ズシンッ! ズシンッ! ズシンッ!!
洞窟の床から脳天を突き抜けるような、途轍もない地響きが急速に接近してくる。同時に、鼓膜が破れんばかりの、理性の消し飛んだ馬鹿でかい咆哮が鼓動した。
(――チッ、とうとう帰ってやがったな。子ども達の飯は狩ってきてくれたようだが…俺の匂いで暴走したか)
爆煙と砂煙を巻き上げ、食事の場にド派手に姿を見せたのは、我がハーレム最凶の絶対強者――ティガだ。
黄色と青の凶悪な縞模様に、見る者を震え上がらせる巨大な顎…完全に暴走している彼女は、レイアたちが持ち寄った山盛りのご馳走には目もくれず、真っ直ぐに俺だけをロックオンした。
そして、前脚の強靭な筋肉をしならせ、猛スピードで俺に向かって襲いかかってきたのだ!
「グガアアアアアッ! 旦那ァァアアアアアアッッ!!」
(知ってるよ! お前の1番のごちそうはポポの肉じゃなくて俺だもんなぁ!!)
ガブリと頭を齧られる前に、俺は咄嗟に身を躱し、正面から彼女の巨大な頭部を受け止めた。
激しく俺を求め、大音量で愛を叫ぶ彼女はとにかく喧しい。咆哮の衝撃波で巣の天井からパラパラと岩屑が落ちてくるほどだ。
こんなに五月蝿い口を黙らせる方法は、もう一つしかなかった。
「――っ!」
俺は襲いかかってくるティガの懐へと一歩踏み込み、その凶悪な顎の隙間へと、己の嘴を強引に噛み合わせた。
大口を開けて暴れる彼女の口内へと深く侵入し、その凶暴な舌へと、俺の舌を力強く絡みつかせる。
「んレロッ……!? んぐぅ……っ!?」
瞬間、ティガは驚愕で大きく目を見開いた。
全身の筋肉がびくんと強硬に硬直する。さっきまで大暴れしていた巨体から一気に力が抜け、嘘みたいにしおらしくなって俺の胸元に崩れ落ちた。
激しい口づけの中で、彼女の熱く濡れた瞳の奥に、じわじわと確かな理性が戻ってくる。
よし、理性さえ戻ればこっちのものだ。
俺は十分に彼女の頭を冷やしたのを見届け、絡めていた舌をゆっくりと解放した。
「……おはよう、ティガ。少しは落ち着いたか?」
嘴を離し、息を整えながら優しく問いかける。すると、さっきまで山を一つ消し飛ばさんばかりの咆哮を上げていた彼女は顔を真っ赤に染め、両方の前脚をもじもじとさせながら、蚊の鳴くようなか細い声で答えた。
「……ふゃい、おはよぅごじゃいます、旦那様……」
完全に大人しくなり、借りてきたアイルーのようになって丸くなるティガ。
これだ。俺の番の中で最も表裏が激しく、最も可愛いギャップに溢れているのが、このティガレックスだった。
外では触れる者すべてを噛み砕く『轟竜』のくせに、俺に一線を越えさせられた瞬間、ただのピュアな乙女に変貌してしまうのだから。
ティガをキス一発で大人しくさせ、ようやく一息ついたその時。
巣の奥から白い毛並みを揺らしながら、ベリオロスがゆっくりと姿を現した。
彼女はまだ半分閉じたままの寝ぼけ眼のまま、ふらふらと俺の元へ歩み寄ると、そのまま俺の体にすっぽりと抱きついた。
「……んぅ、旦那様……おはよぅございます……むにゃ」
――こんなに周囲が地鳴りと咆哮で騒々しいというのに、まだ寝ぼけている。このありえねぇレベルの寝坊助こそが我がハーレムの(※現状)最後に番になったベリオロスのベリーだ。…マジであの女騎士はどこへ消えてしまったんだ…
俺の身体にすがりついて再びウトウトし始めたベリーを見て、さっき大人しくなったばかりのティガが「あーっ! ベリーの泥棒猫! 旦那様から離れなさいよッ!」と顔を真っ赤にして怒り出した。
そんな2頭の小競り合いを見つめながら、俺は懐かしい過去の記憶を呼び覚ましていた。
そういえば、俺がティガとベリーを番にしたのは同時だったな……。
◆
あの時、俺は5番目の番として、密林で秘密の関係だったナルガを巣へと連れ帰った。
隠し事がなくなったのは良かったのだが、案の定サクラからの大説教が待っていたのは言うまでもない。
「ちょっとレウス! ミツネの時だって種族が違うって大混乱したのに、今度は骨格が違うナルガ!? しかも不倫で妊娠までさせてきたって……あんた、節操なしにも程があるわよッ!!」
サクラの正論すぎる怒りの雷に、俺は翼を縮めてひたすら小さくなるしかなかった。 そして、サクラから言い渡された「罰」がこれだった。
「いい? 不倫の罰として、今すぐあの雪山に行って、見たこともないくらい珍しくて最高に美味しいお肉を獲ってきなさい! それまで巣への立ち入りは禁止!」
自分が全面的に悪いのは紛れもない事実だったから俺はその条件を快く受け入れた。
しかし今思えば、不倫して別の雌を妊娠までさせて帰ってきた旦那を「珍しい肉の調達」くらいで許してくれるサクラは、怒りつつもやっぱり俺にめちゃくちゃ甘いのだと思う。
因みにレイアは全く気にしていなかった。帰ってきた傍からナルガの寝床を用意し始めて、手厚い介護の準備をしていた。
意外かも知れないのだが、当時はゼクスも結構前向きというか、笑って許してくれた。
「流石は雌誑しの旦那だ!そこらの雄じゃ出来ないことをやってのける!そこに痺れる、好きになるぅ!」
とか、なんか変なことを言っていた。…まあ、それはさておきだ。
そうやってサクラへの免罪符となる肉を探すため、俺は凍てつく猛吹雪の雪山へと飛び立った。
冷たい風が鱗を叩く極寒の世界。空から獲物を探していた俺の目に飛び込んできたのは、他ならぬティガだったんだ。
――瀕死だったが…。
◆
レウスに強引に口付けられて、私ははっきりとあの日の感覚を思い出していた。
そう。こんな感じだった。
キスなのにロマンチックとは程遠い、こちらの口を力ずくで塞ぐような雑な感じ……けれど、あの時も、そして今も。この愛も何もない、彼の半分やけくそのキスこそが、狂暴性で完全に消し飛んでいた私の理性を、一瞬で引き戻してくれる最高の特効薬なのだ。
私はレウスの胸元で大人しくなりながら、凍てつく雪山での出会いを思い出していた。
◆
当時、私はお肉を求めて、ひたすら飢餓感のままに雪山を暴走していた。
ただ肉が喰いたい
腹を満たしたい
その本能のままに雪原を駆けていた私は、格好の獲物であるポポの群れを見つけて猛突進し、一気に蹂躙しようとしたの。
けれど、完全に理性の消し飛んでいた私は、致命的な見落としをしていた。 そのポポの群れの真ん中に……よりによって、巨獣ガムートの幼体が紛れ込んでいたことに。
「グガャァァアアアアッッ!!」
我が子に命の危険が迫っていることに気付いた親ガムートの怒りは、まさに天災そのものだった。
山のような巨躯から繰り出される、圧倒的な体格と体重による踏みつけ。
その容赦のない一撃は私の頑強な肉体をいとも簡単に粉砕し、私は一瞬で骨折だらけの瀕死の重傷に追い詰められてしまった。
けれど、理性のない当時の私は、そんなのお構いなしだった。
「まだだ! まだ喰い足りねぇッ!」
と、砕けた骨の痛みに悲鳴を上げる身体を強引に動かし、なおもガムートに牙を剥こうとしたの。 死にたがりとしか思えないその暴挙の真っ只中へ、空から颯爽と現れたのが――彼だった。
「――っ!?」
上空から急降下してきたレウスは、ボロボロの私の身体を強靭な足爪でがっしりと掴むと、そのまま文字通り「誘拐」するように大空へと連れ去ったのだ。
怒り狂うガムートの鼻先から私を奪い取り、反撃する間も与えずそのまま雪山の遠く離れた安全な岩場まで一気に運び去って私をどさりと地面に降ろした。
普通なら、ここで命の恩竜に感謝するところだろう。
だけど、当時の私は脳味噌まで飢えと怒りで沸騰していた。
助けてくれた恩竜だなんて知ったことか。
目の前にいる赤い飛竜を新たな『敵』と認識した私は、鼓膜を破らんばかりの最大級の雄叫びで威嚇しようとしたの。
「―――――――――――――ッ!!」
そうやって限界まで大きく裂いた私の凶悪な大口を…目の前に立つレウスはひどくイライラしたような、心底めんどくさそうな顔をしながら――あろうことか、己の嘴で無理やり塞いできたのだ。
――ッ!?
レウスに無理やり口付けをされ、凶悪な大口を力ずくで塞がれた瞬間。わたしの頭の中に、冷たい水が流れ込んでくるような衝撃が走り……一瞬で、理性を完全に取り戻した。
(……あ、れ……? わたし、一体何を……)
理性を保って思考するなんて、一体いつぶりだろうか。 まだ産まれたばかりの母竜の温もりに包まれていた幼い頃は、確かに自分にも理性があったのを覚えている。
けれど、一体いつ頃から、わたしはあんな風に我を忘れて暴走するようになってしまったのだろう。思い出そうとしても霧がかかったように何も覚えていない。
過酷な大自然を生き抜くため、食物連鎖の頂点に君臨し続けるため、いつしかわたしは弱さや迷いを生む『雌の本能』を心の奥底へと深く封印し、己の理性を消し飛ばして暴走することで肉体の力を限界以上に引き出せるようにしていた。
傷つこうが骨が砕けようが関係ない。ただ圧倒的な暴力の特急となること――それこそが、孤独なわたしの唯一の生存戦略だったのだ。
……それなのに。 その、人生をかけて施した完璧なはずの封印を…目の前のレウスはあんな乱暴で…雑で…やけくそなキス一つで、いとも簡単に解除しちゃったのだ。
「んぅ……っ!?」
嘴が離れた瞬間、わたしの身体の奥底で、何年も眠っていたはずの『雌の本能』が目を覚ました。
それは、今まで理性を失って暴走していた時なんかよりも、遥かに激しく、圧倒的な熱量で全身の血液を沸騰させた。
バチバチと火花を散らすような衝撃が脳髄を駆け抜ける。 骨折だらけの身体の痛みなんて、もうどこかへ飛んでいってしまっていた。
(な、なんなの……この雄……ッ!!)
気がつけば、わたしは雪山のどんな猛吹雪すら一瞬で溶かしてしまいそうなほどの熱く激しい熱視線を目の前のレウスへとジィィィッと注いでしまっていた。
睨みつけているんじゃない。ただ、この圧倒的に強くて、理不尽で、強引な雄のことが、狂おしいほどに愛おしくて堪らなくなってしまったのだ。
◆
「ふゃい……あの日から、わたしは旦那様以外のごちそうなんて、どうでもよくなっちゃったんですよねぇ……」
現代の食事の席。俺の足元でもじもじと前脚を動かしながら、ティガは顔を真っ赤にしてうっとりと呟いた。
「チッ、どいつもこいつも、旦那の『雄としての力』に当てられて陥落してやがる。まぁ、あたしも人のことは言えねぇけどよ」
「いや、あの時のティガの目の変わり方は、正直ガムートより怖かったんだがな……」
俺は当時の恐怖を思い出して、さりげなくナルガに頬ずりして癒された。ああ…俺の癒し枠は今日も癒し枠のままだ…。
暴走を止められたティガが、いきなり蕩けた目で俺を見つめてきたあの瞬間、俺の野生の第六感がマジで「あ、これ別の意味で命の危機だ」と察知したのは今でも良い
◆
当時、ティガの凶悪な大口を嘴で塞ぎ、彼女の目が――妻たちが陥落した時と全く同じ、熱く蕩けたものへと変貌した瞬間……俺は全身の血の気が引いていくのを感じていた。
(……いや、嘘だろ? 冗談はやめてくれ!)
流石にこれ以上、番を増やす訳にはいかない。それは雪山へ向かう前から、俺の頭の中に強くあった最低限の理性の防衛線だった。
ただでさえサクラに浮気の大説教を食らって罰でここにきている身なのだ。これ以上番を増やして帰ってみろ!今度こそ巣から永久追放されかねない!
実際ティガを番にする予定なんて最初から一切なかった!
あのキスは、瀕死の重傷のくせに大口を開けて暴れる彼女に対し、「これ以上傷口を広げて喉を痛めるんじゃねぇ」とか「耳元で喧しい声を響かせるな」という、本当に投げやりで何の感情も持っていない物理的な対処に過ぎなかったんだ!
ただのサイレンサー代わり。愛の欠片もありはしない。こんな愛のない、雑で理不尽なキスで、あの『絶対強者』と恐れられる轟竜が堕ちるわけがない!本気でそう思っていたんだ!
……なのに。 目の前で顔を真っ赤にして、雪山を溶かさんばかりの熱視線をジィィッと注いでくるティガの姿が、それが完全な俺の思い違いだったことを無慈悲に証明していた…。
「あァ……ちゅき……」
な〜んて、骨折の痛みも忘れて前脚をもじもじさせている……。
(ああ……終わった……また増えるのだな……)
俺は冷たい雪風が吹き荒れる岩場で、天を仰ぎながら全てを諦めていた。
俺の「放っておけない本能」と「無自覚な誑し」の破壊力は野生の狂暴な仮面すら一瞬で粉砕してしまうらしい。
雄としての責任を取る覚悟はあれど、サクラへのお土産を獲りにきて、別の巨大な雌をお土産にしてしまうこの状況に、俺の胃はかつてないほどの激痛を訴えていた。
皆さんはギャップ萌えは好きですか?
僕はデレる女ヤンキーに目がありません。
次回・リオレウス、ヒモになる
ではもう一つアンケートを。この中なら次は誰がいいですかね?
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