「私は……かつて、リオレイアだったの」
彼の温もりに支えられながら、私はずっと胸の奥底に鉛のように溜まっていた過去を、ポツポツと話し始めた。
「番を探していたの。何年も……何年も。世界中を飛び回って、必死に探していた。でも、見つけられなかった。……いや、違うわね。いたのよ。私の目の前には、確かにいた。でも『もっといい雄がいるはずだ』なんて欲張って、私に求愛してきてくれた優しい雄たちを、私はずっと振り続けてきたの……」
彼は何も言わず、ただ静かに頷いて私の次の言葉を催促してくれた。私は自嘲気味に息を吐き、話を続ける。
「そんなある日、私はシャガルマガラに襲われた。必死に抵抗して、戦って……でも、一歩及ばずに敗北した。そして、狂竜ウイルスの苗床にされて……死んだの」
私は、自分の漆黒の外套のような翼や、異形の身体を彼に見せつけるように、わざと大きく広げてみせた。目が見えない私を、今、彼はどんな目で、どんな風に見つめているのだろう。
「その結果が……今の私……」
みっともないでしょう。希少種のプライドなんていう、今思えばくだらないものに囚われて、自分を愛してくれる存在がいたのに、私はそれを自分の手で捨てたのよ。
その因果応報が、今のこの醜悪な姿に繋がっている。これは、欲張った私への罰なのよ……。
溢れ出しそうになる涙を堪え、私は彼からの軽蔑や、あるいは同情の言葉を待った。しかし、彼から返ってきたのは、やはり私の想像を遥かに超えた言葉だった。
「じゃあ、君は二度生きているんだな」
「え……?」
意味が分からなかった。驚いて声をもらす私に、彼はどこまでも当然のことのように言葉を重ねる。
「一度目はリオレイアとして。二度目は、ゴア・マガラとして」
そして、彼は私のすぐ傍で、その強靱な翼を優しく羽ばたかせる気配を見せながら、こう言ったのだ。
「だったら、二度目の竜生まで諦めなくてもいいんじゃないか?」
胸が締め付けられるように熱くなった。私はずっと、自分のことを「一度死んだ亡者」だと思い込んでいた。犯した過ちの報いを受け、暗闇の底でただ消えるのを待つだけの、世界の異物なのだと。
でも、このリオレウスは違った。彼は、死んだはずの私の今を、「二度目の竜生」として確かに認めてくれた。過去を悔やんで閉じこもる私に、これからの未来を生きていいのだと、光を示してくれたのだ。
リオレイア希少種としての私は、あの日確かに死んだ。けれど、今ここで、彼の太陽のような温もりを感じている私は、間違いなく生きている。
「あなたは……とても眩しいわね。まるで、本物の太陽のように……」
二度目の竜生、か。もし、この温かくて真っ直ぐな彼と共に歩めるのなら……そんな未来も、悪くはないのかもしれない。閉ざしていた胸の奥に、ほんの少しの希望が芽生える。けれど、私はすぐに自分でその希望を打ち消した。
だって、そんなのはあまりにも都合のいい、無理な話だもの。
「あなたのように暖かくて、格好いい雄を……他の雌がほっとく訳ないものね……」
そう、私はさっきから気づいていた。彼の身体からは、別の雌――リオレイアの匂いがしている。それも、とびっきり濃厚で、甘い匂いが。きっと深く、深く愛し合っているのだろう。彼も、その彼の愛する奥様も。
……それだけじゃない。彼の身体には、タマミツネやナルガクルガといった、本来なら相容れないはずの異種族の匂いまで、複雑にこびりついていた。きっと、それだけ激しい戦いに明け暮れる過酷な生活をしているに違いない。愛する番と、その家族を守るために……。
私がそうやって、一人勝手に切なくなって落ち込んでいると、彼は私の感傷を木っ端微塵に打ち砕く、とんでもないことを口にした。
「あー……確かに。俺には番がいるよ……うん」
ええ、そうでしょうね。やっぱり。少し胸がチクリと痛む。
「……7頭いるが……」
「……え? 今なんて言ったの?」
聞き間違いかしら。暗闇の底で、今、あり得ない言葉と数字が耳に飛び込んできた気がしたのだけれど。
「俺には番が7頭いるんだ。リオレイア以外にも、タマミツネやナルガクルガ、ライゼクスとかも、皆俺の番なんだ……」
頭が完全にフリーズした。……聞き間違いじゃなかった。聞き間違いであってほしかった。何よそれ。ただの純情であどけない強い雄かと思ったら、とんでもない、世界を股にかける超ド級の雌誑しじゃないの、この彼……!
異種族をそこまで囲うなんて、どんな生態系をしているのよ。けれど……。押し寄せる呆れと困惑のすぐ後から、私の心には、不思議なほどの「納得」がじわじわと広がっていった。
ウイルスの蔓延る暗闇の深淵に迷い込み、化け物になった私を「泣いている女の子」と呼び、命の危機すら笑い飛ばして「二度目の竜生を諦めるな」と全肯定してくれる雄なのだ。常識という枠に収まる器であるはずがなかった。
これほどの底抜けた強さと規格外の包容力を持っているのなら、そりゃあ、他の雌たちだって種族の垣根を越えて放っておくはずがないわ……。
「それで……? 世界を股にかける雌誑しのあなたは、奥様たちを放っておいて何故こんなところにいるわけ? もしかして、私まで手籠めにするつもりでやってきたのかしら。ふふ……」
皮肉を込めて、私は彼をからかうような口調でそう尋ねてみた。どれぶりだろう。こんな風に、誰かと軽口を叩き合って「楽しい」なんて思えたのは。絶望の底に沈んでいたはずの私の胸の内で、乾いたユーモアがふわりと息を吹き返していた。けれど、彼の返答は私の想像の斜め上をいく、あまりにも正直すぎるものだった。
「いや、7頭も番がいると、流石に干からびる毎日だからな……ちょっと妻たちに子供たちの世話を任せて、一匹で旅行に来たんだよ」
あまりにも想像がつきやすい惚気話だった。思わずため息が出そうになる。そりゃあ、これほど規格外に強くて、優しくて、あたたかい王様なのだもの。彼のことを愛する妻たちが、干からびるまでその愛を求め、執着してしまう気持ちも、同じ雌の立場として痛いほどよく分かってしまうわ。
愛に溢れすぎて、逆に揉みくちゃにされて逃げ出してきたレウスの姿を想像して、私は思わず呆れたようにフンスと鼻を鳴らした。
――だが、その私の思考は、次の瞬間、別の方向へと切り替わった。彼の言葉の意味を、頭の中でもう一度ゆっくりと反芻してみる。干からびるほどに妻たちに囲まれ、そこから逃れて、たった一頭で気ままにこの深淵まで歩いてきた。ということは……。
私の脳裏に、ふと一つの明確な事実が浮かび上がる。
「つまり……いま、この近くにはあなたの奥様たちはいないわけよね?」
問いかけた私の声には、先ほどまでの自虐や絶望は微塵もなかった。
「いないよ」
彼は何の疑いも持たず、あまりにも素直にそう答えた。そのあまりに無防備な返事に、私の胸の内で、今までずっと眠っていた小悪魔のような悪い発想がふわりと頭をだした。
「じゃあ、あなたがここにいる間は、私を奥様の一人に数えてもいいのよ?」
少しだけ上目遣いになるように意識して、冗談めかして彼を誘ってみる。当然、ただの冗談のつもりだった。
だって私は一度死んだ身で、今のこの肉体では彼の大切な子孫を残すことだってできない。彼の本当の番にはなれないことくらい、自分が一番よく分かっている。
…でも、それでいいの。私は彼のあたたかさに触れて、もう一度生きる元気をもらった。暗闇の底で、一時だけでも彼の特別な存在として扱ってもらえるなら、それだけで十分に幸せだったのだ。
そう、思っていたのだけれど――
「……また……番が増えてしまった……」
ハァ、と深いため息をつきながら、彼は頭を抱えるような、本気で絶望しているかのような重苦しい雰囲気を醸し出した。しかし、その口から出た言葉は、さらりと私の求愛を受け入れたものだった。
「え? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 今のは冗談、ただの冗談よっ!?」
あまりの急展開に、今度は私の方が大慌てで声を裏返した。何をそんな本気に捉えているのよ、この朴念仁は!
「生憎だが、それはすぐに冗談じゃなくなる」
彼は、家に帰れば手ぐすね引いて待っているであろう7頭の愛妻たちの顔を思い浮かべているのか、どこまでも疲れたような、遠い目をしている気配を出していた。しかし、その胸の奥にある、決して揺らぐことのない確固たる誓いの言葉を、彼は真っ直ぐに私へと投げかけてきたのだ。
「俺は、惚れさせた責任は取る性格なんでね」
心臓が、今日一番の大きさでドクンと跳ね上がった。責任を取る。つまり、この規格外の雄は私をただの行きずりの不倫相手ではなく、自らの命を懸けて守るべき「家族」として、本気でその背中に背負うと言ったのだ。
冗談のつもりだった言葉が、彼の圧倒的な男気によって、一瞬にして逃げられない本物の契約へと変えられていく。私は困惑し、顔が真っ赤に熱くなるのを感じながらも、その強引で、不器用で、どこまでも誠実な太陽の光に、完全に蕩かされてしまっていた。
「……本気なの?」
冗談では済まなくなった現実に、私の心臓は早鐘を打っていた。彼の答えは、もう想像がついている。
「本気だよ」
案の定、遮る間もない即答だった。私は、自分のなかに渦巻く弱さとコンプレックスを必死にかき集め、彼を拒むための盾として突きつけ続けた。
「私、リオレイアじゃないわよ」
「見れば分かる」
「目もない」
「知ってるさ」
「狂竜ウイルスを撒き散らすのよ」
「わかっている」
何を言っても、彼の声は1ミリも揺るがない。私はほんの少し間を置いて、最も恐れていた、最も触れられたくない言葉を、吐き出すように伝えた。
「……醜いわよ」
その言葉に、彼が少しだけ沈黙する。諦めてくれたかしら、と一瞬思った私の耳に、彼は信じられない言葉を返してきた。
「それは、君が決めることじゃないだろ」
頭を殴られたような衝撃だった。私が『自分は醜い化け物だ』と卑下しているのに対して、彼は『お前が美しいか醜いかを、お前自身が勝手に決めるな。それを決めるのは、お前を見つめる俺だ』と、そう言っているのだ。
「私はもう……子供を産めないのよ……!?」
私は、胸の奥にずっと突き刺さっていた最大のコンプレックスを、叫ぶように彼にぶつけた。無性生殖のウイルスで形成されたこの身体。雌としての役割を失った異形の肉体。これこそが、私が彼を遠ざけようとした一番の理由だった。でも……彼はどこまでも当然のように、私の凝り固まった常識を叩き壊した。
「子供を作れるかどうかで、番かどうかが決まるのか?」
「……え?」
「俺は君に、子供を産めるから番になってくれって言ってるんじゃない。俺の子どもを産んでほしいから番になってくれとも言っていない」
暗闇の中で、彼の大きな翼が私を包み込むように広がる。その熱気が、私の肌へと直に伝わってくる。
「君と一緒にいたいから、番になってほしいんだ」
世界が、激しくひっくり返るような感覚だった。私のなかの価値観が、音を立てて大きく揺さぶられる。私にとって番というものは、お互いに愛し合い、そして種族の血を絶やさぬよう「子孫を残すこと」が絶対のセットだった。
でも、この規格外の王は違う。ただ好きな相手の傍にいたい。ただ愛しいお前と生きていきたい。理由なんて、それだけで十分なのだと、彼は言ってくれた。
「それに――子供ができるかどうかなんて、今決めつける必要もないだろ」
「あっ……」
不意に重みがかかり、私の身体が冷たい地面へと押し倒された。逆らうことなんてできなかった。私の上に、彼の身体の熱が重なる。そして、逃げられない至近距離で、私の耳元へと、全身がゾクゾクと震え上がるような色気を含んだ声が囁かれた。
「……試してみなけりゃ、わからないだろ?」
その瞬間、私の頭の芯は完全に溶かされ、異形の身体の奥底から、かつて忘れていたはずの熱い本能が、激しく沸き立っていくのを止めることができなかった。
「……なんてな!」
「え……?」
耳元を蕩かせていたおぞましいほどの色気が、ふっと霧のように消え去った。呆然とする私の身体から、不意に彼の心地よい重みと熱が離れていく。
何が起きたのか分からず、ただ暗闇の中で置いてきぼりにされた私の耳に、彼は頭の後ろを掻くような軽い調子で言葉を続けた。
「今日は旅行初日だし、君を探してこのあたりを飛び回ったからさ。流石にちょっと疲れてるんだ。交尾はまた今度な」
ゴロリ、と私のすぐ隣で、彼が遠慮なく横になる気配が伝わってくる。
――酷い。あんまりだわ……っ!
私のなかの、ずっと眠っていたはずの雌としての本能が、今まさに大音量で悲鳴を上げていた。散々コンプレックスを叩き壊され、真っ直ぐな愛を注がれ、あんなに甘い声で囁かれて押し倒されたのだ。私の身体は、私の魂は、今すぐにでも彼が欲しいと激しく叫び声を上げている。完全に火をつけられて、もう爆発寸前だった。
けれど……ハァ、と静かな寝息を立て始めそうな彼の気配を感じて、私は溢れ出そうになる熱い衝動を必死に飲み込んだ。疲れているのなら、仕方ないわよね。奥様たちに干からびるまで愛されて、そこから逃げてきて、さらに私を見つけるために飛び回ってくれたのだから。それに……
『また今度な』
彼は、そう言ってくれた。それはつまり、口先だけの慰めなんかじゃない。彼は本気で、この異形に変わってしまった私との間に、本当に子供ができるかどうかを試そうとしてくれている。その未来を、私と作ろうとしてくれている。
それが伝わってくるだけで、胸の奥がキュンと締め付けられて、彼のことがさっきよりもっと、もっと大好きになってしまう。
「……意地悪。本当に、とんでもない雄……」
大好きな彼に、これ以上の負担をかけるわけにはいかない。私はきゅっと唇を噛み締め、今夜は我慢することを決意した。身体の奥底から、暴走しそうなくらいにドロドロと激しく沸き立っていく、この熱い雌の本能を、私は自分の翼でぎゅっと抱きしめるようにして必死に抑え込む。
隣からは、安心しきったような彼の吐息が伝わってくる。私はウイルスの出力を限界まで抑え込み、彼を傷つけないように、けれどその太陽のような温もりに少しでも近づけるように、そっと近くで横になり、竜生で初めての「愛に満ちた、もどかしい夜」を過ごそうとした…けど。
……ムラムラ……ムラムラ……あ、ダメ。やっぱり、抑えられそうにない……っ。
生まれて初めて、心の底から大好きになった相手なのだもの。彼が愛おしい、彼に触れたいという想いは留まるところを知らず、私の身体は頭の理性とは裏腹に、ジリジリと、少しずつ彼の横たわる方へと近づいていってしまう。
一瞬、本当に一瞬だけ、無防備に眠っている彼の寝込みを襲う――『夜這い』を仕掛けようかという、大胆不敵な考えすら頭をよぎった。けれど、彼は奥様たちから逃れ、私を探して世界を飛び回ってくれた疲労困憊の身なのだ。
そんな酷いことは絶対にやってはいけないと、必死に自分の身体を組み伏せて抑えつける。でも……やっぱり、身体が勝手に彼のあたたかな熱気へと吸い寄せられていってしまうのだ。
「……はは、そう来ると思っていたよ」
静寂の暗闇に、急に低く、愉しげな彼の声が響いた。ドキン、と心臓がひっくり返るほどびっくりして、私はその場で硬直した。起こしてしまった、どうしよう、はしたないって嫌われたかしら――
「ほら、こっちに来い」
焦る私の元へ、言葉と同時に、熱気が一気に押し寄せてきた。目が見えなくても分かる。彼がその大きな翼を広げて、私をその胸の中に誘っているのだ。彼の胸元から漂う、雄としてのムワッとした強烈な匂いと濃厚な熱気に、私の意識は一瞬で白く染まり、持っていかれてしまった。
抗うことなんて、最初からできるはずもなかった。甘い花の香りに誘われて飛ぶ、一匹の蝶のように、私は吸い寄せられるまま彼の広い胸元へと、自らの身体を預けてしまった。
やがて、私を覆い尽くすように、彼の大きな翼が重なり、ぎゅっと力強く抱き寄せられた。
「あ……」
暖かい。どこまでも、あたたかい。そして、私の身体を包み込む彼の匂いが、あれほど暴走しそうになっていた私の激しい雌の本能を、まるで小さな子供をあやすかのように、優しく、優しく宥めてくれる。
結局、今夜はそれ以上のことは何も起きなかった。けれど、彼の力強い心音を特等席で聴きながら、その大きな翼の檻に閉じ込められている安心感の中で、私はこれ以上ない幸福に満たされていた。
私は彼の番。この腕の中こそが、私の二度目の竜生の、新しい居場所なのだと、魂のすべてで噛み締めながら、私は今度こそ心地よい眠りへと落ちていった。
彼女の性格と…前話に伏線はありますよ…。
次話で不穏な空気を出しときますかね…。
あぁ…辛ぇよ…。
あ、モンハンライズなんですけど、キンタマヒメを狩猟出来たら
Twitterを公開するので…その…誰か…僕と一緒に…
一狩りいきませんか?
皆さんはこの中ならどれが読んでみたいです?
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