作者は…仕事で〜す♡
この都が、ただの避難所ではなく、私にとってかけがえのない『大切な居場所』へと変わった、まさにその頃だった。私は、リオレウスの姿を見るたびに、なんだか奇妙な感覚に陥るようになっていた。
彼が通りかかるだけで、甲殻の奥がざわざわと落ち着かなくなり、目と目が合うだけで、何故か無性に視線を逸らしたくなってしまうのだ。しかし、私はこの胸のざわめきが何なのか一向に気づくことはなかった。
「……何なのだ、この妙な感覚は」
日を追うごとに、その正体不明の違和感は少しずつ、確実に大きくなっていった。やがて、遠くからレウスの楽しげな羽音が聞こえてくるだけで、病気か何かにかかったかのように、胸の奥がギュッと苦しくなる始末。
「そういえば……」
私はふと、ある経験を思い出した。あの初めて酒場に足を運び、あの酒という熱い水を浴びるように飲んだあの夜。あの時も、胸の奥が張り裂けそうなほど苦しかったのに、お酒を飲んだら次の日の朝には妙にスッキリと軽くなっていたではないか。
「なるほど、あの苦しみも、この苦しみも……すべては酒で洗い流せるのだな!」
名案だった。私はある日の夜、ハンターもレウスもいない無人の酒場へとこっそり忍び込むと、そこにあった大きな酒樽を独占し、文字通り大量に、ガブガブとその琥珀色の水を煽り散らした。
――しかし。その結果、私の身に起きたのは、胸が軽くなることではなく……身体の芯から、ドロドロとした理不尽なまでの熱さが沸き起こり、全身が激しく火照り始めるという理解不能な大異変だった。
「あ、熱い……っ、なんで、これ……!?」
身体の奥から溢れ出る異常な熱気に、私の意識はみるみるうちに混濁し、理性もじわじわと蕩けていく。かなり、というか、性的な意味で極めて危険な状態だった。そんな、私がハフハフと荒い息を吐きながら床に転がっていた、まさにその時。
「おい、オウガ。大丈夫か? なんかここから凄い熱気と鳴き声が――」
タイミングが良いのか悪いのか、私の様子を心配して見にやってきたリオレウスが、酒場の入り口からひょっこりと顔を出したのだ。
そして――その太陽のような瞳を見た、まさにその瞬間。私の中で、辛うじて踏みとどまっていた最後の理性が、パチンと音を立てて完全に弾け飛んだ。
「――っ、ガオオオオンッ♡」
「え!? ちょ、おま、目がガチだぞ!? 待て、タンマ、タンマだっ――ぎゃああああああああああああああッ!!!」
深夜の静まり返った都に、空の王者の、涙ぐましい引き裂かれるような悲鳴が盛大に響き渡った。
◆
しばらくして、私はゆっくりと目を覚ました。どうやら、いつの間にか深い眠りについたまま、朝を迎えていたらしい。
「……ん」
私はむくりと起き上がり、自分の胸の奥に意識を向けた。驚いたことに、昨日あれほど私を苦しめていた胸の痛みや息苦しさが、まるで嘘のように、スッキリと綺麗に軽くなっていた。
「ふふ、やっぱり私の思った通りだわ!またしても胸の苦しみが完全に治っている!」
酒というのは、なんと素晴らしい特効薬なのだろうか。
「またあのお腹の奥がギュッと苦しくなる病気になったら、今度もあの酒という水を大量に飲もう」
と、私は上機嫌でそんな恐ろしい決意を胸に固めていた。……所で。なんで私の目の前には、昨日は元気だったのに、今は全身の生気と体力をすべて剥ぎ取られたような姿で、再びリオレウスは白目を剥いて干からびているのかしら?
酒の力で大暴走し、その圧倒的な交尾の才能でレウスを完全に組み敷いて、激しい繁殖行為に及びまくったことなど、当事者である彼女はやはり何一つとして覚えておらず、ただただ首を傾げて純粋な疑問符を浮かべるだけだった。
一方、その彼女の下で、今度こそ腰の骨が完全に砕け散ったかのような絶望の顔で行き倒れているリオレウスはといえば――
(……また…油断した……っ。ゼクスやティガみたいに肉食系じゃないからって……まだ成熟したばかりのピュアな若い雌だからって、完全に油断してたわ……っ!!)
肉食系女子よりも、キレたら怖い本妻よりも、お酒の力で『リミッターの解除された野生の生娘』の爆発力(ついでに自覚なし)が一番命に関わるということを、レウスはその文字通りボロボロになった五体で、涙ながらに思い知らされるのだった。
◆
あれからしばらくの間、私は「胸が苦しくなったら、あの酒という水を大量に飲んでスッキリする」という、最高の生活を何度も繰り返していた。
相変わらず、お酒を飲んだ後日の記憶は毎回綺麗さっぱり無くなってしまうし、これまた不思議なことに、次の日の朝になると何故か決まってリオレウスが干からびたトカゲのようになって行き倒れているのだが……まぁ、私の病気が治って、毎回お腹の奥がスッキリしているのだから、特に深く気にする必要もないだろう。
しかし。そんな奇妙で平和な生活を繰り返していた、ある日のことだった。私はリオレウスとの二つ目の約束を果たすため、都の可愛い子供たちを引き連れて、街の外での『狩りの講義』を行っていた。子供たちに荒野での身の隠し方や、獲物への仕留め方を教えていた、まさにその最中――
「……ん?」
私は、自分の下腹部に、妙な違和感があることに気がついた。なんだかお腹の奥に、ゴロリとした丸い何かが複数存在しているような、今までに経験したことのない不思議な感覚。病気、というわけではない。ただ、確かな質量がそこにあるのだ。結局、そのお腹の違和感は狩りの授業が終わって都に帰るまで、ずっと消えることはなかった。
「――というわけなのです。病気ではないと思うのですが、お腹の中に丸くて硬い塊があるような気がして……」
私は少し不安になり、広場に集まっていたリオレウスと、お姉様たち全員に向けて、そのお腹の異変を正直に打ち明けてみた。それを聞いた瞬間。賑やかだった広場の空気が、一瞬にして凍りついた。
「「「「「…………」」」」」」
「……
お姉様たちが、一斉に、文字通り凄まじいジト目を、隣にいるリオレウスへと突き刺したのだ。
「え、ちょ、お前たち待て! 違うぞ! 今回は俺、本当に何も悪くないから!不可抗力だ!!」
リオレウスは顔面を真っ青に染め上げ、翼をバタつかせながら、必死の形相で言い訳を叫び始めた。
「聞いてくれ! あいつ、酒飲むとリミッターが外れて牙竜種パワー全開で襲いかかってくるんだって! 俺の腰はもうとっくに砕けてるんだ! 俺は被害者なんだよぉぉぉぉ!!」
悲痛な声で必死に無実を語る。しかし――悲しいかな、これまでに凄まじい前科(ナンパ&浮気)を積み重ねてきた絶倫王に、妻たちの聞く耳など1ミリも残されてはいなかった。
「はい、連行〜」
「言い訳は城の奥でじっくり聞くわよ、旦那ァ」
「ハンターぁぁぁ!助けてくれぇぇぇ!!俺は無実なんだあぁぁ!!!」
遠くのギルドカウンターで書類を書いていた文明担当のハンターは、「あー、また新入りの仕込みが終わったか。ご愁傷様」と、完璧にスルーを決め込んでいた
抵抗虚しく、レウスは恐ろしい姉御たちによってズルズルと城の奥の刑罰場へと連行されていってしまった。合掌。嵐のように騒がしい連中が去ったあと、広場にポツンと残されたのは、私といつもマイペースにのんびりしている、ベリーお姉様だけだった。私は何が起きたのか分からず、ただ呆然と首を傾げる。
「あの……ベリーお姉様?リオレウスは一体、何故あんなに怒られていたのですか? 私のお腹の塊は、一体……」
すると、ベリーお姉様はいつもの寝坊助のような眠たげな目で私を優しく見つめると、実にあっさりと、その答えを教えてくれた。
「ん……? オウガ、おめでとう……。オウガのそのお腹の塊はね……赤ちゃんだよ」
「……はぇ?」
「オウガは、あの旦那様の子どもを、それはもう沢山身籠っているんだよ。……旦那様、お酒が入ったオウガに毎回搾り取られて、本当に干からびてたんだね……ふふ、お疲れ様」
「――っ、な、ななな……ッ!?」
ベリーお姉様の爆弾発言に、本日二度目の完全停止を起こした。赤ちゃん?レウスの子供?お腹の殻は、卵……!?つまり、私があの胸の苦しい病気を治すために
「あ、あ、あのリオレウスが……わた、私の、旦那様……っ!?」
顔を真っ赤に沸騰させ、私は自分の下腹部を両前脚で愛おしそうに、そしてパニックになりながらさする。
「……まぁ、お腹のざわめきが完全に消えて、妙にスッキリしていた理由は、そういうことだったのね……」
『私は、レウスが好きだった』と、私はようやく自分の胸の奥にあった本当の気持ちを自覚した。お腹の中に宿る小さな命の温もりを感じたその瞬間、私にとってレウスはただ「庇護してくれる街の王」でも、「独りぼっちだった私に居場所を与えてくれた優しい雄」でもなくなっていた。
彼こそは――私がこれから自分の生涯すべてをかけて、この命に代えてでも守り抜きたい、大切な家族の父親なのだと理解した。
失った群れ。二度と戻らないと思っていた、あたたかな絆。そのすべてを、私は自分の手で――この「竜の都」で、再び取り戻すことができたのだ。満足感と愛おしさに包まれながら、お腹を前脚でそっと、愛おしそうに擦っていると、城の奥のほうからボロボロとボコボコにされたレウスがフラフラと戻ってきた。
「……はぁ、はぁ……やっと、誤解は解けたか……」
瀕死のリオレウスは涙目で私の足元にへたり込むと、ぐったりとした頭を擦り付けながら恨めしそうに呟いた。
「なぁオウガ、お前…お前なぁ…自覚ないかもしれないけどさ、酒飲むと毎回、リミッター外れて狂暴なパワーで俺を押し倒して、ひたすら襲ってくるんだからな……」
「はい。……本当に、本当にごめんなさい……」
私は申し訳なさと恥ずかしさで耳まで真っ赤に染め上げながら、平身低頭に頭を下げた。けれど、私の心はもう逃げたりしない。しっかりと、まっすぐに彼の黄金の瞳を見据えた。
「あの、レウス」
「んだよ、これ以上俺から更に搾り取る気か……?」
「いいえ」
私はぐっと息を吸い込み、お腹の子供たちに語りかけるように、そして一人の雌として、震える声で告げた。
「私は、あなたの子どもを産みたいと思っています。ひいては……あなたの『番』になりたいと、心の底からそう願っています」
広場に、ぴたりと風の音が止まった。レウスは目を見開いたまま、動かなくなった。私は胸の内でビクビクと心臓を鳴らしながら、身を縮こまらせる。
「……嫌……ですか……?」
消え入りそうな声で問いかけた、まさにその時だった。
「…………」
レウスは呆れたように、そして、今まで見たこともないほどに優しく、愛おしげに口元を緩めた。
「……嬉しいに決まってるだろ」
レウスは大きな紅蓮の翼を広げ、私の身体を優しく、包み込むようにそっと抱き寄せる。
「お前も、お腹にいる子供たちも……みんな、俺の大切な家族さ。これからもずっと、この都で一緒に暮らそう」
その言葉を聞いた瞬間、私の目からまたポロリと涙がこぼれ落ちた。でも、それはあの日流した、孤独と恐怖の涙ではなかった。
「ふふ、良かったね。オウガ」
ベリーお姉様に祝福され、レウスと二頭で静かに寄り添い合っていると、遠くの大通りから「パパー!」と騒がしい羽音を立てて、レウスの子供たちがワラワラとこちらへ走ってくるのが見えた。無邪気に尻尾を振り、お互いにじゃれ合いながら近づいてくる小さな子どもたち。
「……やっぱり、可愛いな」
私は胸の奥をじわりと震わせながら、その光景を見つめていた。こんなにも愛らしくて賑やかな子供たちの中に、これから先、ジンオウガである私の特徴を持った子供たちが混ざり、一緒に駆け回るのだ。
そう想像しただけで、私の胸の奥は言葉にできないほどの温もりで満たされていく。子供たちは私たちの元まで辿り着くと、抱き合っている俺たちの姿を不思議そうに見上げ、首を傾げた。
「パパ〜、またママが増えるの?」
そのド直球で純粋な子供たちの問いかけに、レウスはバツが悪そうな顔をながらも、しっかりと頷いて肯定した。
「ああ、そうだ。オウガも今日から俺たちの家族だ」
レウスのその言葉を聞いた瞬間、子供たちは一斉にピョンピョンと跳ね回って大はしゃぎし始めた。
「わーい! じゃあ、新しい妹と弟がいっぱい増えるんだね!」
「お姉ちゃん…じゃなかった。オウガママ、今度は一緒に遊ぼうね!」
新しく増えた家族を、これほどまでに純粋に、全員で祝福してくれる。そんな子供たちの眩しい笑顔を見つめながら、私はそっと自分のお腹に手を当て、深く息を吸い込んだ。そうだ。私はもう、冷たい雨に怯えて泣き叫んでいた、あの哀れなひとりぼっちの雌ではない。
この旦那様の隣に立ち、これから産まれてくる愛しい我が子たちを、そしてこの賑やかな大家族をその命に代えてでも守り抜く立派な――『母親』なのだ。
「ねぇ…旦那様。番になった記念に――あの酒場でもう一度、あの酒を一緒に飲みましょう…?」
と、私はそっと旦那様に提案した。だが、私のその言葉を聞いた瞬間、レウスは信じられないほどの猛反対をした。
「ダメだ! 絶対にダメだ!」
彼は翼をパタつかせ、青くなった顔で首を横に振る。
「お前は今、俺との子供を身籠っている妊婦なんだぞ! そんな状態で酒を飲んで、また理性を失くして激しい暴れ方でもしたらどうするんだ!お前は大人しく自分の部屋で寝ていなさい!あと、シンプルに俺の体力がもう持たない!!」
心配してくれるのはとっても嬉しいのだけれど……
「最後の理由、なんだかやけに必死というか、本気で命の危機を感じている声音だった気がするのですが?最後の方が本命だったりしませんか?」
私が小首を傾げてじっと見つめ返すと、旦那様は冷や汗を流しながら一歩、二歩と後ろへ下がった。そこへ、様子を見ていたハンターが、呆れ顔でヒョイと横から割り込んできた。
「そうだぞ。どれほど元気でも、妊婦が酒を飲むのは身体に良くねぇ。何より、お腹の子供たちに悪影響を及ぼす。健康で、元気に産まれてきてほしいなら今すぐその思考はやめておけ」
ハンターのその真剣な声に、私はハッとした。自分の欲求よりも、お腹の中ですくすく育つ愛しい子供たちの健康が一番大切だ。
「……分かりました。子供たちのために、しばらくお酒は我慢します」
私が素直に頷くと、レウスはその場で崩れ落ちるようにしてハンター涙を流して猛烈に感謝し始めた。
「おいレウス、お前そんなに俺に感謝するなよ」
とハンターが苦笑している。私は素直に納得したつもりだった。けれど、頭の片隅でふと、一つの疑問が湧き上がる。
……待てよ?私は前脚をあごに当て、ごく自然な疑問としてハンターに問いかけた。
「ということは……お腹の子供たちを無事に産卵し終えて、身体が元通りになった後なら、またお酒を飲んでもいいのですね?」
「まぁ、産後なら自己責任で常識の範囲内にな」
あっさりと肯定してくれた。そして……
「………まて……産後…なら?」
私の隣で、ついさっきまで喜んでいたはずの旦那様は、文字通りガタガタと全身を硬直させ、この世の終わりみたいな恐怖に真っ青になって戦慄していたのだった。
◆
結局、私はしばらくの間、お酒を控えて大人しく過ごすことにした。正式に旦那様の番となったことで、私はお姉様方と旦那様が暮らすあの巨大な城へと引っ越すことになった。
元々用意していた噴水の近くの部屋は、私が大人しくしている間に、ハンターの手によって綺麗に整備と整頓が施された。少し先の未来で、無事に産まれてくるであろう私の子どもたちの専用の部屋になる予定だ。
この間、私は当然ながら一滴もお酒を飲んでいない。けれど、別に私はあの不思議な水に依存しているわけではないので、我慢することが苦しくなんてなかった。お腹の奥がざわついて旦那様に甘えたくなれば、今度は隠さずにそのまま真っ直ぐ甘えればいいのだから。
もう、お酒の力に頼る必要なんてどこにもない。頑丈で温かい住居にて安静にし、食事は冷凍室から毎日新鮮なものが運ばれ、たまにミツネたちの子どもたちが「オウガママ、体調どう?」と様子を見に遊びに来てくれる。
そんな、この上なく穏やかで楽しい生活を過ごしていた、ある日のことだった。防壁の向こうから、聞き慣れない大型モンスターの足音が都へと近づいてくるのが分かった。
私は大きくなり始めたお腹を優しくさすりながら、どこか達観したような、穏やかな笑みを浮かべる。
「ふふ……また、一匹、やってきたのね」
きっと、かつての私のように噂を聞きつけて辿り着いた、新しい迷子なのだろう。そして――間違いなく、またあの優しくて罪な旦那様の番が、新しく増えることになるに違いない。
皆様は吐血しないように適度にストレス発散しましょうね♡
じゃないと作者みたいに胃がぶち壊れますわよ♡
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