「モンスターを都市内部で迎撃するな!!」
セバスチャンの鋭い声が、作戦室に響き渡った。
額に汗を浮かべながらも、彼は机上に広げられた地図から目を離さない。次々と駒を動かし、都市へと続く街道、渓谷、荒野の地形を頭の中で組み立てていく。
「まずは住民の避難を最優先!次に城門を閉鎖しろ!街道や橋も、住民の退路を確保したうえで封鎖する!敵を正面からねじ伏せようとするな。あらゆる手段を用いてあの怪物を都市から遠ざけろ!」
かつての王は、己の力と権威を過信し、圧倒的な力を持つ存在に正面から挑もうとした。
その結果が、どうなったのか。セバスチャンは決して忘れていない。だからこそ、彼は力比べを選ばない。
自分に足りないものを理解し、持てるものを最大限に活用する。それこそが、彼の武器だった。
「敵を倒すことより、敵を街へ入れないことを優先せよ! これより、対大型モンスター防衛線を構築する!」
彼は集まった将兵とギルド長を見据え、地図の一点を指で叩いた。
「第一防衛線は外縁荒野!第二防衛線は渓谷街道!そして最終防衛線は城壁だ!三段構えで、奴の進行を食い止める!」
この国のハンターギルドには、長年にわたる大型モンスターとの戦いで培われた知識と、専用の防衛設備がある。
それらを、ただ並べるだけでは意味がない。
重要なのは、地形と兵器、そして人員を組み合わせ、敵が都市へ到達するまでに何度も足止めを試みられる状況を作ることだ。
セバスチャンは迷うことなく指示を下していった。
【第一防衛線:外縁荒野】
都市から十分な距離を取った、視界の開けた荒野。
ここでは、敵の進路と行動を観察しながら、その勢いを削ぐ。
バリスタ、大砲、爆薬を要所に配置。遠距離からの攻撃によって進行を妨害し、必要に応じて落とし穴や閃光弾、音爆弾を使用する。
ただし、これらの妨害が確実に通用するとは考えない。
相手は通常のマガイマガドではない。
拘束が成功すれば儲けもの。効果が薄ければ、即座に次の手段へ移る。
それが、この防衛線の基本方針だった。
【第二防衛線:渓谷街道】
都市へと続く、狭隘な一本道。
ここでは、荒野で得た観察結果をもとに、敵の進路を限定する。
頑丈な石壁や柵を配置し、進路を複数の狭い通路へと分岐させる。頭上には、あらかじめ崩落させられる岩盤や丸太を用意し、敵が通過する瞬間に地形を崩して足止めを試みる。
さらに、拘束用バリスタによるワイヤーロープを併用する。狙うのは、敵の動きを完全に封じることではない。
一瞬でも足を止めさせること。
突進の勢いを削ぐこと。
そして、次の防衛線を整える時間を稼ぐことだ。
【最終防衛線:都の城壁】
万が一、すべての防衛線を突破された場合に備えた、最後の砦。
城壁の外側に向けて、撃龍槍と破龍砲をはじめとする大型兵器を配置する。さらに、複数の一流ハンターを待機させ、兵器の攻撃に合わせて敵の脚部や尾を狙わせる。
ただし、ここでも討伐を第一目標にはしない。
マガイマガドを都市内部へ侵入させないこと。それが何よりも優先される。
「……あの個体を相手にするなら、兵器の使い方も考え直す必要があるな」
セバスチャンは地図を見下ろしながら、低く呟いた。
あのマガイマガドは、かつてリオレウスに敗北した個体だ。角を折られ、誇りを砕かれ、肉体を徹底的に痛めつけられた。
その結果、あの個体は防御を顧みず、攻撃に異常なまでの執着を示すようになった。
もし、その怨念が鬼火の威力や放出量にまで影響しているのなら、通常の大型モンスターと同じ感覚で兵器を使うのは危険だ。
中途半端な攻撃によって、かえって鬼火を暴走させる可能性もある。
「ならば、まずは殺すことを考えるな。動きを止めろ。進路を塞げ。都市から引き離せるなら、それが最善だ」
彼は顔を上げ、将兵たちを見渡した。
「作戦開始!各員、己の持ち場へ急げ!」
「はっ!!」
将兵たちが一斉に駆け出していく。
前王を謀殺し、その玉座を奪い取った男。
セバスチャンは今、己の権力を脅かしかねない怪物を前にしていた。
しかし、彼の頭にあるのは、ただ一つ。
この都市を守り抜くこと。
そして、自らの支配を揺るがしかねない脅威を、可能な限り被害の少ない形で排除することだった。
◆
指示を飛ばしながらも、セバスチャンの思考は止まらない。
敵の性質を理解し、利用できる要素を探す。
そのために、彼はマガイマガドの特徴を改めて整理していた。
最大の特徴であり、最大の武器、それは、全身に纏う鬼火だ。
(あの鬼火を、逆に利用できないだろうか……?)
通常の鬼火であっても、直撃すれば大きな被害を受ける。爆発を伴う攻撃は、兵士や建造物にとっても脅威だ。
まして、今回の個体は通常以上の鬼火を纏っている。
正面から受け止めることは論外。ならば、鬼火そのものを消そうとするのではなく、その爆発が引き起こす現象を利用できないだろうか。
「陛下?」
隣に立つギルド長が、慎重に声をかけた。
「鬼火を利用するための誘導陣地を作る。荒野から渓谷へ続く道に、複数の分岐と障害物を設けろ。爆薬は、鬼火そのものに反応させるのではなく、地形を崩すために使う」
「地形を、ですか?」
「そうだ。鬼火の挙動をこちらが制御できるとは思わん。だが、地面や岩盤ならば、事前に細工できる」
セバスチャンは地図上の渓谷を指し示した。
「敵が突進してきた場合、あらかじめ仕掛けた爆薬で岩盤を崩す。落石と土砂によって進路を塞ぎ、足場を乱す。鬼火による爆発が加われば、さらに地形が崩れる可能性もある」
「しかし、それでは我々の仕掛けた罠まで破壊される恐れが……」
「承知している。だからこそ、一つの罠に頼るな。どれか一つが失敗しても、次の障害が残るようにするのだ」
彼は迷いなく言い切った。
「怪物を追い回す必要はない。こちらが準備した場所を通らせ、そのたびに勢いを削ぐ。重要なのは、奴の行動を完全に支配することではない。奴がどのように動いても、都市へ到達するまでの時間を稼ぐことだ」
完璧な誘導など、できるはずがない。
相手は人間ではなく、異常な攻撃性を持つ大型モンスターなのだから。
それでも、行動の選択肢を減らすことはできる。
そして、選択肢が減れば、対処の可能性も増える。
セバスチャンはそう考えていた。
さらに、彼はもう一つの可能性に目を向けた。
「今回の個体は、防御を顧みないほど攻撃に執着している。ならば、突進を繰り返す可能性は高い。そこを利用する」
彼は地図に、誘導路の終端となる地点を記した。
「ここに、最も大きな落とし穴を設けろ。周囲の地面を偽装し、底部には衝撃を受け止めるための構造と、動きを封じるための杭を配置する。穴に落ちれば、突進の勢いを失わせられる可能性がある」
「しかし、あれほどの巨体です。落とし穴だけで止められるでしょうか?」
「止められなければ、次の手段を使う。それだけだ」
セバスチャンは、さらに駒を置いた。
【怨虎竜拘束作戦:五段階計画】
第一段階:【進路の限定】
石壁や柵、地形を利用して、マガイマガドが進みやすい方向を限定する。
ただし、壁を破壊して進路を変更する可能性も考慮し、複数の経路に対応できるよう準備する。
第二段階:【突進の阻害】
誘導路の要所に落とし穴を設ける。
突進の勢いを利用して落下させることができれば、移動速度を大きく削げる可能性がある。
第三段階:【遠距離からの拘束】
高台に配置したバリスタから拘束用のワイヤーロープを射出する。
脚部や尾への拘束を試み、動きを制限する。
第四段階:【集中攻撃による足止め】
拘束が成功した場合に限り、大砲やバリスタによる集中攻撃を行う。
狙いは致命傷ではなく、移動能力の低下と拘束状態の維持だ。
第五段階:【最終判断】
拘束が維持できるなら、そのまま都市への侵入を防ぐ。
拘束が不可能で、都市が直接脅かされる場合に限り、撃龍槍などの決戦兵器による討伐を試みる。
最後の項目を書き終え、セバスチャンは静かに息を吐いた。
「……これで、少なくとも対処の手段は残せる」
決して、勝利が保証されたわけではない。
それでも、無策で怪物を迎え撃つよりは遥かにましだった。
「誘導陣地の設営を開始しろ。トラッパーとハンターを中心に、動ける者を投入する。だが、住民の避難と退路の確保を最優先としろ。罠の設営に人員を使い切るな」
「承知しました!」
セバスチャンは、地図上の誘導路を見つめた。
あのリオレウスのように、こちらの想定を力ずくで超越してくる相手でない限り。
そう考えかけたところで、彼は自らの思考を打ち消した。
(……いや。最初から、想定を超えてくる可能性も考慮しておくべきだ)
相手は、すでに通常の常識が通用しない個体なのだから。
◆
「奴の弱点は何だ!?」
作戦司令部に呼び出されたベテランハンターに向かって、セバスチャンは問いかけた。
彼は自分がモンスターの専門家ではないことを理解している。だからこそ、現場を知る人間の意見を必要としていた。
「通常のマガイマガドなら、鬼火を纏った部位に攻撃を加えることで誘爆を起こし、ダウンさせられる場合があります。それに、鬼火の状態によっては――」
「通常個体の話ではない。今回の個体について、何か分かっていることはないのか?」
セバスチャンの声が鋭くなった。
ハンターは一瞬、言葉を詰まらせた。
「……申し訳ありません。確実なことは、まだ」
「ならば、確実でないことを確実であるかのように扱うな。通常個体の弱点が通用する保証はない。作戦の前提にするのは危険だ」
「はっ!」
「現場では、奴の行動と鬼火の変化を観察しろ。効果が確認できた攻撃は報告する。効果がない場合は、無理に続けるな。命を捨ててまで、弱点を探す必要はない」
セバスチャンは地図に目を戻した。
「我々の目的は、怪物の生態を解明することではない。都市を守ることだ」
その言葉にハンターは深く頷いた。
ここから先は、常識外れの怪物に対する防衛戦。確実な勝利など、誰にも保証できない。だからこそ、失敗した場合に備えることが必要だった。
◆
作戦は、当初の計画どおりに進んでいた。
外縁荒野に設けられた第一防衛線では、兵器による攻撃と地形を利用した妨害が行われた。
閃光弾や音爆弾が使われ、バリスタの矢が次々と放たれる。
しかし、マガイマガドは攻撃を受けても怯まなかった。
鬼火を爆発させ、岩を砕き、障害物を吹き飛ばしながら突き進んでくる。
それでも、荒野での攻撃には意味があった。
マガイマガドの進行方向と反応を観察できたこと。そして、都市から離れた場所で攻撃の一部を受け止められたこと。
セバスチャンにとって、それだけでも十分な成果だった。
「第一防衛線を突破されました!ですが、進行方向は予定していた渓谷街道です!」
「よし。第二防衛線へ連絡しろ。落石用の爆薬は、奴が誘導路へ入ったことを確認してから起爆させろ!」
やがて、マガイマガドは狭い渓谷街道へと進入した。
両側を岩壁に挟まれた道。
そこへ、前方から複数のハンターが姿を現した。
「こっちだ、化け物め!」
挑発するように叫び、ハンターたちは直ちに後退する。マガイマガドの視線が、彼らを捉えた。
次の瞬間、紫黒い鬼火が爆ぜる。巨躯が地面を蹴り、凄まじい速度で突進を開始した。
「今だ!起爆しろ!!」
轟音が響き渡った。
頭上の岩盤が崩れ、巨大な岩石と土砂が一斉に落下する。渓谷を埋め尽くすほどの崩落が、マガイマガドの進路を塞いだ。
しかし、怪物は止まらなかった。
落石をまともに受けながらも、前脚を振り下ろし、岩石を粉砕する。
「拘束用バリスタ、射出!!」
高台からワイヤーロープが放たれた。
その一部が脚部に絡みつき、巨体の動きをわずかに鈍らせる。
だが、次の瞬間。
マガイマガドの身体から鬼火が爆発的に噴き出した。
紫黒い閃光が渓谷を駆け抜け、ワイヤーロープが次々と引きちぎられていく。
「駄目です!拘束が維持できません!」
「構わん!第二防衛線は役目を果たした。残存兵力を退避させろ!第三防衛線へ移行する!」
セバスチャンは即座に命令を下した。
作戦の失敗を嘆いている暇はない。
重要なのは、次の手段を失わないことだ。マガイマガドは、渓谷を抜けた。全身に傷を負いながらも、その歩みは止まらない。
そして、都の城壁が視界に入る。城壁の上では、大型兵器がすでに起動準備を終えていた。
「……来たぞ。各員、配置につけ!」
セバスチャンは双眼鏡を手に取り、城壁の外側を見据えた。
撃龍槍、破龍砲、大砲とバリスタ。そして、精鋭ハンター部隊。これが、彼らに残された最後の防衛線だった。
「敵が射程内に入ったことを確認しろ。撃龍槍は、拘束が成立した場合に使用する。無理な発射は許さん!」
「了解!」
マガイマガドが、最後の誘導路へと進入した。
その巨体が、鬼火を噴き上げながら突進してくる。
「……今だ!」
拘束用バリスタが一斉に火を吹いた。
複数のワイヤーロープが脚部と尾に絡みつく。続いて、誘導路の側面に設けられた固定装置が作動し、ロープを引き絞った。
完全ではない。しかし、一瞬だけ、マガイマガドの動きが鈍った。
「撃龍槍、発射!!」
城壁の大型兵器が轟音を上げた。巨大な鋼鉄の槍が、凄まじい速度で射出される。狙いは胸部。
突進の勢いを殺しきれず、なおも前進しようとするマガイマガドの身体へ、撃龍槍が深々と突き刺さった。
「グ、ガァアアアアアアアアアッ!?」
凄まじい衝撃が地面を揺らした。
大量の鮮血が飛び散り、紫黒い鬼火が周囲へと噴き上がる。
巨躯が地面に叩きつけられた。
「撃龍槍、命中!」
「拘束を維持しろ!大砲とバリスタは、奴の脚部を狙え!」
セバスチャンの指示に従い、兵器が一斉に火を吹いた。
精鋭ハンターたちも、遠距離から攻撃を加えながら、マガイマガドの動きを監視する。
誰もが、これで終わったと思った。
「やった……!」
誰かが、安堵の声を漏らした。
しかし…
「…………」
セバスチャンだけは、双眼鏡を下ろさなかった。硝煙の向こう、撃龍槍に胸部を貫かれたマガイマガドが、ゆっくりと身じろぎした。
パチ……パチチ……。
肉の焼けるような音が響く。
傷口から、先ほどまでとは明らかに異なる鬼火が噴き出し始めた。紫黒かった炎は、血のように赤く、禍々しい色へと変化していく。
「……まさか」
マガイマガドの前脚が地面を掴んだ。
次の瞬間、巨躯が持ち上がる。傷口から骨を覗かせ、胸部には撃龍槍が深々と突き刺さったまま。
それでも、怪物は立ち上がった。
「嘘だろ……」
誰かが呟いた。あれほどの攻撃を受けて、なお動くというのか。セバスチャンは歯を食いしばった。予想していなかったわけではない。
だが、実際に目の前で起きた光景は、想定していた最悪の事態をも上回っていた。
「……静粛に」
彼は声を張り上げることなく、司令部の人間たちを制した。
「慌てるな。まだ終わってはいない」
マガイマガドは、再び前脚を踏み出した。
身体はすでに満身創痍。
それでも、その瞳に宿る殺意は微塵も衰えていない。
(討伐は困難。ならば、目的を切り替える)
セバスチャンの思考は、即座に次の段階へと移った。
(殺す必要はない。あれを殺せるだけの戦力がないのなら、動きを止めればいい。脚部と尾を拘束し、都市への侵入を防ぐ。それが今、我々にできる最善だ)
「ハンター部隊へ通達!胴体への攻撃は中止しろ!脚部と尾を重点的に狙え!移動能力を奪い、拘束を維持することを最優先とする!」
彼は地図を引き寄せた。
「それから、以前提出した都市防衛計画を実行する。城壁外周の固定装置と大型拘束設備を、すべて起動させろ!」
「陛下。あの計画は、まだ一部の設備が試験段階ですが……」
「構わん。現状では、使えるものをすべて使うしかない!」
「はっ!」
かつてセバスチャンが、自らの権力を確固たるものにするために提案した都市防衛計画。
それは、将来の脅威に備えるためのものだった。
そして今、その設備が彼自身と都市を救うための盾になろうとしていた。だが、どれほど準備を整えようとも、実際の戦場は計画どおりには進まない。
「右へ追い込め 誘導壁の奥へ!!」
前線のハンターたちが叫んだ。
右側の誘導路には、拘束用の設備が集中している。
そこへ追い込めれば、再び足止めできる可能性があった。
だが…マガイマガドは、突然、何もない左の石壁へと突進した。
轟音が響く。
分厚い石壁が、巨体の衝撃によって粉砕される。瓦礫が飛び散り、マガイマガドは予定された誘導路を完全に無視して進路を変えた。
「なぜだ……!?」
セバスチャンは双眼鏡を握りしめた。
「左側には誘導設備がないはずだ!なぜ、わざわざ壁を破壊して進む!?」
傍らのベテランハンターが、苦悶の表情で答えた。
「陛下……奴は、もう周囲の状況を気にしていないんです!」
「どういう意味だ!?」
「奴にとって重要なのは、目の前の障害を突破することだけです!罠を避けているわけでも、こちらの誘導に従っているわけでもない!進路が塞がれれば、そこを壊して進む。それだけなんです!」
ハンターは、戦場で目にした光景を思い返すように言葉を続けた。
「生き延びるために戦っているのなら、危険な場所を避けることもあるでしょう。ですが、あの個体は違う!自分の身体が壊れることすら顧みず、前へ進み続けている!あれでは、誘導そのものが成立しません!」
「…………」
セバスチャンは、言葉を失った。
彼の作戦は、敵が少なくとも周囲の状況に反応し、危険を避けるか、あるいは障害を突破するかを選ぶことを前提としていた。
だが、今回の個体は、その選択を必要としていない。
壁があれば壊す。
拘束されれば引きちぎる。
傷を負えば、それでも進む。
自らの命を守るという、生物として当然の行動すら、二の次になっているのだ。
いや、正確には違うのかもしれない。
この怪物にとって、何かを壊すことだけが、もはや生きる理由になっているのだとしたら。
セバスチャンは、ゆっくりと息を吐いた。
(……行動を完全に予測することはできない。ならば、予測に頼るな)
作戦を変更する。誘導することに固執してはならない。どの方向へ進まれても、少しでも足止めできるようにする。
「左側の防衛設備を起動しろ! 残存兵力は退避を優先! 無理に進路を戻そうとするな!」
命令が飛ぶ。だが、マガイマガドの進撃は止まらなかった。
大砲の集中砲火を浴び、バリスタの矢を何本も突き刺され、肉体はすでに限界に近い。
それでも、怪物は立ち上がる。
そして、都の城壁が目前に迫った。
「……破龍砲を放て!」
セバスチャンの命令と同時に、大型砲が轟音を上げた。
巨大な砲弾が、マガイマガドへと襲いかかる。
マガイマガドは、迫り来る砲弾へ向かって前脚を振り抜いた。
紫黒い鬼火が爆ぜる。
砲弾の軌道が逸れ、弾体は城壁の側面をかすめて、少し離れた場所にある洞窟の入口へと激突した。そして入口を塞いでいた巨大な岩が、粉々に砕け散った。
「……化け物め…!」
セバスチャンの喉から、乾いた声が漏れた。
計算が通じない。
常識が通じない。
そして、どれほど傷つけても、あの怪物は前へ進もうとする。
かつて王を絶望の淵へ叩き落としたリオレウス。
その存在が残した因果の重さを、セバスチャンは今、身をもって思い知らされていた。
だが、悪夢はまだ終わらない。
「報告!!」
作戦司令部へ、伝令が駆け込んできた。
「破壊された洞窟から、正体不明の生物が出現しました! 凄まじい速度で、こちらへ向かってきています!」
「……何だと?」
セバスチャンは、思わず顔を上げた。
ただでさえ、マガイマガド一頭を止めるだけで手一杯なのだ。
これ以上の不確定要素など、あってはならない。
「陛下、こちらを!」
ギルド長から高倍率の双眼鏡を受け取り、セバスチャンは洞窟の方角を凝視した。
砕けた岩の向こう。
舞い上がる土煙の中から、巨大な影が姿を現す。
その姿を認識した瞬間、セバスチャンの身体が凍りついた。
「……リオレウス、だと……!?」
翼、頭部、脚、尾。その基本骨格は、間違いなく空の王者たる飛竜のものだった。
しかし、その肉体は、あまりにも異様だった。全身を覆うのは、漆黒のゴア・マガラを思わせる鱗。
その一方で、ところどころには燃えるような赤い鱗が混ざり、さらに金色の鱗が不気味な輝きを放っている。
そして何よりも、その双眸。
太陽のように昏く輝く、黄金の瞳。
あの日に見た悪夢と、あまりにもよく似ていた。
「あの飛竜は……まさか、あのリオレウスの血筋を引いているというのか……!?」
前王を殺害し、国を簒奪して竜の都へと変えた存在。
絶倫王リオレウス。
その血を引く異形の飛竜が、なぜこの大陸の洞窟に潜んでいたのか。なぜ、今になって姿を現したのか。セバスチャンには、何一つ分からなかった。
(……終わった)
脳裏に、破滅の二文字がよぎる。
(今度こそ、私の玉座も、この街も……すべて終わりだ)
しかし。彼の予測は、またしても裏切られた。
異形の飛竜は、黄金の瞳でマガイマガドを捉えた。
その瞬間、巨体がわずかに沈み込む。
次の瞬間、飛竜は、弾丸のような速度でマガイマガドへと突進した。マガイマガドが、城壁へ向かって再び突進を開始した、その直後だった。
横合いから叩きつけられた異形の巨体。
凄まじい衝撃音が響き渡り、あの執念の怪物マガイマガドが、いとも簡単に弾き飛ばされた。
「……え?」
前線のハンターが、呆然と呟いた。司令部のセバスチャンも、言葉を失っていた。異形の飛竜は、倒れ込んだマガイマガドへと歩み寄る。
そして、その頭部へ容赦のない一撃を叩き込んだ。
さらに、起き上がろうとするマガイマガドの身体へ、爪を振るい、翼を叩きつける。
それは、縄張り争いなどという生易しいものではなかった。
まるで、目の前の敵を絶対に許さないとでも言うかのような、執拗な追撃。
その姿からは、明確な敵意が感じられた。
――お前のせいで、僕の大切なものが壊れた。
そう叫んでいるかのようだった。
「グオオオオオオオオオッ!!」
マガイマガドが、怒りの咆哮を上げた。
その声圧に、周囲の兵士たちが思わず身をすくませる。
同時に、マガイマガドの全身から、凄まじい量の鬼火が噴き出した。
紫黒い炎が周囲を埋め尽くし、触れた地面を爆ぜさせる。
通常の大型モンスターであれば、接近することさえ危険な状況だった。
しかし、異形の飛竜は退かなかった。
その肉体から、紫黒い霧が爆発的に広がった。
霧は、迫り来る鬼火へと絡みつく。
そして――
バチバチバチッ!!
空間がひび割れたかのような、奇妙な放電現象が巻き起こった。
「な……何が起きている!?」
セバスチャンは双眼鏡を握りしめた。
信じがたい光景だった。
異形の飛竜が放った紫黒い霧は、マガイマガドの鬼火を包み込み、その勢いを削いでいく。
爆発が弱まる。
炎の輝きが失われる。
そして、鬼火は霧の中へと吸い込まれるように消えていった。
まるで、黒い霧が鬼火を侵食し、分解しているかのようだった。
「……鬼火を、取り込んだというのか……?」
セバスチャンの額から、冷たい汗が流れ落ちた。
鬼火を防いだだけではない。
あの飛竜は、マガイマガドが放ったエネルギーを、自らの身体へと取り込んでいるように見えた。
霧が、さらに濃くなる。
漆黒の鱗の隙間から、紫黒い光が漏れ出した。
異形の飛竜は、ゆっくりと頭をもたげる。
その黄金の瞳が、再びマガイマガドを捉えた。
「……化け物が、二頭……」
誰かが、震える声で呟いた。
もはや、人間の知略だけで説明できる光景ではなかった。
都市を守るために積み上げた防衛計画。
兵器の威力も、地形の優位も、ハンターたちの経験も。
それらが無意味になったわけではない。
だが、目の前で繰り広げられている戦いは、それらすべてを超えた領域にあった。
片や、リオレウスへの怨念に身を焼かれ、肉体が壊れても前進をやめない怨虎竜。
片や、正体も能力も分からぬまま、鬼火すら己の力へと変えていく異形の飛竜。
セバスチャンは、双眼鏡から目を離せなかった。
そして、ようやく理解した。
自分が対処しようとしていたのは、単なる大型モンスターではなかったのだ。
リオレウスが残した因果。
その因果が生み出した、二つの怪物。
それらが今、自分の目の前で激突している。
――この戦いの結末が、都市に何をもたらすのか。それを予測できる者は、誰一人としていなかった。
息子にはですね…。属性攻撃が効きません。物理攻撃だけ有効です。なんででしょうね?思ったより化け物が産まれたぞ…。
あ、これよく考えたら「吸収」だから回復なのか。誰か一人でも属性武器を持っていた場合常に回復し続けるヤバいのが産まれました。
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