魔法少女演ってます ~魔法素粒子ルミナキャスト~ …のショー!? 作:砕(サイ)
魔法素粒子界から来たゲッシー。その目的はルミナストーンを探しつつ、
破滅劇団・ペルソナクスをやっつけて元の世界を取り戻すこと!
ムジカントムが特製のワルターを作ったという噂を聞いて、
ゲッシーは新アイテム「エクリプスベルト」を持ってきた!
特訓に特訓を重ね、ベルトから発揮される不思議なパワーで、
私はルミナタキオンとして、見事、ワルターを大撃破!それにしてもムジカントム!
勝手に変な名前でタキオンフィールドを呼んだり、とことん自分勝手!
今度会ったら、そのワガママを叱ってやるから!
「こんな話だったっけ…」
どこで喋ったかも分からないようなナレーション。
これが正史と言わんばかりに、何処かズレた解説を述べる自分の声。
ヨシノはそんな文言に対して、顔を引き攣らせる。
「あ、これが本放送版の前回のあらすじ」
「すごい編集されてるよコレ!?」
ゲッシーの何気ない補足に、
ヨシノは思わず声を張る。
「給料は?」
白黒の丸い物質を指先で板上に添えるという、
見たこともない作業を行う彼女を眺めていた最中、
ヨシノの突然の一言に目を丸くするゲッシー。
彼は夢のために戦う奴が何を言ってるんだ!
と言わんばかりに、その瞳で彼女に訴え返す。
「よく考えたら、私って"世界がピンチだから戦う"って体だったよね」
今度は、目を見開くゲッシー。
そうだった!僕はヨシノを騙したんだった、と、
何も雇用形態を考えてなかった事を思い出す。
確かに、無償のヒーローとして戦わせるのと、
事情を知ってしまって戦うのでは、何もかもが違う。
だが、ヨシノもヨシノで別に圧をかけている雰囲気はない。
「何その遊び?」
この唐突な質問に対しても「囲碁だけど」と、
詰め碁をしていたヨシノは返す。
そんなもの知らんと言わんばかりに、
ゲッシーは彼女が当たり前のように話す事に食ってかかる。
それに対して怒るわけでも呆れるわけでもなく、
そりゃそうかと、囲碁は地球の娯楽の一つだよとヨシノは語る。
「あ〜…ヨシノはイゴの部活に入っているって情報、確かにあった」
ヨシノはオーディションのもと、
本人の意思に関わらず、戦わされる羽目になった身である。
そんな彼女が選ばれた選定基準。その中には、「忙しすぎない」
…というのも加点要素として存在していた。
部活動が絡まない、と言うのはゲッシー達にとっても都合が良かったのである。
「でも、部活動は知ってるんだ」
今は宙ぶらりんになっているが、部員が卒業や転校で、
自分以外にいなくなっただけで元々は囲碁部だったヨシノ。
そして、ゲッシーの地球の知識への偏りを悟る。色々教えてあげないとな、
と思ったところで彼女は改めて質問した。
「何も考えてなかったの!?」
痛みが伴う行為をさせられた上でタダ働きはどうなんだ。
これは当然の疑問だし文句の一つも言うだろう。
一方でゲッシーも、彼女に対する雇用契約の類を何も考えていない。
その頭と契約書の原稿は共に真っ白だ。
「よ、ヨシノのお父さんの仕事を良くしてあげるよ!」
予想外の回答に、今度はヨシノの思考が止まる。
その真っ白な頭に、ゲッシーが即興で契約条件を書き殴ったような感覚を覚え、
それ給料?でもパパに何かいい事があればいいのか…と、
釈然としないが納得はする。腕時計のように左腕に巻いた、
開閉式の水晶体・ルミナスコープを眺めて、ヨシノは次の戦いに思いを馳せるのであった。
「ベルトは!?」
魔法少女にあんなベルトは似合わないと不評だったために、
急遽最初のアイテムに戻したと言う。
「あの苦労を返せ!」
大丈夫か、そんな場当たり的な現場で。
そうヨシノが頭で考えるのは、自分の必死の練習を台無しにした、
ゲッシーに怒り散らした後だ。でも、それだけじゃないよと言うのはゲッシー。
どこからともなく取り出した、自前のタブレットをヨシノに見せる。
ちょうどヨシノが付けていたベルトを巻いた、小さな女の子だ。
地球人と同じ体躯と容姿だが、ファッションは鉄鎧と地球の常識にいない事はわかる。
「買ってくれたんだ!」
そう、ヨシノの活躍が届いたんだよとゲッシーは美談を語る。
いや、あんた無かったことにしただろ!とその騙りに対し呆れつつも、
自分の行為が無駄ではない事に思わず破顔する。
「このおじさんも買ってくれたんだ」
ヨシノはゲッシーが画面をスライドさせていく中、
一際目立つ投稿者の画像を見つけて、フリックを止めさせる。
服装は所謂、海パンに近い。筋骨隆々の姿に、体毛がない姿に青い肌。
白目と黒目と歯がネガポジ反転したような、地球人とかけ離れた姿をしている。
その個性的ながらもシンプルな格好。その腰には、
先日のタキオンのベルトが巻かれているので、相当目立つ。
「これ女の子だよ」
「女の子!?」
この種族は年齢や性別が曖昧であり、一律に同じ姿をしている。その代わりに、
ジェンダーやパーソナリティなどが個々人に属性として振り分けられるといった、
地球では見られない在り方をしているとゲッシーは語る。
宇宙は広い。ヨシノは彼の解説で強烈に痛感する。
もっとも、自分に喜んでくれたのが一番で、容姿は些細な事。
画面越しに「遠く」まで伝わった事に感謝する。
「ファンアートもそこそこ描かれてるね」
SNSにはイラストを描くのが得意なユーザーも数多く。
それは地球に留まらない話のようである。ゲッシーがタブレットの画面をタップしながら、
様々な感想を一言一言述べていく。ちょっとゲッシー、私にも見せて!
そう言って、ヨシノも画面のスクロールに途中参戦。様々な画風で描かれた、
ルミナタキオンのイラスト。油絵風、抽象画風、漫画風、美少女風。
意外にも、地球のアニメイラストや絵画と大差ない。
「後々話すけど、地球って結構すごい星なんだよ」
「すごいって何が?」
ヨシノにとっては勿論のこと、ルミナタキオンに変身させるような、
超技術を持った宇宙人の方が遥かに凄い。しかし、ゲッシーの観点は少し違うようだ。
そんな中、画面から飛び込んだのは、タキオンの新たな画像。
…確かにルミナタキオンのイラストではあるが。
「うわっ服着てないぞ!」
「言わんでいい!」
突然の情報とその実況。あまりの情報に両者ともに驚く。
少なくともヨシノのような少女にはSNSは刺激が強い。
たまに教えるくらいで十分だとヨシノは釘を刺した。
「うわっ着信!」
その直後、ゲッシーのタブレットから振動と音楽が発せられる。
何者かまでは知らないものの、着信が来たことはヨシノでも分かる。
「久しぶりだね、ゲッシー。私だ」
宇宙のSNSの閲覧中、突如舞い降りた着信に応じたゲッシー。
そして、画面に映るのは、犬の顔をした男。ワンちゃん!?
と、思わず口に出してしまいそうなヨシノであったが、なんとか口を塞ぐ。
医者のような白衣を纏った姿。年季の入った穏やかなそうな表情。
優しい雰囲気ながらも、厳かな空気を画面越しに醸し出す。
ヨシノの直感が、可愛い犬扱いをするには到底相応しくないと訴える。
そして、犬の顔の老紳士の、体毛に覆われたその手に持つは、ルミナストーン。
魔法素粒子界からの通信、もとい通信という体のシーン作りだろうか。
このルミナストーンはレプリカだがと、液体の入ったフラスコや、
書物をバックにした老紳士は前置きしつつ、一つのメッセージを送る。
「遂にルミナストーンを収める宝石箱が完成したぞ」
ルミナストーンがスッポリ入る、特別な宝石箱であると言う。
そして、異世界同士の物品のやり取りには、数日間ほどのインターバル、
そして特殊な受け取り手順が必要。少しばかり時間がかかるが、
しっかり受け取って欲しい。ルミナストーンを集め、
納めていけば、奇跡の力が君たちの助けになるだろう。
そして、健闘を祈るぞ。ルミナキャスト。我が弟子、ゲッシー。
優しい声色で、ゲッシーに対する激励を送る老紳士。
ゲッシーの師匠か上司だろうか。ルミナスコープを作ったのもこの人かもしれない。
そんなことを考えながら、通信が切れたのち、ヨシノはこの博士について質問をする。
「誰、あの人…」
「知らないんかい!」
ここまで場当たり的な現場だったのか。
ヨシノも叫ばざるを得ない。ひとまず、犬の博士のことは一旦忘れて、
後日届くという、宝石箱の詳細だけを考えることとした。
そんなヨシノの日常を知る由もなく、
オペラ座の舞台が如き壇上に座る仮面の男。
バイオリンと共に、オーケストラの一員として弦を擦る。
その周囲に溶け込んだ華麗な調和に反して、
流れる音源は彼の背後のCDラジカセ。
この男が行っているのは、単なるジェスチャーかパントマイムの類だ。
「精が出ているわね、ムジカントム」
演奏ごっことでも言うべき彼の様子を見て、歌劇令嬢・エゴシックは軽く微笑む。
対して、幻影紳士・ムジカントムの方も、今日はえらく機嫌がいいな、
と言わんばかりに、いつもの薄ら笑いで返す。
「やっぱりアンタはこういうのが一番似合っているわよ」
この前のメタルサウンドとは何が違うのか。
そのような疑問を、ムジカントムは仮面越しに投げかけるが、
ただ一言、「美意識」とだけエゴシックは定義し、話題を終えた。
「くだらん美意識だ。ただのごっこ遊びだろう」
そして、その背後にはもう一人。ビジネススーツを着た男が腕を組み、
彼らの会話を聞きながらも嘲笑う。エゴシックは腰に手をあてた姿勢のまま、冷ややかに睨んだ。
「フフフ…俺の演奏に見惚れたか?坊や」
「何が坊やだ、若造が」
その容姿は腹の出た老人そのもの。見た目だけで言えば最年長。
しかしながら、立場は対等のようだ。
そうでなければ、わざわざ自分より年季の入った男への煽りに、
「坊や」などといった言葉は使わない。
ムジカントムは変わらずフフフと笑いながらも、
一時停止をしていたCDラジカセを改めて再生し、ディスクを回す。
彼の笑い声は、クラシックの演奏と共に掻き消え、憑りつかれたかのように
無音のパフォーマンスに戻る。スーツの男の方も、
口角を上げたままそのBGMに聴覚を委ねた。
「ただいまー」
帰宅。誰に言うわけでもなく。自室に対して、挨拶を行うヨシノ。
ゲッシーのいない一人の部屋。昨日のタブレットの通話にあった、
魔法素粒子界の錬金術師であろう、犬の博士から預かった、
「宝石箱」を受け取りに、数日間不在にする。
そういえば、そんなことを言っていたな…。
朝方、ヨシノにそう述べていたことを思い出す。
「宿題かあ…」
留守番を行うヨシノに対して、ゲッシーはとある課題を残していた。
これから先、ペルソナクスは更なるパワーアップを図り、
ルミナキャストと戦おうとする。それ故に、今後必要なことは、
ルミナキャストとしての力を高める行為。すなわち、新たな技の究明である。
「おもちゃのステッキ、ねえ…」
ゲッシーから与えられた、高級感は数歩劣る、レプリカのルミナステッキ。
宇宙で販売されているおもちゃの一つである。正中線にステッキをかざし、
気合いを込める。狭い範囲ではあるが、周囲が光に包まれる。
「タキオンフィールドだ…」
突然の体験にヨシノは息を詰まらせる。
このおもちゃに攻撃的な機能は勿論備わっていない。
代わりに備わっているのは互換性。コマンドとしての所作、
それに伴う「機能」はタキオンの技と同様という設計。
つまり、ルミナタキオンの真似をすると、それに応じたエフェクトが、
ステッキから投影されるのである。
揺らし、回し、押し込み、擦り。
ヨシノはおもちゃのルミナステッキをひたすら弄り倒す。
ゲッシーが合間合間に説明していた情報によると、
ルミナタキオンとして使える技は、既に7割がた確定しているという。
残りの3割は、ヨシノの立ち回り次第で書き換え可能な領域。
オンラインでアップデートするので、子供たちがその日タキオンが放った新技を使えない、
といった事態は生じない。逆に言えば、ヨシノがおかしな技を見出したら、
子供たちはおかしな技を再現する羽目にもなる、と言う事でもある。
「だったらもっと教えてよね…」
タキオンとして戦う。経験を積む。新たな技を覚える。
この過程だけは番組サイドとしてもゆずれないらしい。
ヨシノがステッキをこねくり回しているのは遊んでいるわけではない。
ワルターはこれからどんどん強くなる。どうすればタキオンとして
戦いを有利に進められるか。だから、ヨシノにはそれを考えてほしい。
これで新技発見しときなよ。そんな風に丸投げされた、ゲッシーからの贈り物だ。
構え、外し、踊り、くたびれ。
ステッキばかりに苦労はさせないよ。そう言わんばかりに、
彼女自身もポージングを繰り返し、空回り。行き詰まったら机に向かって予習復習。
私はまだアルバイトも出来ない身分。勉強に仕事に忙しいのは大学生、
せめて高校生からでも遅くはないんじゃないの?
そんな困惑を改めて脳裏に浮かべながらも、彼女の試行錯誤は続く。
「ヨシノ、寝不足?」
凪と一緒に歩く通学路。疲れた顔つきで、彼女の質問にヨシノは応じる。
面白い動画を探そうと思ったけど、結局見つからずに終わった。
そんな内容の伴わない会話で誤魔化し、そのまま流される。
「あたしはゲーム実況観てたわ」
凪は自身の弟に付き合って、ゲームなども時折行う。
その流れもあり、弟との共通の話題であるゲームのプレイを眺めていたらしい。
ヨシノは上手く話題を逸せて安心しつつ、凪の話に耳を傾ける。
もっとも、誤魔化すも何も。ではある。いい動画がなかったと言うのも、
魔法少女として新技を模索していた、などと言う、
横から聞いたら正気を疑う発言よりは余程現実的。
そうして見ると、ルミナキャストの事も、意外とバレないかもしれない。
「昨日映画観たわ。オペラ座の怪人」
「うへっ!?」
オペラ座の怪人と言えば勿論、狂気を帯びた、芝居がかった仮面の男。
ムジカントムを真っ先に思い出し、思わず目を見開くヨシノ。
通学路でのやり取りと同じように、教室に着いたのち、
流れで賢界に動画の話題を自ら振ったところ、思わぬ地雷を踏んでしまう。
不自然なほど焦るヨシノに、どうしたの?と微笑む賢界。
昔観た時、すごく怖かったからとありもしないトラウマを語り、
なんとかその場をやり過ごす。高を括っていたものの、
何かの拍子にルミナタキオンの存在、その正体が衆目に晒されてもおかしくない。
ヨシノは考えを改める。
「何それ落書き?」
「違うわ」
昼休み。ちょっとした用事でヨシノのクラスへやってきた凪。
そんな彼女の素直な感想に、笑って一言釘さす賢界。
賢界はそのまま、図書室から借りてきた美術図解をめくる。
確かに…と内心納得するのは、この二人の仲介役。凪と賢界の共通の話題のヨシノ。
ヨシノの目にも、賢界の開いているページは漠然とした点にしか見えない。
怪訝な顔をする二人に、現代アートよ、
と微笑みながら一貫した声色で返す。
「アートって言ってもさあ、手抜きじゃないのこれ?」
凪も悪気があって言っているわけではない。こんなものを
美術の時間に提出したら、間違いなく通信簿は最低値。
疑問に思うのも不思議ではないが、そこでも賢界はトーンを崩さない。
「心の形ってそういうものなの」
このアーティストは心と空間を描いている、という。
心にも空間にも具体的な形はない。
実体のないものの実体を描いたところで、それは嘘になる。
そんな彼女の解説を聞くも、凪もヨシノもいまいちピンと来ない。
心を理解しきれたら誰も苦労しないでしょ?そんな表情をしながら、
賢界はまた読書に戻る。私には多分分かんない。凪は自身の審美眼を肯定せず、
それでいてそのアートを肯定しきれず。小さく唸って上を向く。
それにしても、図書館か…。ヨシノは何かを思いつく。
「抱擁がエンブレイス…」
放課後、和英辞典を引くヨシノ。
勉強をしているのではない。ネーミングの探求である。
新たな技のインスピレーションを得るのは勿論、
名前ひとつが今後を左右するのも確かなのだ。
宇宙基準に翻訳されるものの、ニュアンスは据え置き。
それ故に、格好のつかない技名を叫ぶと、継続した恥を晒してしまうのだ。
「これがタキオン抱擁ならダサいけど…」
英語のタキオンエンブレイスならばイケる。そんな噛み合いを考察する。
演技臭さを排したいが故に、ゲッシーの説明は常に中途半端。
実際、タキオンフィールドですら、正しく「タキオンフィールド」
と伝わっているかも分からない。「タキオン力場」といった、
どこか奇妙な名前になっているかもしれない。現地の「いい感じの響き」に、
翻案されていることを祈るヨシノである。
「凪はまだまだ部活だろうな〜」
そう呟きながら、ヨシノは呑気に帰路を歩く。
運動部員の苦労は分からない。しかしながら、痛みに耐えて闘う様に関しては、
私だって負けてはいない。そう彼女は自負しながら、
バスケットボールを弾ませる仕草。ドリブルのジェスチャーを行いつつ歩く。
「いや…私はあんな軽快には動けないか」
ルミナタキオンならまだしも、草之根ヨシノでは…。思い出すのは、小学校時代の体育で見せた、凪の華麗な動き。
もしかしたら、タキオンになってもまだ勝てないかもな…。ヨシノは思う。
結局、敗北感を覚えつつ。ヨシノにしか出来ないことに再び向き合う。
視聴者のために、その日の夜も、次の技を模索し続けるのであった。
人工の蜘蛛の巣を結ぶ電柱。
コンクリート製の林の上の、電線に立つ男と、空に浮く少女。
地上を歩く、うつむいた男を彼らは見下ろす。
「フフフ…今日はお前も出撃か、エゴシック」
「ええ。ワルターの使い方を教えてあげるわ」
連日の失敗を見かねたのか、今回はエゴシックも現場に出る。
ムジカントムでは力不足、とでも言いたげだ。
ワルターの使い方はかくあるべきと講釈する。
「見なさい、あの今にも干からびそうな、老いぼれた男を」
エゴシックは掌を地に向ける仕草で、うつむいた男を指し示す。
しかしながら、容貌自体は彼女の言葉とは真反対。
若々しい印象で、ジャケットを片手に持ったYシャツ姿。
もっとも、生気のなさに関しては、エゴシックにも一理ある。
曲がった腰。弱々しい歩幅。営業活動の失敗か、
就職活動の難航か。いずれにせよ、芳しくない何かがあったことは伝わる。
「ワルターを構成するのは、人の心の影」
ペルソナクスとゲッシーだけが知る、
ワルターの材料と制作過程を再確認する。
特製の仮面を用いて、人の心を吸い取る。
仮面がその心を縛り付け、ワルターの血肉とする。
心の闇が深い者を素体にすれば、より強力な個体が誕生するといった具合だ。
「もっとどうしようもない人間の方が、旨味もありそうなものだが…この地に根を下ろす以上はこんなものか…フフフ」
「そういうアンタが大して吟味もせずに素体を選んでいたんでしょ」
ムジカントムは皮肉を言いつつ、エゴシックに皮肉られる。
Yシャツの男は倒れ込む。その肉体から、
ネクタイを付けた黒い不定形が噴水のように流れ出る。
リクルートスーツ・ワルターの完成だ。
「どうしたの、ヨシノさん」
その日の朝のヨシノは、クラスに入って来る際も威風堂々とした笑顔。
どこか自信に満ち足りた様子のヨシノを見て、賢界が質問を投げかける。
最近やっているスマホゲームで、新スキルを獲得したんだ。
そんな卑近な理由を述べつつ、席に座って背伸びをするヨシノ。
「三鳥さんのおかげだよ、ありがとう」
突然のお礼。ヨシノが語るところによると、賢界が読んでいた本。
抽象画の美術書と、彼女の解説が、最近ヨシノがハマっている、
ゲームの攻略のヒントになったと言う。どういたしまして、
と微笑を浮かべ、少し嬉しそうな賢界。ところで、
ノリカちゃんって呼んでもいいのよ?ヨシノさん。
そう言って、唐突にウインクをする賢界に少し困惑。
「あはは…別に苦手とかじゃないんだよ」
穏やかで控えめな賢界にしては、強烈なアプローチに驚くヨシノだが、
賢界から出ている品格に対して、うっかり畏ってしまうとその理由を述べる。
そこまで大したものじゃない、そのように賢界は謙遜しつつ、ふふっと笑う。
「フフフじゃないわよ?」
賢界が最後に付け加えた一言で、思い出すのはムジカントム。
ヨシノは少し凍りつくものの、気を取り直してカバンを開ける。
そのカバンの中。教科書のかわりに詰まっているのは、茶色い巨大な毛糸。
数日ぶりに顔を見せた、ゲッシーである。
「ゲ、ゲッシー!?なんで学校に」
隣の賢界に見せないように、聞こえないように。
カバンに体を被せ、小声で驚くヨシノ。
こんなにも怪しいハムスター。もし衆目に晒されたら、
何があるか分かったものではない。秘匿に悩みつつある中、
無策で学校に来たゲッシー。ヨシノが困惑するのも当然だろう。
しかし、当のゲッシー本人も相当気まずそうな表情。
お前からやって来たんだろう。言葉がなくとも、
そのように語るヨシノの眉間に圧倒されるゲッシー。
威圧感の鍔迫り合いは彼女の圧勝である。
「そ、そういう流れにしたいって言われたからさ…」
無言で視線を送るヨシノ。それに対して、ゲッシー側の回答はこう。
エピソードのフックとして、何も知らずに学校にやってきて、
振り回される主人公を描きたい。文字通り、制作の「ご都合」である。
確かにマスコットってそういう事するけどさ…。
自身が視聴してきた作品を引き合いに回想するものの、
強引極まりない動機に困惑せざるを得ないヨシノ。
「あっ待ってゲッシー!」
気まずそうな表情で飛び出すゲッシー。
幸いにも、ゲッシーの存在は捕捉されていないようだ。
小声で叫びつつ、歩いて追いかけるヨシノ。
あくまで視線は彼女に向けられている。
「忘れ物か?」
クラスメイトの反応もこの通り。
賢界も同じように、不思議そうに首を傾げる。
たまたま開いていた空き教室。
本題に入るよと、ゲッシーが取り出したのは「ルミナボックス」。
集めたルミナストーンを収納する、宝石箱である。
そんなもの家に帰ってから見せなさいよ…。
言わずともヨシノの顔はそう訴え、呆れる。
彼女としても、学校生活を邪魔されてはたまったものではない。
ゲッシーは目に涙を浮かべ、若干怯えつつもルミナボックスの解説を続ける。
「ほら、中を見てごらんよ」
「何も入ってないよ」
ヨシノの率直な指摘。
「やべっ!」そんな、締まりのない声をあげながら、
中身に相当する物体を、そそくさと入れ込むゲッシー。
ちょうど、ルミナストーンが収まるサイズ感。
電源を入れたかのように、宝石箱の中の賢者の石は、煌びやかに輝く。
「うおー、このジュエルボックス充電器みたいだね」
スマートフォンの付属品に喩えるとは、あまりにも卑俗な。
そう思い直して訂正しようとしたものの、
ヨシノの予想に反し、ゲッシーはとても満足げ。
「スマホってバカに出来ないと僕は思ってるよ?」
ゲッシーは真面目に、嬉しそうに述べる。ルミナボックス。
そしてその源たるルミナストーンこそ、魔法素粒子界の叡智の結晶。
ヨシノの住む物質界の叡智の結晶を引き合いに出されるのは、
むしろ本望なのだと言う。
「…という性格設定なんだ」
「やかましいわ!もっとちゃんと没入しなさいよ」
あくまでゲッシーは、魔法素粒子界の使者…を演じるハムスター。
自分を巻き込んで、本気の戦いを強要する以上はゲッシーの側も本気で演じろ。
ヨシノはそんな怒りを帯びつつも、今度は自分のターンと言わんばかりに、成果報告を行う。
「見つけたよ、ルミナタキオンの新技」
スマホゲームと言うのは、当然の如く大嘘。
賢界の解説から見出した、新たな技。自信満々のヨシノに対し、
口を縦に開き、おおっと驚き、笑みを見せるゲッシー。
ルミナステッキの機能を見事引き出したことに感嘆する。
その次の言葉として、戦うような技じゃないかもしれないけど…
と述べたのもヨシノだが。だが、ゲッシーは先程とどうよ、満足げ。
「ルミナステッキの最初の7割に、無駄な技は入れていないよ」
その瞬間、ゲッシーの体が震え、サウンドが鳴り響く。
どこからともなく、その体からタブレットを取り出し、画面を睨む。
着信?とヨシノが聞くが、そうではない。ワルターの反応であると言う。
「ワルターの存在が位置情報と一緒に感知できるんだ」
不在にしていた数日間。
その間、ゲッシーがタブレットに導入したアプリである。
今すぐ行こう。そう空き教室を飛び出そうとするヨシノに、
ゲッシーはひとつ、質問を行う。どんな技を身につけたのか?と。
ヨシノが軽く説明したら、少し納得したようにこう返す。
「ワルターの戦いでは、特に役立つこともあるかもしれない」
そんな能力であると。
「ムジカントム!その倒れてる人はなに!?」
「フフフ…来たか、ルミナタキオン」
現場に到着し、構えるタキオン。
ムジカントムの傍らには、ネクタイが特徴的なワルター。
そしてその近くには、倒れているスーツの若者。
この男性に対して、何らかの加害を行った事を想像するのは容易である。
「そのワルターで何をしたの!?ムジカントム」
「こいつにか?違うな、そいつがワルターだ」
ワルターが傷つけたと予想したタキオンに対して、
ムジカントムは改まってワルターの成り立ちを説明する。
ワルターとは、心の闇を抽出した怪物。すなわち人間が素体であると。
ともにネクタイ姿。確かに、ワルターと男性の漠然とした特徴は一致する。
ワルターの存在。その意味を察し、タキオンは驚愕しつつも、ムジカントムを睨む。
「ワルターを倒したら、元の体に心は戻る!その人を助けよう、タキオン!」
マッチポンプのようなもの。
街の人を巻き込んでよくもそう言えたものだ。
ワルターとの決着を促すゲッシーに内心で悪態をつくも、
タキオンは目下の敵・ムジカントムとワルターに対し、構える。
「ワルターが街の人なら、やっぱりあなたを先に倒さないと!」
「フフ…研修開始だ、ワルター。先輩の仕事っぷりをよく見るんだな」
ルミナタキオンとの戦いを現場に喩え、懐から短刀を取り出す。
ムジカントムのその殺気。最初の戦いで感じた仮面の通り、自分では戦えない、
ワルターに任せっきりの存在では決してない。タキオンが確信するもつかの間、
既にムジカントムはタキオンの眼前。なんとかその両手で、
携えた短刀を持った手を抑えつつ、ムジカントムの突進を受け止める。
「タキオンの名を返上したらどうだ?俺の方が速いかもしれないぞ」
皮肉を込めた挑発に違わず。ムジカントムの速度、それに伴う質量は確かなもの。
その勢いを殺すものの、その速度の余波で地面を削る、タキオンの足元。
その隙を見逃すムジカントムではない。仮面の奥の瞳は見えず、暗闇。
しかし、タキオンはその闇から妖しい光を幻視した時はもう遅い。
タキオンの腹部に、強烈な膝が鈍器のように打ち込まれる。
「フフフ…少しやりすぎたかな?どうしよう」
最後の一言は余計だと思いつつも、この痛みは強烈。
ムジカントムに反撃しようにも、添えた掌を離すにはタイムラグがある。
若干俯き、気まずそうなムジカントム。間違いなく敵なのは分かるが、
もっと敵らしくしろと言う、その内心を漏らさず。
ヨシノの心持ちは、再びタキオンに戻る。
「これくらい!」
安心したかのように心臓に向かって飛び込むが、
ムジカントムが握った短刀は、即時展開したタキオンの杖、
ルミナステッキに受け流される。
瞬きほどの時間の鍔迫り合いで再び距離が開くが、
次の瞬きで後方に吹き飛ぶのはムジカントムだ。
お返しだよ、と言わんばかりにタキオンの鳩尾蹴りが叩き込まれる。
「そろそろお前の出番だぞ?行くんだ、ワルター」
吹き飛ばされる中、スムーズに後転の動作に移行し、
受け身がわりに勢いを殺しつつ、立ち上がるムジカントム。
このワルターを作ったのも俺の後輩のようなもの。
そう一言付け加え、何処か余裕を残したまま、
ワルターへバトンタッチを行う。
「私だけが巻き込まれたわけじゃないんだね…」
ルミナキャストの主体たる、草之根ヨシノ。
自分だけがこの逃げ場のない状況に放り込まれたわけではない。
そう確信しつつ、共にこの狂った状況に戦う仲間に対し、
想いを馳せる。
「何が後輩よ、ムジカントム」
戦いの死角。物陰に引っ込んだムジカントムに対して、
睨みを利かせるのはエゴシック。
立場上、ペルソナクスの幹部として彼女らは対等である。
それ故、勝手に後輩扱いしたムジカントムに不満を隠せない。
ルミナキャストと2回戦った先輩という事でどうだ?
とおどけるも、役に立たない先輩ねと、二連敗を引き合いに切り捨てる。
「…戦わない?」
観戦を行いに来たはずのエゴシック。
しかし、予想外にも、タキオンは戦う姿勢すら見せない。
ワルターも微動だにしない。あの男の心の闇は、
そう弱いはずがないだろう。この奇妙な状況に、
ムジカントムも不思議がる。
「(教えて)」
タキオンは、その心で語り掛ける。
名付けるなら、ルミナテレパス。「心の音」を聞ける能力。
対象が何を考えているか、何を感じているのか。
心の声ほどハッキリとした言葉ではないが、その輪郭を読み取れる力である。
ルミナタキオンは目を閉じ、ルミナステッキに神経を集中させる。
ノイズのような意味の通らない音声。彼女は、それに語りかける。
「(もしかして、就活に失敗した?)」
ルミナタキオンの心の声に対して、ワルターはクリアな、高い音を出す。
世知辛いなあ…と思いつつも、何で失敗したの?と少し聞く。
今度は激しいノイズになる。ルミナタキオン──ヨシノは、
まだ中学二年生。就職活動など知る由もない。だが、そんな彼女も、
失敗を誤魔化したい気持ちはよく分かる。彼女の持てる精一杯で、
ワルターを、その素体になった若き青年を励ます。
「(理由から目を背けないで。それを乗り越えたら、絶対に理解してもらえるから)」
膠着状態になるタキオンとワルターを観戦する、ムジカントムとエゴシック。
何をやっているんだ、と思わず前に出ようとするムジカントムに対し、
エゴシックはそれを抑え、静止させる。
「小手先の技でどうにかなるものではないわ」
漠然とではあるが、彼女もタキオンが何をしているのか理解したのだろう。
年若い少女の説得に、自らも若いとはいえ、人生経験で勝る人間、
就職という岐路に立った者が、それよりも前のステップ。
学校生活と言う枠に留まる程度の、齢十四の小娘の言葉に、
そう簡単に乗るわけがないだろう、と。
「やっとワルターの性能を見られるようね。楽しみだわ」
エゴシックの読みは当たった。ワルターの右腕が、
ルミナタキオンを潰そうと振り落とされると同時に、
タキオンは高く飛んで躱す。そこからカウンターの如く、
彼女の身長大ほどの頭部を勢いよく蹴り飛ばす。戦闘再開。
「硬い!」
凄まじい運動エネルギーの伴ったタキオンの必殺シュート。
クリーンヒットによる衝撃に反して、ワルターは微動だにしない。
その顔面で見事、タキオンの脚を受け止めた。
むしろ、自分の蹴りの勢いをそのまま受けたタキオンが表情を歪める。
「やっぱりちょうどいい素体だったわね、あの男」
自らが選定したワルターの力に感心し、
エゴシックが不敵に笑った直後、すぐに表情を曇らせる。
ワルターが動かない。それどころか、
何処か申し訳なさそうに首を垂れる。
追撃ができる状況で何もしない。自身の予想と結論に反して、
励ましの言葉に絆された可能性に焦燥する。
「フフフ…喉が渇いた時の水のようなものさ」
深く落ち込んだ者に、シンプルなエールがかえって響いたのだろうと、
ムジカントムは所感を述べる。ワルターは剥き出しの心の具現体。
それに対してかけて欲しい言葉がかけられたら効果覿面であろう、と。
もっとも、今回は偶然。素直に絆されてくれる男に出会した。
常に上手くいくはずもないと補足をし、エゴシックを否定もしない。
「一体どんな言葉をかけたの、あの小娘」
おいおい、お前と同世代だろ?ムジカントムは、
そうやってエゴシックの放った怒りの言葉を笑って流す。
それと同時に、見た目だけならな、と付け加えながら。
今は余計と言いつつ、エゴシックの神経はワルターに向けられる。
激しい殴打に、時折ルミナライトアップでの光線を織り交ぜるタキオン。
その攻撃の連打に対して、ワルターが動じている気配はない。
「そう…今のルミナタキオンのレベルではこの程度…通用しないはずなのに」
エゴシックは唇を噛む。タキオンの攻撃は確かに通じていない。
それでいて、ワルターはその不定形の肉体を霧散させようとするように、
糸を解くように形が崩れ始めている。そして、その隙を見逃すタキオンではない。
彼女の心の速度は、何人たりとも逃がさない。光のドームが、ワルターを包み込む。
「タキオンフィールド…!!」
畏怖か、武者震いか。自身の宿敵たり得る少女。
エゴシックは、ルミナタキオンの技の名を、絞り出すように呟く。
直撃した際、ムジカントムをも撤退させたその力。
当然、ワルター一体程度は容易に掻き消してしまう。
「ゲッシー!ワルターの作り方どうにかできないの!?」
「ちゃ…ちゃんと致命的な事故などに繋がらないセーフティは敷いてるから」
ワルターを撃破した早々、ゲッシーは詰められる。
仮にも素材は街の人。無関係の市民を巻き込んでいる。
命を取るとかそう言う問題じゃないの。そうヨシノは怒り続けるものの、
ゲッシーとしても、突然設定を変えるわけにもいかないと、
弱々しくも引き下がる気配はない。なら、近い将来にでも、
ワルターに代わる新しい敵を用意しなさいと、ヨシノは更に詰め寄る。
「善処するよ…」
ゲッシーが辛うじて絞り出した一言。本当だろうかと訝しむも、
刃を向けるようなその剣幕を、ひとまず鞘に収めるヨシノ。
今までの様子を見る限り、ゲッシーの権限も限定的なもの。
いわば中間管理職のようなものかもしれないと、
怯える小動物そのものの、彼の辛そうな表情を見て考える。
「あれ、俺何してたんだっけ」
道端に倒れていた、スーツの男が立ち上がる。
タキオンがそれとなくワルターを誘導したこともあり、
戦いが繰り広げられていた傍らではあるが、特段、負傷などはしていない。
そんな世界観を知る由もなく、男は自分の状況に困惑。
路上で倒れるのは流石にまずいだろう。過労を疑うが、
むしろその体は活力に満ちている。
「理由から目を背けない、か…」
彼は所謂、就職浪人。切羽詰まった状況に絶望していたが、
誰かに励まされた夢を見たことを思い出す。書類選考はともかく、
面接での自信のなさが敗因であると、自身を振り返る。
もう少し資格を取るか。強みがあった方が、自信になるから。
そんな事を考えながら、勢いよく立ち上がり、この場を去る。
その歩く足取りは瑞々しい。
「凄かったわね、ルミナタキオン」
「フフフ…何だお前、素直に人を褒めるような事があるんだな」
ペルソナクスの根城たる、何処かの劇場。
エゴシックの素直な賞賛を聞き、思わず嘲笑うムジカントム。
そう言うと思った、と言わんばかりに彼を見つめるエゴシック。
私にだって人を褒める事はあるの。彼女は笑いながら訂正する。
「いずれにせよ…ルミナタキオンを先に始末するのは俺だ」
「好きにしなさい、出来るものなら」
出来るさ、お前には先を越させない。仮面の表情は変わらずとも、
確かにそう訴えかける。「世界よ、我が書割たれ」がモットー。
自分だけが本物の役者でいい。そんな存在意義を自らに刻んだムジカントム。
この仮面の男にとって、眼前の女が何に心を動かされ、
何を否定するのかはまだ未知数。いつもの笑い声を、
その仮面から変わらず漏らしつつも、ひとまず話題を切り上げる。
「就職活動かあ…私はまず高校受験だけど」
ゲッシーの帰還にワルターとの戦い。予想外の紆余曲折を経て、
抜け出した学校になんとか戻りつつ。
その日の授業を終えて、今日も図書室で本を手に取るヨシノ。
自分の部屋だと物が多くて気が散ると言う理由から、
図書室で済ませて、あまり借りない主義である彼女。
「ルミナタキオンが内申点になるわけでもないしね…」
対策は早い方がいいのは確かだが、気が早くもある。
しかし、就職活動で悩んでいたであろうお兄さんを思い出し、
将来について少し考える。そんな彼女が手に取っているのは、
漢字検定の参考書。たまには借りて、家で勉強してもいいのかもしれない。
そう思いつつも、結局その日はノートに写して勉強する程度。
「ただいまー」
「おおヨシノ、おかえり」
本を借りずに帰宅したヨシノ。
珍しく、自分よりも早く帰宅した父親が居間に座っている。
パパ早いね!と驚くヨシノ。娘と同様、父もまた嬉しそうだ。
元気そうな父との話の流れで、自然と定時退社の理由の話題になったが、
なんでも、社内システム担当がボトルネックになっていた箇所を発見。
そのまま修正したところ、システムの処理速度が一気に向上。
今まで要所要所で時間を割いていた部分がスムーズに進み、
作業効率が一気に向上したらしい。
「よく分からないけど…よかったね」
ヨシノの知らぬ分野。あまりにも不器用な回答だが、
満足そうな表情が込められた感情を代弁している。
また、不思議なことに「誰が見つけたのか分からない」のだと言う。
件の社員も該当箇所と工程が示されたメモ書きが付箋として貼られており、
そこから導き出したと言うのだが、複数人ほど部署に担当者がいる中で、
誰もそのメモを書き示した者が名乗り出ない。
「ハムスターのシルエットのメモって言ってったけなあ」
父がふと零した内容。メモ用紙のデザインなど、
本来、ヨシノにとっては極めてどうでもいい情報。
しかし、それを聞いてヨシノは確信する。
ゲッシーである。
「帰ったよ、ゲッシー」
草之根家にバレないよう、要所要所でぬいぐるみに擬態しているゲッシー。
今もヨシノの部屋に飾られたぬいぐるみに紛れて、
物言わぬ人形であるかのように、不動でほほ笑む。
横目で激しく視線を向けながら。
それでも、ヨシノは何も言わない。
「(私を騙して働かせたんだもの)」
ルミナキャストに無理やり巻き込んだ仕返し。
感謝の言葉を今か今かと待ちわびるゲッシーには目も向けず。
しかし、確かにヨシノの口元は微笑んでいる。
私、草之根ヨシノ!
寝ても起きても、ゲッシーに振り回される日々。
久しぶりに凪と遊ぶことになったけど、そんな日でも
ルミナキャストとして頑張んなきゃいけないみたい。
レンタルショップの中古コーナーに眠る、
新たなアイテムを探しに行くよ!
次回、「ヨシノの休日!ストレージに眠る叡智」
届ける想いは光を超える!