「スミマセンデシタッ!!!!」
ネフェルピトーがポロッ、と涙を一筋流し酷く悲しそうな声色を出したその瞬間。シャンクスは土下座の最上級である五体投地をしていた。
「おいおいやったわコイツ……」
「いつかはやると思ってたけどな……」
同時にシャンクスの後頭部目掛けて大量の武器が向けらる。勿論赤髪海賊団幹部らとスペード海賊団のものだ。エースなんかは「うちの医者を泣かすなよ!!」と炎を燻らせてブチギレているし、デュースも彼に倣いピストルの銃口をシャンクスに向けている。
「お頭ァ……やっていい事と悪いことがあるってのは分かるよな?」
「はい、すみません」
「今直ぐに死んで詫びねぇか」
「はい、勿論」
四皇、赤髪のシャンクスの右腕のベン・ベックマンという男が、重たい葉巻の煙を吐きながら銃口をグリッ、と押し付けた。シャンクスは血の気の引いた顔でサーベルを抜刀する。とりあえずは誠意を見せなければ!!という気持ちだけで切っ先を自分に向けたのだが……
「うぅっ、カイト死なないでぇ…!!」
残念な事にネフェルピトーは泣き上戸だった。彼女は今、涙で前が見えないヒロイン状態なので、カイトが何者かに命令されて自死を図ろうとしていると勘違いする。
「何勝手に死のうとしてんだ!!もっと生きろ!!」
「ハイッ!!生きます!!」
幼い子供と病気の妻を置いて海に出て自由を謳歌している為に、一定の界隈から死ぬほど嫌われていそうなヤソップという名前の男が言った。よってシャンクスはもっと生きねばならなくなったので、マントを脱ぎ捨てると背後にあった海に飛び込んで寒中水泳に勤しんだ。
「ひっ、寒!!……おれ今もっと生きてるかー!?」
「何やってんだお頭!?泥酔状態で泳ぐな!!」
「馬鹿野郎!!おれはもっと生きるんだよ!!」
「ここは冬島だぞイカれてんのか!!」
明らかに逸脱した行動をしている船長を救う為、赤髪海賊団の船員たちは冷たい海の中へと入っていく。因みに幹部達はこの時一歩も動かなかった。ヤソップとルゥが野次を飛ばすだけで、残りの奴らは他人のフリをしていたのである。
「あの、助けに行かなくていいんですか?なんかあの人溺れてますけど…」
寒さに負けて沈み始めているシャンクスを見たデュースは、おずおずといった様子で幹部達に声をかけた。
「……あぁ、多分幽霊とかじゃないか?海ってのはよく出るんだよな、見えちまう奴は大変だと思うぜ?マ、おれは航海士だから霊感とかないけど」
地面に腰を下ろし、口に咥えた葉巻にマッチで火をつけたスネイクという航海士の男が海の方を一切見ずにそんなことを言った。続いて彼の隣にベックマンも腰掛け、本日48本目の葉巻に火をつける。
「おれも副船長だから霊感はねぇな…」
彼は医者も匙を投げる程のヘビースモーカーであった。
実際に彼の隣に座ったホンゴウは「相変わらず濃い霧だな…」と、ベックマンから生まれている葉巻の煙を手で払いながら医学書を開いて読み始めている。彼はベックマンの事をキリキリの実の能力者だと思う事で、医者として患者を真に救ってやれない事に対するストレスを軽減しているのだ。
そして3人仲良く並んで座った彼らの膝上にドスンッ、と勢いよく寝転んだライムは「一旦寝るわ」と言って寝息を立て始めた。
「うぅ、カイト……」
「泣くなよピトー。お前が泣いたらおれまで泣けてくるじゃねぇか」
「ごめんねぇエース……もうちょっと待ってニャ……」
「おう。お前が泣き止むまで、おれがずっと傍に居てやる」
「ウン……ありがとう……」
どう考えても全員がイカれている赤髪海賊団に対し、未だに泣いているネフェルピトーを慰めているエースの行動を目の当たりにしたデュースは「エースがおれたちスペード海賊団の船長で良かった…」と心の底から思ったし、船員たちも「おれたちの船長と副船長があのふたりで良かった…」と震えながら思うのであった。
■
「ンとね、これがミハールせんせえから預かった宿題。こっちが今までの答案用紙だニャ」
「……なんだこりゃ」
目を離した隙に寒中水泳をしていたバカを風呂場に投げ入れ、バカが回復した後に服を着させ、バカの代わりにスペード海賊団ときちんと取引をしてからネフェルピトーを借りて、スパデュル号の船出を見送ったオカンベックマン。
「ボクってさ、あんまり人の心とか分からないんだ。だから今ミハールせんせえから道徳を教えて貰ってるんだけど、出張してる間にも勉強した事を忘れないようにって色々渡されたんだニャ」
本来なら船長がやるべき事を代わりに担い、とても疲れ切っていた彼にネフェルピトーから手渡された分厚い紙の束。「なになに?なんの話?」と集まってきたバカシャンクスと幹部連中は、ベックマンの手の中からそれぞれ紙を1枚取ってジーッ、と見始めた。
「……あ?え?」
「え?……え?」
言葉が出ない、というのはこういうことなのだろう。幹部達は全員「え」だとか「あ」とかいう音しか出せなくなってしまった。それもそのはず。ネフェルピトーが渡してきた答案用紙に書き込まれた回答が、あんまりにもぶっ飛んでいたからである。
【以下、その一端を抜粋したもの】
Q.人間社会には人を殺してはいけないというルールがありますが、それは何故でしょうか。
A. そうしないと世界中が血と臓物で汚れるから。
Q.男の子がお腹を空かせて泣いていました、貴方はこの時何をすればいいのでしょう。
A.ころしてあげる。
Q.もし自分よりも遥かに強い強敵と対峙してしまった場合、どのようにして切り抜けますか。
A.勝てなさそうなら自爆する。
Q.これまでに大きな失敗をした経験と、それをどうリカバリーしたかを教えてください。
A.目の見えない子をころしちゃった事。その後にその子の父親をころして解決した。
Q. 最近、腹が立ったことや理不尽だと感じたことは何ですか。
A.強い人を見つけても直ぐにころして喰べちゃダメなこと。
Q.計画通りに物事が進まない時、どう行動しますか。
A.邪魔をしたやつをころす。
Q.意見が対立したとき、どのように対処しますか。
A.ころす。
と、マァこのようなイカれた問答が永遠に繰り返されているのである。全員夢でも見ているのかと思ったし、流石にこれはふざけて回答したものだろうと思っていた。だってそうだろう。回答の殆どに「殺す」と入っている。よくある厨二病というやつだ。
周りと違う自分に自惚れている典型的な症例である。
「……はは、あー。おれも昔はよくやったわ。とりあえず殺すって言っとけばカッコイイかなーって」
「分かる分かる。あの時はなんか強そうに見えるかなっーて思ってたよな」
「ねー、あの年頃の子はみんなやるよねー」
幹部達は頭の悪い会話をした。未だに混乱が抜けていないのである。何故なら数百枚はあるだろう全てのプリントに、似た様な回答がぎっしりと記入されているからだ。ここまでふざける奴なんているのだろうか。否、そんな奴はいない。
そもそもお勉強なんて面倒臭い事を海賊はしないのだ。
「え?そうなの?じゃあキミたちもいっぱい失敗して学んだんだ。殺した方が色々と楽だもんね。ボクはまだまた勉強中だけど、最近は殺しちゃダメな場面とか分かるようになってきたよ」
「……うん、そうなのね。偉いね」
「へへ」
そしてネフェルピトーから本心じゃないと早々出てこないだろう言葉を向けられた幹部達は、一気に警戒度を上げた。シャンクスの左腕のメンテナンスと、“もうひとつの目的”の為にスペード海賊団に金を払って借りて来たネフェルピトーだが、もしかしたら自ら爆弾を引き入れてしまったのかもしれない。
金を払おうとした時にエースやスペード海賊団の連中が何度も「むしろ預かって貰うんだから、こっちが金払わねぇとだろ?」と言っていた理由に彼らは気付き始めた。
永遠に渋るスペード海賊団達に金の入った袋を「いいから受け取れ」と言って押し付けたが、あの時にネフェルピトーをよく知る別の船員も借りるべきだったのではないか…?と、ベックマンは眉間に深いシワを作り68本目の葉巻に火をつけた。
「……あー、これ、やべぇなこれ。本当にダメなやつだな、ウン」
その一方で寒さにやられた体がやっと本調子に戻ったというのに出処不明の寒気に襲われたシャンクスは、この回答だけ記憶から消したいなー……と人生で1番丁寧に答案用紙を小さく折り畳み懐にスッ、としまった。
それは何故か?
Q.天竜人を見たら直ぐにその場を離れましょう。しかし万が一にも話しかけられてしまった場合、大人しく従えますか。
A. 多分?失敗したらころすから大丈夫。
と書いてあったからである。何も大丈夫ではない。この答案用紙を海兵や世界政府の連中に見られただけで即処刑である。犯行声明文と見なされてDEADONLYの手配書を作られるに違いない。
「あれ?今ボクの答案用紙服の中に仕舞わなかった?」
「いや、何、これはお前の為だ。おれは今お前を救っただけだぜ?」
「……?変なの」
「ハハハ…」
多分?ってなんだ。そこは「はい」って答えてくれよ頼むから、とシャンクスは頭を悩ませながら酒を煽る。二日酔いを治すための迎え酒だ。これをすると永久に酒を飲み続けられるので、初めて気付いた時には自分は天才なんだと彼は本気で思った。
何なら今でもそう思っている。
「あー、それで?今日は何をするんだ?」
ひとまず話題を変えようと思ったシャンクスは、一旦全てを忘れてネフェルピトーに聞く。すると彼女はかわゆいネコちゃんデザインのリュックサックに頭を突っ込み、ガサゴソと中を漁って小さな絵本を取り出した。
「今日はね、“よだかの星”を読まなきゃいけないんだ。誰かミハールせんせえの代わりになってくれる?」
と、言ったのである。他の海賊団から船員を借りたからにはきっちり面倒を見なければならない。これにより幹部連中の中で一番暇な奴を見つけださなければならなくなった彼らは円陣を組んでお互いを睨み合った。
「おれ副船長、仕事ある」
「よし、ベックマンは除外だな」
「おれ医者、患者を見る」
「ホンゴウも除外だ」
「おれ航海士、海と対話する」
「スネイクも除外っと」
「おれ狙撃手、高い所に登る」
「ヤソップも除外」
「おれコック、あと女苦手だ……」
「ルゥも除外だな、腹減ったからなんか飯作ってくれ」
「任せろ」
一人一人手を挙げてから自分の役職と役割を述べ、シャンクスがネフェルピトーの先生役and監視役に誰が適任かを判断する。後半になると段々役割が雑になってきた。
「みんな理由が適当すぎるニャ……」
それを少し離れたところから見ていたネフェルピトーは鬱陶しい酔いを治す為、
「おれ音楽家だから無理、モンスターと音鳴らさないとだし」
「……まぁ、確かに音楽家は必要不可欠だな。除外する」
「おれも口から咆哮出すのに忙しいです」
「……ウン、ガブもいいよ、除外で」
続々と幹部の人数が減っていき、残ったのはライムジュースのみとなった。彼は幹部ではあるが特にこれといった役職もなく、オールラウンダーな人材である。よってシャンクスは彼にネフェルピトーを押し付けようとした。
…のだが。
「じゃあ、ライムがネフェ___」
「ッイタタタタ!!あー!!これやべぇわ!!多分やべぇやつだわ!!」
彼は突然床に蹲り叫び始めたのである。頭やら腹を抑えて「これはダメなやつだわ」と繰り返した。明らかに逃げようとしているその態度にシャンクスが叱ろうとするが、横から現れたホンゴウが深刻そうな顔をしてライムの肩を持ったのである。
「……これは、ダメだな。手術が必要になるし、完治まで3ヶ月は要するぞ」
「おれは、おれは助かりますか…?」
「心配するな、お前にはこのおれがついてる」
「先生ッ……!!」
という茶番劇がシャンクスの目の前で開幕した。倒れたライムを腕に抱き、力強い眼差しで「君は生き残れる!!」と言っているホンゴウ。一方その眼差しを向けられているライムは「ありがとう、先生…!!」と言いながら普通に立ち上がって歩き始め、ホンゴウと一緒になって部屋を出ていってしまう。
「え?え?」
「じゃあお頭、後は頼むぜ」
何が起こっているのか全く理解できていないシャンクスを置いて、他の幹部連中は会議室から出ていってしまった。全員やらなければならない仕事が山積みなのだ、それに先程スペード海賊団の前で恥をかかされた仕返しをしなければならないのである。
そもそもポッと出の海賊の一員が部屋の中に忍び込んでいても気付けないという船長に対しみんなが腹を立てていた。結局左腕が治るという奇跡が起こるだけに留まったが、それは結果論だ。万が一にもネフェルピトーが殺意を持っていたとしたら、死ぬ事はなくとも無事にやり過ごせたとは言えない。
彼女は確かに実力者であるし、どういう技を使うのか未だに分かっていないのだ。言わばシャンクスは赤髪海賊団を危険に晒したのである。泥酔してたせいで負けちゃいました、なんて言った日には全員から蔑んだ瞳を向けられただろう。
「……え?」
よってその場に残されたのは二日酔いのシャンクスと、誰にもバレることなく酒を抜く事に成功した正気のネフェルピトーだった。呆然と部屋の真ん中に立ち尽くすシャンクスの背中を見ながら、バンシーの作ってくれた美味しくないお弁当をボリボリと食べる。
「へー、赤髪海賊団って漫才集団だったんだね。ボク知らなかったニャ」
「違ぇよ……」
意気消沈したらしいシャンクスはガクッ、と膝と手を床に着く。それを見ていたネフェルピトーは彼が自然に両手を動かせている事を確認し、サイドポシェットから取り出した小さなカルテに「経過良好」と書き記した。
「腕、治ってよかったネ」
「……ウン」
腕が治ったことは本当に嬉しいが、仲間達が部屋から出ていってしまったことは悲しいので素直に喜べないらしいシャンクスに、ネフェルピトーは励ましの声をかける。
そもそもネフェルピトーには彼の腕を治す気はなかった。彼女の中身である憑依転生者がONEPIECEの原作について知っている情報は少なく、海賊王の子供が処刑される事がきっかけで起きた頂上決戦で終わっている。
故にネフェルピトーはまずはワノ国にカイドウをぶっ倒しに行く!!と言ったエースに、そんな奴も居たんだくらいの興味しか持っていなかった。彼は頂上決戦までは死なないので、恐れる必要はない。
しかし原作が変わる可能性は身をもって知っていた為、エース周りの出来事には常に気を張っていた。それにもしカイドウの事やその周りのものについて知っていたとしたらネフェルピトーは死んでもついて行っただろう。
結局ハンターハンターの世界ではグルメを味わえなかったからワノ国の料理は絶対に食べたいし、着物だって着てみたかった。高尾山とか富士山の売店によくある木刀とかも欲しいし、それを得る為には赤髪海賊団からどんなに金を積まれても決して頷かなかっただろう。
ただ彼らから提示された額の資金があればスペード海賊団も暫くは苦労しないかな、と思ったから船員の貸し借りに応じただけだ。それにもし彼が今後エースの邪魔になるのであれば、ネフェルピトーは容赦なく赤髪海賊団を排除するつもりである。
流石に苦労はするだろうが、一国の民を操って彼らに嗾ければ数年は動けない傷を負うはずだ。
戦争というのは人数で勝てる、一国じゃ足りないのなら他の国からも持ってくればいい。それでエースの夢への道が近づくのなら何でもしよう、なんて思うくらいにはネフェルピトーはエースを慕っているし、世界に己の存在を証明してやるという彼の夢を叶えてやりたかった。
「じゃあ、よだかの星読んでネ」
「あー、分かった分かった。にしてもこんな本どっから持ってきたんだ?」
「ボクの母親のお腹の中から取ってきたんだよ」
「……」
「嘘だニャ。ミハールせんせえは本当に教師だから、そういう本は沢山持ってる」
ちょっとしたジョークに明確な怒りを顕にしたシャンクスにビビりつつ、ネフェルピトーは絵本を渡した。彼と過ごす時間はたっぷりとある。四皇赤髪のシャンクスがエースの邪魔となるか、はたまた強い味方となるか。
「海賊の癖に、意外と善人なんだ?」
「……だってお前、目の見えない子とその父親は殺してるだろ」
「あぁ、それはね____」
これから先ネフェルピトーの口から語られる様々な残酷な話に、シャンクスや他の船員達の心に傷が付くことを……彼らはまだ知らない。