とあるリオレウスの異種族ハーレム物語   作:元洋菓子職人II

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ふう…一通り悲劇のヒロインの構想を練り終えはした。
ようやく一息つける…。


マガイマガド

 私には、雌としての魅力など欠片もない。その残酷な事実を、私は誰よりも自分自身でよく知っていた。他の雌のような、誰もが惚れ惚れするほどに艶やかな漆黒の甲殻もなければ、一度に沢山の子孫を産み落とせるような大柄な体躯もない。己の肉体の不完全さなど、とうに理解していたのだ。

 

 だからこそ、私はけっして高望みなどしなかった。大層な雄など求めず、ただ、自分の身の丈に合った静かな恋をしよう。そう心に決めていたのだ。

 

 近くに、いつも他の強い群れや個体に圧され、惨めに燻っている一頭の雄がいた。実力も、種としての格も、決して高くはない彼。けれど、不器用で、この世界に寄る辺ない私となら、互いに足りない部分を補い、寄り添い合って細々と生きていけるかもしれない。

 

 そう、淡い願いを抱いて私は、自らの爪で死に物狂いになって仕留めた、極上の獲物の肉を彼の前にそっと差し出した。そして、精一杯の親愛とこれからの覚悟を込めて、控えめに、優しく喉を鳴らした。

 

 それは私の不器用な求愛だった。

 

 しかし――彼の見せた反応は、私の抱いたささやかな期待を、あまりにも無残に打ち砕いた。彼は、私が差し出した肉を忌々しげに力任せに蹴り飛ばした。

 

 そして、見たこともないほどに歪んだ、根拠のない自信に満ちた瞳で、這いつくばる私を傲慢に見下ろしたのだ。

 

 「……俺は雌に求愛されるほどの雄だぞ?俺はもっと上の、極上の雌を番にできるはずだ!」

 

 喉を不快に震わせ、中身の伴わない傲慢な咆哮が私の鼓膜をつんざく。

 

 「俺の番はお前なんかじゃない!消えろ、貧相で醜い雌が!」

 

 ショックのあまり、頭の中が真っ白になった。指先一つ、身動きひとつできない私に向かって、彼は容赦なく襲いかかった。ただ「雌に乞われた」という事実だけで、肥大化して狂ってしまった歪な自尊心を誇示するためだけに。

 

 私を痛めつけることで、自分が強くなったと錯覚したいがために。

 

 容赦のない爪と牙が、私の無防備な身体を何度も何度も激しく打ち据える。

 

 そして――バキ、と。

 

 鈍く、あまりにも惨めな音が、私の頭部で虚しく鳴り響いた。マガイマガドの絶対的な誇りそのものであるはずの『兜角』。その片方が、何の意味もない理不尽な暴力によって叩き折られ、冷たい泥の中に転がった。

 

 彼は、私が失った誇りをこれ見よがしに足蹴にし、勝ち誇ったように鼻を鳴らすとそのまま去っていった。冷たい泥の中に這いつくばりながら、私はただ、じっとその痛みに耐えていた。

 

 不思議と、怒りは湧いてこなかった。私を無残に拒絶した彼への怒りも、大切な角をへし折った世界への理不尽な怨みも、何一つとして湧き上がりはしなかった。私の心の中を完全に満たしたのは…底なしの、深い深い自己嫌悪だけだった。

 

 「私は……あんな、底辺にいるような雄にさえ娶ってもらえない……何の価値もない、醜い雌なのだ」

 

 折られた角の断面から、熱い血とともに、私の感情の象徴である鬼火が噴き出す。

 

 けれど――その炎は、マガイマガド特有の、あの禍々しくも美しい紫の輝きを完全に失っていた。

 

 熱を持たず、かえって自らの体温をじわじわと奪っていくような……弱々しく冷たい、灰青色の煙。

 

 私は、生まれ育ち、住み慣れた巣をすべて捨てた。自分がどれほど惨めな存在なのか、それを突きつけられる場所から逃げるように。ただひたすらに、ただ倒れないためだけに、あてのない彷徨の旅へと、私はボロボロの身体を引きずりながら這い出したのだった。

 

 「私は……もう、恋なんかしない」

 

 私はそう、固く心に誓っていた。

 

 しかし、この世界は広く、そして残酷なほどに、どこもかしこも温かい『愛』の気配で満ち溢れていた。

 

 寒冷群島の凍てつく冷たい海を歩けば、寄り添って互いの毛並みを愛おしそうに整え合う、ルナガロンの番の姿が視界に入る。

 

 砂原の激しい砂嵐が吹き荒れる中、大空を仲睦まじく旋回するリオレウスとリオレイアの美しい紅と緑の影を見上げる。

 

 それらを目撃するたび、私は己の欠落を何度も突きつけられ、胸が引き裂かれるように痛んだ。歩く途中で覗き込んだ水面に映る、半分失われた、あの無様で不恰好な頭部…。

 

 「私は……誰の隣にも、立つことすら許されないのだ」

 

 世界そのものから排斥され、拒絶されているような圧倒的な孤独感が、私のボロボロの身体を内側からじわじわと蝕んでいく。腹が減れば、強いモンスターが残していった惨めな死肉を漁るか、辛うじて動く小さな小動物を泥まみれになって口にするだけ。

 

 かつて怨虎竜と恐れられていた頃の威厳など、今の私からは完全に消え失せていた。泥と雪に薄汚れた、ただの哀れな獣として、私は世界各地を当てもなく漂流し続けた。

 

 ◆

 

 一体、どれほどの孤独な月日が流れただろうか。激しい嵐をようやく抜けた先で、私の重い足がふと、止まった。ツンと鼻腔をくすぐったのは、私がずっと嗅ぎ続けてきた戦いの硝煙の匂いでも、誰かが流した血の不快な臭気でもなかった。

 

 ひどく穏やかで、そして――信じられないほどに数多の『生命』が満ち溢れている温かい匂い。ゆっくりと視界が開けたその場所は、かつて人間が栄え、今は遺棄されたはずの広大な――「竜の都」と呼ばれる街だった。

 

 防壁の奥から漏れ聞こえる、子供たちの無邪気な笑い声。私は片方の角を失った頭を小さく揺らしながら、そのあまりにも野生の常識からかけ離れた、世界のどこよりも生温かい都の入り口を、ただただ静かに見つめていた。

 

 やがて、私は街の冷たい石造りの物陰に深くその身体を潜め、完全に息を殺した。ひどく穏やかで温かい生命の匂いに引き寄せられて、ここまで来てしまった。けれど、野生のモンスターである私にとって、この場所はあまりにも未知であり、不気味すぎた。今すぐ引き返すべきだ。そう本能が告げている。しかし――

 

 「お姉さん、そこにいるんでしょ?」

 「……っ!?」

 

 不意に、すぐ近くで幼い声が聞こえた。私は心臓を激しく跳ね上がらせ、周囲を鋭く見渡す。だが、誰も見当たらない。

 

 「こっちこっち。下を見て」

 

 言われた通りに、おそるおそる視線を真下へと向ければ。そこには、私の足元にちょこんと佇む、まだ私の前脚のサイズほどしかない小さなナルガクルガ?がいた。

 

 「着いてきて」

 

 子供は私の巨大な体躯や、不気味に揺らめく灰青色の煙を恐れる様子も一切なく、無防備にその小さな背中をこちらへ向けてトコトコと歩き出した。

 

 (……そんなのじゃ、野生では一瞬で他の捕食者に喰い殺されて生きていけないわよ)

 

 あまりにも警戒心の足りない子供の姿に、呆れとも危うさともつかない感情を抱きつつも、私は何故かその小さな背中の後ろを、引き寄せられるようにして静かに着いていった。

 

 そして――その都の中心、ひときわ大きく開けた広場に着いた時、私は文字通り身体が凍りついた。

 

 そこに君臨していたのは、圧倒的な威厳を放つ一頭のリオレウス。だが、その王の周囲を囲む光景があまりにも異質すぎた。

 

 彼の傍らに寄り添うのはリオレイアだけではない。その隣には、美しい桜色のリオレイア亜種。それだけにとどまらず、本来なら出会った瞬間に縄張り争いの殺し合いを始めるはずのライゼクス、ベリオロス、ティガレックスが、獰猛な牙を隠して穏やかに喉を鳴らしている。

 さらに、本来なら気配すら見せないはずの暗がりに潜むナルガクルガ、初めて見る雌のタマミツネ、そしてタマミツネとは犬猿の仲であるはずのジンオウガまでもが、その一頭のリオレウスをこれ以上ないほど愛おしそうに全方位から囲っていたのだ。

 

 そして……人間の、ハンター。

 

 本来なら出会えばどちらかが肉片になるまで殺し合うはずの強者たち。その恐るべき8頭の雌たちが、嫉妬で血を流すような喧嘩をすることもなく、全員が純粋な愛と情熱を持って、たった一頭の雄を愛おしそうに囲い込んでいる。人間のハンターは武器を構えることすらなく、ただその異様な光景のすぐ側で、呆れたように佇んでいる。

 

 「……あ」

 

 私の喉から、声にならない掠れた音が小さく漏れた。

 

 私は――あんな群れの底辺にいるような、卑屈で傲慢な雄にさえ、番として、雌としての価値すら認められずに無残に拒絶されたのに。ここには種族の壁も、強さの壁も、野生の理すらも超えて、8頭もの恐るべき世界の頂点たる強者たちに心の底から愛され、それを美しく、当然のように統べる者がいる。

 

 世界は、これほどまでに不平等で…そして私は、これほどまでに惨めで、価値のない生き物なのか。目の前に広がる、残酷なまでの圧倒的な格差。それをまざまざと突きつけられ、私の角が折れた無様な頭部から、そして背中から立ち上る灰色の炎が、今にも絶望で消え入りそうなほどに、激しく、哀しく揺らいだ。

 

 ビクリと身体を強張らせた瞬間、中央に君臨するリオレウスの、鋭くも深い眼光がまっすぐに私を捉えた。そして近づいてくる。その肉体は、遠目から見るよりも私を遥かに凌駕する巨躯だった。

 

 彼は静かに私の目をみつめ、低く響く声でこう問いかけてきた。

 

 「お前も……俺の庇護下に入りたいのか?」

 

 庇護下? その言葉の意味が、私の頭の中で上手く結びつかない。怪訝そうにする私を見て、リオレウスはわずかに首を傾げた。

 

 「……知らないのか? 今どき珍しいな。俺はこの近くだと、それなりに有名なんだが……」

 

 知らない。何も知らなかった。けれど、ここがあなたの街で、あなたが絶対的な王なのだということだけは十分に理解できた。そして同時に、強烈な惨めさが胸を突き上げる。8頭もの美しい雌たちを従える王の前に、角の折れた、灰色の煙を吐く哀れな落伍者が立っているのだ…。

 

 「私のような……醜い女は、すぐに去るべきよ」

 

 声にならない拒絶を呟き、私はその場から逃げ出すように背を向けた。

 

 しかし、去ろうとした私を、リオレウスの静かな声が呼び止めた。

 

 「まあ、待て。そんなに泥で汚れたままでいるわけにはいかないだろう。――ミツネ、彼女を水場に案内してやってくれ」

 

 その言葉に応じるようにタマミツネがしなやかに進み出た。彼女は嫌悪の情を見せるどころか、むしろ歓迎するように、優雅に頭を垂れてそれを快く了承した。

 

 (……別に、汚れなんて放っておけばいい。そのうち雨に打たれたら落ちるのだから、必要ないわ。それに…汚れが落ちた所で、私が醜い雌である事実は変わらないのだから…)

 

 そう言って頑なに断ろうとした私だったが、彼女は、私の拒絶など最初から聞こえていないかのように、その美しい尾で、半ば強引に私を澄み切った水場へと連れて行った。

 

 ◆

 

 水場に到着すると、彼女は柔らかな泡と清らかな水で、私の泥だらけの甲殻を優しく洗い流し始めた。その心地よさに身を委ねながらも、私の胸の中にはどうしても抑えきれない疑問が渦巻いていた。

 

 私は、ずっと気になっていたことを彼女に尋ねてみることにした。

 

 「あなたはどうして、彼を愛しているの?」

 

 前を歩く彼女の美しい背中を見つめながら、言葉を重ねる。

 

 「彼は……番があなた以外にもいる、女誑しで……リオレウスの雄としては、駄目な雄のはずだと思うのだけれど……」

 

 一頭の雄を多くの雌で奪い合うのではなく、全員が平穏に彼を囲んでいる。そんな歪な関係がなぜ成立しているのか、私にはどうしても理解できなかった。私の不躾な質問に、彼女は気を悪くする風でもなく、ただ優しく微笑みながら答えた。

 

 「惚れたからですよ」

 「そりゃ……惚れたから番になるのは当然だと思うのだけれど……普通は他にも番がいたら、番にはならないはずよ?」

 

 一対一の絆こそが番のあり方だと信じていた私にとって、彼女の言葉はあまりにもあっさりとしすぎていた。すると彼女は、泡をきらめかせながら私を振り返った。

 

 「でも、旦那様は私を娶ってくれた。どうしてだか分かりますか?」

「……わからない……」

 

 拒絶される恐怖しか知らない私に、その答えが導き出せるはずもなかった。私が首を横に振ると、彼女はどこか愛おしそうに目を細めた。

 

 「『惚れさせた責任は取らなければならない』だそうですよ。ふふふ」

 

 惚れさせた……責任?

 

 その言葉が、私の頭の中で何度も木霊する。

 

 自分を誇示するためだけに私を拒絶し、角を折ったあの雄の姿が脳裏をよぎる。それとはあまりにも対極にある、リオレウスという雄の、呆れるほどに真っ直ぐで不器用な誠実さ。

 

 その底知れない包容力の片鱗に触れた瞬間、私の凍りついていた心に、温かな波紋が静かに広がっていくのを感じていた。

 

 ◆

 

 タマミツネに美しく磨き上げられ、私はリオレウスのいた広場へと戻った。まだ心は、先ほどの「惚れさせた責任」という言葉に惑わされたままで、足元がおぼつかない。

 

 広場に入ると、巨躯を横たえていたリオレウスが私に気づき、その鋭くも温かい目を向けた。

 

 「おかえり。おお、泥が落ちて『綺麗』になったな!」

 

 綺麗……?

 

 その言葉が誰に向けられたものなのか分からず、私は思わず自身の周囲を見回してしまった。ここには私以外にも、息を呑むほど美しい雌たちがたくさんいるのだ。

 

 「……綺麗? 誰に言ったの?」

 

 私の問いかけに、彼は不思議そうに首を傾げた。

 

 「……? お前に決まっているだろう?」

 「……私……?」

 

 心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

 

 あの傲慢な雄に「貧相な雌」となじられ、誇りである角を無残に折られた記憶が、鮮明に蘇る。世界のすべてから拒絶された私が……綺麗なはずがない!

 

「冗談はやめてほしい……私が…私が綺麗なわけない!」

 

 私は叫んでいた。その悲鳴のようなその声を、広場にいた者たちは静かに受け止めた。 私の叫びを聞いたリオレウスは、酷く痛ましそうな目を向け、ぽつりと呟いた。

 

 「……これは重傷だな……」

 

 彼のその言葉に、隣に寄り添っていたリオレイアが、からかうような、しかし確かな信頼の籠もった目を向けて言った。

 

 「レウス、今回は初めて番に出来ないかもしれないわね?」

 

 リオレウスは大きな翼を少しすぼめ、困ったように溜息をつく。

 

 「俺は番を増やしたくて増やしたわけじゃない。ただ、責任を取っていたらこんなに増えちまったんだよ。レイア」

「ええ、分かっているわよ」

 

 リオレイアは優しく喉を鳴らし、彼の言葉に深く同意するように首を寄せた。

 

 目の前で繰り広げられる、あまりにも自然で、温かい信頼に満ちた会話。傷ついた私を前にして、彼らは怒ることも、憐れむこともせず、ただ私の歪んだ心をそのまま包み込もうとしていた。 彼らの言葉の意味を咀嚼しようとするたび、私の胸の奥が、じんわりと熱くなっていくのを感じていた。

 

 やがてリオレウスが私に静かに言った。

 

 「その心につけた大きな傷は……その角が原因か?」

 「…………」

 

 私は答えなかった。いや、答えたくなかった。泥を落とした今、半分失われた角が私の惨めさを何よりも饒舌に物語っている。それを言葉にする勇気など、私にはなかった。

 

 「……話したくないのなら話さなくていい。君のように心に傷を負ってここに来たモンスターは、俺の番にもいる。少しでも癒えるまで、この街で過ごすと良い」

 

 彼はそれ以上追及せず、ただ大きな翼を広げた。

 

 「ハンター、彼女に合う家まで案内してくれ」

 

 その言葉に応じるように進み出たのはハンター。かつて私の記憶にあるハンターは、武器を振るい、骸を剥ぎ取り、牙を剥く凶暴な狩人だった。

 

 しかし、目の前にいるその男には、私に対する敵意も殺気も一切ない。それどころか、私に怯える風もなく、優しく手招きをして見せたのだ。モンスターと人間が、これほど自然に言葉を交わし、共生している。そのあり得ない光景に戸惑いながらも、行く当ても戻る場所もない私は、大人しくそのハンターの背中を静かに追いかけることにした。

 

 ◆

 

 人間にモンスターの言葉は分からない。それはこの世界を生きる私たちの、絶対的な常識のはずだった。

 

 だからこそ、彼の背中を追う道中、私はただの独り言として、漏れ出るように声を出してしまったのだ。

 

 「どうしてあなたは、あのリオレウスと同じ都で住むことができるのだろう……」

 

 すると、前を歩いていたハンターが不意に足を止め、こちらを振り返った。そして、私の顔を見ながら、屈託のない笑顔で答えた。

 

 「あいつとは友達だからな」

 

 まさか返事が返ってくるなどとは夢にも思わず、私は驚きのあまりその場に凍りついた。

 

「どうして人間がモンスターの鳴き声を理解できるか、不思議か?」

 

 ええ……。モンスターの鳴き声を正しく理解し、会話を成立させる人間に会ったのなんて、私の生涯で初めてよ。

 

 「まあ、この都にいる人間は俺だけだからな。話し相手はレウスたちモンスターしかいなくてさ」

 

 ハンターはどこか懐かしむように、遠い目をしながら語った。

 

 「あと、シンプルに付き合いが長くなったから、自然と分かるようになったんだ。お前の言ったことも、なんとなくニュアンスでね。もちろん、まだ全部じゃないけどな」

 

 そう笑いながら、彼は再び歩き出す。

 

 人間が、モンスターを「狩る対象」ではなく「話し相手」として選び、時を重ねてその声を理解するようになった。その気の遠くなるような日々の積み重ねと、彼のまとう底抜けの温かさに、私の胸のざわつきは少しずつ静まっていった。

 

……あれ?ちょっとまって、私も人間の言葉を理解してない?

 

……まあいいか。

 

 そうして話しているうちに、私たちは空き家がたくさん立ち並ぶ区画へと到着した。

 

 「マガイマガドが住むならこの辺りが丁度いいだろう。どれも空き家だから、好きな家を巣にするといい」

 

 そう言ってハンターは、近くにあった古びた噴水の縁へ、疲れたように腰掛けた。 私は彼の背中を見つめながら、ずっと喉につかえていた疑問を口にした。

 

 「なぜ……この街には、人間があなた一人しかいないの? 」

 

 私の問いに、ハンターは再び遠い目をし、どこか苦い思い出を振り返るように小さく息を吐いた。

 

 「俺たち人間が、あのリオレウスの怒りを買っちまったからさ」

 

 あのリオレウスの、怒り?

 

 「そう。昔、身の程知らずな馬鹿な王様と、報酬に釣られたハンターどもがいてな。そいつらがあいつの逆鱗に、文字通り地雷を踏みまくったんだ。結果として、俺たち人間はこの都を丸ごと献上することで、かろうじてあいつの怒りを鎮めたのさ」

 

 人間が都を献上した。圧倒的な強者の一撃を恐れて、住処を明け渡したということか。 それほどまでの恐怖の象徴であるはずの王の足元に、なぜこの男はまだいるのか。

 

 「なら……なら、なぜ貴方はこの街に残っているの?」

 

 ハンターは、可笑しそうに肩を揺らしながら語った。

 

 「一方的ではあるが、奴の酸いも甘いも、浮気も修羅場も軟禁も……全てを最前線で見守り続けてきた長い付き合いだからな。あいつはな、モンスターのくせに妙に人間くさいところがあるんだよ」

 

 なるほど……一方的とはいえ、それだけ長い時間を共に過ごしてきたということか。 というか、今、明らかに聞き捨てならない不穏な言葉がいくつか混ざっていた気がするのだけれど……。

 

「浮気と軟禁のことか?」

 

 ハンターがニヤリと笑う。

 

 「そう、それ。……本当の話なの? 」

 「マジだぜ。あいつは昔、ナルガクルガに不倫して妊娠させただけでなく、その不倫の罰としてレイアたちに雪山へ追い出されたんだ。で、その追い出された先で、今度はベリオロスに軟禁された」

 「とんでもない雄じゃないの……あのリオレウス」

 

 広場で見た、あの絶対的な王のイメージが、音を立てて崩れていく……

 

 「とんでもない雄だぞ。まあ、もっととんでもないのは……その修羅場を全部乗り越えて、最終的に全員を番にしちまうところなんだけどな」

 

 それは、激しく同意するわ。 私の頭をあんなにも悩ませていた「8頭の雌を従える美しき王」の真実。それは、ただただ呆れるほどに情熱的で、泥臭い修羅場をくぐり抜けてきた、とんでもない雄の歴史だった。

 

 けれど、不思議と嫌な気はしなかった。完璧な王ではなく、どこか致命的に不器用で、それでも最後には全員の責任を取った雄。

 

 あの傲慢に私を足蹴にした雄とは、やはり何かが決定的に違っていた。




悲劇のヒロインは皆様の予想通り、ゴア・マガラではあります。しかし、正確に言えばゴア・マガラではありません。

ゴア・マガラの生態をよく見直してみれば、悲劇のヒロインはゴア・マガラではないことを理解出来ると思いますよ。

あ、因みに冒頭の雄マガイマガドがアンケートのマガイマガドになります。

執事と正妃を地獄に落とすならどれが良い?

  • 空飛ぶイビルジョー
  • レウスが連れてきた怨嗟童貞マガド
  • 何故か死んでない混沌ゴア
  • レウスにボコられ、八つ当たり中のネギ
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