とあるリオレウスの異種族ハーレム物語 作:火遊び竜・リオレウス
「――ギ、ギャアアアアアアアッ!? 助、助けてくれレイア――ッ!!」
朝一番、洞窟の奥に響き渡ったのは、わたしの愛する夫――リオレウスの情けない悲鳴だった。
その声で、私はゆっくりと重い瞼を持ち上げる。視界の先では案の定、ティガレックスが夫の頭をがぶりと丸齧りにしていた。もちろん愛情表現なのだが、加減を知らない彼女の顎の力は、空の王者のプライドごと夫を噛み砕かんばかりの勢いだ。
(ふふ、今日の朝一番搾りはティガね……)
わたしは心の中でくすりと笑いながら、優雅に身を起こした。夫がこちらに必死の助けを求める視線を送っているけれど、ここは敢えて気付かないフリをして無視することにする。
あまり甘やかすと、他の雌たちがまた嫉妬の炎を燃やして、この広い巣が文字通りの大火事になってしまうから。
夫の悲鳴を背中で聞き流しながら、私は少し離れた「子どもたちのエリア」へと足を向けた。
「キュ~イ! キュ~イ!」
「ママ~! お腹すいたぁ!」
私たちが育む、愛しい卵から孵ったばかりの可愛い子どもたちが小さな翼をパタパタとさせて駆け寄ってくる。その愛らしい姿を見た瞬間、私の胸は母性で満たされた。
「よしよし、いい子たちね。今すぐ美味しいお肉を獲ってきてあげるから、お留守番していなさい」
子どもたちの頭を優しく鼻先で撫で、私は巣の出口へと歩き出す。大きな翼を広げ、心地よい朝の風を全身に受けながら、一気に大空へと飛び立った。
眼下に広がる緑豊かな原生林。獲物となるアプトノスの群れを探すため、高度を上げていく。
パタパタと力強く羽ばたきながら、さっき聞いた子どもたちの「お腹すいた!」という無邪気な台詞が、ふと頭の奥をよぎった。
お腹がすいた、か。
――あの日……そうね。 わたしとレウスはあの時に出会ったのよね……。
眼下に広がる広大な緑を見つめながら、私は懐かしい数年前の記憶の扉を、そっと開いた。
◆
そう、当時のわたしは、今思えば目を覆いたくなるほど世間知らずで、とにかく我儘な「箱入り娘」だった。
「キィィィーッ! お腹すいた! お肉、まだなの!?」
毎日、親の巣に寝そべったまま、お腹が空けばそうやって大きな声で鳴くだけ。親が運んでくる新鮮なお肉を、自分で引き裂くことすら熱心にせず、ひたすら自堕落に貪る毎日。それが私の世界のすべてだったし、これからもずっとそんな退屈で満ち足りた日々が続くのだと疑ってもいなかった。
けれど……ある日、なぜか親の帰りが遅く、お腹の虫の鳴き声に我慢ができなくなった私は巣を抜け出したの。
「もう待てないわ! わたしだって『陸の女王』なんだから、狩りの真似事くらい簡単にできるはずよ!」
なんて、根拠のない自信を胸に大空へ飛び出した。結果は、散々だった。
獲物を見つけて急降下しても、不器用な足爪は空を切り、アプトノスの群れには大騒ぎで逃げられる。箱入り娘だった私は、獲物との距離の測り方も、気配を消す方法も何一つ知らなかった。
それどころか、慣れない狩りの活動で無駄に飛び回り、余計にエネルギーを消費してしまった。喉はカラカラ、お腹はペコペコ。羽ばたく力も失って、私は見知らぬ森の開けた岩場に、情けなくドサリとへたり込んでしまった。
「うぅ……お腹がすいて、もう一歩も動けない……」
自分が惨めで、ひもじくて、涙がこぼれそうになったその時だった。
バサバサと、頭上から力強い羽音が響いた。 見上げると、そこに着地したのは、まだ若いけれど美しい紅蓮の鱗を纏った一頭の雄――レウスだった。
実家の父親に比べれば一回りも二回りも小さな体。だけど、その鋭い目つきには、自分の力だけで荒野を生き抜いてきた野生の覚悟が宿っていた。
彼はへたり込む私を見て少し驚いたように首を傾げた。そして、自分がたった今仕留めたばかりのまるまると太ったアプトノスの獲物をドスン!と私の目の前に差し出してきたの。
(え……? これ、わたしにくれるの?)
驚いた。親からはいつも細かく千切られて小さくなったお肉だけを口元に放り込まれていた。 けれど、目の前にあるのは、手つかずの大きなお肉、丸ごと一頭分。
「グルル……」
と、彼は少し照れくさそうに喉を鳴らし、顎で「食えよ」と促してくれた。
その瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。生まれて初めて見る、自分だけのための大きなお肉。野生の血が、本能が、これ以上ないほどの大興奮で沸き立った。夢中で貪り喰ったその肉の味は、親の巣で食べたどんな部位よりも、格段に美味しかった。
お腹がいっぱいになり、ふぅと息をついて目の前の彼を見つめた。 彼は自分が食べる分がなくなってしまったというのに、満足そうに顔を上気させている私を見て、嬉しそうに目を細めていた。
(……あぁ、このリオレウス、なんて格好よくて優しいんだろう)
気づけば、わたしの心は完全に彼に奪われていた。大好き、という感情が全身の鱗をピリピリと震わせる。
後から知ったことだけど、当時の彼は親の巣を出たばかりで、自分自身の縄張りすら持っていない放浪の身だった。
けれど、そんなの関係ない。
彼がどれだけ若くても…縄張りがなくても…この際どうでもよかった。
彼と一緒に居たい。
ただそれだけ。その一途な想いだけで、私は我儘な箱入り娘の身分をあっさりと捨て、彼についていくことを決めたのよね。
◆
――バサリ、と力強く羽ばたき、私は狙いを定めたアプトノスの背後に音もなく舞い降りた。 逃げ出す暇すら与えない。
鋭い足爪でがっちりと抑え込み、毒棘が並ぶ尾を一閃。巨体が崩れ落ちるまで、ほんの数秒のことだった。
「ふふ、わたしも数年で、随分と狩りが上手になったわね」
獲物をしっかりと掴み、私は愛しい我が家へと引き返した。 数年前、お肉一切れすら自分で満足に獲れず、森で行き倒れていた箱入り娘の面影は、今の私にはもうどこにもない。
巣に戻ると、子どもたちのエリアへと真っ直ぐ向かう。
「ママお帰りー!」
と黄色い声を上げる可愛い我が子たちのために、私は仕留めたアプトノスを、食べやすいように小さく千切って小分けにしてあげた。
一切れずつ、丁寧に愛情を込めて。かつて、私の両親がしてくれたように。
「あの我儘な箱入り娘だったわたしも、今や立派な母親ね……」
小さく喉を鳴らして笑いながら、私は微笑ましいその光景を見届けた。母親としての責任と誇りが、今の私を支えている。
子どもたちのお腹が満たされたのを確認すると、私はようやく、さっきティガに頭を齧られていた不憫な夫の元へと歩みを進めた。
どうやら朝の一悶着はひとまず落ち着いたようだ。他の雌たちはきっと思い思いの場所で子どもたちのためのご飯を狩りに出かけているだろう。
「グルル……」
私の足音に気づいたレウスが、パッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。そして嬉しそうに、愛おしそうに、私の首元へと大きな頭をすり寄せてくる。
あの日、見ず知らずの私に大切なお肉を丸ごとくれた時から、彼のこの真っ直ぐな優しさと愛は何一つ変わっていない。
世界で一番、愛しい存在。
彼の熱い頬ずりを受け止めながら、私はその大きな翼に自分の翼をそっと重ねた。
――そう、愛は何も変わらないの。
……ただ、一つだけ、夫に文句があるとすれば……。
(他にも番を、作りすぎよ!!!)
チラリと、巣のあちこちでさっきまで眠っていたナルガやミツネ、ティガ達の寝床に視線を向ける。
レウスがモテすぎるのも、優しすぎるのも分かっている。
強い雄が多くの雌を従えるのは知っているけど、わたし達の種族は本来一夫一妻制よ!それをこんなに沢山番にして!全くもう!みんな彼の強さと優しさに救われた子たちだから、別に追い出すつもりはないけれど!
(でも、正妻の席だけは、絶対に誰にも譲らないんだからね!)
私は少しだけ拗ねたように、夫の首筋を優しく甘噛みしてやるのだった。
◆
「グルル……」
首筋に走る、ちくりとした、でもどこか心地よい刺激。
レイアが俺の首元を甘噛みしてきたということは……うん、間違いない、これは拗ねているな?
数年間一緒に暮らしてきた妻だ。彼女がどんな気分の時にこの癖を出すかくらい、俺にはお見通しだった。
愛しいレイアの可愛らしい不満のサインに、俺は苦笑しながらも、さらに愛おしさを込めて彼女の体に翼を寄せた。
昔からそうだ。彼女は少し感情が高ぶると、こうやって俺の首を甘噛みする。 彼女の温もりを感じているうちに、俺の脳裏に、彼女と出会う少し前の――まだ何者でもなかった頃のほろ苦い記憶がふと、蘇ってきた。
◆
……あの日、実家の巣を半分追い出されるように旅立った俺は、生きていくための最低限の技術こそあれど、圧倒的に経験が足りていなかった。
だけど、生物としての本能だけは一人前に滾っていた。一刻も早く「番」を見つけたい。その一心で、俺は道中で見かけた数々のリオレイアたちに、必死になってアピールを繰り返していたのだ。
結果は……まあ、その、なんだ。
思い出すだけでも翼で顔を覆いたくなるほどの、見事なまでの「惨敗」だった。
どこのリオレイアにも、鼻で笑われてまったく相手にされなかった。それもそのはずだ。広大な縄張りを持っているわけでもなく、他の雄を圧倒するような圧倒的な力や風格があるわけでもない。
そんな毛並みの青い若造の番になってくれるほど、野生の陸の女王たちは甘くなかったのだ。
「チクショー! なんで誰も俺を見てくれないんだよ!」
絶望と、少しのやけくそ。俺は行き場のない悔しさをぶつけるように、仕留めたアプトノスを貪り、やけ食いしていた。雄としての自信を失いかけて、岩場でひとり、完全に拗ねていたんだ。
――そんな最悪のタイミングで、俺は、彼女に出会った。
ふと視線を感じて顔を上げると、そこにいたのは、お腹を空かせて今にも行き倒れそうな姿でへたり込んでいる一頭のリオレイアだった。
それまで、俺は本当にたくさんのリオレイアにアピールしてきた。だからこそ、はっきりと分かった。
目の前にいる彼女を見た瞬間、これまでに見てきたどのリオレイアとも、何かが決定的に違うのを感じたんだ。
お腹を空かせているから、というだけじゃない。どこか気品があって、危なっかしくて、放っておけないような……胸の奥がドクンと跳ねるような感覚。
世間ではそれを所謂……『運命』というやつで呼ぶのだろうか?難しい理屈はよく分からんが、とにかく俺の野生の直感が、激しく警鐘を鳴らしていた。
(――こいつだ。俺が一生をかけて守るべき相手は、絶対にこいつしかいない!)
だから俺は、それまで散々惨敗してきた求愛行動のことなんて全部忘れて、ただ目の前の彼女を助けたい一心で、自分がやけ食いしていたアプトノスの群れから1匹狩り、丸ごと差し出したんだ――
差し出したアプトノスを、彼女は夢中で、本当に美味しそうに食べてくれた。
食べ終えたリオレイアは、少し照れくさそうに、でも真っ直ぐに俺のプロポーズを受け入れ、俺の「番」になってくれたんだ。
あの時は、本気で嬉しかった。
それまで惨敗続きだった俺に、初めて応えてくれた特別な女の子。だから俺は、心の中で強く、絶対にこの子を守り抜くと誓った。レイアだけじゃない。いつか俺達の間に産まれてくる可愛い子どもたちも含めて、俺の命に代えてでも全てを守る――そう天に誓ったんだ。
そのためには、一刻も早く一端の男として、安全で豊かな「縄張り」を手に入れなければならない。
俺たちは新婚旅行よろしく、二人で広い世界を放浪し始めた。道中、世間知らずで不器用なレイアに俺が狩りの方法を教えてやったり、夜は寄り添って暖を取りながら「どんな巣にしようか」「子どもは何匹ほしいね」なんて、微笑ましい将来設計を2匹で構築していた。
◆
あぁ、あの頃の未来予想図は、確かに完璧だったんだ。
……その結果が、現代のこのカオスな異種族ハーレムな訳だが。
「本当に、どうしてこうなったのやら……」
思わず翼で顔を覆い、本日何度目か分からない深い溜息を漏らす。 いや、後悔はしていない。こうなったのは、俺がその都度「俺が守る!」とか「俺の傍にいろ…」とか格好つけて惚れさせてしまった自業自得なのは重々分かっている。
それに、最初に誓った言葉に嘘はない。俺はレイアも、後から加わった彼女たちも、そしてそれぞれの間に産まれたすべての子どもたちも全員、等しく愛し、命がけで守ると決めている。
今更逃げ出すような真似は絶対にしない。雄に二言はない。
……ないんだが、たまに胃がキリキリ痛むだけだ。
「グルル……」
ふと、巣の隅で綺麗に丸まって寝ている、艶やかな桜色の鱗に視線を移す。 レイアの次に、俺の2番目の番になったのは……リオレイア亜種のサクラだったな。
あれは、俺とレイアが最高の縄張りを探して、まだ見ぬ土地を仲良く放浪していた時のことだった。
まさかレイアと、同じ『陸の女王』の血を引く亜種が、あんな形で俺たちの前に現れるなんて、当時の俺たちは夢にも思っていなかったんだ――
天然メスドラ誑しのリオレウスの本領発揮は次回から。