とあるリオレウスの異種族ハーレム物語 作:火遊び竜・リオレウス
「すぅ……すぅ……」
私は規則正しい寝息を立てながら、閉じた瞼の裏で、くすりと小さく笑っていた。
寝たふりをしてこっそり聞き耳を立てていたけれど、愛しい旦那様――レウスは、今ちょうど私のことを考えてくれているみたい。
レイアお姉様に甘噛みされてデレデレしたと思ったら、今度は私の寝顔を見て深い溜息をつくなんて、相変わらず忙しいレウス。
(ふふ、本当にどうしてこうなったのやら……ですって? それはあなたが格好よすぎるからに決まっているじゃない)
心の中で愛おしさを爆発させながら、私はあの日――レウスと初めて出会った日のことを思い出していた。
無鉄砲で……考えなしで……だけど、私の世界を引っくり返してしまうほどに格好良かった、あの日の彼の姿と共に。
◆
当時、私は自分の縄張りに突如として侵入してきた「人間」――ハンターと呼ばれる存在たちと戦っていた。
彼らは私たちモンスターの巨躯と比べれば、圧倒的に小さな身体をしている。踏み潰せばそれでお終いのはずの、吹けば飛ぶような羽虫のような存在。
それなのに、私は奴らに完全に追い詰められていた。おかしな道具を使い、連携を取り、冷徹に私の体力を削っていく。
何故、奴らはわたしを狙っているのか、当時の私には何もわからなかった。
生きるためでもない。肉を食らうためでもない。ただそこに在る自然の摂理とは、何の関係もないあの冷たい瞳。まるで、ただ上から「狩れ」と命令されたから機械的に狩りに来ているような、何の感情も持っていない暗い瞳
――野生を生きるモンスターとして、私はその「未知の悪意」に、心の底から恐怖していた。バキバキと鱗が砕かれ、頭から血が流れる。
もう、動けない。冷たい鉄の刃が、私の喉元に突き立てられようとした、その絶望の瞬間だった。
「――グオォォオオオオオオオッッ!!」
大気を爆裂させるような、凄まじい咆哮が響き渡った。 ハンターたちの動きがピタリと止まる。
上空から燃え盛る巨大な火球が降り注ぎ、容赦なく人間たちを吹き飛ばした。激しい爆炎の向こうから、荒々しく風を切り裂いて舞い降りてきたのは――まだ少し小柄で、だけど誰よりも眩しい紅蓮の鱗を纏った、一頭の若いリオレウスだった。
ドゴォォオンッ!!
轟音と共に放たれた彼の火球が、地面を激しく爆砕する。その凄まじい熱風に堪りかねて、冷たい瞳をしたハンターどもが慌てて距離を取った。
砂煙が舞い上がる戦場。その真っ只中へ、彼は突っ込んできた。私を守るように、ハンターと私の間に大きな翼を広げて着地したのだ。
(な、何を考えているの……っ!?)
私は驚愕で、流れる血すら忘れて彼を見つめていた。
通常、私たち飛竜種――特に『空の王者』と呼ばれるリオレウスの血統は上空から一方的に奇襲を仕掛けるのが基本だ。
高い空から獲物を見下ろし、安全圏から火球を放ち、一瞬の隙を突いて毒爪を叩き込む…それが最も合理的で、最も安全な戦い方だから。
それなのに、彼は自ら最大の武器である「高度」を捨てて、地上に降り立った。
泥にまみれ、武器を構えるハンターたちと同じ目線で、真っ向から奴らを見据えている。
あまりにも無鉄砲で、危険極まりない行為。なんて愚かな雄なのだろう、とさえ思った。
――けれど。 私の目の前で、小さな身体をいっぱいに張ってハンターどもを威嚇する、その傷だらけの紅蓮の後ろ姿は。 命の危機に瀕している私を、我が身を盾にして庇ってくれているその不器用な背中は…
世界のどんな雄よりも…格好良かった。
「――チッ、レウスの乱入か! 番が来たぞ、全員警戒しろ!」
吹き飛ばされたハンターのひとりが、苦々しげに武器を構え直しながら大声で叫んだ。
奴らの言葉の意味なんて分からなかったけれど、そのニュアンスだけは本能で理解できた。
(……え? 彼が、わたしの番?)
冗談は辞めてほしかった。 私は気高く希少なリオレイア亜種。こんな自分の縄張りすら持っていなさそうな甘い匂いの残る青臭い若造がわたしの伴侶だなんて――屈辱以外の何物でもない。
…はずなのに。
「ルオォォオオオッ!!」
とハンターに向かって気勢を上げる彼の背中を見つめる私の心臓は、恐怖とは全く違う理由で、激しくドクドクと脈打っていた。
全身の桜色の鱗が熱を帯びていく。 傷だらけの身体の奥底から、信じられないほどのときめきが、止めどなく湧き上がっていたのだった。
……地上での戦いは、過酷を極めていた。
彼は強い。天性の戦闘センスがあるのは見ていて分かった。けれど相手は百戦錬磨のハンターたち。無鉄砲に地上へと降り立った彼は、奴らの罠や冷たい刃の餌食となり、その美しい紅蓮の鱗にどんどん深い傷をつけられ、確実に弱っていった。
(ダメ……! もう戦わないで……っ!)
今すぐにでも立ち上がり、彼の隣へ加勢に行きたい。そう思っても、私の満身創痍の身体はぴくりとも動かなかった。 私のために傷ついていく男の子を、ただ見ていることしかできない屈辱と、圧倒的な無力感、そして悲しみ…
それが一気に押し寄せ、私の目から自然と涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちた。
――しかし、その後だった。
私が弱々しく涙を流した、まさにその瞬間だった。
「――ルオォォオオアアアッッ!!」
彼が、これまでとは明らかに違う、世界を震わせるほどの怒りの雄叫びを上げた。 直後、彼は一瞬の隙を突き、凄まじい速度でその巨躯を反転。風を切り裂くような尾の一撃を繰り出した。
まるで――私が泣くのを見て、心の底から激怒したかのように。
ドゴォォオンッ!
という肉厚な衝撃音と共に、大剣を持っていたリーダー格のハンターを、遥か彼方の岩壁まで途轍もない速度で突き飛ばしたのだ。
それと同時に、仲間が一人一撃で戦闘不能になった途端、ハンターどもの動きが目に見えて鈍くなった。
(連携が崩れたのよ……!)
奴らは個々の力ではなく、集団の統率で私たちを追い詰めていたのだ。それが崩壊した今、彼らは怯え、傷だらけの紅蓮の若き王者に気圧されてじりじりと後退し始めた。
そんなハンターどもを鋭い眼光で見下ろしながら、彼は翼を大きく広げ、毅然と言い放った。
私にははっきりと聞こえた。
『――この子は、俺が絶対に守る!』
その堂々たる背中を見た瞬間……私は、本当の意味で彼に恋に落ちた。
わたしよりも年下で。 考えなしで、無鉄砲で。全身傷だらけで、戦い方も泥臭くて格好悪くて…でも、誰よりも、何処までも最高に格好良くて……。
そして私の涙に怒ってくれる、ちょっぴり可愛い、大好きな旦那様に。
リーダーを完膚なきまでに叩き伏せられたハンターどもは、これ以上の戦闘は不可能と判断したらしい。
「チクショー、クエスト失敗だ!」
「一旦引くぞ!」
情けない悲鳴を上げながらクモの子を散らすように走り去っていった。
静寂が戻った戦場。冷たい悪意の瞳は、もうどこにもない。 すると、彼はゆっくりと私の方を向き、心配そうに鼻先を近づけて私の身体の傷を確かめてきた。『怪我は大丈夫?』と、不器用ながらも必死に安否の確認をしてくれる。
私は小さく喉を鳴らし、大丈夫よと答えた。
そして……胸の奥のときめきに突き動かされるまま、悪戯っぽく彼を見つめて問いかけた。
「ねえ。さっき、ハンターどもがわたし達のことを『番』って叫んだの、覚えてる?」
そう聞いた瞬間、彼は目を目に見えて泳がせ、耳元まで真っ赤にするように恥ずかしそうにそっぽを向いたのだ。
さっきまであんなに強靭なハンターを圧倒していた『空の王者』が、雌のちょっとしたからかいに、こんなにも初心に照れている。
そのギャップが、私には堪らなく可愛らしく思えた。
もう、我慢なんてできなかった。
私は気高きリオレイア亜種。待つだけのお姫様じゃない。私は彼に、私からの逆プロポーズ――至高の求愛をしようと身を起こした。
(あなたの番に……なってあげてもいいわよ?)
最高の笑みを浮かべ、まさにその言葉を紡ごうとした、その瞬間だった。
バサバサバサッ!!
突如として上空から激しい風が吹き荒れ、私たちの間に一頭の美しい緑の飛竜――通常種のリオレイアが舞い降りてきた。
降り立つなり、彼女は我が物顔でレウスの隣に寄り添い、その首筋を親しげに鼻先でつついた。それに対してレウスも、どこかホッとしたように相好を崩している。
その光景を見た瞬間、私の思考は完全にフリーズした。
(え……? 嘘、この子……もう番が居たのっ!?)
当然の困惑だった。あんなに私を命がけで守ってくれて、あんなにピュアに照れていた男の子に、まさか既に先を越した女がいたなんて。
騙されたという衝撃と、行き場を失った恋心で私はどうしていいか分からずその場に呆然と立ち尽くした。
しかし、そんな大混乱に陥る私を見て、上空から降りてきた番のレイアお姉様は……怒るでもなく、威嚇するでもなく、ただ首を傾げて「あら、どうしたの?」と言わんばかりの、どこか不思議そうな顔をして私を見つめていたのだった。
レイアは私の困惑を余所に、レウスの隣へと歩み寄った。そして、不思議そうに私を指差しながら、夫である彼に問いかけたの。
「ねえレウス。この亜種さん、どうしてこんなに頭を抱えて大混乱しているの?」
尋ねられたレウスは、急にきまずそうな気難しい顔をして、頭の鱗をボリボリと掻き始めた。
「あ、いや、それはだな……。さっきのハンターどもに、俺とこいつが『番』だと勘違いされてさ……」
そこまで言って、彼はさらに顔を真っ赤にしながら、蚊の鳴くような、いや割と大声でこう続けた。
「……それで、まあ、そのだな……。奴らがあまりにもこいつを痛めつけるから、カッとなって……『彼女は俺が守る』なんて、叫んじまったというか……」
レウスがそう白状した途端、レイアはすべてを察したように、パッとその目を見開いた。
そして次の瞬間、彼女はレウスを置いてわざわざ私の方へと近づいてきたの。逃げる気力も失っていた私をじっと見つめ、悪戯っぽく微笑みながら小声で聞いてきた。
「もしかして……あの旦那に恋、しちゃった?」
――ズキン、と胸が跳ねた。 ここで「そんなわけないでしょ!」と突っぱねることもできたはずだった。
でも、私は否定できなかった。
…いや違う。私を命がけで守ってくれた彼のあの格好いい後ろ姿を、私のために怒ってくれたあの咆哮を、私はどうしても否定したくなかった。
私は顔を真っ赤に染めながら、小さく、だけど確固たる意志を込めて、こくりと頷いた。恋をしてしまったのだと、認めてしまったの。
怒られる、あるいは激しいキャットファイトが始まる――そう身構えた、まさにその瞬間だった。
「あ、やっぱり! じゃあ、あなたが第2夫人ね!!」
レイアは怒るどころか、その表情をぱあっと明るく輝かせ、大喜びで声を上げたのだ。
「え……? だ、第2……夫人?………ちょっと待って! 一夫多妻は駄目よ! 倫理観的にも、種族の誇りとしてもそれだけは絶対に駄目ッ!!」
私が大慌てでそう叫んでも、レイアは何故か不思議そうに首を傾げ、困惑するだけだった。どうして、そんな平然とした顔ができるの?
「え? どうしてそんなに怒るの? 強い雄がよりたくさんの雌を従えるのなんて、大自然では普通じゃない?」
「それは普通の動物の話でしょ! わたし達、気高き飛竜種からしたら一対一が絶対のルール! 普通じゃないのよ!」
リオ一族の常識として、一度番になれば生涯その相手だけを愛し、共に巣を守るのが誇り高き伝統のはずだ。
必死になって種族の誇りを訴え、彼女のあり得ない提案を全否定する私。
しかし、レイアはまったく悪びれる様子もなく、のんびりとこう語ったのだ。
「うーん、でもわたしは番が他にもいればそれだけわたしの旦那に魅力があるってことだと思うのよね。頼りがいのある雄を他の雌が放っておかないのは当然だし……むしろ、そんな素敵な雄の『正妻』でいられるなんて、誇らしいとすら思うんだけどなぁ」
そう言って、彼女は隣のレウスを愛おしそうに見つめ、レウスも「いや、俺は嬉しいけど……なんか、色んな意味ですまん、サクラ……」と、申し訳なさそうに翼を縮めていた。
――その時、私の頭の中で、カチリと何かのピースが噛み合った。
種族の誇りよりも、一夫一妻のルールよりも、ただただ『自分の旦那がどれだけ凄いか』だけを純粋に喜んでいるこの歪んだ、あまりにもピュアすぎる価値観。
(……ああ。さては、このリオレイア……とんでもない箱入り娘だな!?)
野生の厳しい現実も、他の飛竜種との泥沼の縄張り争いも、男を巡る醜いキャットファイトの恐ろしさも、何一つ知らないまま温室で育ってきたに違いない。
でなければ、自分の夫を他の雌に「はい、第2夫人ね!」なんて笑顔で差し出せるわけがないのだ。
あまりにも斜め上すぎる正妻の器の大きさと天然っぷりに、私は恋のライバルに対する敵対心よりも先に強烈な「頭の痛さ」を感じずにはいられなかったのだった。
◆
――はっと我に返り、私は現代の巣の温もりに意識を戻した。
結局のところ、あの日、彼への恋を諦めたくなかった私はレイアお姉様の天然な勢いに圧されるまま、なし崩し的に彼の「第2夫人」になってしまったのだ。
種族の誇りだの、一夫多妻の倫理観だのと偉そうに講釈を垂れていた割には、本当に情けない話。
けれど、一度その歪な関係を受け入れてしまえば、後はもう、驚くほどのトントン拍子で物事が進んでいってしまった。
まず、私がハンターから死守した豊かな縄張りを彼に譲り、彼をこの地の「主」として据えた。
そう、今やこれほど多くの雌たちがひしめき合っているこの巨大な巣も、元を正せば私の縄張りから始まったと言ってもいいの。
私が彼を王にしてあげたのよ、という密かな自負がそこにはあった。
そして……縄張りを整えた私たちは、生物として、番としての行為をしようとした。
そう、大切な子孫を遺すための「繁殖行為」よ。
(ふふ、まだ初々しい年下の旦那様だもの。ここは年上のわたしが優しくリードしてあげなきゃね。ついでにあの箱入り娘のレイアお姉様には、お勉強として特等席で見学してもらいましょう!)
そんな風に、私はお姉様風を吹かせて余裕たっぷりな計画を頭の中で構築していた。予定では、私の完璧な手ほどきに若い旦那様が顔を真っ赤にして翻弄される。
――はずだった、のに。 いざその時を迎えてみれば、私の浅はかな計算は木っ端微塵に打ち砕かれることになる。
彼はまだ巣立ちしたばかりの若い雄であるにもかかわらず、その身体にはすでに『空の王者』としての圧倒的で、あまりにも立派なモノがしっかりと備わっていたのだ。
「えっ、ちょっ、待っ……レウ、んあ、あ、あ、あああ……っ!?」
リードするなんて夢のまた夢。 野生の本能を解放した若きレウスの圧倒的な熱量と力強さに、私は成す術もなく呑み込まれていった。
年上のプライドなんて一瞬で吹き飛び、私はただただ抗えない快楽と征服感の中でいとも簡単に堕とされ、彼のすべてに狂おしく屈服してしまったのだった――
「ふふ、あの時のお勉強、今でもすっごく役に立っているわよ? サクラ」
巣の中で正妻のレイアお姉様が、当時を思い出して悪戯っぽく私に微笑みかけてきた。どうやら寝たふりは最初から看破していたらしい。
私の隣で、レウスが「その話は、頼むからもう勘弁してくれ……」と、真っ赤な顔を翼で隠して小さくなっている。
(本当に、あの若さであれは反則よ……)
私は寝たふりをやめて身を起こすと、今や大世帯の主となった愛しい旦那様の背中に、今度はしっかりと抱きついた。
一度屈服させられてからは、もう彼のすべてが愛しくて堪らない。たとえこの後に、ティガやゼクスといった、さらなる「異種族」のじゃじゃ馬たちが次々と乱入してくる未来が待っていたとしても、ね。
次回はハンターギルド視点です。