「2名様ご来店でーす!!」
「うちの店は天井低いんで気を付けてくださいね!お兄さんら背ぇ高いから!」
「おー、ありがとう」
入口に立っていたかわゆいウェイターに案内されて暖簾をくぐると、「そこに座ってくれや」と仏頂面の店主が顎で示したカウンター席へと大人しく向かう。しかしいざ座ろうとした所で、エースが動きを止めた。そんな彼を不思議がったデュースが背中から顔を覗かせジロリ、とカウンター席に視線を向ける。
「……あん?」
「……なんだアレ」
そこには既にひとりの女が座っており、なんとぴょこぴょこ動く猫の耳が生えていたのである。シッポも左右に大きく揺れており、咀嚼に合わせてリズム良く動いていた。
エースは17年間の人生の中で猫人間というのを見た事がなかったので、少しドキドキしながら彼女の隣の席を指さし、「ここ、いいか?」と聞いた。
「ンー?」
この店の中でも特に座り心地が悪そうな椅子に深く腰掛けている女はエースをチラリ、と横目で見ると一瞬だけ驚いたような顔をする。しかし直ぐに頷き、だらしのないあくびをしながら「どうぞ〜」と間延びした声を出した。
「わりぃな。…なぁ、アンタも外から来たのか?ここの島のやつじゃあないだろ?」
「ウン。こんな何も無いところ数時間居ただけで頭がバカになりそうだし。好き好んでここに住んでる奴等は皆クスリでもやってるんじゃないかニャ?」
女は皿の端に乗っているコーンを自前の爪に刺してちまちま食べつつ、随分と気怠そうに言った。店主は女のあまりにも酷い言い分にカウンターの向こうから顔を覗かせて「そりゃお前さんの方だろ」と文句を垂れる。
それもそうだろう。彼はここで生まれ育った島男だ。休みの日は観光客を名所へと案内してやるし、せっかく来てくれたのだからと料理を無料で振る舞うこともある。
それなのに外から来た島のいい所なんて何も知らなそうな奴に「皆クスリでもやってる」なんて言われてしまえば、誰だって怒るだろう。
もしここがマフィアの支配下にあるレストランだったら、この女は銃口を後頭部に突き付けられて既に息絶えている。マフィアなんてのは大体店の裏口とかで葉巻か麻薬を吸って暇を潰しているし、店の中の会話を盗聴して楽しんでいるからだ。
それに皆クスリをやってる……だなんて本当の事を言われてしまったら、そりゃ殺すしかない。
そんなものは周知の事実である。
「だってさ、駐在所に白目剥いたムッキムキのおじいちゃん居たんだもん。サングラス3つも付けてブーメランパンツ履いてたよ?よく分かんない葉っぱ咥えてたし。アレ絶対違法でしょ」
「……シバさんは、そういう趣味なんだよ。それにカッコイイじゃねぇか!!“漢”って感じがしてよ!!」
「やっぱりこの島の連中イカれてるニャ」
ここは寂れた島だがきちんと駐在所があり、海軍上がりのジジイが毎日勤務している。そして彼は魔術師のシバという二つ名持ちである。ムキムキッ……と音が鳴る筋肉を見せつけて相手を魅了するという、彼独自の催眠術で敵を制圧する恐ろしい技を持っている。
その戦い方は正しく魔術師。故に海賊達は彼を恐れ、この島には滅多な事がないと近寄らない。
……そもそも普通に彼が変態だからでもあるが。
「ボクこの島に泳いで来たんだけどさ、普通心配するよね?だって頭おかしいじゃん。船で来いよって話になるでしょ?なのにあのおじいちゃん“POWER!!”しか言わないんだよ。もう一歩も動けそうにないから助けて欲しいって言ってんのに、変な音が鳴る筋肉見せつけられただけで終わったニャ」
「……シバさんは、漢だからな…」
「島民全員ヤク中だニャ」
「だからよぅ!!そりゃあお前さんの方だろうが!!」
「怖い……」
店主と女の怪談話をボケーッ、とした顔で隣に座り聞いていたエース。そういえば自分も筋肉を見せつけてくるジジイにあったが、あれ地縛霊とかじゃなかったのか。塩の代わりに砂かけちまったの謝った方がいいかな……と考えながら、エースは料理を頼もうと威嚇しあっているふたりの間に割って入り店主へ注文をつけた。
「よく分からねぇジジイの話はいいからよ、とりあえず飯くれねぇか?おれたち死ぬ程腹減ってんだ。腹に溜まるもん出してくれ。デュースもそれでいいよな?」
「あぁ、お前に任せる」
「あー、今日は珍しく客が多くてな……出来合いの料理だったら今直ぐに出せるぜ。一先ずはそれでいいか?」
「おう。くれ」
「あいよ」
店主の宣言通りに一瞬でカウンターテーブルへと並べられた料理の数々に、エースは無我夢中で貪りついた。パンや肉を手で掴んで食べては酒で胃の中へと流し込み、尋常ではないスピードで皿の上から料理を減らしていく。それをポカン、と口を開けて見ていた店主は大慌てで料理を作り、彼の前に追加で置き始めた。
「
「……キミ、殆ど丸呑みしてるね。もう少し満腹中枢を刺激した方が良いんじゃない?」
「
「ンー、何言ってるかわかんないニャ」
「っんん……だからよ、それは一体何っ___」
「ハハ、会話途中でお皿に頭突っ込むのやばいね」
食いっぷりに苦言を呈した女の方を向いた途端、エースは皿の中に頭を突っ込んだ。そしてそのまま皿の中で寝息を立て始めた彼を隣に座っている女は「やっぱエースって血糖値スパイクでしょ」と安酒を呑みながら眺めていた。
数分経つとフガッ、と鼻息を鳴らしてエースが起き上がり、丁度背後を通ったウェイターのエプロンで汚れた顔を拭く。
「いやー、寝てた。んで?お前なんつったんだ?」
「ボク、実は既に死んでるンだよね」
残念な事に知らない青年からヨダレふき扱いをされてしまったウエイターは、かわゆい悲鳴を上げて厨房の方へと走り去ってしまった。その哀れな背中を見ながら女は突然に暴露する。自分は死んでいるのだと。
そのお陰で眠気が吹っ飛んだらしいエースは眉を顰めてススス、と女に近寄った。
「……ぇ?じゃあお前、幽霊なのか…?」
やはりここは幽霊島なのだろうか……とエースは頭の隅にやたらと筋肉を見せつけてきたジジイを思い浮かべ、恐る恐るに聞いた。女は皿の上にあるにんじんのグラッセを嫌そうな顔をしてカウンターのテーブルに弾き落とし、それから再びコーンをちまちまと食べ……自身の身に起きた事を喋り始めたのである。
「えーっと。ゴンさんに泣きながら調理されて人生終了した筈だったのに、何故か瀕死状態で大海原に落っこちてたんだよ。それで何とか近くの島まで泳いで、路地裏に居た浮浪者の四肢もぎ取って身体修理しながら頑張ってこの島まで来たんだニャ」
「あー……お前はアレだな。頭がおかしいんだな」
女の言っていることを半分も理解出来なかったエースは、これは多分聞かなくていい話だなぁと聴覚をシャットアウトして料理を頬張った。先程まで散々この島の連中が可笑しいやらイカれてるやらと揶揄していたが、一番の怪物はこの女だったのだ。
サスペンスホラーによくある、マトモだと思っていた刑事が実は犯人の凶悪殺人鬼だった……みたいな展開に、エースはフル無視を決め込む。
「えぇ?何度もお皿に頭突っ込むキミの方が変だと思うよ。カッパの末裔だからかニャ?頭にお皿着いてないもんね」
「違ぇよ、なんだカッパの末裔って。おれは人間だっての」
「え!?上裸なのに!?」
「これはただのファッションだ!!」
「じゃあ変態じゃん」
島内が暑かったからシャツを脱いでいただけだというのに、変態呼ばわりをされる筋合いはない!!とエースは怒る。すると女が「コレあげるから許してニャ」とカウンターテーブルに置いていたにんじんのグラッセをエースの皿に置いた。
「いいのか!?ありがとう!!」
「遠慮しないで食べてネ?」
「おう!!……ってこれお前が残してたやつじゃねぇか!!」
「にんじんだって自分の事を心から好きだと思ってくれる人に食べられたいと思うよ?」
「そもそも食べ物粗末にすんな!!」
「だからキミにあげたんだ、これで誰も不幸にならないニャ」
「うっ……ま、まぁ確かにそうなのか……???」
「……はあ」
一方その頃。ずっと無言で席に座っていたデュースは隣で交わされる会話をこれ以上聞くと頭が悪くなりそうだな、と思ったので鞄の中から医術書を出して読み始めた。
彼は同じテーブルに座っている船長のエースと、偶然相席となった語尾が「ニャ」の少々癖がある女の会話にある程度興味を持っていたのだが、途中から漫才チックな話になり始めてしまったので関心を失い本を読み始めたのだ。
他の客に知り合いだと思われたくなかったので。
初対面の人であっても陽気に接するエースは特殊な奴を引き寄せやすいのか定かではないが、誰がどう見ても気味が悪いのを呼び寄せてしまったらしい。
「私は既に死んでいるんです」なんて言うやつは大体が精神病棟から抜け出してきた患者か、悪魔に魂を売ったセレブくらいなので、聞く価値がないと高を括っていた。……のだが。
デュースはこの選択を後悔する。
それは彼が本を読み始めてから30分程たった頃であった。
「そ…うか。それは、お前…悪くねぇよ。人間からしてみれば危険な種族だからって一方的に滅ぼされちまうなんてのは酷ぇ話だ。大変だったろ?おれ、なにか出来ねぇか?」
「酷いよね、ボクあんだけ頑張ったのに結局殺されたんだ」
「今も義足が不安定なんだろ?寝るか?おれ膝貸すぜ?」
「…キミの膝硬そうだし遠慮しとくニャ」
「そう言わずにさ、一旦横になれよ。流石に笑って流せる話じゃねぇ。それによ、その話は誰にもしない方がいい。もし政府に嗅ぎつけられたら危険だ。バレちまったら一生追われる事になる」
「ンー。そうなの?ちょっと大袈裟だニャ」
「大袈裟なんかじゃねぇよ。お前はそれだけ酷い目にあったんだ。立場だって結局何一つ変わっちゃいねぇ、自分の生まれはどうやったって変えられねぇからな」
とマァ、このような会話が目の前で繰り広げられておりデュースは慌てて本を閉じたのだ。専門書の一説に注視していたほんの30分という短い時間の中で一体何があったのか。私死んでるんです、という導入だったはずだ。
両方がボケとツッコミを担いさして面白くもない夫婦漫才をしていたというのに、いつの間にかエースが女の手を握って真剣に寄り添っている。
何の話をしてたんだ?……という歯痒い気持ちをデュースは必死に堪える。今の自分の立ち位置はただの無口な男だ。そんな奴が急に割り込んできて「シリアスのお話?聞かせて?」なんて言ったら処刑一択だろう。
こんな事になるなら本など読まず、自分もMC役等で漫才に参加しておくべきだった……
■
「お!!お前も遭難してんのか?奇遇だなぁおれも今ちょうど遭難して六日目なんだ!!」
「……ア?」
さて、話は変わるがエースとデュース。先程まで
「ほら、腹減ってんだろ?食えよ」
「……食えねぇっ、アンタだって腹減ってんだろ…!!」
「まぁそうだけどよ……なら、半分こにして食うか」
自分を殺そうとした事に気付いているのに全く気にした素振りを見せず、自分だって飢えに苦しんではいるがそれでも食料を分ける。そんなエースの大きい器に触れ、荒んでいたデュースの心は絆されていく。そうして悪魔の実を分けて食べ合い何とか生き長らえ、デュースが難破した船の部品を使い即席の船“ストライカー号”を作った事により無人島を脱出する事が出来た。
「そこに立って炎を出し続けろ!!バランス崩すなよ!!」
「おーし!!行くぜ!!」
悪魔の実を食べた事により晴れてメラメラの実の能力者となったエースの炎で船のエンジンを回し有人島へと向かう最中、2人はお互いの事を語り合い【スペード海賊団】を海の上で結成する。
「じゃあお前は今日からマスクド・デュースだ!!」
「ふーん、その由来は?」
「お前なんかデュースで充分だろ。変なマスクもしてるし」
「……まぁ、いいか」
そうして片方の男は本名を捨て、船長となったエースから新しい名前を貰いマスクド・デュースを名乗るようになった。
エースがトランプの1なら、確かに自分はトランプの2だな…と彼も彼で納得したからである。
「おし!!とりあえず飯食うぞ!!」
「あっ!?おい待てエース!!」
途中大嵐に見舞われながらもふたりは無事に有人島へと辿り着き、まずは腹ごしらえだと言って唐突に走り出したエースを慌てて追いかけるデュース。番犬の如く効くその鼻で料理の匂いを嗅ぎ分け、エースは見事こじんまりとしたレストランを探し出し、店内で例の謎の女と出逢ったのだった。
「おれはポートガス・D・エースだ、スペード海賊団の船長!!んでもってこっちは医学生で冒険家のマスクド・デュース!!名付け親はおれだ!!」
「えっ、?あ、あぁ。よろしく」
「ボクはネフェルピトー、元王直属護衛軍だニャ。よろしくねエース、デュース」
エースにいきなり肩を組まれ、幼子の代わりに母親がするみたいな自己紹介をされたデュースは慌てて頭を下げる。ネフェルピトーと名乗った女が差し出したその手は四本指であり、猛獣のような鋭く尖った爪を持っていた。
その瞬間にやっと目の前の女が“人間じゃない”と気が付いたデュースは恐る恐るといった感じで差し出された手を握り返す。
一方でエースはただ嬉しそうにネフェルピトーの手を握り、ぶんぶんと振った。
「エースにはさっき話したけど、ボク真人間じゃないんだ。キメラ=アントっていう……所謂蟻人間かニャ?マァただの怪物だとでも思ってくれればいいよ。何らかの役には立てると思う」
「は、はぁ…?役に立つって、一体なんの…?」
その怖すぎる自己紹介文を聞いたデュースは、今直ぐにこの場で逆立ちをして気狂いのように叫び出したい気持ちでいっぱになった。
いきなり真人間じゃないだとか、キメラ=アントだとか、蟻人間だとか、ただの化け物だとか……そんな訳の分からないことを言われてどういう反応を返せばいいのか分からず、デュースは吃りながらも会話を続ける選択をする。
「そもそも、なんで今自己紹介なんか__っうわ!?」
「ンー。キミの手、暖かいね」
心做しか体温の低いネフェルピトーと交わしている手をそろそろ離そうかと身を引くが、何故か逆にグイ、と力強く引っ張られてしまう。お陰でデュースは勢いよく彼女の膝元に倒れ込んだ。
「いてぇ…」
「あれ?聞いてなかったの?ボク、スペード海賊団に入ることにしたんだニャ」
「……は?」
「喜べデュース、おれ達スペード海賊団の仲間が増えたぞ。しかもネフェルピトーは医者らしいんだ。お前色々と教えて貰えよ」
「は?」
「医者って言っても、ボクは人体改造と修理くらいしか出来ないんだけどね」
「ァ?じんたいかいぞう……?」
「まぁ何はともあれ幸先は良いってこった!!これからももっと仲間を増やしてこうぜデュース!!」
デュースはむちむちとした女特有の太腿の柔らかさだったり、目の前にいる人物が怪物で蟻人間でマッドサイエンティストだという事だったり、その女が新しく仲間になるとかいう新情報は一切頭に入らない。むしろ精神攻撃を受けたのかと思って一瞬身構えたほどだ。
「どうしたの?酔っ払ってンの?」
「……あー、」
ぴょこぴょこと動く猫耳を見て「蟻人間じゃなくて猫人間じゃねぇのか?」という思考に洗脳されたデュースは具合が悪くなったらしく、「ウッ」という呻き声と共に意識を失いそのままネフェルピトーにもたれ掛かってしまった。
「…あれ?急に寝ちゃったニャ」
「あー……マ、結構疲れが溜まってたんだろうな。無人島脱出してからちゃんと休めてねぇし」
「ウンウン。下瞼の血色は良さそうだし、脈拍も正常だから本当にただ眠ってるだけだね」
場を盛り上げる為に突然死んだフリでもしたのかと思ったが、デュースの顔色を見る限り貧血とストレスで倒れてしまったらしい。そもそも今盛り上げる必要ないか、と冷静に冷えたタオルを彼の額に乗せてやる。
「へー、お前本当に医者なんだなぁ……」
倒れた瞬間に素早くデュースの下瞼を引っ張って血色を見たり、首筋に手を当てて脈拍を図ったりというネフェルピトーの様子をジッ、と隣で見ていたエース。その手腕に感心した様な声を漏らし、彼もデュースの額に触れる。しかし正常の脈拍なんてものを知らなかったので、「……ふーん?」という間抜けな声を出した。
「……おれ、お前が居なかったらデュース抱えて島中走り回ってたかもしれねぇ」
「…それはちょっと見てみたかったかも。でも初っ端から医者二人を捕まえるなんて、キミ良いハンターになれるよ」
「いやおれハンターじゃなくて海賊…」
「さぁ行こう。デュースは疲れて寝ちゃったし、今日の所は宿を取って一休みだ。諸々の事は明日決めよう。あそうだ、ここのお金はボクが出すよ。ふたりと出逢えたことに対するボクからのほんの些細な感謝の気持ちだニャ」
「おれが船長だからな!?」
グースカピーと眠るデュースを肩に抱えたネフェルピトーは、カウンター席からはるか遠くに立っていたウェイターに、懐から出した金をチップも含めて多めに渡す。それから流れるようにリーダー感溢れる言葉を並べて颯爽と店を出てしまった。
「…っおい、待てよ!!」
それをボーッとした顔で見ていた船長のエースは慌てて席を立ち、ネフェルピトーの後を追うのだった。
■
「やばいやばいどうしようコレどうするんだ!?何でこんな事になってるんだ!?もう駄目だ、こうなったら強く頭を打ち付けて夢から覚めるしかない…!!こんなの絶対夢だニャどう考えてもおかしいニャ…!!」
早朝、宿の一室にて。
にゃーにゃー五月蝿いネフェルピトーこと中の憑依転生者はふかふかの枕に頭を突っ込んで発狂していた。何故こうなっているのかというと、こいつは昨日までの事を全て夢の中での話だと思っていたのだ。そもそも猫の中ではゴンさんに泣きながら調理されたのだって有り得ないことなのである。
「な、なんで!?ボクはH×Hの世界に居た筈なのにどうしてONEPIECEの世界に居るんだニャ!?」
残念な事にこのネフェルピトーの中身は、原作知識有りでH×Hの世界に憑依転生したただの人間だった____
「うわ肉団子きも」
「まぁそう言わず、生まれてからまだ何も口にしていないでしょう?早く食べて仕事してくださいっ」
「んべっ!?人の口の中に食べ物を勝手に突っ込むなよ!!」
「はいはい、じゃあ私もやる事がありますら」
「ボクの人望が無さすぎるニャ……」
自分が読んでいた物語の中に存在しているという荒唐無稽な現実に最初こそ混乱すれど、憑依した体は最強格の王直属護衛軍ネフェルピトー。
つまりチートであった。
故に当初は調子に乗って「円…!!見て見てこれノブナガの真似!!」と部下の前で居合切りっぽいのを披露し露骨にウザがられたり陰口を言われたりしていたのだが、ネフェルピトーの弟らしいプフが誕生してからはこの憑依転生という状況が全く笑えない事に気が付いた。
「……あれ?ネフェルピトーって確かゴンさんにボコボコにされてなかったっけ」
そう。ネフェルピトーといえば「もうどうなってもいい…!!」でお馴染みのH×Hの主人公、ゴン=フリークスに正義の鉄槌を下される悪役なのである。顔面がぶっ壊れ四肢がぶっ壊れ……よく生きてるなと言える状態からさらに特大グーパンチを喰らって木っ端微塵にされていたあのネフェルピトー。そんなキャラクターに自分が入っていると再認識した途端、猫はあまりの恐怖にその場で嘔吐していた。
「うげっ、げはっ」
ドクドクと脈打つ心臓の音やキリキリと収縮する血管により痛む頭を抑えて蹲る。ブ───ンという頭の中で響く重低音を聞きながら更に胃の中の物を吐き出せば、近くにいた部下に「っうわきったね!!やっぱ王直属護衛軍ってイカれてんだな…」と言われた。普段なら後で殺しに行こうかな等と考える余裕も今は無く、ただ死の恐怖から逃れようと必死になるしかなったのである。
「え、、?こわ、こわい、し、しにたくなさすぎる……!!」
「……」
「あ、あぁ、プフ、たすけて、このままじゃボク殺されちゃうニャ」
「チッ」
「え?今舌打ち……うげっ」
そのままネフェルピトーは不特定多数の部下からクレームを入れられたらしいプフが渋々迎えに来てくれるまで吐き続け、結局そのプフからも舌打ちと蔑む視線を向けられただけで放置されてしまった。
「無理無理無理…!!ボクこんな所で死にたくないニャ…!!なんとかグリードアイランドに行ってゴレイヌさんと握手するんだニャ…!!」
孤独のままその日を吐瀉物の中で過ごし、後日脱水症状で死にかけの状態で何とか水浴びをした後に白旗を全身に巻き付ける。そして心の中にゴレイヌさんを思い浮かべ、必死になって巣を飛び出した。
「先ずは……死なない為の布石を打つ」
そしてネフェルピトーは救いのヒーロー、カイト様に助けを求めに行ったのである_______