「本当はボクだって人なんか喰べたくないよ」
「嘘をつくな。あれだけ幸せそうに喰ってた奴が言う台詞じゃなかろうて」
「今回のは本当にレアケースなんだ。ボクの船長はこういう人の殺し方を嫌うだろうから、今後は必要がなければしないニャ」
「言葉に重みが無さすぎるのう。親御さんにお宅の猫は人を殺して喰べましたときちんと説明するべきじゃとわしは思うが……」
「何言ってンの。キミが黙ってくれれば完全犯罪だ。この世界は誰にもバレなきゃ悪い事なんて簡単に無かったことに出来るんだよ?善行も悪行も知られなきゃこの世に存在してないのと一緒だニャ」
「……」
「ハハ。キミもそう思う?なら良かった、これでボクらは共犯者だね。ハッピースマイルカンパニー設立記念に写真でも撮ってストーリーに上げようよ」
「頼むから人語を喋ってくれ…」
現在カクの作業場にはトンテンカン、という木槌の音が鳴り響いている。机の上には義手を戻して活動範囲が広がったネフェルピトーがおり、先程からゆらゆらとしっぽを揺らしてカクの邪魔をしていた。
「で?黙っててくれる?」
「……そうじゃのう。それでお前さんも黙ってくれるならわしは喜んで頷くわい」
カクが気怠そうに頷いた様子を見て、ネフェルピトーは小さくガッツポーズをした。もし納得してくれなければ彼の脳みそを弄って記憶を消さなければならない所だ。
「末端の作業員の役目は上から指示されたことを黙々と遂行することだニャ」
「誰が末端じゃ」
相変わらず続く頭の悪い押し問答にカクはそろそろストレスで胃に穴が開きそうだった。今はネフェルピトーの要望通りにビスクドールの球体パーツを参考にして膝関節部分を作っている。あの時はタダで作ってやると言ってしまったが、今から迷惑料をせしめてやろうか。カクの苛立ちが込められた木槌からはメキョッ、ゴキュッ、という音がしていた。
「ねぇ、海賊船ってどれくらいで完成するの?」
「早くて五日くらいじゃが……それがどうした」
「ふぅん。ならその間はキミの所に居てもいい?」
「は?」
「だってその間暇なんだもん。エースとデュースと遊ぶのもいいけど、せっかくならここでしか遊べない人と楽しんだ方が良いニャ」
「わしはテーマパークじゃないわい。それとさっきのは嘘じゃ。ガレーラカンパニーの総戦力を注ぎ込めば海賊船なんぞ二日で完成する。というかそうじゃないとわしが困る」
カクは早口言葉を言うみたいに喋った。同時に懐に入れていた電伝虫を取り出して本社にいる船大工連中に「スペード海賊団の船作りを優先してくれ」と頼む。
しかし他にも仕事がある、と言って断られそうな雰囲気が出た瞬間、カクは「わしの命の恩人の船なんじゃ」と震えた声で言った。
別に感謝の気持ちが溢れ出て泣いてしまったとかでは無い。試作品で作った幾つかの玉で遊び始めたらしい目の前の猫への怒りが止まらないからだ。有難いことにそれをカクが泣いていると勘違いしてくれたらしい船大工達は「任しとけ!!」との心強い言葉と共に電伝虫越しからムキッ、という屈強な筋肉音を鳴らして快く引き受けてくれた。
「どうじゃ?違和感はないか?」
「……凄いね、元の身体に戻ったみたいだ」
カクは怒りを力に変換するのが趣味な魔王の様に、常人には真似出来ない凄まじい速さで膝関節部分を完成させた。ネフェルピトーは義足を着けて部屋の中をウロウロと徘徊する。その感覚は全盛期に等しい。
カクの作った新しい膝関節は随分と身体に馴染んでいるらしく、猫は嬉しそうにしっぽを立てていた。林檎やミカンをつけていた時は膝の部分だけ色が違くて違和感があったが、今やそれも元通りだ。
「カクは船大工が天職なんだろうね。手先が器用だし集中力もあるから職人向きだ」
「2年もやっとるからな。慣れたもんじゃわい」
「そう。なら人を殺すの、もう控えた方がいいよ。キミからは随分と濃い血の匂いがするから」
カクはネフェルピトーから発せられた言葉をゆっくりと噛み締めてから、ちょっと笑っていきなりピストルを突きつけた。こめかみにグリッ、と銃口を押し付けられたネフェルピトーは牙を見せずに笑い返す。
「性欲ってさ、実は殺意に似てるらしいんだ。キミは全身えっちな妖精さんでしょ?だから毎晩大変そうだなぁ…って」
「……」
机の上に置かれていた試作品のボールが転がりコンッ、という軽い音を立てて床に落ちる。ネフェルピトーの瞳孔が縦に伸びた。カクが手に持つピストルには引き金に指が掛かっており、後少しでも力を込めれば直ぐにでも猫の頭を貫くだろう。
ネフェルピトーはジッ、と家の中を転がっていくボールを目で追いながら微動だにせず、そのままの体勢で甘ったるい声を出した。
「我慢できなくなっちゃったの…?」
口が裂けそうになるくらいに口角を上げて牙を剥き出し、満月のようにまんまるな目を彼に向ける。それを見たカクは暫く止まり、「流石にお前さんとはヤらん」とピストルをあっさり下げた。
「なぁんだ、つまんないの。せっかく万全に近い状態に戻ったから腕試しでキミと一戦交えたかったのに……」
ネフェルピトーはカクに擦り寄ると右手を彼の手の上に重ねバンッ、と自分に向かってピストルの弾を打ち出した。役目を終えた薬莢がカラン、と作業机の上に落ちる。カクの顔色は真っ青に変わり、引き金に掛かっている指先が冷たくなっていた。
ネフェルピトーはそれをしっぽで暖めてやりながら、口で受け止めた弾丸を舌先で遊ぶ。硬い弾丸は鉄の味。
まるで血で出来たキャンディだ。
「っ…!!」
「ウン。この程度なら反応できる」
「や、やめんか、急にそういう事をするんは…!!」
「人に向けて撃った事あるくせに怖かったの?かわいいね」
カクは少し呼吸を乱しながら距離を取り、ピストルを袖の中にしまった。それから机の上に転がっている薬莢を指で取って潰し、はぁと溜息を吐く。急に気が狂って自殺でも図ろうとしたのかと焦ったわい……と。
その場合の死体の後処理やらスペード海賊団への詳しい説明を考え、彼は青くなっていたのだ。ネフェルピトーはコロコロと口の中で弾丸を転がし、徐に窓の外を見た。
「あ。もう暗くなる時間帯だね。ボク今日は帰るから、明日また遊ぼ?」
「来るな来るな。はよう帰って首輪でも繋いでくれ」
「えー?冷たくない?ボクらもう運命共同体でしょ?」
「そんなもんになった覚えわないわ!!」
「1回くらいはキミと戦ってみたかったのに……残念だニャ」
コンッ、と机の上から最後のボールが落ちる。カクはふわりと風で舞うレースのカーテンを見ながら、疲れたように近くの椅子に沈みこんだ。もしかしたら自分はとんでもない生物を世に放ってしまったのかもしれない。
「ドアから帰れ、あの阿呆め……」
依頼された物を馬鹿正直に作ったが、追跡機能のひとつでもくっ付けておくべきだったと顔を歪めるのだった。
■
「……ねぇ、何でボクの部屋だけ中から鍵が開けられないようになってるの?」
「そういう依頼がされとったんじゃ。わしもその設計図に賛同したしのう」
「これじゃ完全に監禁部屋だニャ」
「部屋があるだけマシじゃろう。わしなら檻に入れるわい」
「ハハ、キミって結構サディスティックなんだねぇ」
「お前さんにだけは言われとうないわっ!!」
「まぁまぁ、とりあえずは乾杯しよう?」
「…金だけはある海賊がいちばんキライじゃ」
カチンッ、とグラスがぶつかる音が新しく自分の部屋となった空間に鳴り響く。ネフェルピトーはカクにワインを注いでもらったグラスを揺らして香りを際立たせた後にグイッ、と一気に飲み干した。
この島いちばんの銘酒は後味がスッキリな為、酒の苦手な人でも飲みやすい。
これなら何杯でも呑めそうだ。
「ン〜これ美味しいねぇ、人間の生き血より好きだよ」
「人間の生き血なんぞ飲んだ事あるわけ……いや、そういえばお前さん飲んどったわ。頼むからそれ以上は近づいてこないで欲しいのう」
カクは酷く疲れた様子で溜息を零す。そんな彼の様子にネフェルピトーは満足そうに笑い、グラスに着いていた水滴を舌で舐めとった。
「それにしてもみんなやけに張り切ってるニャ」
「まぁのう……海賊船の完成を祝ってガレーラカンパニー総勢で宴をするなんぞ、わしもここに来てから初めてのことじゃ」
「それだけエースは人に好かれやすいって事なんだろうね。船大工達もずっとエースに永住して欲しいとか言って口説きまくってたし」
「確かに、あれは船長の器じゃな…」
ネフェルピトーの部屋にあるはめ殺しの丸窓からは沢山の食べ物と酒が並べられた船着場が見え、その中央の大きな椅子にはアイスバーグとエースが並んで座っている。
ネフェルピトーも先程まではあの場に参加して騒いでいたのが、疲れたから休むと言って帰ろうとしていたカクを引っ捕まえて部屋の中に引きずり込んだ。
まだまだ彼とは話したいことも多い。
いま帰られては困るのだ。
「それで?お前さんわしに何を聞きたいんじゃ?」
「……なんで分かったの?」
「さっきから耳が動いとるし、尻尾も荒れ狂っとるからのう。見てるとイライラしてワインが不味くなるから、話すならさっさと話しとくれ」
「…ンー、じゃあひとまず昨日のことについて文句を言おうかな」
「あれは全面的にお前さんが悪いじゃろ」
カクがワインを煽りながらそう言った。ネフェルピトーはそれに鼻をフン、と鳴らして嫌そうな顔をする。それもそのはず、昨日のネフェルピトーは大変な苦労をしたからであった。
■
「カク〜遊びに来たよ〜」
「っ真昼間から来おって……宿屋に帰れ!!わしは忙しいんじゃ!!」
「おー、お前がピトーの言ってた友達か。お前もおれの船に乗らねぇか?」
「乗らん乗らん!!わしはガレーラカンパニーに骨を埋める覚悟じゃ、海には出んぞ……って誰じゃ!?」
「おれの名はエース。スペード海賊団の船長をやってるんだ、よろしくな」
「な、なんか増えとるっ…!!」
カクに膝関節部分を作ってもらった翌日。ネフェルピトーはきちんと宣言通りに彼の家に遊びに来ていた。アイスバーグとデュースの専門用語飛び交う会話についていけなくなって撃沈していたエースを連れ、お菓子やら食べ物やらの手土産を持って参上したのである。
「何故お前さんは毎度毎度面倒事を持ち込むんじゃ…!!」
「さぁ?キミがそういう星の下に生まれたからじゃない?」
と、あんまりにも無責任な台詞を言い腐るネフェルピトー。既に持参してきた手土産をカクの作業机の上に座り勝手に食べ始めている。押しかけ女房然り、猫は常日頃誰かの邪魔をする為に生きているのでさも当然かのような顔をしてカクの家を訪れていた。
「わしは占いなんぞ信じとらん!!さっさと出ていかんか!!」
しかしそんな事はカクの知ったことでは無い。よって彼女が連れて来た船長とやらも一緒に家から追い出そうとした。
しかし。
「…キミ、肩に非常食携帯してるの?美味しそうだね」
「ポッポー……カク、こいつ殺してもいいか?」
「なんでこうなるんじゃ…!!」
その時偶然にもロブ・ルッチという名の船大工の男がカクを訪ねて家にやってきたのである。そうして勿論失言量産機のネフェルピトーが船長エースの前にグイ、と出ると彼の右肩に乗る鳩を指さしながら余計なことを口に出した。
ルッチはそれにビキビキッ、という音を立てながらコメカミに血管を浮かび上がらせる。カクはこれ以上この2匹の猫ちゃん達を引き合せるとろくな事にならないと持ち前の状況把握能力を発揮して察したのだが……野生動物の瞬発力を舐めてかかってはならない。
「っ…!?ハハ、凄いね!!ボクの最高速度に反応出来るなんて、やっぱりキミ只者じゃないよ!!」
「いきなり物騒なヤツだ…!!」
「あれ?もう腹話術辞めちゃうの?結構見てて面白かったのに…っさ!!」
「チッ…!!」
なんとネフェルピトーがルッチに先制攻撃をし、往来で戦闘をし始めたのである。猫は常人の視認速度では捉えられないスピードでルッチの眉間に人差し指を突き刺したが、彼は少し首を傾げるだけで避けてみせた。
「いいねぇ!!もっとボクと遊んでよ!!」
それを面白がったネフェルピトーは更に彼の胴体を蹴り上げようと身を低くして追撃。ルッチはその攻撃を冷や汗を流しながらギリギリで避けたのである。
「辞めろ!!ネフェルピトー!!」
「___熱っつ!?」
更にもう一撃をルッチに喰らわせようとした所、隣にいたエースが突如として右腕のみを炎に変えてネフェルピトーのしっぽを掴んだ。お陰で全身に火が回ってしまったネフェルピトーは地面にゴロゴロと転がる事で炎を鎮火する。
焦げてしまった服の煤を落とし、激しく脈打つ心臓を抑えながらエースを見上げた。
「急に何するんだニャ…!?」
仲間を丸焼きにするなんて外道のやる事だと主張をするが、他3名はジロと険しい表情でネフェルピトーを見詰めるだけである。それもそうだろう。今やネフェルピトーはただのイカれ戦闘マニアである。
この場合完全に非があるのは猫であった。
という訳でエースは猫のしっぽを掴み、罰として燃やしたのである。こいつは少々人の理から外れているので、このように強めの暴力で分からせないと駄目なのだ。
エースはそれを直感で理解していた。
「お前さんちゃんと此奴の船長だったんじゃな……感動したわい」
「…うちの船員がすまねぇ、アンタ怪我してねぇか?」
「クルッポー!!管理出来ねぇ猛獣にはちゃんと首輪付けとけ!!」
「返す言葉もございません……」
先っちょ部分の毛が燃えた事によりハゲ散らかしていたネフェルピトーの尻尾をぎゅむっ、と掴みながらエースは平謝り。その一方で未だに「不当な扱いだ」や「船長だからって何してもいい訳じゃない」とにゃーにゃーほざいている危険人物。
カクは心底エースに同情した。CP9メンバーで一番の実力者のルッチを圧倒するスピードを持つのが、コントロール不可の船員だなんて悪夢でしかない。
頭のネジが確実に2、3個失われているネフェルピトーがもしCP9のメンバーだったら……と考えて気分が悪くなったカクは、そのまま懐にあったとある物をエースに差し出した。
「これは…?」
「わしが仲間と徹夜で作っておいた迷子防止ハーネスじゃ。リードの内部に電流コードが入っとるから、持ち手の部分にあるスイッチを押せば数分麻痺させる程の電気ショックが放てる。ぜひ有効活用してくれ」
「なっ!?何でそんなもの作ってるんだニャ!?」
「自分の胸に手を置いてよーく考えてみることじゃ」
「おぉ…!!ありがとう!!お前良い奴だなぁ、やっぱりお前もおれの船に乗れよ!!」
「乗らんわッ!!」
「なぁ〜?いいだろ〜?」
「効かん効かん!!そんな顔しても無駄じゃわい!!」
カクとエースが遠距離恋愛中のアベックのような会話をしている隙にその場から逃走しようとしたネフェルピトーだったが、エースに尻尾を掴まれたままだったので無念にも失敗に終わる。
逃げる為に本気で尻尾を切り落とそうと考え出した時、エースが何かを察したのか素早い動きでカクから貰ったハーネスを猫に取り付けてしまった。
「今逃げようとしただろ。ちゃんと謝ってからじゃねぇとおれは許さねぇぞ」
「裏切りだニャ…」
街道に緩い風が吹いたお陰で、ネフェルピトーの背中の上のちいちゃな天使の羽根がユラユラと靡く。
これで今晩はゆっくり酒が飲めそうじゃ、とカクは口角を上げる。その隣に立っていたルッチも密かに猫を殺しに行ってやろうかと思っていたが、あんまりにも無様な姿に溜飲を下げ満足そうに笑うのであった。
「おし、ちゃんと謝れ」
「嫌だ。ボク悪くないもん」
「あん?船長の言うことが聞けねぇのか?」
「船長命令には喜んで従うよ。明日から」
「んじゃ、しょうがねぇな」
「ン”ミ°ッ__!?」
その後もネフェルピトーは懲りずに生意気な態度を続けたので、エースはスイッチをぽちっと押した。さすればビリビリ!!という大きな音を立てて猫の全身に電気が回り、見事白目を向いて硬い石畳の上に情けなく倒れたのだ。
「…思ったよりも、威力が強ぇな?」
「ポッポー、いい気味だな」
「そうじゃのう。あともう1回押しても良さそうじゃ」
エースはそんなネフェルピトーの姿を見てちとやり過ぎたか…?と焦るが、カクとルッチはニヤニヤと笑って手を叩くのであった。