「い、嫌……」
震える声で、私はそう告げていた。拒絶の言葉を口にした私の視界で、リオレウスはわずかに目を見開き、そして悲しそうな目をした。
「違う……違うの……っ」
私は狂ったように頭を振った。違う。あなたが嫌いなわけじゃない。そんなはずがない。これほど私を真っ直ぐに求めてくれた雄なんて、私の生涯にただの一頭もいなかったのだから。
「あなたが嫌なんじゃない……」
「…………」
「怖いのよ……! また、誰かを信じて……また、誰かを好きになって……また、あの日みたいに無残に捨てられるのが……本当に、怖いの……っ!」
胸の奥底にずっとへばりつき、私の呼吸を止め続けていたトラウマが、ついに血の混じった悲鳴となって叫びをあげた。角を折られた痛みが、泥の冷たさが、自尊心を粉々に砕かれたあの夜の記憶が、私の身体を激しく震わせる。
私の胸の内をすべて聞き届けたリオレウスは、一度、静かに目を閉じた。
そして――再び開かれたその双眸が、確固たる「覚悟」の光を宿した瞬間、彼は私の身体を強く、しかし、どこまでも優しく床へと押し倒したのだ。
「俺は捨てないよ。絶対にな」
仰向けになった私の上に、彼の巨躯が覆い被さる。逃げ道を完全に塞ぐように、その一対の翼が私の周囲を囲んだ。
「寧ろ……逃がさない」
レウスは至近距離で、燃えるような真剣な目をまっすぐに私に向けて告げた。
「逃げたければ、どこへでも逃げればいい。けれど――俺はどこまでもお前を追いかけ、どこまでもお前を求めるぞ」
その掠れた、けれど熱く傲慢なまでの言葉が、私の凍りついた鼓膜を激しく震わせた。
「ひゃうっ……!」
彼が私の首筋に優しく牙を立て、契りの証を刻もうとしたその瞬間。
ふと、私の視界の端に、広場を囲むリオレイアたちの姿が嫌でも目に入った。
彼女たちの双眸は一様にニヤニヤと歪んでおり、この状況を心底から面白がり、楽しんでいることに私は今更になって気づいたのだ。
「――っ、あ……!?」
それと同時に、彼女たちに私が彼に押し倒されている姿を特等席で見られているという強烈な羞恥心が、一気に脳内を支配した。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる……!
私はカッと身体を熱くさせ、それまでのシリアスな空気も忘れて、彼の巨躯の下でジタバタと激しく四肢をもがかせた。
放して、お願いだから一度放して……!
しかし、彼の拘束からは、文字通り一歩たりとも逃げ出すことはできなかった。
「言っただろう。逃がさない、と」
彼の低い声が耳元で響く。どれだけもがこうが、暴れようが、彼が私を閉じ込める翼の檻はびくともしない。優しく、けれど絶対に私を解放しないという、圧倒的な力によって。
やがて――私の必死の抵抗を嘲笑うかのように、熱い吐息と共に、首筋へ深く、深く牙が立てられた。
「ひゃ、あ……っ!」
チクッとした痛みが走るが、すぐにそれを塗りつぶすような甘美な熱が全身の血を駆け巡る。私の首筋に、消えることのない彼の契りの証が、確かに刻まれてしまったのだ。
呆れるほどに『傲慢』な力業によって。
やがて私の首筋に立てられていた牙が、名残惜しそうにゆっくりと抜かれる。
そこから溢れ出した全身の血を駆け巡る甘美な熱に、私が声を漏らすこともできずただ悶えていると、彼は私を組み伏せたまま、見守っていたリオレイアたちのほうを向いた。
「レイア、今度は俺に彼女を貸してくれ」
先ほどまでのトーンとは打って変わり、どこか低く色を帯びた彼の声に、彼女はすべてを察したようにフッと艶やかに微笑んだ。
「はいはい。2匹で楽しんでね」
リオレイアはそう言って、当然の権利を行使するように踵を返して去ろうとした。しかし、その背後で、まだ物足りなさそうに羽をパチパチと震わせていたライゼクスが、不満げに喉を鳴らした。
「え〜……面白そうなのに……」
最後まで特等席で見届けようと残念そうに呟くライゼクスに、リオレイアは容赦なくその太い尾で彼女の背中を小突く。
「ゼクス、文句言わないの。彼女も恥ずかしがっているし、帰るわよ」
リオレイアがそう言って、なおも駄々をこねるライゼクスを半分力尽くで連れ去っていった。
「じゃ、俺もチビたちと遊ぶ予定があるから帰るわ」
近くでやれやれと肩をすくめていたハンターも、邪魔者は退散だと言わんばかりにひらひらと手を振って去っていった。
賑やかだった足音がひとつ、またひとつと遠ざかり、広大な王城の広場に静寂が戻ってくる。
残されたのは、私と彼だけ。
静まり返った空気のなかで、再び、じっと目と目が合う。
見上げる彼の目は――先ほどまでの威厳も、真面目な堅物さもどこかへ消え去り、抗いがたい熱に浮かされ、興奮しているようにトロンと潤んでいた。
彼のその眼差しを見つめながらも、私の心の奥底に根付いた呪いは、なおも往生際悪く自身を卑下する言葉を紡ぎ出させた。
「……私には、雌としての魅力など欠片もないのよ。あの雄の言う通り、貧相で、価値のない雌なの……」
「それはないな。お前が何と言おうと、俺がそれを全力で否定するから」
リオレウスは私の言葉を即座に遮り、その大きな顎を私の頬に優しく寄せた。
「……他の雌のような、誰もが惚れ惚れするほどに艶やかで美しい甲殻だって、私にはないのよ」
「お前は美しい。世界中のどのマガイマガドよりも、俺の目を惹きつけて離さない」
「私は……一度にたくさんの子孫を産み落とせるような、立派な体躯もない……っ」
「そんなものは関係ないさ。一度にたくさんじゃなくていい。俺とお前で、ゆっくり、長い時間を掛けて、たくさんの可愛い子どもたちを作っていこう」
私が自分を傷つけ、貶める言葉を口にするたびに、彼は一切の迷いもなく、そのすべてを即座に、そして完璧に否定してみせた。
(ああ、もう……本当に、とんでもない雄……)
どれだけ自分が無価値だと叫んでも、彼の底知れない抱擁と甘い言葉の雨が、私のなかのドス黒い自己嫌悪を力尽くで洗い流していく。彼が紡ぐ言葉の一つ一つが、私の身体を蝕んでいた冷たい記憶を少しずつ吹き飛ばし、私の内側から純粋な熱だけを引き出していく。
「だから……もうそんな風に自分を虐めるのは終わりだ。これからは、俺だけを見ていればいい」
トロンと熱を帯びた彼の黄金の双眸が、私の視線を完全に絡め取る。
「改めて聞くぞ。……俺の番になれ」
私を完全に組み伏せたまま、じっと目を合わせて彼がそう聞いてくる。
……本当に、酷い雄。あんなにも傲慢に、私の首筋へ二度と消えない契りの証を深く刻みつけて、私の逃げ道をすべて塞いでおきながら、わざわざ私の口から、明確な言質を引き出そうとするなんて。
けれど――もう、私の心に迷いはなかった。彼を見つめる私の視界は熱く潤み、背中の炎は彼の体温と混ざり合って、かつてないほど激しく爆発的に燃え上がっている。
私は震える呼気を漏らしながら、覚悟を決めて大顎を開いた。
「……ひとつ、お願いがあるわ」
「なんだ? なんだって言ってみろ」
彼のトロンとした瞳に、あからさまな期待の光が籠もる。そのどこまでも真っ直ぐで、子供のように純粋な顔を見つめながら、私は私のすべてを彼に委ねる言葉を紡いだ。
「――『惚れさせた責任』を、今、ここで取って」
あの私がこんなにも熱く、みっともない言葉を口にするなんて、今朝までの自分なら夢にも思わなかったわ。
「私を……二度と、手放さないで……!」
私のその言葉が合図だった。
「――ああ、絶対に手放さない。約束だ」
彼のその揺るぎない誓いを聞いて、私の心のなかの最後の薄氷が、音を立てて完全に融け去った。私は真っ直ぐに彼を見つめ返し、自らの覚悟を言葉に乗せる。
「私は……あなたの番になりたいです」
「ふふ、言質もらったぞ」
「私を……あなたの番にしてください」
「勿論だ。お前は俺の番で、俺がお前の番だ」
「私の……あの雄の記憶を、あなたの記憶で上書きしてください」
「任せろ。一欠片も残さずに、全てをお前のなかから上書きしてやる」
そう言って、至近距離にある彼の双眸に、いよいよ逃れようのない濃厚な熱が籠もる。彼が私の首筋を優しく這うように舐め上げながら、低く掠れた声で囁いた。
「身も心も蕩けるような優しくて甘いのと、それとも、あの過去の傷をすべて忘れ去るほどの激しくて暴力的なの……どっちがいい? 好きな方を選べ」
え……。それって、つまり……ほ、本当に、今からここでする、ってこと……!?
頭が沸騰しそうなほどの羞恥と、それを上回る渇きが身体の芯を突き抜ける。
「どっちがいいんだ? 優しくか? それとも、激しくか?」
逃がさないとばかりに組み伏せる彼の重みを感じながら、私は……もう一度、強く覚悟を決めた。今、ここで、私は彼にすべてを捧げる。
けれど……そうね。優しくか、激しくなら……。
「どっちも欲しい、じゃ駄目……?」
私は彼の熱い胸板に前脚を添え、精一杯の上目遣いで彼に願いを伝えた。
私の予想外の答えに、彼は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。けれど、すぐにその顔を、獰猛で、どこまでも愛おしそうな極上の笑顔へと変えてみせた。
「ふっ……お前は強欲だな。両方欲しい、と言うか。――だが、それでいい。その強欲さこそ、俺の番に相応しい。いいだろう、お前の望むすべてをくれてやる」
やった……! 嬉しい……!胸の奥から湧き上がる純粋な喜びに、私の炎がさらに色鮮やかにパチパチと火花を散らす。
けれど、彼は私の歓喜を優しく征するように、トロンと潤んだ瞳の奥で、ギラリと猛々しい雄の光をぎらつかせて言葉を続けた。
「だけど……激しい方は、覚悟しろよ? 本当に……本当に激しいからな?」
その言葉と共に、彼の大きな翼が私を完全に包み込んだ。
「お願い……。来て」
私からその言葉が零れ落ちた瞬間、私と彼の交尾が始まった。
(お、
突如として身体の奥底を貫いた激しい痛みに、私は息を詰まらせ、咄嗟に彼の逞しい首筋へと必死で牙を立てた。逃げ出すためではない。押し寄せる衝撃に耐えるため、彼から引き離されないよう、四肢の爪を立てて力の限り彼の身体へとしがみついた。
「痛いか?」
耳元で、彼の低く掠れた声が響く。
「痛い……! 凄く、痛い!でも…」
けれど、私の身体を苛むその痛みは、かつて味わった理不尽な暴力とはまるで違っていた。内側からすべてを焼き尽くすような、圧倒的な熱を孕んだ痛み。
「辞めないで……。私の、あの雄の記憶を、全て上書きするまで……っ!」
牙を立てたまま、私は彼に懇願した。
「あの夜を、傲慢な咆哮を、私を縛り付けるすべての呪いを、あなたの圧倒的な熱量で塗り潰して…!」
「……分かった。ゆっくり、動くぞ」
彼は私の痛みに寄り添うように優しく喉を鳴らすと、宣言通り、身と心が本当に蕩けてしまうような、どこまでも優しくて甘い交尾をしてくれた。その甲斐あって、そう時間がかからないうちに身体を苛んでいた痛みは、波が引くように心地よい快楽へと変化していった。
しかし――私は気づいていた。私を覆い尽くす彼の肉体が、どこか微かに強張り、少しだけ苦しそうな息を漏らしていることに。
彼は私を傷つけないため、その圧倒的な雄としての本能を、必死の理性で「優しく、ゆっくり」に抑え込んでいるのだ。彼にとって、本当はもっと激しく、猛々しく動く方が気持ちがいいはずなのに。
私のために、彼がそこまで己を律してくれている。その底なしの愛しさが、私の胸の奥をこれ以上ないほどに熱く灼いた。
だから――私は彼の首筋にしがみついたまま、耳元で強く叫んだ。
「我慢……しないで……!」
その言葉に、リオレウスの双眸が大きく見開かれる。
「身も心も蕩ける甘いのなんて……もう、お腹いっぱい、十分に貰ったわ……!」
「お前……!」
「次は、あの忌々しい過去の傷を…すべて根元から吹き飛ばして忘れ去るほどの、激しくて暴力的なのを頂戴……!」
私の強欲な、そして彼をすべて受け入れるという決意の叫び。
それが、彼の理性を繋ぎ止めていた枷を、完全に引き千切った。
「――後悔するなよ」
低く、地響きのように響いた彼の声が、雄の獰猛な咆哮へと変わる。
次の瞬間、世界が反転したかのような凄まじい衝撃が私の身体を貫いた。優しさの欠片もない、雄としての圧倒的な本能の暴力が突き刺さってきた。
「ひゃあぁっ……!?」
あまりの激しさに視界が真っ白に染まり、私は声にならない悲鳴をあげた。激しく打ち付けられるたび、頭が狂ってしまいそうなほどの衝撃と快楽が脳内を蹂躙していく。
けれど、不思議と怖くはなかった。激しくなればなるほど、私を苦しめていたあの雄の影が、文字通り木端微塵に砕け散り、彼の熱によって消し飛んでいく。私のなかは、今や一欠片の隙間もなく、彼という絶対的な存在だけで完全に満たされ、上書きされていく。
「あ、あぁ……っ! れう、す……っ!」
快楽の絶頂のなかで、私は彼の名前を何度も狂ったように呼び続けた。
そして気づけば、半分折れた兜角の断面から、全身の甲殻から、今や灰色の煙など一筋も見当たらない。かつてないほど濃密で、気高き美しさを放つ紫の炎が、どこまでも激しく燃え盛っていた。
◆
腰が……砕けた。指先ひとつ、一歩も……動けない。
けれど、私の心はこれまでにないほど深く、穏やかな「幸せ」で満たされていた。
朝、あのジンオウガが愛おしそうにお腹を撫でながら言っていた幸せって、こういう気持ちだったのね。生まれて初めて、私はその本当の意味を知ることができたわ。
「おい、大丈夫か?」
上を向いたままぐったりと動けない私を心配して、リオレウスが顔を覗き込んできた。
本当に……本当に激しかった。彼が理性を外した後の猛烈な嵐のような衝撃は、私を苦しめていたあの過去の雄の顔なんて、綺麗さっぱり思い出せなくなるくらいに凄まじかった。
でも、その後に、私を労わるように紡がれた二度目の「優しい甘さ」が、本当に、心から気持ちよかった。
甘い、激しい、そしてまた甘い――その完璧な順番でこれ以上ないほど深く愛され、私は新しい番としての幸福を噛み締めていた。
けれど……私のなかで、たったひとつだけ、小さな不安が頭をもたげていた。
(ねぇ……私は、これ以上ないほど満足しているけれど……あなたは、満足してくれた?あなたを、ちゃんと気持ちよくさせられたかしら……?)
激しくなってからは、本当にあっけなく快楽の渦に堕とされてしまった不甲斐ない私だ。番である彼を、はたして満足させられたのか、雌としての自信がどうしても持てなかった。
私の不安げな視線を察したのか、彼はふっと優しく目を細め、呆れたように、けれどこの上なく愛おしそうにこう言った。
「安心しろ ……最高に気持ちよかったぞ。お前のなかに深く注いだ俺の熱、それが何よりの証拠だ」
そう言って、彼は翼で、私を優しく何度も撫でてくれた。
よかった……番としての、雌としての最初の責務は、ちゃんと果たせたみたい。
傷だらけで角の折れた不完全な私だったけれど、彼という雄を、私は確かに満足させられたのだわ……。
私は彼の胸にそっと頭を預ける。昼間に始まったはずの情熱的な交尾は、気づけば都の空をすっかり夜の帳で包み込んでいた。
「夜飯にするか。俺の新しい番の歓迎会も含めて、今日は豪勢にいこう」
そう言って、リオレウスはまだぐったりと一歩も動けない私の身体を、その逞しい背中へと器用に、そして優しく乗せてゆっくりと動き出した。指先ひとつにすら力が入らない情けない状態だったけれど、私は彼の広い背中を手放さないように、残ったわずかな力で必死にしがみついた。
運ばれた先は、あの見慣れた王城の広場だった。
そこにはすでに、リオレイアたちがずらりと待ち構えていた。またニヤニヤとからかわれるのではないか、と私は身を竦めたけれど――彼女たちの表情は驚くほどに穏やかで、私を心から迎え入れてくれる温かさに満ちていた。
すると、タマミツネがくすくすと笑いながら、しなやかな尾を揺らして真っ先に茶化してきた。
「『腰が砕ける覚悟はしてね』って言った通りだったでしょう?」
「ええ……本当に砕けたわ。彼の底知れない体力と力強さには、完敗もいいところよ」
私の白旗に広場がどっと和やかな笑いに包まれるなか、リオレイアが私の前に進み出た。そして、慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、私を歓迎する言葉を優しく紡いでくれた。
「歓迎するわ。マガド」
世界のどこにも居場所がなく、半分折れた角を泥にまみれさせて彷徨っていた、ただの獣。そんな私に、彼らは絶対に揺らぐことのない温かな居場所をくれたのだ。
私はレウスの背の上で小さく、けれどこの上なく誇らしげに喉を鳴らし、新しく始まる「普通じゃない、愛すべき日常」の幕開けを、最高の家族たちと共に迎える。
◆
彼の番となり、新しい居場所と、完全に蘇った雌としての誇りを胸に抱いてから、早いもので数ヶ月の月日が流れていた。
今の私のお腹は……ぽっこりと、愛おしく膨らんでいた。
あの甘美な日を終え、正式に番となってからは、レイアお姉様たち一緒になって、毎晩のようにレウスを寝不足にさせ続けた素晴らしい成果だ。私は、ついに彼の子を身籠った。
私は……母になったのだ。
そっと自身の大きな前脚でお腹を撫でると、確かにそこにドクン、ドクンと存在している小さな命の鼓動が伝わってくる。あの世界一優しい彼と私の、可愛い子どもたちが、今このお腹の中で健やかに育っている。
「マガドママ〜! お腹の調子はどう?」
遠くから、楽しげな足音と共に、まだ小さな影たちがピョコピョコと勢いよく駆けてくる。あの後、無事に産まれて元気に育っている、ジンオウガの子どもたちだ。
「ええ。凄く落ち着いているわよ。いつも心配してくれてありがとうね」
私は優しく喉を鳴らし、近づいてきた彼らの小さな頭を慈しむように鼻先で小突いた。
血の繋がりなんて、ここには一滴だって存在しない。けれど、ジンオウガの産んだこの子どもたちは、同じリオレウスという偉大な父親の番である私のことを、本当の母親のように「ママ」と慕って呼んでくれるのだ。
ママ。その温かくて、どこか面映ゆい響きは、かつて孤独に凍えていた私の心に、これ以上ないほどの幸福な温もりを与えてくれる。
「早く出ておいで〜! お兄ちゃんとお姉ちゃんたちが、いっぱい遊んであげるぞ〜!」
小さな子どもたちは、私のお腹にそっと耳を当てたり、小さな前脚でぽんぽんと触れたりしながら、これから産まれてくる異種族の弟妹たちが待ち遠しくてたまらないといった様子で声をあげる。
(本当に……なんて頼もしくて、優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんでしょう)
すると、空から舞い降りたレウスが私の膨らんだお腹にそっと翼を重ね、隣に寄り添ってきた。
「母親には、もう慣れたか?」
「ええ、すっかり慣れたわ」
そう答えて、私は身体を彼の逞しい赤き巨躯へと心地よくすりつける。
「その内、本当に私の血を受け継いだ子どもたちの母親になるわ。それまで、あの子たちで母親の練習をしているつもりなの」
「それがいい。あの子たちも、お前のような母親が増えて、心底喜んでくれているからな」
幸せ。それを今、私は息をするように当然のように感じていた。あんなに冷たかった世界が、今はこんなにも温かい愛と家族で満たされている。
……そんな穏やかな時間を切り裂くように、バタバタと慌ただしい羽音が響いた。
「パパ〜! 街の外に、なんか怖いモンスターがいるの……!」
怯えた様子の子どもたちが彼の胸元へと飛び込んでくる。彼は瞬時にその双眸を細め、険しい気配を宿した。
「怖いモンスターだと? マガド、俺が様子を見てくる」
「いいえ、私も一緒に行くわ。胸の奥で、嫌な予感がチリチリと嫌な音を立てて波打っているから」
「……俺の後ろにいろよ。絶対にな」
彼の低い、しかし揺るぎない声に頷き、私は前脚を踏み締める。
「お前たちはレイアたちのところに行きなさい」
レウスの指示に子どもたちが去っていくのを見送り、私たちは静まり返った街の門の外へと足を踏み出した。
やがて、都の境界線につく。そこに、噂の「怖いモンスター」とやらが確かに佇んでいた。
異様な気配を纏い、どこか焦燥感に満ちたその姿。私たちの気配に気づいたそいつが、ギラギラと血走った双眸をこちらに向け、私を捉えた。
「やっと見つけた……! 俺だよ、俺! 覚えてるだろ、あの日お前を……!」
叫んだその姿を直視して、私は思わず首を傾げた。遠目にもわかる。そいつの頭部には、不格好にひしゃげた、片方の折れた兜角があった。同じマガイマガドの雄。
でも――。
(……誰?)
さぁ…どのくらいみっともないモノローグを垂れ流してやろうか…ふへへ…
執事と正妃を地獄に落とすならどれが良い?
-
空飛ぶイビルジョー
-
レウスが連れてきた怨嗟童貞マガド
-
何故か死んでない混沌ゴア
-
レウスにボコられ、八つ当たり中のネギ