チャラ男に彼女をNTRられた僕だけど..... 作:サイキック探偵
りんが眠りについた頃。
その意識の奥では、忘れようとしても忘れられない過去が蘇っていた。
まだ、自分が「神崎蓮」だった頃。
◇◇◇
「蓮、お前また女の子と歩いてただろ」
「まあ〜なぁ」
「今度は誰だよ」
「知らねw」
高校の廊下。
神崎蓮は、友人たちとくだらない話をしながら歩いていた。
周囲から見れば、カースト上位の陽キャ高校生。
明るい。
話が上手い。
人付き合いも上手い。
運動もできる。
チャラいイケメン。
だから、女子からもそれなりに人気があった。
「お前、本当に彼女作らないよな」
「面倒じゃん」
「じゃあ何で女の子と遊ぶんだよ」
「楽しいからっしょw後きもちぃw」
蓮は笑った。
「それで十分だろw」
その頃の蓮にとって、人との関係はその程度だった。
楽しいか。
つまらないか。
自分に得があるか。
ないか。
それだけ。
相手がどう感じるかなんて、深く考えたことはなかった。
◇◇◇
ある日の昼休み。
蓮は校舎の窓から外を眺めていた。
「……あれ?」
校庭の端。
一人の女子生徒が歩いている。
美咲だった。
明るく、友達も多い。
そして、蓮は知っていた。
「あいつ、朝霧の彼女だろ」
友人が言う。
「そうそう」
「朝霧って、あの真面目なやつ?」
「ああ」
蓮は美咲を見つめた。
「へぇ……」
特別な理由なんてなかった。
ただ。
自分の知らないところで誰かと幸せそうにしている女の子を見ると、妙な興味が湧いた。
「なあ」
「なんだ?」
「あの子と話してみようかな」
「やめとけよ」
「朝霧と付き合ってるんだぞ」
「だから?」
蓮は笑った。
「ハハッNTRは俺の得意分野だぜw」
◇◇◇
それから、蓮は少しずつ美咲と話すようになった。
最初は挨拶。
次に学校の話。
そして、くだらない冗談。
「神崎君って、面白いね」
「そう?」
「うん」
「朝霧君とは全然違う感じ」
「へぇ」
その言葉を聞いた蓮は、少しだけ笑った。
「悠真って真面目だもんな」
「そうなの」
「私、そういうところ好きなんだけどね」
美咲は笑った。
その笑顔を見ながら。
蓮は考えていた。
(朝霧より、俺と話してる方が楽しそうじゃん)
あ〜こいつ楽勝だわ〜と
◇◇◇
少しずつ。
二人が話す時間は増えていった。
放課後。
廊下。
昇降口。
帰り道。
蓮は美咲の悩みを聞いた。
学校であった嫌なこと。
悠真との小さな喧嘩。
将来への不安。
蓮は、それらしい言葉を返した。
「それは美咲が悪いんじゃないだろ」
「もっと自分のこと考えていいんじゃね?」
「俺だったら、そんなことで怒らないけどな」
美咲は次第に蓮へ相談するようになっていった。
そして蓮は、それを心地よく感じ始めていた。
(俺のことを頼ってる)
その感覚が。
気持ちよく蓮はアプローチを辞めなかった
◇◇◇
ある日の放課後。
「神崎君」
「ん?」
「ちょっと相談があるんだけど」
「いいよ〜」
美咲は俯いた。
「最近、悠真と上手くいかなくて」
「……」
「私のこと、ちゃんと見てくれてない気がする」
蓮は黙って聞いた。
そして。
「じゃあ、少し距離を置けば?」
「え?」
「一度離れてみれば、本当に大切な相手か分かるだろ」
美咲は黙った。
その言葉の裏にあるものを、蓮自身も理解していた。
それでも。
止めなかった。
◇◇◇
数日後。
美咲から、メッセージが届いた。
『一旦悠真と距離を置いたらやること無くて暇になっちゃった』
『だから今度蓮くん遊びに行かない?』
蓮はスマホの画面を見つめる。
「……」
しばらくして。
口元が上がった。
嬉しかった。
やっぱり俺はイケてると本気で思った。
でも。
その裏側で。
一人の少年が、自分の人生を大きく変えるほど傷つけるとは
その時の蓮は、考えもしなかったし考えても逆に嬉しくなっていただろう
◇◇◇
そしてまた数日後
何度か美咲と遊びというなのデートを行い完全に気持ちをこっちに寄せてると確信した蓮はまた美咲とデートのやり取りをスマホで行っていると
廊下の向こうから悠真が歩いてくる。
蓮は思ったどうだお前の女は今俺に夢中だぞと
内心バカにしまくった
そしてその日の蓮は気分が良くなり上機嫌で学校を過ごした
その日の夜。
美咲から届いたメッセージを見て、蓮は笑った。
『ねぇねぇ!今度の遊びはどこ行く??』
蓮は短く返信する。
『あ〜そうだな〜じゃあ......ラブホとか??ww』
『え?wwいやいやそれは.........だダメ...だよ?』
「ハッwメッセージでどもってる時点でもう堕ちてんのは確定してんだよ」
そして蓮の予想通りその数日後
蓮と美咲はラブホから出てきた
◇◇◇
――現在。
布団の中で、りんは目を閉じていた。
「……」
眠っているように見える。
しかし。
頭の中では、昔の記憶が何度も繰り返されていた。
美咲の笑顔。
悠真の表情。
そして。
あの頃の自分の笑い声。
(俺は……)
(あの時、何も考えてなかった)
今になって。
その意味を理解し始めていた。
失ったものの大きさを。
傷つけた人間の痛みを。
そして。
自分がその痛みを知ることになるまで。
それほど長い時間は必要なかった。
_____________________
――高校時代。
美咲と関係を深めていった神崎蓮は、日に日に調子に乗っていった。
最初はただの遊びだった。
面白そうだから。
朝霧悠真の彼女だから。
自分なら奪えると思ったから。
ただ、それだけだった。
けれど。
一度「自分の方を向かせる」ことに成功してしまうと、蓮の中に妙な優越感が生まれていった。
(やっぱ俺って、すげぇな)
そんなくだらない自信が、日に日に膨らんでいく。
◇◇◇
「蓮くん」
「ん?」
「今日、一緒に帰らない?」
「ああ、いいよ」
放課後。
美咲は当たり前のように蓮の隣を歩いていた。
少し前までなら、悠真の隣を歩いていたはずの少女。
その事実が、蓮にはたまらなく気持ちよかった。
「今日、楽しかったね」
「そうだな」
「また遊ぼうよ」
「もちろん」
「下の方でも遊んでやるよww」
「ちょっとぉ〜やめてよ…///」
美咲は笑う。
蓮も笑う。
そして蓮は心の中で思う
(さってと今のこの状況どうゆうふうに朝霧にバラそっかなぁ〜)
と蓮はこの後の美咲NTR報告をしようかと考えていた
◇
そして数日後某ラブホにて
「なぁ〜美咲動画回してもいいか??」
突然の蓮の言葉に驚く美咲
「え??な、なんで...動画なんて撮るの?」
蓮は考えた別に適当に誤魔化しても良かったが美咲が本当に自分に堕ちてるか調べるためにあえて本当のことを言う
「あ〜......お前の彼ピッピに送る用ww」
その言葉を聞き硬直する美咲
「...え??」
「ん?聞こえなかったのか?お前の彼氏のあ、さ、ぎ、り君に送る用だって」
「な、なんでそんなこと......」
「なんでってもうここまでヤッてんだから別にいいだろwww」
その言葉を聞き少し考える美咲だったが
「だ、ダメ!やっぱりそんなのダメ!!!!」
大声で叫ぶ美咲
「わ、わ...たしそんなことやるならこんな関係もうやめ「お前それ本気で言ってる??w」え?」
否定された事にカチンときた蓮は脅迫するように美咲に言う
「お前マジで低脳ゆるふわビッチだなwwこれが初めての動画撮影なわけねぇだろww」
「...え?」
蓮は美咲を嘲笑うかのようにスマホである動画を見せる
そこに映る数々の蓮と美咲の性行為の数々
『ハハッここだろお前の弱いとこ!』
『アッァンッ!ァンッ!そこき、気持ちいぃ』
『おい!正直に言えよ!俺と彼氏どっちが好きなんだ?』
『れ......ん!れんくんがしゅきぃぃい!!』
それを見て過呼吸になり頭が真っ白になる美咲
「はぁはぁ...う...そうそよ嘘嘘嘘嘘!何時そんなの撮ったのよ!!」
「何時撮ったって初めてのお前の処女貫通シーンからに決まってんだろwww」
「い...いやぁぁぁ!!!」
「お前はもう俺から逃げれねぇんだよwwこの動画ネットに上げてもいいんだぜ??」
「や、やめてやめてやめて!!そんなことしたら!!」
「彼氏と別れるどころかお前は生涯ビッチ女確定で親にも迷惑かかるよなぁww」
それを聞き黙る美咲
「どうすればいいかわかるよなww」ニヤッ
「や...た.........けし...るの?」
「ん?」
「やったらその動画消してくれるの??」
「あぁ〜もちろんだよw」
◇◇◇
――現在。
りんは布団の中で目を閉じていた。
過去の記憶が、少しずつ遠ざかっていく。
(……俺は)
(本当に、最低だった)
昔は、自分が誰かを傷つけてもなんとも思わなかった
相手が泣いても。
誰かが苦しんでも。
自分には関係ないと思っていた。
でも今は。
違う。
悠真の言葉が、頭から離れない。
『その子を、別の男に取られた』
その「別の男」が自分だった。
(……)
りんは布団の中で目を開ける。
暗い天井が見える。
涙が一筋、頬を伝った。
(俺が……)
(こいつの人生を壊した)
そう思った瞬間。
胸の奥が強く締め付けられた。
今までなら。
こんな感情など持たなかった。
けれど。
今の自分は違う。
人に傷つけられる苦しさを知ってしまった。
誰にも頼れない怖さを知ってしまった。
そして。
誰かに優しくされるありがたさまで知ってしまった。
(なのに……)
(こいつは俺に優しくしてる)
それが何より苦しかった。
そしてより眠気が深くなっていきだんだんとその後自分に起きた事が悪夢となって自分に襲ってきた
◇◇◇。
神崎蓮は、自分の人生が永遠にこのまま続くと思っていた。
学校では友人に囲まれ、異性からもそれなりに好かれている。
自分が何をしても、最後にはどうにかなる。
そんな根拠のない自信を持っていた。
そして、その日の夜も。
蓮は何も考えずに眠りについた。
◇◇◇
翌朝。
「……ん」
目覚まし時計が鳴っている。
「んっせぇなぁ……」
蓮は布団の中で手を伸ばした。
しかし。
いつものように目覚まし時計へ手が届かない。
「……?」
仕方なく身体を起こす。
そこで。
違和感に気付いた。
「……あん?」
声が。
妙に高い。
「……は?」
自分の声を聞いた瞬間、蓮は固まった。
寝起きだからだ。
そう思った。
喉の調子がおかしいだけ。
きっとそうだ。
そう思いながら、ベッドから立ち上がる。
そして。
鏡を見る。
「…………は?」
そこに映っていたのは。
見知らぬ少女だった。
長い髪。
細い肩。
見慣れない顔。
自分が着ていたはずの服も、身体に合っていない。
「…………」
蓮は鏡に近付いた。
鏡の中の少女も近付く。
頬を触る。
鏡の中の少女も頬を触る。
「……俺?」
声が震える。
「いや……」
「んっなわけ……」
何度も鏡を見る。
目を擦る。
顔を洗う。
もう一度見る。
それでも。
鏡の中にいるのは、自分が知っている神崎蓮ではなかった。
「……んだよ、これ」
その瞬間。
スマートフォンが鳴った。
画面には友人からのメッセージ。
『蓮、今日学校来る?』
いつもの何気ないメッセージ。
それを見た蓮は、反射的に返信しようとした。
『行く』
しかし。
指が止まる。
「……」
こんな姿で学校へ行けるわけがない。
そもそも。
何が起きたのか分からない。
夢なのか。
病気なのか。
誰かの悪戯なのか。
それとも。
本当に自分の身体が変わってしまったのか。
「……病院」
蓮はそう呟いた。
まず原因を調べなければならない。
そう考えることしかできなかった。
◇◇◇
午前中。
蓮は外へ出ることができなかった。
人に見られるのが怖かったからだ。
何度も鏡を見る。
何度見ても変わらない。
「……俺は神崎蓮だ」
自分に言い聞かせる。
「神崎蓮」
「男だ」
しかし。
鏡の中の少女は何も答えない。
蓮は頭を抱えた。
「意味分かんねぇ……」
◇◇◇
結局、その日は学校を休んだ。
翌日も。
さらにその翌日も。
外へ出ることすらできない。
幸い、家には蓄えがあった。
今まで好き勝手に使ってきた金も、それなりに残っている。
「まあ……」
最初はそう考えていた。
「学校なんて、しばらく休めばいい」
「身体が戻ったら行けばいい」
「病院だって、そのうち原因が分かるだろ」
深刻には考えていなかった。
それが。
蓮の最初の間違いだった。
◇◇◇
数日後。
蓮はようやく外へ出た。
帽子を深く被り、できるだけ人目を避けながら病院へ向かう。
しかし。
「原因が分からない?」
医師の言葉に、蓮は絶句した。
「現状では、医学的に説明できません」
「そんな……」
「身体に異常がないわけではありません」
「ただ、なぜこのような状態になったのかは……」
医師も困惑していた。
検査をしても。
原因は分からない。
突然変化した身体だけが現実として残っている。
「しばらく経過を見ましょう」
「元に戻る可能性は?」
「……現時点では何とも言えません」
蓮は診察室を出た。
廊下を歩く。
足取りが重い。
「……なんだよ、それ」
初めて。
蓮の中に不安が生まれた。
◇◇◇
家に戻る。
玄関を閉めた瞬間。
「……」
静寂が広がった。
蓮はソファへ座る。
スマートフォンを見る。
大量の通知。
友人。
学校。
そして。
これまで関わってきた女の子たちからの連絡。
『最近どうしたの?』
『学校来ないけど大丈夫?』
『連絡つかないんだけど』
蓮は一つずつ眺める。
そして。
「……まあ、いいか」
スマートフォンを伏せた。
まだ、この時は。
自分が失っているものの大きさを理解していなかった。
身体が変わった。
学校へ行けない。
病院でも原因が分からない。
それでも。
金がある。
家がある。
生活には困らない。
だから。
きっと何とかなる。
そう思っていた。
◇◇◇
しかし。
数日後。
蓮のスマートフォンに、一本の電話が入り何時もの癖で思わず取ってしまった
「……もしもし?」
『蓮?』
「誰?」
『……え?』
「今、ちょっと体調悪くてさ」
『……あんた』
電話の向こうの声が変わった。
『声、どうしたの?』
「……」
蓮は答えられない。
『蓮じゃないの?』
「……」
そして。
電話は切れた。
その直後。
別の番号から着信が入る。
さらに。
もう一件。
また一件。
蓮はスマートフォンを見つめる。
「……なんだよ」
電話に出ても。
誰も自分を信じてくれない。
自分が神崎蓮だと言っても。
証明できない。
そして。
蓮はまだ知らなかった。
自分の人生が。
ここから少しずつ崩れ始めることを。
そして最初に崩れるのが。
今まで自分を取り囲んでいた「人間関係」だということを。
――
神崎蓮の身体に異変が起きてから、一週間。
蓮はまだ、自分の部屋からほとんど出ていなかった。
「……戻らねぇ」
朝。
鏡の前に立つ。
そこにいるのは、やはり見知らぬ少女。
何度確認しても変わらない。
夢でもない。
見間違いでもない。
病院へ行っても原因は分からなかった。
「……なんで俺が」
鏡へ手をつく。
「俺は何もしてないだろ」
そう呟いた瞬間。
蓮の脳裏に、ある考えが浮かんだ。
「……何も?」
自分で言っておきながら、言葉が止まる。
美咲。
悠真。
これまで関わってきた女の子たち。
そして、その相手だった人たち。
「……」
蓮は目を逸らした。
「今は関係ねぇだろ」
そう言い聞かせる。
身体が女になったことと、自分が過去に何をしてきたかは別の話だ。
少なくとも。
この時の蓮は、そう思いたかった。
◇◇◇
その日の昼。
スマートフォンにメッセージが届いた。
『蓮、話がある』
以前、よく遊んでいた女子からだった。
『今から会える?』
蓮は少し迷った。
けれど。
自分が神崎蓮だと証明するには、昔から自分を知っている人間に会うしかない。
『分かった』
短く返信する。
◇◇◇
待ち合わせ場所。
蓮は帽子を深く被って現れた。
「……」
相手は蓮を見るなり、怪訝そうな顔をする。
「あなたが、蓮の知り合い?」
「……俺だよ」
「え?」
「俺」
帽子を少し上げる。
「神崎蓮」
沈黙。
「……冗談?」
「冗談じゃねぇよ」
「じゃあ、蓮はどこ?」
「だから俺だって!」
声を荒らげた瞬間。
周囲の視線が集まる。
蓮は慌てて声を落とした。
「……本当に俺なんだ」
相手は困惑している。
しばらく蓮を見つめたあと。
「……なにそれ信じられない」
「なんでだよ」
「だって……」
相手は視線を逸らす。
「正直蓮って性格はクズだけどイケメンで下半身が上手いから付き合ってたのに」
「それを女になりましたってもうそれただのクズじゃんww」
「……」
その言葉が蓮に刺さる。
「はぁ〜じゃ帰るね」
「待てよ」
「もう関わりたくないから」
その人は立ち去った。
蓮は一人、取り残された。
◇◇◇
家へ戻る。
玄関を閉めた途端。
「……なんなんだよ」
怒りが込み上げる。
「俺が何したっていうんだよ!」
誰も答えない。
壁だけが静かにそこにある。
蓮はソファへ座った。
スマートフォンを見る。
着信履歴。
メッセージ。
以前なら、自分から連絡すれば誰かが応じてくれた。
今は違う。
一人。
また一人。
連絡先から消えていく。
最初は腹が立った。
次第に。
不安になった。
そして。
少しずつ怖くなっていった。
◇◇◇
数日後。
蓮の家を訪ねてきた女性がいた。
以前、蓮と付き合いがあった人物だった。
「蓮は?」
「俺だけど」
「……」
女性は蓮を見つめる。
「その格好で何言ってるの?」
「だから俺だって!」
「……」
女性は小さく息を吐いた。
「あの話って本当だったんだ」
「え?」
「本当に女になったんだったら、もう蓮ってなんにもないじゃん」
「……」
「返してよ」
「は?」
「返してよ!!私はあなたのせいで、友達も親も彼氏も捨てたのに」
「学校でも色々言われた」
「それなのに、あなたは何も悪くないみたいな顔をしてた」
蓮は何も言えない。
「なんだかだんだん本当にムカついてきた」
「……は??んだよそれ??」
「私帰るね」
扉が閉まる。
蓮は玄関に立ったまま動けなかった。
◇◇◇
夜。
蓮は一人で食事をした。
以前なら、誰かと一緒に食べることも多かった。
今は一人。
テレビをつけても。
動画を見ても。
何も頭に入らない。
「……静かだな」
自分の声だけが部屋に響く。
そこで初めて。
蓮は孤独というものを知った。
今までは。
一人になることなんて怖くなかった。
誰かに連絡すればいい。
誰かが遊んでくれる。
そんな環境にいた。
でも。
その「誰か」が。
一人ずつ消えていった。
◇◇◇
翌朝。
蓮は銀行口座を確認した。
「……」
金はまだある。
十分に生活できる。
「……これだけあれば」
しばらくは大丈夫。
そう思った。
けれど。
スマートフォンが震える。
一通のメッセージ。
『あなたが今まで関わってきた人たちに、全部話しました』
蓮の表情が固まる。
『もう誰も、あなたのことを信用しません』
画面を閉じる。
「……」
そして。
蓮はようやく気付き始めた。
身体が変わったことだけが問題ではない。
自分がこれまで築いてきた人間関係そのものが。
今。
一斉に崩れようとしている。
◇◇◇
その夜。
蓮はベッドの中で、天井を見つめていた。
「……元に戻ったら」
学校へ行こう。
友達と話そう。
また以前みたいな生活に戻ろう。
女をまた取っかえ引っ変えして遊ぼう。
そう考える。
けれど。
胸の奥では、別の声が聞こえていた。
(本当に戻れるのか?)
「……」
(戻ったとして)
(お前を待ってる奴なんているのか?)
蓮は布団を頭まで被った。
「……うるさい」
それでも。
その問いは消えなかった。
そして。
この日を境に。
蓮の「当たり前だった日常」は。
完全に崩れ始めた。
__________________
――神崎蓮が女の身体になってから、二週間。
最初の頃、蓮はまだ楽観的だった。
身体が元に戻るかもしれない。
病院側が原因を突き止めてくれるかもしれない
時間が経てば、すべて元通りになる。
そう思っていた。
けれど。
現実は、蓮の期待とは逆方向へ進んでいた。
◇◇◇
「……チッまたかよ」
朝。
スマートフォンを確認すると、着信履歴が増えていた。
以前関係のあった人間からの連絡。
そのほとんどが、もう蓮と関わるつもりがないという内容だった。
蓮は一つずつ画面を眺める。
「なんなんだよ……」
以前なら。
自分から連絡すれば、すぐに誰かが返事をしてくれた。
遊びに誘えば、誰かが来た。
困った時には頼れる人間がいた。
今は違う。
誰もいない。
「……まあいい」
蓮はスマートフォンを机へ置いた。
「別に、一人でも困らねぇし」
そう呟いた。
しかし。
その言葉とは裏腹に。
胸の奥には、薄暗い不安が広がっていた。
◇◇◇
昼過ぎ。
玄関のチャイムが鳴った。
「……誰だよ」
蓮がチェーン越しに扉を開ける。
そこには、数人の女性が立っていた。
蓮は眉をひそめる。
「何?」
「……神崎蓮?」
「だから、そうだって」
「その姿でも?」
「……」
蓮は黙る。
女性たちは、手にしていたスマートフォンを見せた。
「あなたが今まで私たちに何をしたのか」
「全部話した」
「証拠も残ってる」
「……だから何だよ」
蓮は強がった。
「今さら昔の話をして何になるんだよ」
すると、一人が冷たい声で言った。
「昔の話?」
「あなたにとっては、そうなんだね」
「でも私たちは違う」
「あなたに振り回された時間を、ずっと引きずってきた」
蓮は何も言えなかった。
「あなたは、誰かが傷ついても笑ってた」
「自分だけ楽しければ、それでよかった」
「だから――」
女性は一度言葉を切った。
「もう、あなたを助ける人はいないよ」
そう言い残し女達は去っていった
蓮はその場に立ち尽くした。
◇◇◇
数日後。
蓮が外出している間に、さらに異変が起きた。
家へ戻る。
「……?」
部屋の中が妙に静かだった。
机を見る。
棚を見る。
そして。
「……は?」
貴重品がいくつか消えていた。
時計。
アクセサリー。
ゲーム機。
その他、売れば金になる物。
「……何だよ、これ」
蓮は慌てて銀行口座を確認する。
「……」
残高が減っている。
想像していたよりも、はるかに大きく。
「嘘だろ……」
通帳を確認する。
見覚えのない出金。
一度ではない。
何度も。
蓮の顔から血の気が引いていく。
「……誰が」
その時。
スマートフォンへメッセージが届いた。
『これで、あなたが今まで奪ってきたものの一部は返してもらった』
『しかもあなたって結構馬鹿なんだね口座の番号が自分の誕生日だなんて』
蓮の指が震える。
『あなたが人の人生を壊しても平気だったように、私たちもあなたのことなんて考えない』
『もう関わらない』
それだけだった。
蓮はスマートフォンを握り締める。
「ふざけんな……」
怒りが込み上げる。
「俺の金だぞ……」
しかし。
その言葉を口にした瞬間。
自分自身の声が、妙に空虚に聞こえた。
◇◇◇
夜。
蓮は一人、暗い部屋に座っていた。
警察に行こうとしたが今自分は身分を証明する方法がないことに気づき路頭に彷徨っていた
以前なら。
こんな状況でも笑っていられただろう。
金がなくとも。
家がなくとも。
最後は女が入ればどうにかなる。
そう思っていた。
でも今は。
その女達から裏切られ自分のアイデンティティのイケメンでイケてる男と言うのも消え
その全部が崩れ始めている。
「……俺は」
誰に話しかけるでもなく呟く。
「どうすればいいんだよ」
返事はない。
テレビの音だけが部屋に響く。
蓮はスマートフォンを見る。
連絡先は、以前よりずっと少なくなっていた。
そして。
そのほとんどに、もう連絡する勇気がなかった。
◇◇◇
翌朝。
玄関を開ける。
郵便受けに一通の封筒が入っていた。
蓮は封筒を手に取る。
「……」
差出人を見る。
その瞬間。
胸が嫌な音を立てた。
過去に関わった人間からだった。
封筒を開ける。
中に入っていたのは、短い手紙。
『もうあなたのことを助けるつもりはありません』
『これまで自分が何をしてきたのか、一度考えてください』
それだけ。
蓮は紙を握り締めた。
「……またかよクソが!!俺だって!!」
言い返そうとして。
言葉が止まる。
自分だって苦しんでいる。
自分だって何も分からない。
自分だって突然こんな身体になった。
そう言いたかった。
けれど。
その言葉を言えば言うほど。
昔の自分と同じような気がした。
他人の苦しみを考えず。
自分のことだけを正当化する。
「……」
蓮は手紙を机へ置いた。
初めて。
ほんの少しだけ。
自分がしてきたことを考え始めた。
そして。
この日から。
蓮にとっての本当の地獄が始まることになる。
______________
――その日の夕方。
蓮は家を出た。
もう、部屋の中にいても落ち着かなかった。
財布の中身を確認する。
「……これだけか」
残っている現金は、わずかだった。
銀行口座も信用できない。
警察へ相談することも考えた。
しかし、自分の身分を証明できるものがない。
神崎蓮という名前を名乗っても、目の前にいるのは別人の少女。
自分自身であることを証明する手段がない。
「……どうすりゃいいんだよ」
呟きながら、蓮は街を歩いていた。
目的地なんてない。
ただ、家にいるのが怖かった。
◇◇◇
しばらく歩いたところで。
「……あれ?」
後ろから声が聞こえた。
蓮は振り返る。
知らない男が二人。
こちらを見ている。
「……」
嫌な予感がした。
蓮は歩く速度を上げる。
すると。
後ろの足音も速くなる。
「おいちょっと待て」
「……」
無視する。
「おい、待てって」
さらに近付いてくる。
蓮は路地へ入った。
そして振り返る。
「……何なんだよ」
「神崎蓮って知ってる?」
「……!」
心臓が跳ねた。
「知らない」
「嘘つけよお前今神崎の家から出てきたじゃねぇか」
男の一人が近付いてくる。
「最近、あいつを探してるんだ」
「俺たちの知り合いが、あいつに散々振り回された」
「だから見つけたらアイツとお話しないどダメなんだよなぁ」
蓮は後ずさる。
「……俺は知らない」
「.............」
「本当に……」
「いや嘘つけよwお前のその容姿ちょっとだけど神崎に似てるし妹かなんかだろw」
「確かにアイツと一緒でヤリ〇ンそうな顔してるなw」
「なぁ俺達は神崎に女取られてんだわ」
「だから身内がやったことは身内に責任取ってもらわないとなぁ」
男が一歩近付く。
蓮はさらに下がる。
背中が壁に当たった。
「おいおい逃げるなよw」
1人の男が蓮の手首を掴み
もう1人が足を抑えた
「離せ!」
蓮は必死に体を動かす
しかし、力が入らない。
「ちょっと気持ちいことするだけだろw」
「嫌だ!」
蓮は叫んだ。
男たちの表情を見て。
初めて本気で恐怖を感じた。
自分が何をされるのか分からない。
どこへ連れて行かれるのかも分からない。
ただ。
ここにいたら危険だ。
それだけは分かった。
「離せよおい!」
蓮は思い切り腕を振り足を振った
手首が抜け元々男物だったこともあり少し大きめの靴も脱げた
その勢いのまま、男の横をすり抜けた。
「おい!」
後ろから声がする。
蓮は振り返らなかった。
ただ走った。
◇◇◇
角を曲がる。
さらに曲がる。
息が苦しい。
足が痛い。
それでも止まらない。
「はぁ……はぁ……!」
涙が出そうになる。
何度も後ろを振り返る。
誰も追ってきていない。
それでも怖かった。
街灯の下で立ち止まり、壁に手をつく。
「……怖い」
自分の口から、そんな言葉が出た。
今まで。
誰かに追われることなんてなかった。
誰かを怖がることもなかった。
いつだって自分が強い側だと思っていた。
けれど今は違う。
身体も。
立場も。
人間関係も。
何もかも失っている。
「……俺……」
震える手を見る。
「本当に、女で一人なんだな.....」
◇◇◇
その夜。
蓮は駅のベンチに座っていた。
家に戻る気にはなれなかった。
家に戻れば、また誰かが来るかもしれない。
そんな恐怖が頭から離れない。
スマートフォンを見る。
連絡できる相手はいない。
家族に電話することも考えた。
けれど。
「……母さん」
電話番号を開く。
指が止まる。
どう説明する?
自分が神崎蓮だと言っても、信じてもらえるだろうか。
「……」
電話をかけられなかった。
蓮はスマートフォンを握り締める。
「……帰りたい」
初めて。
心の底からそう思った。
しかし。
帰る場所が本当に残っているのか。
その答えを。
蓮はまだ知らなかった。
◇◇◇
そして数日後。
蓮はついに決断する。
「……実家に帰ろう」
ここにはもういられない。
金もない。
頼れる人もいない。
自分を探している人間までいる。
ならば。
最後に頼れるのは家族しかない。
そう思った。
駅のホーム。
全てを無くした男が頼れるのは親しかいなかった
かつては何でも持っていた。
今は。
これだけだった。
電車が到着する。
扉が開き
裸足のまま
蓮はゆっくりと乗り込んだ。
「……」
座席に座り、窓の外を見る。
街の景色が流れていく。
その先に。
自分を待っている家族がいると信じて。
蓮は目を閉じた。
しかし。
この時の蓮はまだ知らなかった。
実家こそが。
自分に残された最後の逃げ場所を失う場所になることを。
__________________
電車は、夕暮れの街を走っていた。
蓮は窓際の席に座り、流れていく景色をぼんやり眺めていた。
何時間ぶりだろう。
まともに眠っていない。
何かを食べても味がしない。
人の視線が怖い。
後ろから足音が聞こえるだけで、あの男たちが追ってきたのではないかと思ってしまう。
「……疲れた」
小さく呟く。
そして、何度も同じことを考えていた。
(母さんなら……)
(父さんなら……)
きっと助けてくれる。
自分がどんな姿になっていても。
自分がどんな状態になっていても。
家族なら、自分を見捨てない。
そう信じるしかなかった。
◇◇◇
数時間後。
蓮は見慣れた駅へ降りた。
「……」
昔と何も変わらない。
駅前の店。
道路。
遠くに見える住宅街。
子どもの頃から見てきた景色。
それを見た瞬間。
蓮の胸に、ほんの少しだけ安心感が戻ってきた。
「……帰ってきた」
家まで歩く。
昔なら何とも思わなかった距離が、今日は異様に長く感じた。
そして。
ようやく家が見えた。
「……母さん」
玄関の前に立つ。
深呼吸。
そして。
インターホンを押した。
ピンポーン。
しばらくして。
「……はい」
聞き慣れた声。
母親だった。
「母さん……」
扉が開く。
「どちら様――」
母親が言葉を失った。
「……」
「……蓮?」
蓮の胸が大きく動く。
「母さん!」
一歩近付こうとする。
しかし。
母親は後ろへ下がった。
「……本当に?」
「俺だよ!」
「神崎蓮!」
必死に訴える。
「俺だって!」
母親は震える手で口元を押さえた。
「……どうして」
「どうしてあなたが……」
その目に浮かんでいたのは。
喜びではなかった。
恐怖と困惑。
そして。
怒りだった。
「……母さん?」
その時。
奥から父親が出てきた。
「どうした?」
父親も玄関に現れる。
そして蓮を見る。
「……」
「蓮……なのか?」
「父さん!」
蓮は涙を浮かべた。
「助けてくれ!」
「俺、こんな身体になって……」
「何が起きたのか分からないんだ!」
父親は黙っていた。
長い沈黙。
そして。
「……お前」
「今まで何をしてきた?」
「え?」
蓮の表情が固まる。
「何の話だよ」
母親が震える声で言った。
「私たちのところに……」
「たくさんの人から連絡が来たの」
「……」
「あなたが今まで何をしてきたのか」
蓮の顔から血の気が引く。
「……誰が」
「美咲さんからも」
「他の人たちからも」
「全部聞いた」
「……」
蓮は何も言えなかった。
「違う」
「何が違う?」
父親の声が低くなる。
「お前は今まで、人の気持ちを何だと思っていた」
「……」
「自分が楽しければそれでいいと思っていたのか?」
「違う……」
「何が違う!」
父親の怒声が響く。
蓮は肩を震わせた。
「お前がどれだけ人を傷つけたのか」
「どれだけ周りを巻き込んだのか」
「全部聞いた」
「……」
「そして今になって帰ってきて」
「助けてくれ?」
父親は苦しそうに目を閉じる。
「……情けない」
その一言が。
蓮の胸に突き刺さった。
◇◇◇
「俺だって……」
蓮の声が震える。
「俺だって好きでこうなったわけじゃない!」
「誰も助けてくれないんだ!」
「だから家に――」
「帰ってくるな」
「……え?」
母親が泣いていた。
「お願いだから……」
「もう私たちを巻き込まないで」
「母さん……」
「あなたが何をしたのか知ってから」
「私たちも、何人もの人に謝った」
「でも」
「私たちには、あなたのしたことを消すことなんてできない」
蓮は立ち尽くした。
「……俺は」
「家族だろ」
その言葉に。
母親は顔を背けた。
「……もう」
「家族として、あなたを支えることはできない」
父親が玄関へ手を伸ばす。
「帰ってくれ」
「待って!」
蓮は必死に声を上げた。
「父さん!」
「母さん!」
「俺……」
扉が閉まる。
ガチャリ。
鍵が掛かる音。
蓮は玄関前に一人残された。
「……」
何も言えない。
何も考えられない。
ただ。
閉じた扉を見つめる。
◇◇◇
しばらくして。
蓮はゆっくり歩き出した。
どこへ行けばいいのか分からない。
駅へ戻る。
でも、帰る場所はない。
ベンチへ座る。
「……」
スマートフォンを見る。
電池残量は少ない。
連絡先を開く。
誰にも電話できない。
「……俺」
声が震える。
「どこに行けばいいんだよ……」
答える人はいない。
蓮は俯いた。
涙が落ちる。
拭っても。
また落ちる。
今まで。
泣いている人を見ても、深く考えたことなどなかった。
でも今は。
自分が泣いている。
そして。
誰も助けてくれない。
◇◇◇
その夜。
蓮は駅近くのベンチで一人過ごした。
寒い。
怖い。
寂しい。
眠れない。
それでも。
帰る場所はない。
「……」
蓮はバッグの中から、一枚の古い写真を取り出した。
家族で撮った写真。
そこには。
昔の自分が写っている。
笑っている。
何も知らず。
何も失っていなかった頃の自分。
「……俺」
写真を握り締める。
「なんで……」
涙が止まらなくなる。
「なんで、こんなことになったんだよ……」
その答えを。
蓮はまだ真正面から受け止められなかった。
けれど。
胸の奥では。
少しずつ理解し始めていた。
自分が今まで人に与えてきた孤独を。
自分が今。
味わっているのだと。
◇◇◇
翌朝。
蓮は駅の掲示板全てに絶望し濁った目で見つめていた。
電車の時刻表。
ただ何処へでも良いから逃げたかったどこか逃げる
行き先を探して
その中に。
一つの街の名前があった。
「……」
そこには。
悠真が今暮らしている街も含まれていた。
もちろん。
蓮はまだ知らない。
その街に。
自分がかつて傷つけた男がいることを。
そして。
数日後。
大雨の夜。
路地裏で。
自分が壊した人物と再会することになるなんて。
この時の蓮には。
想像すらできなかった。
___________________
――翌朝。
蓮はなけなしの金で始発に近い電車へ乗った。
行き先は、決めていない。
ただ。
ここにいる理由も、もうなかった。
実家には帰れない。
以前住んでいた家にも戻りたくない。
友人には頼れない。
そして、蓮を探している人間までいる。
「……どこでもいい」
窓の外を眺めながら、蓮は呟いた。
「誰も俺のことを知らないところなら……」
それだけだった。
誰にも追われない。
誰にも責められない。
自分が神崎蓮だったことすら知らない人たちのいる街。
そこなら。
もう一度、やり直せるかもしれない。
そんな淡い期待だけを抱えていた。
◇◇◇
電車は何度も駅に停まり、少しずつ知らない景色へ入っていく。
蓮は座席に身体を預けた。
疲労が限界に近かった。
ここ数日、まともに眠れていない。
食事もほとんど取っていない。
財布の中身を確認する。
「……」
残り残高230円
これだけでは、2日も持たない。
「仕事……探さないと」
口にしてから、蓮は苦笑した。
「……俺が?」
今まで。
働くことを真剣に考えたことなどなかった。
欲しいものがあれば買う。
遊びたければ遊ぶ。
誰かに頼めば、どうにかなった。
そんな生活だった。
それが今。
自分一人で生きていかなければならない。
「……無理だろ」
弱音が漏れる。
けれど。
「無理でも……やるしかない」
もう、頼れる人はいないのだから。
◇◇◇
数時間後。
電車を降りる。
知らない駅。
知らない街。
知らない人。
駅前のロータリーを見渡しても、知っている顔は一人もいない。
「……」
そのことに。
蓮は少しだけ安心した。
誰も自分を知らない。
誰も自分の過去を知らない。
誰も。
神崎蓮を知らない。
「ここなら……」
小さく呟く。
「やり直せるかもしれない」
◇◇◇
しかし。
現実は甘くなかった。
まず問題になったのは、住む場所だった。
蓮は駅前の不動産店を何軒か回った。
けれど。
「はぁ??お金がなくとも家を借りたい??あんまりバカ言っちゃあいけないよお嬢さん」
「それに借りるとなると保証人も必要になりますね」
「……」
「それに、初期費用が――」
提示された金額を見て、蓮は言葉を失った。
「……そんなに?」
「はい」
「分かり...ました……」
店を出る。
財布を見る。
残り残高30円
「……ご飯も買えない」
まともにご飯も買えない
公園のベンチに座る。
「……どうすればいいんだよ」
また同じ言葉が出た。
◇◇◇
夕方。
雨が降り始めた。
「……最悪」
蓮は駅前の屋根の下へ逃げ込む。
空を見上げる。
雨は次第に強くなっていく。
人々は傘を開き、それぞれの家へ帰っていく。
その光景を見て。
蓮は急に寂しくなった。
(俺には……)
(帰る場所がない)
今まで。
家というものを当たり前だと思っていた。
帰れば誰かがいる。
電気がついている。
食事がある。
眠る場所がある。
それがどれだけありがたいものだったのか。
失って初めて気付いた。
◇◇◇
雨を避けながら歩いていると。
駅から少し離れた場所に、小さな求人掲示板があった。
蓮は足を止める。
「……求人」
いくつかの紙が貼られている。
飲食店。
清掃。
倉庫。
工場。
アルバイト募集。
蓮は一枚ずつ見ていく。
「……これなら」
経験がなくても応募できそうな仕事がある。
しかし。
「履歴書……」
そこで手が止まった。
自分の身分をどう説明する?
戸籍。
身分証。
住所。
今の自分には、何一つまともに説明できない。
「……」
掲示板から離れる。
結局。
また何もできなかった。
◇◇◇
夜。
雨はさらに強くなっていた。
蓮は傘を持っていなかった。
駅へ戻る気にもなれず、知らない街を歩き続ける。
靴の中まで濡れる。
髪から水が滴る。
「……寒い」
身体が震える。
どこか雨宿りできる場所を探して歩く。
そして。
気付けば、細い路地へ入っていた。
人通りはほとんどない。
街灯も少ない。
「……ここなら」
蓮は建物の軒下へ座り込んだ。
膝を抱える。
目を閉じる。
「……疲れた」
その一言が。
雨音の中へ消えていく。
◇◇◇
どれくらい時間が経ったのか。
蓮には分からなかった。
ただ。
足音が聞こえた。
「……?」
誰かが近付いてくる。
蓮は顔を上げた。
雨の向こう。
一人の青年が歩いている。
傘を差している。
仕事帰りなのだろう。
そして。
その青年が。
こちらへ近付いてくる。
「……大丈夫ですか?」
「ひっ.......」
怖かった。
また誰かに追われているのではないか。
そう思った。
青年は少し距離を取ったまま、もう一度声を掛ける。
「こんなところにいたら風邪を引きますよ」
「……」
その声を聞いた瞬間。
蓮の胸がざわついた。
どこかで聞いたことがある。
優しい声。
でも。
思い出せない。
「……家は?」
青年が尋ねる。
蓮は答えられない。
「帰る場所……」
その言葉が喉に引っ掛かる。
やがて。
「……ない」
かすかな声が出た。
青年は黙った。
そして。
蓮へ傘を差し出す。
「……寒いですよね」
「これ、使ってください」
「……」
蓮は傘を見る。
そして青年の顔を見る。
雨に濡れた髪。
穏やかな表情。
どこか懐かしい顔。
蓮はまだ気付かない。
目の前にいる青年が。
かつて自分が人生を壊した男――
朝霧悠真だということに。
そして悠真も。
目の前で震えている少女が。
自分の人生を変えた男――神崎蓮だとは。
まだ知らなかった。
ちなみになんで神崎が親と別で過ごしてるというと何時でも女を家に呼びたいと思った神崎が持ち前の話術で親に適当なことを吹かして別居にしてもらった