魔法少女演ってます ~魔法素粒子ルミナキャスト~ …のショー!? 作:砕(サイ)
打ち合わせ場所たる異空間。ゲッシーの上司が、
その目覚ましい活躍を讃える。SNSでの手応えもバッチリと、
姿形こそゲッシーには見えないものの、どこか満足そうな様子である。
「僕としては、自分がどう映されてるのか分かってはないのですけどね…」
ゲッシー自身も宇宙のSNSでの自分の評判に対して、気分は上々。
その姿が滑稽で面白いであったりと、
このハムスターが頬を膨らませるに値する内容でもあるが。
「僕も降板されると勘違いしてビックリしましたよ!これからも頑張ります」
不意に始まった、しゃくしゃくとの相棒の主導権争いも、
恐らくはゲッシーの勘違い。そう推測して、ヨシノの相棒としての意気込みを、
確かに番組の上層部に告げる。
「いや、本当にあのぬいぐるみに交代させる予定だった」
お前が期待を凌駕する活躍をしたから問題なかったと、続けて上司は言うものの。
あまりの恐ろしい余談。ゲッシーは固まり、凍りつく。
…ヨシノとしゃくしゃく、そしてゲッシー自身の努力が実を結んだんだよ、きっと。
いつものガルニエの暗いステージの上。
スポットライトに当たりつつ、ムジカントムは華麗に舞う。
自らの得物であるナイフを巧みに操り、
サンドバッグ替わりのマネキン人形を、爽快なまでに真っ二つに。
「見事ね。褒めてあげるわ」
「見映えだけの男ではないようだな」
エゴシックとハラガヘッタも彼の演武に感心する。
そんな両者を嘲笑うか、或いは自身の姿に酔いしれたか。
白い仮面の隙間から、相も変わらずフフフと笑うムジカントム。
間髪入れず、お前達は円卓の騎士を知っているか?
と、その仮面の奥から二人に問う。ムジカントム曰く。
イギリスの有名な騎士に倣った「十二の剣技」を見出したと言う。
文学青年気取りか?と嗤うハラガヘッタに、
その技にも何かしらの名前があるの?と尋ねるエゴシック。
ムジカントムはナイフの柄を回しながら、その名を示す。
「フフフ…トリスタンクラッシュだ」
単語の組み合わせが些か噛み合っていない気もするが、
この荒々しい威力を見る限りでは、「壊す」技…
すなわちクラッシュとした方が相応しいのかもしれない。
エゴシックはそう納得し、ハラガヘッタもマネキンの切断面を見て、
その雑に紙を引き裂いたかのような、強烈な膂力に対して不敵に笑う。
「これくらいで感心してもらっては困るなあ…坊や」
ただ一言、ハラガヘッタを戒めると共に背を向けて、闇に溶けていった。
こんな人形は試し斬りの材料にすぎない。ムジカントムの狙いはただ一つ、
ルミナタキオンの必殺バリア・タキオンフィールドだ。
「ゲッシー。よくやっているようだな」
「ありがとうございます、師匠!」
いつぞやの犬の顔の老紳士。ゲッシーの師匠たる、
魔法素粒子界の錬金術師。度々引き合いに出す人物とは、
どうやら彼のようだったらしい。今は大事な話だと、
ヨシノを他所に、タブレット越しに師匠との通話を行うゲッシー。
名演技ですわ。若干の皮肉を込めつつ。電子書籍の漫画を読みつつ。
ヨシノは蚊帳の外のようで、最重要事項を聞き逃がさない。
「ルミナストーンを総て嵌め込むことで、ルミナボックスは真の力を得る」
先日、ルミナストーンの力を借りて放った、色彩に満ちたタキオンフィールド。
ルミナボックスに当て嵌めるパーツが如く。必要な
あの力を常時開放できるようになるらしい。例えるならば、
今のルミナボックスは接触不良。好きにオンオフできない、ということになる。
確かに、奇跡の力ではあるのか…。尺という身も蓋も無い理由を以て、
戦いを切り上げられたヨシノとしても、いつになく好奇心が刺激される。
「私も、集めるの頑張ってみようかな」
しゃくしゃくもまた動けるようになるかもしれないしね。
共に駆け回ったハムスターのぬいぐるみに語りかけながら、
ヨシノは目下の目標たるルミナストーン集めに向かって、奮起する。
そんな中、通話を終えたゲッシーに対して、唐突な話題転換。
「ゲッシー。タキオンフィールドを強くしたいんだけど」
えっ、と驚くゲッシー。こんな提案に至るほどに、
自分の相棒にやる気があるのは嬉しいところだが、
何をどう強くすればいいかというのが、
ゲッシーとしてもイマイチ分からない。
「タキオンフィールドを鍛える特訓をしたいんだよ」
分からないなら教えてあげる。更にヨシノは持ち掛ける。
自身の偽者、イーヴィルタキオンが放った、ネガ・タキオンフィールド。
それと相対し、未熟さと無力さを肌で感じた。だから、
今のままじゃいけない。タキオンとして高みを目指したい理由を、
「鍛えるって言っても、何をするのさ」
「そうだね…もっと自由に出せるようにしたい」
チュウカソバンと戦った少し前、同級生と一緒に、
ボウリングで遊んだことを引き合いに出すヨシノ。
ゲッシーも、ボウリングか~と納得したように頷く。
いやそれは知ってるのか。宇宙に漂う地球の文化の偏りに困惑しつつも、
説明を省けたことの方に喜ぶことにしつつ。
ボウリングにおいて、真正面からピンを倒す以外にも、
跳ねるピンの反射で連鎖して倒す方法もあることを見出した。
それ故にヨシノは、タキオンフィールドでも似たような事が出来ないか。
そう考えたのである。
「タキオンフィールドをもっと小さくしたい」
具体的には?と聞くゲッシーに対しての、その回答。
小さくなるんじゃ弱くなるだろ、と当然のように反論するものの、
ヨシノはそうではない、と言う。例えば、大きくも小さくも出来るのなら?
ゲッシーはイマイチ、ピンと来ていないようだが、
相対する
言われるがまま。ゲッシーはタキオンフィールドの出力調整について、
どのような修行をすればいいか考える。
「ゲッシーも知らないか…」
思いつかず。元々、ゲッシーが行うサポートとは、
「こんな技が実はあるよ」といったアドバイスの類ではない。
新しいアイテムを持ち出したり、古文書を翻訳するといった、
戦闘にあまり関連しない事項が多数である。
高速移動を成せるゲッシードリフトも、役割が似たタキオンシフトがある以上、
ヨシノが積極的に覚える必然性はあまり無い。
どうしようかなあ…。眉をひそめながら、ヨシノにとって見覚えのないカードを、
クッションを枕にしたゲッシーは取り出し、天井に掲げる。
「そのカード何?」
「ああ、これか…日本語で書いてあるからヨシノも読めるんじゃない?」
杜陵の地
レンタルショップの
カードコーナーのストレージで
レアカードが眠るであろう
温泉施設でルミナストーンを回収する際に、
隠し持っていたカードパックから出てきたレアカード。
ゲッシーはそれをヨシノに渡しつつ、
ヨシノの方は知らない単語に対して、
スマートフォンで撮影、検索しつつ。
「杜陵
事態は急変。岩手県盛岡市。
この地こそ、草之根ヨシノの囲碁部仲間の同級生が、
家庭の事情、父親の人事異動で転校した先の土地なのである。
向かう理由があるなら今すぐ
今はタキオンフィールドの強化が先決。ヨシノは盛岡へ行く秘策を画策しつつも、
鍛え方の宛の無さに頭を悩ませる。が、それも束の間。
ゲッシーが自前のタブレットの画面をヨシノに見せて、
一つの提案を行う。
「タキオンフィールド、ずっと出そう!」
「…ずっと?」
ゲッシーのタブレットは魔法素粒子界のデータベースに接続可能な設定であり、
番組展開において、ルミナキャストに必要な情報を検索して、
ヨシノのために引っ張り出す事も時に可能とする。
「たまたまタキオンフィールドに使える情報があったけど、こりゃいいや」
曰く、魔力体を常時展開させることで、その状態を体に適応させる。
つまり、タキオンフィールドのような技を出しっぱなしにすることで、
バリアを展開する行為を呼吸をするように自然に行えるようにする。
そこから、呼吸を整えたり、歩く速さを変えるような要領で、
タキオンフィールドの操作を可能にする、といった寸法となる。
「自分から持ち出したのはそうだけど…ちょっと想像できないなあ」
ルミナタキオンとして必殺バリアを展開する際、
ヨシノはそれを身体動作と感じたことは一切無い。
それでいて無から疲労が込み上げてくるような、
通常、日常生活ではあまり見られないような虚脱感を覚える事を思い出す。
「ん?なんだ着信?」
震えるタブレット。ゲッシーは見知らぬ番号からの着信に応じて、
そのまま通話を始める。先程の錬金術師の犬の博士とは違い、
相手の顔などは映らない。用事があるので窓を開けてください?
「はい。そこの窓でして…よろしくお願いします」
「いいですけど…どう言った用件でしょうか」
通話相手に言われるがまま。指示に従い、
ヨシノの部屋の換気を始めるように、ゲッシーは窓を開ける。
そのままゲッシーの体を横切り、勢いよく飛んできたカードが、
クッションに突き刺さる。知らない電話に出るからこうなるんだよ!
子供を躾けるように怒るヨシノだが、事態はそれどころではなくなった。
カードに刻まれていたのは、仮面のシンボル。
そして、記されていた内容。ムジカントムからの挑戦状である。
前略
フフフ…近日中に
貴様のタキオンフィールドを
我が剣技で打ち破ろう
いわば宣戦布告だ
草々
幻影紳士 ムジカントム
「手紙にまで笑い声を書く奴があるかい!」
あまりの内容。思わず吠えるヨシノに、満足したのか切れる着信。
ブロックリストに先程の番号を入れつつ、ゲッシーは早速修行の段取りを考える。
まず、必要なのは練習場所。ヨシノに対して、人目につかず、
尚且つ広い土地は無いかと質問する。タキオンフィールドのような、
あまりに目立つ技を人目につかずに使用するのは中々に難しい。
人々の認識を阻害する、番組内のジャミング機能も決して万能ではない。
「ノリカに相談してみたら?あの子の家お金持ちって言うし」
「え…嫌だよ」
ゲッシーの唐突な提案に、苦い顔のヨシノ。もしも、
イーヴィルタキオンのような爆弾を隠し持っていたらたまったものではない。
そうでなくとも、
何らかのトラブルが起こってもおかしくないとヨシノは考える。
そのままチャットツールで賢界にオーケーをもらうゲッシー。
「勝手に進めないでよ!」
そのリンゴ型のタブレットに地球のアプリも入れられるのか、はたまた、
賢界が宇宙のツールに接続して、いつの間にゲッシーのアカウントと交流したのか。
いずれにせよ、一度番組を乗っ取られたのだから、ゲッシーの行為は迂闊。
監視と牽制も兼ねてだよ。ゲッシーは弁解するものの、
ヨシノの心拍数は急速に高まる一方。何もありませんように!
「この辺の河川敷、立ち入り禁止なのを知ってる?」
実はウチの私有地なの。賢界はサラッと説明する。
曰く、河川法による公共化が、この区画においては例外的に見逃されたらしい。
ヨシノとしては、そのような説明を聞いてもピンと来ないが、
彼女達が訪れているのは、そんな車通りの少ない
尚且つ、見通しが良くない死角にあたる場所。
衆目を避けてタキオンフィールドの練習をするには最適の場所である。
そして、今の賢界はお小遣いを切らして充電中良かったああ…。
ヨシノは思わず安堵する。そのかわり、練習の風景は見せてちょうだいね。
などとお願いをするのもまた賢界ではあるが。
「それにしても…最近手をつけてなかったはずなのに随分綺麗ね」
確かに、ヨシノが辺りを見渡しても雑草が見つからない。整備された印象である。
ようやく見つけた足元の草を引っこ抜きつつ、早速ルミナタキオンに変身し、
賢界はデジタルビデオカメラを構える。撮るんかい!
見てもいいなどと、安請け合いした自身を恨むタキオン。
「心の速度で、光と闇を包み込む!覆い尽くせ!タキオンフィールド!!」
また、椅子に座るような姿勢を維持することで、腿の筋肉を鍛える、
空気椅子なるトレーニングも同様に存在する。体幹や下半身の代わりに、
バリアの出力を鍛えることを除けば、タキオンが行う特訓もある種、
站樁や空気椅子の在り方に近い。特に前者は、単純な筋肉への負荷だけではなく、
一種の瞑想のような役割があり、今回の特訓内容に殊更近いと言えよう。
「お弁当でーす」
髪を染めた若々しい青年。快活な笑顔とともに弁当を差し出し、賢界が受け取る。
賢界のグループ会社内の、飲食店で勤務する若手であると言う。
へえ、そうなんだと耳を傾けて、そのまま何処かへ向かって、ゲッシーは走り去る。
「何やってんの、君」
「監視だ」
弁当配達の青年。道の駅で働いていたESG職員である。
ゲッシーが聞くところ。弁当配達を行っているのも、この地球上で唯一、
宇宙との交信が可能となった危険因子、三鳥賢界の動向を探るため。
彼女の一族が経営する地方企業の一角。そこで、
道の駅のアルバイトとの兼業をしながらその様子を伺っているようだ。
「あれがお前のところの主演か。大丈夫か?」
「いやー…」
遠間からESGの男が眺めるのは、
グロッキー状態で横たわる草之根ヨシノ。
最早タキオンに変身する余裕もない、と言った具合である。
ゲッシー達としても、ひとまず。
皆で食事を摂って休憩といった寸法だ。
「はい、あーん」
「いや、あーんって…」
横たわるヨシノに、箸を運ぶ賢界。彼女の口に広がるのは、
甘みとしょっぱみの交じり合った、玉子焼きの風味。
弁当をご馳走してもらえたのはありがたいが、
同級生に食事まで任せてしまうのは、ヨシノとて気まずい。
「ありがとう三鳥さん…」
「いいのよ。撮らせてもらうけど」
いやこの姿も撮るんかい!
自分の情けない姿まで撮影される、その有様。やはり、
別の場所を探して特訓すればよかった。ヨシノは後悔するばかり。
そんな萎びた心など露知らず。賢界は汗だくのヨシノに対しても、
甲斐甲斐しくタオルで汗を拭き取り、サポートする。
「何かしでかさないだろうな…」
「ノリカ本人はあれで満足なんだと思う」
ゲッシーとESGの両者。昼の川沿いに二人、静かに立つ。
数日後の放課後。ムジカントムが襲来するか否か、
強敵の動向に対して緊張を保ちつつも、
最初の目標であったタキオンフィールドの常時展開をほぼ果たす。
そして、ゲッシーが投げ込むのは空き缶。
「タキオン!ぶつけないでね!」
タキオンフィールドの展開範囲を狭めて、
極力、空き缶に触れず。続けて、表面を掠める直前。
出力を弱めて、アルミ缶を受け止める。
繊細な制御を成すため、練習を繰り返す。
それでもなお、投げ込まれた缶は陥没し、原型をとどめない。
「微妙だなー…やっぱりまだまだかも」
常時展開を成立させたのは、純粋に持久力を得ただけではなく、
力を弱める方法を体感的に理解したからである。息を深く吸うのと、
小刻みに息を出し入れするのとでは全く違う。
ヨシノはタキオンフィールドの呼吸を身に着けたが、今度は、
身に着けた呼吸のリズムのまま走り続けるコツを覚えることが必要となる。
「あ、あまりフルパワーの乱発はしないようにね。ある程度生命力を削るからね」
恐ろしい発言をサラリと行うゲッシー。
タキオンとしての力はルミナスコープに内蔵された、
ルミナストーンのエネルギーによるもの。
番組から供給されるエネルギーを組み合わせた、
外付けの魔法である事には間違いないが、
出力にはヨシノ自身の命も関わっていると言う。
つまり、無闇にタキオンフィールドを使いすぎると命の危機に。
「単刀直入に言えば死ぬよ!まあリカバリーは取るけど」
「リカバリーでどうこうなるか!」
命を何だと思っているんだとヨシノは叫ぶ。
引き受けたのは自分とはいえ、
肝を冷やす発言を連発するハムスターに、
畏れと呆れを抱かざるを得ない。
「ただいまー」
「おかえりヨシノ」
ゲッシーの手助けの影響か。もっぱら、
定時退社が多くなった父が先に迎える。部活動もしていないのに、
疲れ切った娘の様子。よからぬ事に巻き込まれていないかと心配するも、
あくまで友人と遊び歩いてた事をヨシノも強調し、受け流す。
ヨシノが語った内容にしても、同級生と一緒に地元の河川を調べる、
フィールドワークをしていると言うのだから止める理由もない。
「いや~…囲碁部でよかったって言うか」
ヨシノ以外の部員がいなくなった囲碁部。
一年前の春先に、本当にそのような、
一見地味な競技でいいのかと両親からも問われたヨシノ。
彼女としても、奇をてらった訳では決してなく。
空間を読む在り方に魅力を感じたのだから、
地味でも別に構わない。そう押し切ったこともあり、
今更、普通の中学生と比較して少し変わった観点を持つのもまた、
両親からも不思議がられない、と言った具合である。
「でも、私がゲッシーに働かせられてるって言ったらパパとママもビビるだろうね」
「トゲがあるなあ…」
事実でしょ!気まずそうなゲッシーに対して、ヨシノは異論を許さない。
そんなやり取りの中、突如、ヨシノは自身の中間テストが近い事を話す。
まだ部活動が全て活動するテスト期間には突入しないものの、
今回の中間テストは本気を出したいと、妙に意気込む。
「盛岡に行くためだよ」
その理由。例えば、前回のテストよりも順位を10位以上上げる。
このような条件であれば、地元から盛岡へ一往復しつつ、
一泊する程度の旅費を出してもらう事をなんとか頼めないか、
といった具合である。特に、家族のメンタルも良好な今こそ、
まさに絶好のタイミングである。苦手な理科にしても、
単語をしっかり覚えたら一気に点数は上がるはず。
産まれてから共に過ごしてきた家族のバイオリズムを、
そうヨシノは推測する。
「カード型ルミナストーンの件かあ…」
予言を引き当てたはお前だろう。
ゲッシー本人が思い出したように反応する始末。
ここで、そういえばと切り出すのはヨシノ。
アクアタキオンとして、一時的に力を得たように。
他にいいカードは引き当てなかったの?
そう、ゲッシーに質問をするが、答えはNO。
「今日の占いに使えるカードとかなら…」
「うわ、絶妙に役に立たないねそれ…」
無論、話の種や実際の占いにはもってこいだが、
あくまで今のヨシノが求めているのは戦闘面。
それを買う者が喜ぶ事は否定しないが、
百年以上前の錬金術師が、時代背景ごと無視して製造したという、
カードパックの中身に求めるものではない。
「睡眠はしっかり取っておくんだよ、明日も朝練するんだから」
「うわー…きっついなー…」
自分から切り出した特訓なのは勿論。ムジカントムに何か秘策があるのも勿論。
真剣に向き合わなければいけないといえども、投げ出したくなる時はある。
だが、何故自分は戦うのか。その理由を考えたら、
弱音を吐く暇はないし、吐く必要もない。キツいくらいは言ったけど、
だからやらない、ではないんだよね。私が好きだったヒロインのみんなだったら。
ヨシノは彼女達を思い出しながら、床に就く。
「起きてよゲッシー!!一緒に行くって言ったでしょ!!」
翌朝、目を開けない相方。ヨシノはゲッシーの体を揺するが、
崖から落ちた時に掴まる命綱かのように、かけた毛布を握って離さない。
その傍には、鳴り止まないトークアプリの通知音。
賢界のおはようのスタンプの連打である。
落ち着いてよ三鳥さん!叫ぶに叫べないもどかしさ。
ペダルに怒りをぶつけるかのように。ひとり、自転車を思い切り漕ぎ出す。
「公園のラジオ体操かなんかかな…ヨシノ」
朝間に出掛けたところで、遊べる場所はたかが知れてる。
たまたま目を覚ましたヨシノの父も、夜遊びではないのだからいいかと、
体を逸らし、寝起きの体幹を伸ばす。