、余計に現実を突きつけてくる。

 

 裏切り。

 

 嘲笑。

 

 絶望。

 

 全部が一気に押し寄せてくる。

 

「……なんで……」

 

 声にならない声が漏れる。

 

 その時だった。

 

 遠くから誰かの笑い声が聞こえた。

 

 振り返ると、廊下の向こうで数人の生徒が歩いている。

 

 その中の一人が言った。

 

「なぁ、あいつまだ知らないのかな」

 

 別の声が笑う。

 

「さすがに気づくだろ」

 

「いや、アレで気づかないの鈍感すぎだろ」

 

「てか神崎から下駄箱に入れろって言われた時はなんだと思ったけどまさかあんなどエロいのが入ってるとはなw」

 

「あ〜それな!正直俺あれ見て勃起したわw」

 

 笑い声。

 

 その瞬間、全てが繋がった。

 

 僕だけが知らなかった。

 

 僕だけが、笑われていた。

 

 僕だけが――

 

 幸せだと思っていた。

 

 封筒を握りしめたまま、僕は立ち上がる。

 

 足が震える。

 

 視界が歪む。

 

 それでも、歩き出した。

 

 どこへ向かうのかも分からないまま。

 

 ただ一つだけ確かなことがあった。

 

 もう、戻れない。

 

 この日を境に。

 

 僕の世界は、壊れた。

 

 

______________

 

 気づけば、校舎の外へ出ていた。

 

 夕日が校門を赤く照らしている。

 

 部活動を終えた生徒たちが楽しそうに笑いながら帰っていく。

 

「じゃあまた明日な!」

 

「明日カラオケ行こうぜ!」

 

「腹減ったー!」

 

 いつもなら、その中に僕もいた。

 

 隼人と他愛もない話をして。

 

 美咲とメッセージを送り合って。

 

 そんな当たり前の日常を過ごしていた。

 

 なのに今は、その笑い声がまるで別世界の出来事のように聞こえる。

 

「……」

 

 スマホが震えた。

 

 画面を見る。

 

 美咲

 

 表示された名前を見た瞬間、心臓が強く締め付けられた。

 

 恐る恐る通知を見る。

 

『悠真、今日バイトだよね?』

 

『無理しないでね 』

 

『終わったら電話して!』

 

 昨日までなら、それだけで嬉しかった。

 

 でも今は。

 

 画面に浮かぶ絵文字一つ一つが、僕を嘲笑っているようにしか見えない。

 

「……なんで」

 

 思わず呟く。

 

「なんで、こんなメッセージ送れるんだよ……」

 

 涙が一滴、スマホの画面に落ちた。

 

 返信なんてできなかった。

 

 できるはずがない。

 

 その時だった。

 

「おーい、悠真!」

 

 後ろから声がした。

 

 振り返ると、隼人が息を切らしながら走ってきた。

 

「探したぞ!」

 

「……隼人」

 

「どうした? 顔真っ青じゃねぇか」

 

「……」

 

 黙る僕を見て、何かを察したように隼人は低く聞いた。

 

「何かあったのか」

 

 言おうか迷った。

 

 でも。

 

 親友だからこそ、隠せなかった。

 

 僕は黙って封筒を差し出した。

 

「これ……見て」

 

「……?」

 

 隼人は不思議そうに中身を取り出す。

 

 一枚。

 

 二枚。

 

 三枚。

 

 写真をめくるたびに、その表情が固まっていく。

 

「……おい」

 

 最後まで見終えると、隼人は怒るように呟いた。

 

「これ、本当か」

 

「……分からない」

 

「動画は」

 

「見た」

 

「……」

 

 隼人は拳を強く握り締めた。

 

「神崎の野郎……」

 

「……」

 

「いや、それより美咲だ」

 

 珍しく怒りを隠さない隼人。

 

「あいつ……最低だろ」

 

「……やめて」

 

「悠真」

 

「悪く言わないで」

 

「でも!」

 

「まだ!!……何か理由があるかもしれない」

 

 自分でも、何を言っているのか分からなかった。

 

 信じたい。

 

 信じたかった。

 

 たとえ証拠が目の前にあっても。

 

 この半年が全部嘘だったなんて、認めたくなかった。

 

 隼人は大きくため息を吐く。

 

「……会って確かめるか」

 

「え?」

 

「本人に聞こう」

 

「……」

 

「逃げても終わらねぇ」

 

 その言葉に、僕は小さく頷いた。

 

 怖かった。

 

 でも、このまま終わるのはもっと怖かった。

 

「うん…行こう」

 

 隼人と二人で歩き始める。

 

 向かう先は、一年生の教室。

 

 美咲なら、まだ学校にいるはずだ。

 

 階段を上る。

 

 一段。

 

 また一段。

 

 足が鉛のように重い。

 

 廊下に着くと、教室から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

 その中に。

 

 聞き慣れた声が混じっていた。

 

「えへへ、ほんと〜?」

 

 美咲の声だ

 

でも美咲のあんな媚びたような声は初めて聞く

 

 思わず足を止める。

 

 教室の中を覗く。

 

 そこには、美咲がいた。

 

 でも。

 

 隣にいる人物を見た瞬間。

 

 僕の時間が止まった。

 

 神崎蓮。

 

 腕を組みながら笑っている。

 

 美咲も、その腕に自然にもたれかかっていた。

 

 まるで。

 

 付き合っている恋人同士のように。

 

「……」

 

 胸が苦しい、張り裂けるように痛い

 

 頭も真っ白になる。

 

「おい!!!」

 

 隼人が神崎を睨みつけ大声で叫ぶ

 

「神崎ぃいい!」

 

 教室中の視線がこちらへ向く。

 

 神崎はゆっくりと振り返り、僕を見るなり口角を上げた。

 

「お?おいおいおいw彼氏くんの登場だぜみ・さ・き」

 

 その笑みと言葉は

 

 勝者だけが浮かべる笑みだった。

 

 美咲もこちらを見る。

 

 一瞬だけ目が合う。

 

 驚いたような顔。

 

 でも次の瞬間には、目を逸らした。

 

 その仕草だけで十分だった。

 

 僕の存在から逃げた。

 

 それが答えだった。

 

「美咲……」

 

 震える声で名前を呼ぶ。

 

「……」

 

 返事はない。

 

 神崎が一歩前へ出る。

 

「で、無様に彼女を寝取られちゃった粗チン君は俺に」

 

 軽い口調。

 

 何事もないような笑顔。

 

「何の用だよw」

 

 その一言で。

 

 僕の中の何かが、音を立てて壊れ始めた。

 

________________

 

 教室の空気が、一瞬で凍りついた。

 

 さっきまで笑っていた生徒たちも、誰一人として口を開かない。

 

 ただ、興味と好奇心の入り混じった視線だけが僕へ突き刺さる。

 

「で、何の用だよ?」

 

 神崎は肩をすくめながら笑う。

 

 その余裕そうな態度が、僕の胸を締め付けた。

 

でも今は正直神崎より聞きたい相手がいる

 

「……美咲」

 

 神崎ではなく、僕は彼女の名前を呼んだ。

 

 声が震えている。

 

 情けないくらいに。

 

「僕を見てよ」

 

 数秒の沈黙

 

 美咲はゆっくりと顔を上げた。

 

 その瞳には、申し訳なさと、言葉にできない迷いが浮かんでいた。

 

「悠真……。」

 

 久しぶりに聞いたはずなのに、その声はどこか遠く感じる。

 

「本当...なの?」

 

 封筒を握り締めたまま尋ねる。

 

「写真も……動画も...全部」

 

「……。」

 

「お願いだから、違うって言ってよ...」

 

 教室中が静まり返る。

 

 誰も息をしない。

 

 そんな錯覚を覚えるほどの静寂だった。

 

 美咲は唇を噛み締める。

 

 そして、小さく目を閉じた。

 

「……ごめん」

 

 その一言だった。

 

 世界が崩れ落ちた。

 

「ごめん……」

 

 それ以上の言い訳はなかった。

 

 否定もしない。

 

 誤解だとも言わない。

 

 ただ謝るだけ。

 

「……そっか」

 

 僕は笑おうとした。

 

 でも笑えなかった。

 

 顔の筋肉が動かない。

 

「じゃあ……本当なんだ」

 

 美咲は俯いたまま、小さく頷く。

 

 その動きだけで十分だった。

 

 僕が大切にしてきた時間。

 

 一緒に歩いた帰り道。

 

 初めて手を繋いだ日。

 

 誕生日にくれたプレゼント。

 

 全部が、音を立てて崩れていく。

 

「どうして……?」

 

 ようやく絞り出した言葉。

 

「僕の何が駄目だった?」

 

 返事はない。

 

「嫌いになったなら言ってくれればよかった。」

 

「……。」

 

「別れるって、一言だけでもよかったじゃないか。」

 

 美咲の肩が震える。

 

 涙をこらえているようにも見えた。

 

 でも、その涙はもう僕には届かない。

 

「悠真……本当に、ごめん。」

 

「......る...なよ」

 

 思わず声を荒らげる。

 

「謝るなよ!!!」

 

「謝るくらいなら、最初から裏切るなよ!!」

 

 その叫びが廊下まで響いた。

 

 誰かが息をのむ音が聞こえる。

 

 神崎は退屈そうに髪をかき上げた。

 

「はぁ〜あダリーなぁ、もう終わった話だろ」

 

 その一言に、隼人が前へ出る。

 

「んだと?!終わってねぇよ!!」

 

 怒りに震える声。

 

「人の気持ちを踏みにじって!!本気でそれで終わりだと思ってんのか!?」

 

 隼人のその言葉を聞き神崎は鼻で笑う。

 

「おいおい!恋愛なんて自由だろw」

 

「……!」

 

「束縛は良くねぇぜ、そんなんだから大事な彼女も逃げちゃうんだよw」

 

「選ぶのは美咲...だろ?w」

 

 そう言って神崎は美咲の肩に手を置く。

 

「こいつがお前より俺を選んだんだそれだけだろ?」

 

「違うか?」

 

 美咲は何も言わなかった。

 

 否定もしない。

 

 その沈黙が、何より残酷だった。

 

「んだよ...これ!胸糞わりぃ!!」

 

「行くぞ悠真!こんな所に居てもしょうがねぇ!」

 

そう叫ぶ隼人、そして僕の肩に手を置きボソッと呟く

 

「任せろ、悠真コイツらゼッテェ俺が許さねぇから...」

 

 僕は動けなかった。

 

 最後に一度だけ、美咲を見る。

 

「……幸せになって」

 

 自分でも驚くほど穏やかな声だった。

 

「僕はもう、君の前には現れないよ」

 

 そう言い残し、踵を返す。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 教室から離れていく。

 

 背中越しに誰かが何かを言った気がした。

 

 でも、もう振り返らなかった。

 

     ◇◇◇

 

 校門を出た頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 

 街灯がぽつぽつと灯り始める。

 

 隼人は何度も僕に話しかけようとしていた。

 

集める、復讐、聞こえたその単語から隼人は美咲や神崎に復讐しようとしてるのがわかる

 

 それでも、何を言えばいいのか分からなかったし止めようとも思わなかった

 

 結局、二人とも無言のまま歩いた。

 

 駅前のベンチ。

 

 そこでようやく僕は足を止める。

 

「……隼人」

 

「ん?」

 

「少し、一人にしてほしい。」

 

「.........大丈夫なのか?」

 

「正直全然大丈夫じゃない。」

 

 苦笑いが漏れた。

 

「でも……今は誰とも話せそうにない...かな」

 

 隼人はしばらく黙っていたが、小さく頷いた。

 

「.....分かった」

 

 そして僕の肩を強く掴み

 

「俺はゼッテェお前の味方だからな」

 

 その一言だけ残し、隼人は去っていった。

 

 一人になった駅前。

 

 ポケットの中でスマートフォンが震える。

 

 画面を見る。

 

 また、美咲からだった。

 

 僕はしばらく画面を見つめたあと――。

 

 震える指で、電源を落とした。

 

_________

 

 

僕はそのまま家にも帰らず街を彷徨って気付けば夜になっていた。

 

 夜風が冷たかった。

 

 もう春だというのに、身体の芯まで冷え切っている。

 

 駅前のベンチから立ち上がった僕は、行く当てもなく街を歩き続けていた。

 

 スマホの電源は切ったまま。

 

 誰とも話したくない。

 

 誰の声も聞きたくない。

 

 ただ、一人になりたかった。

 

 どれくらい歩いただろう。

 

 気付けば、いつの間にか僕と美咲がよく待ち合わせをしていた公園へ来ていた。

 

「……なんで」

 

 無意識だった。

 

 身体が覚えていたんだ。

 

 毎週土曜日。

 

 午後二時。

 

 この公園のベンチで待ち合わせをして、一緒に出掛けていた。

 

 ブランコ。

 

 滑り台。

 

 街灯に照らされた桜。

 

 全部が思い出だった。

 

 ベンチへゆっくり腰を下ろす。

 

「はは……」

 

 乾いた笑いが漏れる。

 

「終わっちゃったな」

 

 ポケットから財布を取り出す。

 

 中には、美咲と撮ったプリクラ。

 

 二人で笑っている。

 

 幸せそうな僕。

 

 幸せそうな美咲。

 

 その写真が、今は刃物のように胸へ突き刺さる。

 

「全部……嘘だったのかな」

 

 震える手でプリクラを眺める。

 

 すると、思い出が次々と蘇ってきた。

 

『悠真、大好き』

 

『ずっと一緒にいようね』

 

『絶対離れないから』

 

「……」

 

 涙が止まらない。

 

「なんだったんだよ……」

 

 声が震える。

 

「僕のこと……好きじゃなかったのかよ」

 

 答える人はいない。

 

 ただ風だけが吹いていた。

 

 その時だった。

 

 ブルルルル……

 

 電源を切っていたはずのスマホが震えた。

 

「……?」

 

 慌てて画面を見る。

 

 充電が切れていなかったらしく、いつの間にか電源ボタンを押してしまったようだった。

 

 画面には大量の通知。

 

 美咲からの着信。

 

 二十件。

 

 三十件。

 

 四十件。

 

 そしてメッセージ。

 

『お願い、話を聞いて』

 

『今どこ?』

 

『本当にごめん』

 

『会いたい』

 

『お願いだから返事して』

 

『お願い』

 

『お願い』

 

『お願い』

 

『既読着いたってことは見てくれてるんだよね?身勝手なのは分かってますでもお願いします電話だけでも出てください』

 

 その文字を見た瞬間。

 

 僕の中で何かが切れた。

 

「今さら……」

 

 涙が溢れる。

 

「今さら何なんだよ!!」

 

 叫びながらスマホを地面へ叩きつけた。

 

 ガシャン!!

 

 画面が砕ける。

 

 液晶に大きなひびが入った。

 

 それでも通知音だけは鳴り続ける。

 

 ブブッ……

 

 ブブッ……

 

『美咲 着信中』

 

「やめろよ……」

 

 足で踏みつける。

 

 一回。

 

 二回。

 

 三回。

 

 画面は完全に割れ、ついには電源も落ちた。

 

 静寂。

 

「……」

 

 壊れたスマホを見つめる。

 

 僕は何をやっているんだろう。

 

 でも、それくらいしか感情のぶつける場所がなかった。

 

 ゆっくりと空を見上げる。

 

 夜空には星が浮かんでいた。

 

 あんなに綺麗なのに。

 

 僕の世界だけが真っ暗だった。

 

     ◇◇◇

 

 その夜。

 

 家へ帰っても眠れなかった。

 

 ベッドへ横になっても、目を閉じるたびに今日見た写真が浮かぶ。

 

 神崎の笑顔。

 

 俯く美咲。

 

 教室のみんなの視線。

 

 笑い声。

 

「っ……」

 

 胸が苦しい。

 

吐き気もすごい

 

 息ができない。

 

 気持ち悪い。

 

 トイレへ駆け込み、何度も吐いた。

 

 胃の中には何もない。

 

 それでも吐き気だけは止まらなかった。

 

 鏡を見る。

 

 そこには、目を真っ赤に腫らした自分が映っていた。

 

「ハハッ……誰だよ」

 

 こんなの。

 

 僕じゃない。

 

 幸せだった朝霧悠真は、今日死んだ。

 

 残ったのは。

 

 空っぽの抜け殻だけだった。

 

 窓の外では、始発電車が走る音が聞こえ始めていた。

 

 長い長い夜が明けようとしている。

 

 だけど僕には。

 

 新しい朝なんて来る気がしなかった。

 

 この日から。

 

 朝霧悠真という少年の人生は、音を立てて崩れたのであった

 

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