魔法少女演ってます ~魔法素粒子ルミナキャスト~ …のショー!? 作:砕(サイ)
画面には巨大な単眼と、それに絡みつくような触手。
普遍的なイメージにある、タコの宇宙人をより怪物的に。
そんな印象の生き物が激しい金切り声を上げている。
「ゲッシー…これは?」
異様な光景に息を呑むヨシノ。
彼女も未知の存在に恐怖を覚える程度には人間だ。
「考察チャンネルだよ」
「ええ!?」
ゲッシーは単に、宇宙の顔出し動画投稿者のレビューを見ていただけらしい。
ヨシノにとっての異星人の中には、これくらいの容姿の者もたまにいるそうだが、
確かに地球人には怖いかもしれないと、ゲッシーもフォローはする。
一方、ヨシノは安心した表情で人を見かけで判断した事を反省。
色々な人がいる事を再認識する。
「でもこれヨシノを叩いてるんだよね」
何だと!?ヨシノは途端に表情を険しくする。
なんでも、ルミナキャストの戦闘が微妙という、
批判寄りのレビューらしい。見てなさいよ。
ヨシノは、次回のバトルをより華麗にこなす事を決意する。
魔法素粒子界。ゲッシー達が住む世界、という設定だ。
中世から派生した超文明。錬金術と舞台演劇が発展した、
科学と芸術の、ルネサンスのシンギュラリティが起こった、
草之根ヨシノ達から見た異世界…という設定である。
「すごい映像…本物みたい」
中近世の西洋建築の意匠に、サイバーチックな光のライン。
敷かれる道路を走る、宙に浮かぶ車輪の無い車。
非現実的なビジュアルに相反して、3DCGやAI生成のような、
作り物のような空気は、映像からは不思議と感じられない。
「ペルソナクスはこんな素晴らしい世界を拒絶するなんて…」
割れる窓、崩れる外装。砕け散る洋館――
その直後、ワルターの軍団が建造物の破壊を始める。
その様子を見て、絶望に震える小動物。ハムスターである。
画面から発せられる音声は、ヨシノにとって聞き慣れた声。
「ルミナキャストの力が必要だ…!」
ゲッシーが使命に燃えて、物質界――すなわちヨシノの世界に飛び込む。
これは、「魔法素粒子ルミナキャスト」第1話の冒頭の映像である。
そんな筋書きの映像を鑑賞しつつ、魔法素粒子界を観光したいと思うものの、
それは、ルミナキャストがペルソナクスを打倒するまで。
感心しながらも閲覧を終えて、モニターの電源を落として学校へ向かう。
「確かに…空き缶を黄金に出来たら大金持ちだよね」
昼休みの図書室。誰にも聞こえないような声量で、
ヨシノは手に取った本の感想を呟く。
卑金属を貴金属に変換する。それが錬金術の命題である。
そして、ヨシノにとって一番身近なもの。
ルミナスコープの動力、「ルミナストーン」。
いわゆる賢者の石である。
「やっぱり、それくらいの価値があるのかな、ゲッシーの説明からしたら…」
ゲッシーが語ったルミナストーンの機能。
それは自家発電可能な演算装置。電池そのものがパソコンや、
スマートフォンのCPUとして働くイメージのようだ。
過去の時代、錬金術師が追い求めた賢者の石。
実のところ「石」であるかも怪しい程に、
曖昧なものであったとされる。それはヨシノの世界、物質界の話。
魔法素粒子界ではそのように定義され、完成に至ったという。
「それで私が変身できるってわけね」
ルミナタキオンとして戦うヨシノ。
苦手な理科を勉強する目的も併せて、錬金術の歴史も
図書館で調べるようになった彼女。
聞き齧りの知識ではあるが、なんとなくその凄さを悟る。
彼女が腕に巻くアクセサリー。撫で回すように見つめながら、
その変身機構の仕組みに感心する。
「フェイクだろンなもん」
「いやマジだって!見ろこれ見ろ」
残りは放課後に読むこととして、一旦図書室を出たヨシノ。
そんな中、教室に戻る傍らですれ違う、クラスメイトの野球部員。
そんな彼が、別のクラスの派手な見た目のサッカー部員と、
騒がしく廊下で張り合う。元気だなあ…。
目の替わりにその耳で、二人の論争を暖かく見守り、
ヨシノは通り過ぎる。
「いやでもよ、これ動きがマジっぽくね?」
偽物と断定するサッカー部員に対し、野球部員は引き下がらない。
聞いている限りではスマートフォンの動画。
とりわけSNSにアップロードされたものについて論じているようだ。
物理法則的なありえなさ。過剰なエフェクト。
ハルシネーションを疑う意味不明な文字。
これはサッカー部員が示した根拠であるが、
確かにAIで捏造した動画にありがちな要素そのもの。
続けて、サッカー部員は動画コンセプトについて語る。
「それにこれアレだろ?魔法少女…こんな田舎にもいい趣味の奴がいたもんだな」
「フェイクだよ!絶対!!」
ヨシノの目玉と絶叫が、身体よりも先に二人の会話に割り込む。
レンタルショップの屋上で怪物と戦う魔法少女。確かに、
これだけ聞くと、マニアックな趣味の者が自身の空想を具現化した妄想動画、
と解釈しても何もおかしくはない。映っているのがルミナタキオン、
というのがヨシノにとっての大問題ではあるが。
「草之根もフェイク派かよ~」
ヨシノの叫びにガッカリする野球部員。そりゃそうだろ。
そんな表情で両手を後頭部に回すサッカー部員。
突然割り込んだヨシノをも受け入れる度量を見せた二人であるが、
自分自身が撮影された異常事態。彼女はそれどころではない。
もしかして、私の正体がバレるのも織り込み済み!?
痒いところに手が届かない。ゲッシー達が与える試練は、
何もペルソナクスとの戦いだけではない。
「それにしてもこのコ、モデルとかいんのかな?」
幸いにも、それくらいの痒みには手が届いてくれているようだが。
草之根ヨシノの容姿そのままのルミナタキオンを見ても、
二人の運動部員はこの反応。人々の認識に対して、
何らかのジャミングが働いているようだ。
「ききききっと完全なオリジナルだよ!ははは…」
ルミナタキオン本人がこう言うのだ。
きっと草之根ヨシノとは関係ないのだろう。
そんな願望を込めて、ヨシノはその場を去る。
「バレないように立ち回るのがヒロインの務めだよ、ヨシノ!」
放課後。図書室に堂々と乱入してきたゲッシーが自信満々に語る。
図書室で騒ぐんじゃない!そう叱るヨシノに対して、
一向に帰ってこないからこちらから来たんじゃないか、
と悪態をつくゲッシー。そして、昼間のヨシノの予想通り、
ルミナタキオンが被写体として撮影される行為や、
目撃される事に関しては、特別制限をかけていないようだ。
「最初の戦いの時のお婆さんは、ちょっとした催眠術をかけたけどね」
ルミナタキオンの初陣の際、ワルターに攻撃されそうになった老婆。
彼女に関しても、ムジカントムの強行姿勢が無ければ、
タキオンに助けてもらう予定だったと言う。
ヨシノならば、そうしていたから。すなわち、
絶対に助けていたはずだからと付け加えて。
「ある程度受難がある方が輝くってものさ」
ルミナタキオンとしての姿。そして正体。
それを上手く誤魔化して戦うのも、彼女の責務であるとゲッシーは言う。
いい画を撮るためだけに負荷をかけるな!
以前、通学カバンに入っていた時に見せていたような、
申し訳なささえ消え失せた、開き直ったゲッシー。
彼に対して、そう叫びたいヨシノだったが、
ゲッシーが衆目に晒される以上に重要な事と言えば、ここは図書室であること。
みだりに騒ぐわけにもいかずに、ひとまずゲッシーの口をその手で塞ぐ。
「ヨシノさんは図書室で読む派ですものね」
「えっ!?うんそうだね」
そんな中、
幸いにも、咄嗟にカバンに詰め、いないものとして、
その存在を誤魔化したゲッシーの姿は見られていないようだが、
今の会話は独り言にしてはあまりにも不自然。
「自分の家じゃ気が散るから、って言っていたけど借りてもいいと私は思うわ」
本を汚さない限りは、図書室と違って融通も利く。
そんな何の変哲もない提案を述べる賢界も、
ヨシノの異様な独り言は気にも留めていないようだが、
全てを受け止めるような、その笑顔がむしろ恐ろしい。
ヨシノも、そしてカバンの中のゲッシーもそう感じている。
「こうは言ったけど、僕としても姿を見られちゃまずいと言うか…」
なら騒ぐんじゃない!
ヨシノは小声で不安を漏らしたゲッシーに対して、
そんな悪態を心の中でつきつつ、
たまたま出くわした賢界と一緒に帰路につく。
「こうなってくると、ムジカントムに任せっきりも問題ね…」
王様か、はたまた貴族か。一見、玉座とも錯覚しそうな、
格式高そうなアンティークチェアに座るエゴシック。
光差さぬ劇場で、今後について考える。
実際問題、ルミナタキオンに全敗なのは事実である。
エゴシックとしては、同僚に文句を言うのも無理はない。
「とはいえ、”ルミナタキオン”を斃さないといけないっていうのも重荷かもしれないわね」
草之根ヨシノとルミナタキオンが不可逆、というわけではない。
あくまで草之根ヨシノがルミナタキオンに変身しているだけ。
それ故に、一介の女子中学生にすぎないヨシノを攻撃しても仕方がない。
ゲッシーが次のタキオンを捜すのみ。卑怯な手段を使えば、
もっと効率を追求できる中でわざわざ戦闘という形態を採用するのも、
決して、エゴシック達が手を抜いているからではない。
「もっと強烈なルミナキャストが現れたらたまったもんじゃないわ」
ヨシノがゲッシー側の最適解とも限らない。そのような理由のもと、
既に素性の割れているヨシノを直接叩きに行くのではなく、
ルミナスコープごと破壊して「ルミナタキオン」を潰しにかかる。
それがペルソナクスの行動理念のひとつである。
「ワルター以外の何かが必要なのかもしれないわね」
実際、リクルートスーツ・ワルターを用いたものの、
仕留め損ねたのはエゴシック自身である。
彼女としても、それを忘れてはいない。
そうなると、やはりルミナストーンを探すべきか。
「あら、いたの?ムジカントム」
フフフ…と、いつもの調子で薄ら笑いの声を漏らす。
腰掛けるエゴシックの後ろに立つのは、相も変わらずムジカントム。
ただ一つ違うのは、満身創痍、傷だらけのその姿。
そして、そのまま崩れ落ちたこと。
「ウソでしょ…何があったのアンタ」
あまりの事態。こればかりは、エゴシックも駆け寄り、息を呑むばかりである。
ムジカントムの最大の危機の発端。
これは、ヨシノと賢界、彼女たちが帰りの路を歩く時まで遡る。
取り留めのない会話と共に前進する二名。
そんな中、賢界は何かに気づいたように指を差し、ヨシノの反応を促す。
「見て、あのコンビニ。あんなお店見たことある?」
「見たことある…?」
思わず復唱するヨシノ。こんなところにコンビニが立っていたのか、
という話題かと思いきや、本当に見たことがないお店。
彼女たちが知るような既存の大手コンビニチェーンと比較し、
どれとも当てはまらない外装をしている。
「個人経営かしら」
「いやあ…それにしても変かなアレは」
金の装飾が所狭しとあしらわれた、いっそ悪趣味な外装。
そして、どこかルネサンス風のデザイン。
おにぎりの替わりに美術展そのものを陳列していそうな雰囲気。
それには到底似つかわしくないものの、確かに24時間営業を示す看板が立っている。
仮面のロゴが描かれた、そのコンビニの名前。
「ムジカントムマートかあ…」
ムジカントムマート!?ヨシノは無意識に呟いた、
その店舗名に愕然。どう考えても自身の仇敵たる、
あの
「あ、いや驚いただけだよ!変すぎてね」
そんな事を知る由もないかのように、
賢界が不思議そうに首を傾げる仕草を執っていたのに気づき、
咄嗟に誤魔化すヨシノ。賢界は微笑みながら、
せっかくだし入ってみないかと、好奇心をその姿に乗せる。
彼女が身を乗り出したその瞬間。
「え、店員!?」
コンビニの表面を覆うガラス張りを突き破り、
店員の男が電柱に思い切り叩きつけられる。
ユニフォーム。片手に構えた、断線したバーコードスキャナー。
そして、笑顔を模った白い仮面。ムジカントムだ。
ルミナタキオンとして、まだ決着など全く付けていないはずのこの男が、
今にも息絶えそうな姿になっている。
「ウソ!?ムジカントム!どうしたの!?」
この信じがたい状況。ヨシノは思わず駆け寄り、安否を取る。
自分の知らぬ、まだ見ぬペルソナクスの幹部との内紛か、
はたまた、タキオン以外の戦士が存在するのか。
そして、このコンビニは何なのか。
異様な状況に、ヨシノの質問は止まらない。
「フフフ…この世界で生きるにも何かと金がいるからな」
「働いてたんかい!」
ヨシノをおびき寄せるでもなく、本当に店のオーナーを志した。
資金源として、自らコンビニエンスストアを立てたのだと言う。
確かに、ムジカントムは人の心身を弄ぶ悪党そのもの。
しかし、それを行うのも最終的には自身の矜持を果たすため。
この芝居がかった幻影紳士にとって、窃盗をして生きるのは、
プライドが耐えられないのだろう。
「いや、そうじゃないよ!何があったの!?」
突然の経済活動の話題。そこから慌てて軌道修正を行うヨシノだが、
当のムジカントムの回答を待たずに、彼女は答えを見せつけられる。
異様な風と熱、そして光。その触感に思わず振り向くと、
そこにはドーム状の光に包まれるムジカントムマートがあった。
店舗が粉々に砕け散り、瓦礫すらも灰燼に帰す。
ムジカントムの夢の独立店舗は、その半球体の中で破壊し尽くされ、
完全なる無となった。
「タキオンフィールド…!?」
ヨシノは戦慄する。色味こそ毒々しいものの、
その光のドームは、間違いなくルミナタキオンとしての自分の必殺技。
攻防一体のバリア・タキオンフィールドそのものであったからだ。
バリアの展開が解かれ、その爆心地に立っていたのは、
その破壊の光と同じカラーリングに染まったルミナタキオン。
「え、何あれ…」
「いや知らないの!?」
カバンに詰まったゲッシーが思わず漏らした困惑。
反射的にその呟きにリアクションを行ったヨシノだったが、
カバンから顔を覗かせるゲッシーの様子が何処かおかしい。
「確かに…ペルソナクスのことは全ては知らないとは言ったよ?」
全ての情報を理解しているわけではない。敵側の動向など、
未知の情報はアドリブで対応せざるを得ない状況はあり得る。
ゲッシーは先日のレンタルショップでもそれに近い事を述べたが、
ここまで早い段階で「ルミナタキオンの偽者」が現れ、
ペルソナクスの幹部を倒す。そんな重大な内容、
共有しないことはありえない。そう恐怖しつつ語る。
「早い段階…って言うと?」
「ルミナキャストは放送分で言うなら…今は5話くらいなんだ」
5話!?ヨシノは驚く。主人公の心の闇であるだとか、
自分と同じ姿の邪悪な存在が現れるのは、普通はもう少し後ではないか。
確かに、普通のアニメ等ではそうそう考えられない構成である。
ゲッシーですら理解の追いつかない決定。未知の領域に踏み込む、
というよりも、未知がルミナキャストの領域に勝手に踏み込んできたような感覚だ。
「…あれ?三鳥さんは?」
異常事態に困惑を繰り返す最中。気がついたら、
ヨシノの傍らにいたはずの賢界がいない。この異常な状況。
恐れをなして、逃げてしまっても無理はない。そして、
先程までいたもう一人のルミナタキオン。彼女もまた、
抉り取られた地面とともに、その姿を消していた。
「三鳥さん…大丈夫だった?」
翌日。賢界と再会するヨシノ。あの破滅的な状況に触れたヨシノに対して、
開口一番にごめんなさいと頭を下げるのは賢界である。
恐ろしい状況にパニックになり、思わずその場から逃げてしまった。
友達を置いて、勝手に姿を消した事を詫びる賢界であったが、
いちいちそんな事で怒るヨシノではない。あまりの事に、
賢界がどこまで立ち会っていたかはヨシノ自身も把握していなかったものの、
あの後の流れとして警察に通報、そのまま調査をしてもらった…と言った体で、
ルミナタキオンの偽者の件などは最初から存在しなかったように誤魔化した。
「そういえば、私たちってまだアカウント交換してなかったわね」
どこでも話せる方がいいわねと、賢界はスマートフォンを取り出す。
彼女の言うアカウント。これは、通話やチャットが可能なトークアプリのそれを指す。
家族の教育的価値観から、最近までスマートフォンを所持していなかった賢界。
ヨシノとも口頭での付き合いではあったが、ここで、ようやく端末上の繋がりも持ち始める。
「ハムスター…魔法少女…仮面…錬金術師…」
映画。ドラマ。動物。アニメ。漫画。演劇。芸人。
様々な人物やキャラクターの姿がヨシノの液晶に浮かび、並ぶ。
嬉しくなって色々買っちゃったの。賢界は嬉しそうに、
アプリ内で利用可能なスタンプ画像を連打する。
「最近ハマってるものよ?ヨシノさん」
チョイスは自分の関心ごととは賢界の弁。いずれも、
狙い澄ましたかのようにルミナキャストに関わる要素であることを除けば、
特別奇怪な画像は選出されていない。そして、賢界が最後に見せるは、
魔法少女のダークバージョン。スタンプではないが、自分で編集した画像であると言う。
「私、パソコンは持っているの。色違いを作るくらいなら出来るわ」
「へ…へ〜…」
正体を知っているのかと言わんばかりの、あまりにも都合のいい画像群。
焦りを通り越して、データの処理落ちのようにヨシノの思考が止まる。
空返事のような、歯切れの悪い返事をする他なかった。
◇放課後、春の祭りでお化け屋敷の出店が来る場所に来てね
最後に届いたのは画像の伴わない、実際の文章。賢界からの約束事である。
観光地たる公園に何があるのか。唯ならぬ何かを感じたヨシノ。
既に春の祭りは終わってはいるが、地元の住民であれば一言でピンと来る場所。
トークアプリに言われるがままに、出向くことを決める。
「人間がルミナキャストに変身する時、一律にあの姿になるなんてことはないよな?」
なんとか命を繋ぎ、五体満足で帰還したものの、
安静を強いられるムジカントム。立って歩けるが、走ることは叶わない。
この状況においては、いつものように出撃するのは困難である。
ペルソナクスのアジトでの療養を強いられた幻影紳士。
惚けた質問を、ティーポットを持つエゴシックに対して投げかける。
「ええ。あれはルミナキャストにとっても不利益な何かのはずよ」
普段ならば、ムジカントムの冗談めいた発言に毒付く歌劇令嬢。だが、
タキオンと同じ姿をした何者か。それ以外に対して思考を巡らす余裕など皆無。
自身と同格の男が一方的にやられる異常事態。彼女としても焦りを禁じ得ない。
紅茶を淹れているのも、心を落ち着かせる為の一環であろう。
「フフ…魔法素粒子界が派遣した刺客かもな」
魔法素粒子界の錬金術師とその弟子は、何もゲッシーだけではない。
彼らを快く思わない派閥が、我先にと当てつけの如く、
ルミナタキオンのコピーを作成したのではないか?と言った予想である。
このムジカントムの仮説に基づくならば、誰の味方ではないのも矛盾はしない。
「なら勝手に戦わせておけ」
答えが出ないまま、話題を一旦終わらせようとした中、
横槍を入れたのはパソコンと格闘するハラガヘッタ。腰掛けているのも、
オペラ座の舞台に似つかわしくない事務机。二人のタキオンの仲が悪いのなら、
動かず同士討ちをさせておけと、視線も合わせず主張する。
「ちょっとくらい協調性を持ちなさいよ」
「さあな。本当に困った時に助けを求めるまでだ」
もっとも、貴様らの助けはいらんがな。そうハラガヘッタは切り捨てる。
エゴシックの方も、この男に期待するのが悪かったと諦観し、切り上げた。
それにしても、パソコンのキーボードを熱心に打ち込み、何をやっているのか。
疑問は尽きぬばかりだが、今は紅茶の香りの方に神経を研ぎ澄まそうと、
エゴシックは嗅覚と味覚に全てを委ねた。
「ワシが日本の外食業界を支配する」
委ねられなかった。視覚と聴覚が完全にハラガヘッタに誘導される。
何を言ってるの、この爺さん?そんなエゴシックの疑問は尽きない。
そんな事はお構いなしに、スーツ姿の老男は次の商談を模索する。
「5話って言うけど…全何話くらいを想定したうちの5話なの?」
「およそだけど、48話くらいかな」
48話!?思わずヨシノは絶句する。
いつの間にかゲッシーと合流し、待ち合わせ場所へ向かうついでの如く。
1年はルミナタキオンとして奮闘せざるを得ないと宣告された、公園を歩くヨシノ。
どうせ付き合わされるなら、何か美味しいものでも食べさせてよねと、
給与とは言わずとも、気を取り直したヨシノは対価を求める。
「ところで…なんで宇宙人が地球のアニメみたいなことしてんの?」
丁度、話数といった具体的な内容に踏み込んだこともあり、
ヨシノは今まで漠然と感じていた疑問をゲッシーに投げかける。
それは地球の言葉で言う
似たような生き方をする存在、すなわち知的生命体ならば、
映像作品を娯楽にすることに行きつくのだろう、
と、ヨシノにとってよく分からない回答をゲッシーは行う。
「でも、それだけじゃないんだよね。地球の文化が実際に輸入されたんだ」
「え…それどういうこと?」
ヨシノが疑問に思うのももっともである。
たまたま訪れたUFOに、罪のない地球人が誘拐でもされたのだろうか。
受け売りではあるが、と前置きしつつ。
語り部・ゲッシーによる昔話が始まる。
「チャンネルを回すとたまに放送されてたんだよ」
お爺ちゃん世代のテレビ!?ヨシノはゲッシーの説明にビビる。
あたかも県境で他県の局の番組が映るような、
妙に地域色あふれるシチュエーションで、
地球の文化がピーピングされていたと言うのだ。
しかも聞く限り、チャンネルの切り替えはダイヤル式。
女子中学生のヨシノにとっては完全に「知識」の類で経験たりえない。
「これも僕たちのおじいさん…もっと前のおじいさんの世代の話でもあるんだけどね」
ここからは宇宙の発展の歴史の話である。宇宙にも、
経済等の中心となると銀河や惑星が存在すると言うが、
地球はそこからは大きく外れた地点にある。
それ故に、地球の電波を受信した時は、
遠い星の文明の叡智を得られると、世間は大いに沸いたのだと言う。
「電波が上手く届かない時は、叩いて通りを良くしたそうなんだ」
もっとも、人間換算・小学生の宇宙ハムスター、
ゲッシーの情報もあくまで伝聞。遠い星の電波をキャッチできた事。
その凄さに思いを馳せてほしい。地球の先を行く宇宙標準技術、
その技術の基礎を築いた先人を宇宙ハムスターは讃える。
「その割にダイヤル回してたって言うね…」
地球人が宇宙探査機を飛ばしてもなお、宇宙の情報は極めて限定的。
それと比較したら恐ろしく高度なことをやっているのは事実。
しかし、白黒テレビに苦戦苦闘するようなその内容。
ヨシノが想像するような超技術とのギャップは凄まじい。
「地球の魔法少女とか、バトルものも人気が高いんだ」
そうして地球の電波が受信されていく過程で、
地球の文化が宇宙にも浸透していったらしい。
あくまでも部分部分、ではあるが。
ルミナキャストの番組撮影の舞台が地球になったのも、
そうした過程の中で、次第に地球の作品を視聴する環境が整備されていき、
最終的に、文明や立地的には渡航や移住は難しいものの、
地球は宇宙の文化的には重要な場所となったから、という。
そんな話題の最中である。
「え…ヨシノ」
「どうしたの?ゲッシー」
私物のタブレットからの通知に気付き、画面を確認したゲッシー。
何があったか。その茶色い毛並みが、空色に染まったかのように青ざめる。
宇宙ハムスターにとって、人間で言う顔色の悪い状態なのだろうと、
ヨシノの好奇心はゲッシーが絶望を覚えた内容そっちのけで考える。
「また、上の人が変な指示出したんでしょ」
「それが…」
出していないと言うのだ。
ゲッシーは情報を上層部から受け取り、それに沿った内容のもと、
展開を推し進める役割を担っている。
しかし、今回は指示こそ出ているものの、
ルミナキャストのスタッフとは一切関係のない、
第三者からの介入によるものだと言う。
少し慣れを感じてきたヨシノであるが、
ゲッシーの様子のおかしさに対して、何か不安を覚える。
そんなにおかしな事態なの、ゲッシー?
「指示を出したのは君の同級生だよ、ヨシノ」
「え?」
そして、たどり着くは指定の地点。
公園にポツリと立つのは、
もう一人のタキオン。