「あ?ここか?」
「へぇ、案外綺麗なんだね」
そうして金貨が2枚ほど減った頃、ふたりはやっと宿へと辿り着いた。デュースはこの間ずっとネフェルピトーの肩に背負われていたせいで頭に血が上り気絶したまま気絶するという面白い技を披露していたのだが、猫は口の中にフルーツ飴を突っ込むのに真剣で気がついていなかったらしい。
何故かレストランを出た後よりも体調不良になっている可哀想なデュースを労るため、ネフェルピトーは宿でいちばん高い部屋をとった。
「一人一部屋ってのは贅沢だな」
「デュースもその方が休めるかなって。枕元にフルーツ飴をお供えしとけば早く良くなるかニャ?」
「なるなる。バカにも効く」
「じゃあ高級干し肉も置いとこうかな」
「それはダメだ、縁起悪いから。代わりにおれが食う」
顔が真っ青なデュースをふかふかのキングサイズベットに寝かせた後、枕の周りに屋台で買った食べ物をお供えしておく。これで彼も早く元気になるはずだ、原因は分からないが恐らく食当たりとかだろうとネフェルピトーは予想をつけた。
人体改造に関して詳しいだけで、彼女の頭の中にあゆ医学の知識などゼロに等しい。デュースにはフルーツ飴ではなく水を飲ませてやるべきだったが、この場にそれを指摘できる大人はいなかった。
そうして自分も食べる物には気を付けねば、とベットから腰を上げたネフェルピトーは部屋の鍵を指で弄りながらエースの方に振り返る。
「じゃあボクらも自分たちの部屋に…って、また食べながら寝てるニャ…」
むちゃむちゃと高級干し肉を食いながらデュースの隣で本日何度目かの食べながら寝るという奇行をしたエースに対し、ネフェルピトーは本気で病を疑った。どう考えても正常ではないし、そもそも布団の上でご飯を食べるのはやめて欲しい。
「…ンー」
暫くどうするか考えてみたが、これは原作でもやってた癖だっけ…と思い出したので無視を決め込み、自分の部屋へとご機嫌に尻尾を振って向かう。
「一室余分だったね」
相変わらず無駄にでかいキングサイズのベットにネフェルピトーはダイブし、これで寝たら夢から覚めて現実に戻るのかなと考える。ぽいぽいと適当に靴を放り投げてから緊急で作った義足も外し、膝から下が存在していない自分の脚を見た。
ゴンからの攻撃により元来あったドールの様な球体の膝関節も壊れてしまっていたので、道端に落ちていた林檎で代用している。それをカポッと外して食べようとしたネフェルピトーは、口に含む前に動きを止めた。
「…禁断の果実」
そう言って手の中にある真っ赤な林檎をジロリと睨み付ける。熟れた甘い匂いが漂うそれは、旧約聖書だと禁断の果実だとされていた。ヘビの形をした悪魔に唆されてこれを食べてしまったアダムとイブは楽園を追い出され、不老不死の体も失ったのだ。その上余計な知恵まで与えられたふたりはお互いに素っ裸なのを恥ずかしがり服を着るという勿体ないことをしていた。
夢の中に林檎が出てくる意味ってなんだっけ、と気になったネフェルピトーはポッケを漁りカイトから貰ったビートル07型というカブトムシの形をした携帯を取り出す。
「…あれ?夢の中なのに圏外だ。明晰夢ならもっと頑張って欲しいニャ」
しかしいくらボタンを押しても反応せず、ビートル07型は今や本当にただのカブトムシになってしまっていた。この携帯は「でっかいカブトムシ見つけらんないからカイトも手伝って!!」と小煩い猫を黙らせる為にカイトが買ってきたものである。
結局毎秒メールを送ってくる様になったせいで更に煩くなってしまった猫に対抗してカイトはタイプライターを使うようになった。丸まって眠るネフェルピトーの耳元でカチカチとタイプライターの音を鳴らして手紙を書くカイトのせいで睡眠不足になり、ストレスでかわゆいしっほの毛が一部分禿げたのは猫の良い思い出である。
故に物言わぬ木偶の坊でもネフェルピトーには宝物のように思えるのだ。キメラ=アントになった弊害でネフェルピトーに成る前の頃よりも人としての感情というものを失ってしまったが、これだけは変わらず大切に出来ている自分自信に案外猫は救われていた。
ひとつ欠伸を零しながらビートル07型をお気に入りのテディベアのように握り締め、瞼を閉じて入眠の準備に入る。
「やっぱり、カイトだけは殺したくないな……」
ネフェルピトーの命運が別れる忌まわしいターニングポイントに苦言を零しながらも、夢から覚めたらまた白旗を巻いてカイトに会いに行こう…と意識を落とすのであった。
■
「おいピトー、宿の朝飯じゃ足りなかったから外に飯食いに行こーぜ」
「夢だ夢、全部夢なんだニャ…!!」
「うおっ!?どうした!?義足ぶっ壊れちまったのか!?」
こうした経緯があり、朝っぱらから枕に頭を突っ込んでにゃーにゃー叫んでいる気狂いが生まれていたのである。ネフェルピトーのベッドにはふたつの義足と左腕の義手が放り投げてあり、何故か齧った跡のある林檎もひとつ落ちていた。
エースは昨日とだいぶ様子が違う猫に何があったんだと聞いてやっているが、当の本人は「カイトごめん」と鳴くばかり。マァこいつもこいつで色々あったばかりだし、そっとしといてやるか…と彼はベットに落ちていた林檎を食べ始めた。
「…なんだこれ、義足というか本物の人間の足だな。血管も生きているし神経も動いてる…どうなってんだ?」
一方でデュースは目を覚ました時、ベットの隣で肉を口に入れたまま寝こけている己の船長の顔を見て「しあわせだなぁ」と思ったのである。
あの生家にいた頃じゃ一秒でも起きる時間がズレると「この出来損ないが」だったり「私はお前の存在が恥ずかしい」と家族全員から言われていたので、こうして朝からアホの顔を見てゆっくり起きれるというのは彼にとって幸福な事だった。
エースのお陰で顔に張り付いている飴や肉の食べカスには腹が立つが、それでも家出して正解だったなと思いながらシャワーを浴びる。その物音で目を覚ましたらしいエースに部屋に運ばれてきていた朝食を食べられてしまったので、仕方なくネフェルピトーにご飯をたべさせてもらおうとふたりで猫の部屋に行ったのだ。
「凄いな、生きた状態のままの人間の足を義足に改造して擬似的に繋げているのか。それだと他人の身体の一部を移植してる事になるよな?拒絶反応はどうやって抑えてる?免疫抑制剤は必要ないのか?合併症とかは起こらないのか?」
「朝から頭が良さそうな言葉を使わないで欲しいニャ…」
「そうか、なら他の人の体と自分の体をくっつけた時に喧嘩しなかったか?」
「してないよ」
「体から取れちゃった手足は離れても生きたままなのか?」
「うん、ボクが定期的に修理し続ければ永久に動くよ」
「…コレどうやってやったんだ?」
「そういうことが出来るように、ボクの念能力を作り替えたから」
「…ねん、のうりょく???」
隣でネフェルピトーの朝飯にも手を出し始めたエースを無視しながら聞くが、デュースには目の前の猫が何を言っているのかあんまりよくわからなかった。他人の手足に生命活動をさせたまま義足に改造し実際にくっ付けるというマッドサイエンティストっぷりに、この怪物は今までどうやって生きてきたんだろうと不思議に思う。
彼が猫について知っていることは「蟻人間」と「バケモノ」という事くらいなので、何故ネフェルピトーが自分の手足を無くしてしまったのかも分からない。視線を猫の足元に流すと、そこに痛々しい傷が残っているのが見える。
「…これ、痛そうだな」
不思議な形をした、まるでドールの様な脚にデュースは触れた。切断してある部分にぽっかりと穴が開き、膝関節の部分に空洞ができてしまっている。
これでは義足を動かすのは至難の業だ、満足に歩けるとは思えない。
「マァ…そりゃ痛かったけど、多分ゴンの方が辛かっただろうし。元々玩具みたいな身体だから気にしてないニャ」
「ゴン?」
「あー、そっか。キミにはまだ話してないんだっけ…?ごめん、ボク昨日ちょっと頭がおかしくて…」
「別にいい。おれも自分の事は話してないからな」
「じゃあ…話すよ。でも多分あんまり面白くないから、聞きたくなかったら殴って止めてね。それかマタタビでも寄越して気絶させてね」
「…うん」
そうして怖い前振りからぽつりぽつりと猫が生まれてから死ぬまでの話を聞かされたデュースは、世界には意外と可哀想な奴がいるもんなんだなと思った。エースも散々だし、自分も散々な人生だった。まだ生まれて十数年しか経っていないが、それでもこの世界がろくでもない奴で溢れてることは知ってる。
誰かにとってはおれもそのもろくでもない奴に入るんだろうな、と思いながらお返しにデュースも自分の事を語った。ネフェルピトーはそれをベットに丸まったまま静かに聞き、話が終わると途端にひぃひぃ言って涙を流し始めたのである。
「…なんでお前が泣くんだ」
「だってしんどすぎるニャ…!!デュースは凄いね、島中の人達から馬鹿にされたり不当な扱いを受けたらボク絶対殺しちゃうもん…!!」
「いや、そう簡単に人を殺すなよ」
「でも殺さないとまた指を刺されちゃう、だったら早めに殺しておくべきだニャ…!!」
べしょべしょと涙を流しながら物騒な事を言うネフェルピトーに、やっぱりコイツってちゃんとした化け物なんだなぁとデュースは思った。それを隣で聞いていたエースもやはり同じ事を思っていた。ちり紙でずびずびと鼻をかんでゴミ箱に投げ捨てたネフェルピトーは、次の瞬間にはケロッとした顔をする。
「うおっ。お前急に泣き止むなよ、ビビるだろーが」
「ごめん…ってあれ?エースそれ何食べてるの?」
「そこに落ちてた林檎」
「……!?」
何が起きても平然としている鋼の心臓が無ければ、キメラ=アントの巣では生きていけなかった。サボったりふざけたりすると部下から結構本気で怒られて暴力を振るわれる。何なら肩がぶつかっただけで喧嘩を売られたこともあったのだ。
それは偏に猫の人望がなかっただけの話なのだが、当の本人はご○せんやク○ーズの世界みたいだなと思って独り耐えていた。
長男だから耐えられるかなと思ったが、やっぱり無理だったので後々きちんと報復しに行った。ただ単に人の心が分からないから嫌われていたのに、人の心が無いからそれも分からないという無間地獄にネフェルピトーは陥っていたのである。
「とにかく朝飯食いに行こうぜ。おれ腹減った」
「…そうだな。ピトー、義足付けれるか?」
「さっきエースがボクの膝関節食べちゃったから無理だニャ」
「おれそんなもん食ってねーぞ!?」
「膝関節って…もしかしてそこの林檎の事か?食いかけの」
「ウン。どっちもエースに食べられちゃった」
「はぁ?お前そんなもの付けて今まで歩いてたのかよ。バカだなぁ」
「食っちゃ寝するキミには言われたくないニャ。いい歳して寝穢い」
「っ仕方ねぇだろ!!気を付けてても寝ちまうんだから!!」
「えぇ…?やっぱりカッパの末裔だからかニャ…?やっぱり頭に付けるお皿買いに行く?」
「だからおれは真人間だっての!!」
「……五月蝿い」
これ以上エースとネフェルピトーが話し続けると再び聞くに絶えない漫才に突入しそうだったので、デュースは懐から二丁のピストルを取り出してふたりの後頭部に突きつけた。
「これ以上騒ぐなら撃つ。林檎ならそこのテーブルにあるミカンとかで代用出来んだろ。義足付けたらさっさと行くぞ」
「ハイ」
「スミマセン」
途端に大人しくなったふたりに満足そうな顔をしたデュースは、右手にあったピストルの銃口を天井に向けて引き金を引く。その突発的な行動にエースとネフェルピトーはギョッとしたような顔をした。しかし待てど暮らせど発砲音はせず、ふたりは不思議そうにデュースを見やる。
彼はべーッと舌を出して、悪そうな顔をしていた。
「おれが仲間に武器向けるわけねぇだろ、ばか」
「アァ?でもそれ…」
「これはハッタリ用の偽モンだ。そもそもおれはピストルなんか使えねぇよ」
デュースからピストルを受け取ったエースはじっくりとそれを見る。さすれば本当に精巧に作られただけの偽物だと分かり、彼は安堵して少しの冷や汗をかいた。ネフェルピトーも代用品のミカンを上手く使いながら義足を付け、エースの手の中にあるピストルを見る。
猫はピストルというものを生まれて初めて見たので、それが本物なのか偽物なのか分かりもしなかった。
「マァ、こっちは本物だけどな」
「っ」
「ヒョエッ」
バンッ、という発砲音と共にテラスへ向かって一発の弾丸が撃ち出され、見事隣の宿のボロっちい看板に命中した。デュースの至近距離にいたネフェルピトーはその音で耳がやられてしまい、キ───ンという耳鳴りが頭の中で響いて吐きそうだった。聴力が良いことがかえって災いとなる事例ってあるんだなぁ…と猫は我慢できず、ゴミ箱にうげうげと吐きながら思う。
「もう行くぞ。明日にはこの島に嵐が来る、その前にさっさと出航して次の島に移動だ」
「…おう」
「ま、まって、げはっ…!!」
そう言ってエースの手からピストルを回収し懐に二丁しまうと、ゴミ箱に顔を突っ込んでいる猫の頭をするりと撫でる。「これでおあいこな」と一言告げてベットから立ち上がり、自慢のマントを舞台俳優みたいに翻してデュースは部屋を出ていった。
どうやらネフェルピトーの雑な運び方で昨日何度も気絶を繰り返したのを密かに恨んでいたらしい。
「…デュースの奴、ピストル得意じゃねぇか」
彼は狙い撃ちが出来るほどにピストルの扱いが上手だし、やっぱりもう片方のピストルも本物だったのだ。テラスから見える隣の宿の看板にはRe:HOTELと書かれており、ちょうど“O”の文字の真ん中部分が撃ち抜かれた事によってくり抜いたみたいに綺麗な穴が空いている。
「仲間に武器向けた事は後で叱らねぇとだな」
隣で吐いている猫の背を擦りながら、どんなバケモノよりも結局人間がいちばん怖いな、と思うエース船長であった。
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