誰かともう一度逢える機会があるのなら、皆さんは誰に逢いに行きますか?
「エレジアが滅んだのは、キミのせいだよ。ゴードン」
「……」
遠くの方にある海を見ながら、何の気なしに言ったネフェルピトー。そんな彼女を横目で見ていたゴードンは言葉を失った。あまりの衝撃に口を開けたり閉じたりするばかりで言い返すことができなかったのである。
ゴードンの口から長々と語られた悲劇のエレジアの話を余すことなく頭の中にしまい込んだネフェルピトーは、暫く黙り込んでから唐突にそう言ったのだ。酷く納得した様子で近くに落ちていた貝殻を手に取りパキ、と音を立てて壊す。
「キミの話を聞いてハッキリした。これは全て平和ボケしたエレジア国民と愚かな王による失策だ。そしてその大罪をウタというひとりの少女に押し付けて無理やり終わらせただけの物語に過ぎない。この結末にはきっとシェイクスピアもガッカリするだろうね」
欠伸を零しながらネフェルピトーは続ける。彼女にとってはこの話などつまらない答え合わせでしかない。多くの難しい事柄が絡まりあって起きてしまった大事件かと思えば、ただの人災だったのだ。そしてその対応もおざなりであり、くだらない御伽噺にも笑い話にも出来ないという、何とも微妙なもの。
「私の…せい…?」
しかしゴードンからしてみれば世界の終わりを告げられたようなものである。酷く鈍った刃でゆっくりと心臓を突き刺されるかのような冷えた痛みが胸を貫き、キーンという耳鳴りが聞こえ始めた。
「トットムジカという破壊兵器を持つ国にも関わらず、その点火ボタンとなるウタウタの実の能力者を国内に入れないようにする努力を怠った。何故そんな魔王が生まれたのかさえ調べもしない、万が一にも復活してしまった場合の対応策も考えない。国を上げてする事といえば、ただみんなで手を繋いで歌う毎日」
ゴードンの様子などお構い無しにネフェルピトーは言葉を紡ぐ。彼女は早く帰りたかった。今すぐにスペード海賊団の群れに戻り、「実はこんなことがあってさ〜」と彼らに話して昇華したかった。それ程までにこれは苦痛な時間なのである。
「そしてエレジアが滅びた後もキミは何も変わらなかった。ウタに真実を伝えず、二度と起こらないようにするという気概さえ見せず、彼女に歌を教えることしかしない。それがウタの為になると本気で思ってたからだ。復興だってする気が無いよね?金がないなら赤髪海賊団に賠償金でも払ってもらえば良かったんだ、何せ子供の罪は親の罪だから」
ゆらゆらと尻尾を揺らしながらネフェルピトーは立ち上がる。ウタは部屋に閉じこもってしまったし、ゴードンも固まったまま動く気配がない。ならばシャンクスに一報を入れて“ウタの記憶を消す”方向にチェンジしようと思った。
「ウタは正真正銘の、悲劇のヒロインだ。考える頭があった筈の大人たちが全員マヌケだったなんてさ……そんなの救いようがないじゃない」
軽い足取りで城へと歩いていくネフェルピトーをゴードンは引き止められないままでいる。何もかもが“その通り”だと思ってしまったのだ。心のどこかではウタを責める気持ちがあり、そんな自分が情けないと思ったこともある。
あの海賊達だって恨んだ。彼らさえ来なければと、重たい憎しみを胸に抱えたまま過ごした日々を覚えている。
しかし本当に責められるべき罪人は、国王の癖に無能だった自分。
そんな存在が、今この場で何が言えよう。
「シャンクスだって結局はウタを置いていくことで全てを解決しようとしたんだ。……真実を知ることを許されなかった子供を見捨てるなんてさ、父親失格だよネ。だからボク、ウタの記憶は消す事にする。こんなくだらないことで涙を流して欲しくないから」
サリサリと柔らかい砂を踏みながら、ネフェルピトーは立ち止まる。彼女はずっと殴られるつもりで話していた。ゴードンが心の底に隠していた感情を暴いてやる為に、自ら悪役に徹したのだ。怒りが人間のガソリンだということは知っている、だから発破をかけてやった。のだが。
その当人は蹲ったままである。
「……キミも視点を変えてみれば、被害者のひとりだ」
彼にはきっと国王ではなくて、音楽の先生が向いていたのかもしれない。暖かな風が入り込む教室で教鞭をとっている彼の姿を想像するとしっくりきた。もしもミハールがこの場にいたのなら話の馬があっただろうに。
「この件に関しては全てボクが終わらせる。キミはもう……何もしなくていい」
ネフェルピトーは再び歩き始めた。今からウタを殺しに行くと言ったようなものなのに、それでも物言わぬゴードンにショックを受けながら。海から運ばれてきた冷たい潮風と共にその場を去るのであった。
■
「シャンクス、キミには心底ガッカリしたよ。ウタを海賊にする勇気がないのなら拾ったその時に教会にでも預けりゃ良かったんだ、大金積ませて目一杯愛してやって欲しいとか言ってさ」
「……は?お前、急に何言っ」
「ボク、今からウタを殺すことにしたから。じゃあね」
「待っ____」
ガチャ、という電伝虫の無機質な声を聞きながらネフェルピトーは番号を回す。次はエースに報告しなければならない。今からすることにより赤髪海賊団とスペード海賊団の間に亀裂が入る事になる。しかし船長のエースが「駄目だ」と言ったとしても、今の彼女には一切引く気はなかった。
「どうしたよピトー。こんな遅くにかけてくるなんて珍しいじゃねぇか。何かあったのか?」
3コール目で出たエースに、ネフェルピトーはグッと気を引き締める。
「……エース。もしかしたらボクのせいで赤髪海賊団との間に消えない怨恨が残るかもしれない」
「あん?一体何の話だ?何で赤髪の旦那と___」
「それでも。ボクは友達を助けたい」
ネフェルピトーのその言葉には珍しく感情が込められていた。いつもの何も考えてなさそうな雰囲気はなく、ただ真剣に何かを掴み取ろうとしている気配がそこにはあった。
そんな船員に対して船長がしてやれることなど、たった一つしかないではないか。
「…行ってこい、ピトー」
エースの力強い声はスっ、とネフェルピトーの胸に染み込んできた。彼は今この場に居ないのに……まるで背中を押された気分になる。
「……っうん!!」
ネフェルピトーは股の間に隠していた尻尾をピンと立てると、今もひとりで泣いている友達の所へと向かうのだった。
■
「ウタ、扉を開けてくれないかニャ?」
「っ来ないでって言ったでしょ!!」
コンコン、と木製の扉を叩く。部屋の中から響いてくる彼女の悲痛な叫び声に、早く記憶を消してやらなければという焦りがやってきた。ネフェルピトーはドアノブを渾身の力で握りつぶし、鍵ごと破壊する。
「出てってよ!!」
「っ…」
そのまま勢いよく扉を開けると、ウタによって投げつけられた楽譜が顔に当たり切り傷を作った。ツー、と頬を伝う血を服の袖で拭い取り、部屋の中へと足を踏み入れる。
「っ私は、私は大勢の人を死なせて国を滅ぼしたんだよ…!?そんな奴が生きてていいはずが無いよ……!!」
それは全ての希望が消え失せたことを物語る、酷く暗い叫び声だった。錯乱した彼女はカーテンを引き裂き、窓際に置いてあったトーンダイヤルを投げようとして……やめる。
それは彼女のいちばん大切なものだからだ。
赤髪海賊団と共に歌ったビンクスの酒が録音された、最後の想い出。
「なのに……なんでピトーは、こんな私に優しくしてくれるの…?」
ウタは震える手でそれを胸に抱くと小さな声でそう言った。その姿は迷子の子供そのもので、何で彼女はこんなにも傷付かなければならないのかとネフェルピトーはむず痒く思う。
「それは……ウタがボクの、“友達”だから…」
「っ…!!」
ネフェルピトーの言葉を聞いてウタは勢いよく顔を上げる。彼女は暫く黙り、ゆっくりと瞳を震わせると、抑えきれなくなった涙を零し始めた。長年ひとりで抱え込んできた孤独に、初めて誰かが寄り添ってくれたのだ。
「ボクが海賊だって知った時も、キミは変わらず友達で居てくれただろ?あんなに嫌ってたのにさ」
「だって、だって……それはっ」
「私っ、淋しかったから…!!」
あの日ネフェルピトーを浜辺で見つけた時、ウタは心が舞い上がった。これでやっとひとりじゃなくなるかもしれない。産まれて初めてお友達が出来るかもしれない。お互いの髪を結びあったり、可愛い服をお揃いで着ることもできる。
そうすればもしかしたら、シャンクスの事を忘れる事が出来るかもしれないと……あの時ウタはそう思った。
「私は、ピトーを利用したんだ。助けたら貴方と仲良くなれるかもしれないって、思ったから…」
しかし、ウタはそんな事を考えついた自分に嫌気が刺したのだ。海で溺れて怖かっただろう。うまく息ができなくて苦しかっただろう。その果てに手を差し伸べてくれた人がいたなら、問答無用で好きになってくれると思った。
私はネフェルピトーの苦しみを、私の為に使ったんだ。
「奇遇だね」
「……え?」
ネフェルピトーはウタの前に片膝を着くと、止まらない彼女の涙を指で掬いペロッと舐める。それにギョッとした顔をするウタを見て少し笑いながら、彼女の美しい髪を指に絡めとった。
「キミに優しくしたら、ボクの事を好きになって…友達になってくれるかもしれないと思った。人間なんて皆そんなもんだよ。……まぁ、ボクは人間かどうかは怪しい所だけど」
「……ピトーは、ピトーだよ」
そう返されたウタの言葉に、ネフェルピトーはピクっと耳を動かした。それはとても聞き覚えのあるフレーズだったからだ。カイトやエース、スペード海賊団の者たちがどう足掻いても自分は人間にはなれないんだ、と自虐をするネフェルピトーに向けるお馴染みの台詞。
それは愛情があるからこそ言える言葉なのだと、彼女はよく理解していた。
「……なら、ウタもウタだ。キミをひとりにさせた誰かのために、泣いてやる必要なんかないよ」
そう言うとネフェルピトーは立ち上がり、
「これがボクの力だ。人の脳みそを弄って記憶を消すことができる。キミが望むのなら、“赤髪海賊団に関する記憶”を全て取り払ってあげられるよ」
「……私の、記憶を?」
自分の頭に触れながらウタは言う。しかし、それはあまりにも罪深い行いではないだろうか。ウタとてそれを考えなかったことはない。彼等のことを忘れられたらもう胸が痛むことはなくなるんじゃないかと、沢山泣いた夜を覚えている。
だが……それだけはダメなのだ。
だってもしもそうしてしまったら、その後私の中に何が残るというのだろう。
「……ううん、いいの。記憶を消しても私きっとシャンクス達を探し続けるんだと思う。小さい頃傍に居てくれた人達の影を訳も分からず追い求めるくらいなら、このままがいい」
「逢えなくても、嫌われてても、私だけは覚えてたいの……」
ウタは静かな声でそう言った。よく耳を澄ませておかなければ聞き零してしまう程の小さな言葉には、彼女の強い思いが込められている。ネフェルピトーはそれを聞いて、ただ目を見開いて固まることしか出来なかった。
何故ならそれは、自分も“同じ”だったから。
「……そっか。キミも、そうなんだ」
ネフェルピトーは呆然とした顔で
そんな彼女の隣にウタも腰を下ろす。
「……カイトさんの事?」
そのまま俯いてしまったネフェルピトーの横顔を見て、ウタは以前話してくれたカイトという存在について問う。すると彼女は小さく頷いた。
「…ボク、赤髪海賊団の記憶を消せばキミが幸せになれると思ってた。だって……彼らはキミを傷付けるだけ傷付けて、目の前から消えたんだもの。そんな存在の為にキミが涙を流し続けるくらいなら…居ない方が良いと思ってた」
消え入りそうな声で話すネフェルピトーの手を握ると、酷く冷たかった。顔色はシルクのように真っ白になっており絶望の表情に染まっている。彼女は今嘆いているのだ。
「キミにとっての“全ての始まり”は……シャンクスだったんだね、ウタ」
気が付くとネフェルピトーは泣いていた。彼女は今、生まれて初めて他人を想って泣いているのだ。ウタの人生について考え、共感し、涙を流す。
それは今までのネフェルピトーだったら考えられない事だった。
「ボクもキミと同じだ。きっとカイトからどんなに嫌われたってボクには彼を忘れることなんて出来ないと思う。彼を知らないまま生きるくらいなら、ボクは死んだ方がマシだ」
窓から入り込んできた冷たい風に煽られて、ネフェルピトーの髪が舞い上がる。そうすると彼女の顔がハッキリと見え、蝋燭の光に照らされた彼女の紅い瞳が……ウタにはまるでシャンクスの色に見えた。それは太陽と海が似合う男の色。
ウタがこの世界で何よりも愛したものだ。
「カイトはね、全てを忘れたボクに寄り添ってくれた最初の人なんだ。どんな無茶をやったって決して見捨てずに、長い時間をかけて教えてくれた…」
「ボクにはカイトが居ないとダメなんだ。彼が居ないのなら、ボクはボクじゃなくなる……そんな気がするんだよ」
ウタはネフェルピトーの言葉をしっかりと聴きながらも、その瞳に吸い込まれるようにして彼女の方へ倒れ込んだ。それを慌てて受け止めてくれた彼女の柔らかな頬に手を添えて、ゆっくりと目と目を合わせる。
「……カイトさんに、逢いたい?」
そう呟いたウタに、ネフェルピトーは顔をくしゃりと歪めた。そんなの逢いたいに決まっている。自分のせいで死なせてしまった人だ。何度も助けてもらった癖に、結局彼の危機には駆けつけられない無能な自分を……どれだけ責めたことか。
「うん…いつもね」
耳をペタン、と下げてから弱々しく尻尾を絨毯に下ろしたネフェルピトー。そんな彼女の様子を見ていたウタには、その淋しさがよく分かった。きっと大切な人を失ってしまった哀しみに真正面から向き合える人は少ない。深く傷付いた心は元には戻らず、問答無用に流れ続ける時がその痛みを忘れさせてくれるだけ。
ぽっかりと穴があいてしまった心は、その穴を作ってしまった人にしか埋めることはできない。
「……この風は、どこから来たのと___」
ならば逢いに行けばいい。
有難いことにこの力があれば、望んた事全てが可能になるのだから。
「っウ、タ……」
突然歌い始めたウタに対しネフェルピトーは慌てて耳を塞いだが既に遅い。ウタの歌声を少しでも聞いてしまっただけで、彼女が創り出した夢の世界へと連れていかれてしまう。
「問いかけても、空は何も言わない___」
ネフェルピトーはどうにかして抵抗するが、下がってくる瞼を自分の意思で動かすことはできなかった。それからゆっくりと襲ってくる眠気を静かに受け入れる。
もしウタが言うようにカイトともう一度逢えるのなら、その時ボクは何を伝えようか。
■
「ピトー、早く来い。急がねぇといい加減夜になっちまうぞ」
「……え?カイト?」
ネフェルピトーは気が付くと森の中に立っていた。目の前には鬱蒼とした木々の中を進むカイトがおり、振り返ってこちらを見ている。
「あれ?ボク、今まで何してたんだっけ…」
周囲を見回しながら少し前の事を思い出そうとしてみるが、どうも頭の中に靄がかかっているらしく上手く動かない。そのまま「ウーン」という情けない声を出して自分の頭を叩いているネフェルピトーを見たカイトは、呆れた様に溜め息を吐いて来た道をもどった。
「お前がどうしてもファミレスに行きたいって喚くからこうして連れてってやってるんだ。忘れたのか?」
カイトはそう言うとネフェルピトーの腕を掴み再び森を抜けようと歩き始める。そんな彼の背中を見ながら、ネフェルピトーは「カイトが言うならそうなのかも」と訳も分からず肯定した。
「いきなりどうしたんだ、お前らしくもない」
「ンー。何故か考えようとすると思考が打ち切られるんだよね。カイトもそうなの?」
「お前、遂に頭がおかしくなっちまったのか……?」
心の底から気味悪がっている顔をしたカイトの顔を見て、ネフェルピトーは今言ったこと全部無かったことにならないかなぁ、と思った。そうだ。人間が作った美味しい料理をカイトと一緒に食べたいって言った気がする。そうに違いない。
「その姿じゃ騒ぎになるかもしれねぇって言ってるのにお前が譲らないから、さっきオレの服を貸したんだろう」
「え?あ、本当だニャ……」
そう言われてから自分の頭を触ってみると、カイトの青い帽子と長外套を身に付けていることに気付いた。いつもなら何を言っても貸してくれることなんてないのに、今日の彼は随分と気前がいいらしい。
「えへへ」
「……なんだ、急に笑って」
「だってさ、久しぶりにカイトと話してる気がするんだもん」
ネフェルピトーは嬉しそうに言うと、腕を掴んでいたカイトの手を取って握り直す。そんな彼女の様子に少し不満げにしながらも、カイトはその手を振り払うことはしない。
「ねぇ、キミは何を頼むの?」
「オレはドリンクバーだけでいい」
「えー?もっと他にも食べようよ。ハンバーグとかオムライスとか!!」
「さっき夕飯食っちまったんだ。お前もオレの皿奪って食ってたじゃねぇか」
「覚えてないニャ」
「ったく…」
ネフェルピトーはそうやってくだらない会話をカイトと続け、森を歩き続ける。いつまでもこうして彼と話していたかった。中身のない話をして、夜になってもカイトの隣に座っていたかった。
「で?本当に頼むのか?」
「……え?あ、ウン。半分こして食べよ」
いつの間にファミレスへと着いていたのかネフェルピトーはカウンター席へと座っており、隣にはカイトが腰掛けていた。店内の装いはファミレスというよりもアメリカンダイナーのようで、後ろの四人席の方をチラ、と見てみればクマの人形がぎゅうぎゅうになって座っている。
「それで?わざわざここに来てまでオレに話したい事があったのか?」
「……話したい事というか、キミに謝りたいことがあるんだ」
「ほう?珍しい事もあるもんだ」
謎のクマ人形集団から視線を外してカイトを見れば、目の前のテーブルに美味しそうなハンバーグとオムライスが並べてあった。ネフェルピトーはそれぞれを半分にして別皿に移し、綺麗な方をカイトへ渡す。
「ボクが余計なことをしたせいで、キミが死んでしまったんじゃないかとずっと思ってた」
そう言いながらサイドメニューのサラダをカイトの方へと押しやるが、悲しくも元の位置に戻されてしまった為仕方なくちまちまとレタスを齧り、重たい口を開いた。
「…キミの事を助けられたのかどうかが、未だに分からないんだ。あれだけ王直属護衛軍だとか言ってたくせに、大切な人は結局誰ひとり護れなかった。ボクは役たたずの蟻だ」
「……いいや、そんな事はないさ。これはただの夢じゃないからな」
カイトは力強くネフェルピトーの手を握りそう言った。よく響く彼の低い声は体の節々に染み渡り、スっと胸が軽くなる。先程まで随分と沈んでいたネフェルピトーの顔が一変して晴れた様子を見たカイトは満足そうに笑うと、彼女が身に付けている長外套を手に取った。
「…色々と急にどうしたの?」
そんないきなりのカイトの行動に不思議そうな顔をしたネフェルピトー。しかし彼は至極真剣な顔で見つめてくる。それは正しく大事な話をする時のカイトそのものであり、思わずネフェルピトーは背筋をピンと伸ばす。
「オレはお前のお陰でちゃんと生きてる」
ネフェルピトーは心臓が止まりそうであった。それはずっとカイトの口から聞きたかった言葉だった。
故に目を見開いたまま、声も出せずに彼を見つめることしか出来ない。
「助けてくれてありがとうな、ネフェルピトー」
カイトはそう言うと、手に持っていた長外套を大胆に宙へと投げた。ネフェルピトーはその動線を猫の本能で追ってしまい、長外套が床に落ちた後も暫くポケーっと見つめる。
「っそれって…!!」
カイトの言葉を上手く働かない頭で処理し、ようやく理解した頃に慌てて隣に座っている彼の方へと視線を戻した。
「だからさ、お前おれの仲間になれよ!!」
「……っえ?あれ?エース?」
だがそこにはカイトではなく、何故かエースが座っていた。いつの間にかお洒落だったファミレスも彼と初めて出会った島のレストランへと変化している。握っていたはずのカイトの手はエースの手に変わり、それもまたネフェルピトーを混乱させた。
「なぁ〜いいだろ?おれの仲間になってくれよ」
「……う、うん。それは勿論いいけど…」
ネフェルピトーの言葉を聞いてわぁっ、と嬉しそうに肩を組んできたエースを受け入れながら、彼女は一生懸命に店内を見回す。さっきまで、さっきまでカイトと話していたはずなのに。彼は一体どこへ行ってしまったんだろう。
「ねぇエース、髪の長い男の人を見なかった?白くて綺麗な髪でね、股下まであるんだ」
「あん?おれはそんなやつ見てねぇぞ?」
「……そっか」
「んんっ、それにしても美味えなこりゃ」
そう言って食事を再開してしまったエースを見たネフェルピトーは相変わらず食い気が凄いなぁ、と思いながらも安堵する。こういった彼の適当さを彼女は好いていた。
船長だというのに部下に対して寛容なその態度に、一体何度救われたか。
「ン?どうした?」
「…え?何が?」
「お前泣いてるぞ?」
エースから指を刺されたネフェルピトーが驚いた様子で自分の顔に触れると、確かに涙を流していた。
「……アレ?何でだろ」
そういえば、さっきまでとても暖かい人の隣にいた気がするのだ。太陽のようなエースとはまた違う、陽だまりのような人の傍に。
「腹でも壊したのか?」
「…違うよ、キミみたいに何でも口に入れたりしないからね」
デリカシーの無い言葉にムッと口を尖らせ、ステーキの切れ端を口に含む。「なんだと!?」と怒るエースを無視してもぐもぐと咀嚼する。
「あ、もう時間だな」
すると突然エースは背後にあるドアを指差した。ネフェルピトーは彼が言っていることの意味が理解出来ず、ただ首を傾ける。
「時間って?何かすることでもあるの?」
「早くしねぇと赤髪の旦那が来ちまうぞ」
エースはそれだけを言うと黙り込んでしまい、手で思い切り押しても指で頬をつついても全くの反応を示さなくなってしまった。
「……分かったよ。店を出ればいいんでしょ?後でちゃんと説明してね」
ネフェルピトーの皿の上にはまだご飯が残っていた。
だが彼の言う通り早く出ないとろくでもないことが起こる予感がしたので、いそいそと店を出る準備をしドアノブへと手を伸ばした。
この後、本当にろくでもないことが起こるのを知らずに__
皆様のコメントをいつも楽しんで拝見させて頂いております!!
評価も嬉しいです。