「よく見ておけ」
そう言って、お父さんはあれほど暴れていた猫をあっさりと解放した。自由になった猫は、今の一瞬の接触で本能的な恐怖を植え付けられたのか、凄まじい勢いでバックステップを踏み、お父さんから大きく距離を取った。
「俺たちモンスターの戦いにおいて、戦いとはいかに相手の攻撃を受けず、一方的に自分の攻撃を与えるかで結果が決まる」
猫が地面を強く蹴り、今度こそお父さんの肉体を引き裂こうと怒りのままに飛びかかった。その凶暴な突撃を前に、お父さんは――あれ?さっきまで、確実にそこにいたはずなのに。
「こっちだ」
頭上から響いた低い声。僕がハッとして声のする方向を見上げると、お父さんはいつの間にか、遥か上空の風を優雅に捉えて滞空していた。
僕の視線が一瞬だけ猫に向いた、本当にその一瞬の隙を突いて、お父さんは音もなく大空へと飛び上がっていたんだ……!あんなに強靱で大きな身体をしているのに、鈍重さなんてこれっぽっちも感じさせない。
それどころか、むしろ誰よりも身軽で、素早すぎると思ってしまうほどに、その一連の動きは美しく洗練されていた。これが……本物の『空の王者』の機動力…!
「攻撃の瞬間、大体の相手は無防備な隙を晒す。だからな……」
上空から見下ろすお父さんの瞳が冷徹に光る。
猫の爪が空を切り、地面に着地した――まさにその刹那だった。
ズドーーーーン!!!
視認すら困難な速度で上空から直下してきたお父さんの強靱な爪が、着地の硬直を狙い澄ましたかのように、猫の脳天へと容赦なく突き刺さった。激しい爆煙と衝撃波が戦場を揺らす。
「こうやって、簡単に制圧することができる」
土煙が晴れた中心で、お父さんは呼吸一つ乱すことなく、再び猫の巨体を完璧に地面へと組み敷いていた。どれだけ暴れようが、どれだけ鬼火を燃やそうが、お父さんの圧倒的な質量と力の前には、すべてが無駄なあがきでしかなかった。
目の前で繰り広げられた、一瞬の、けれど完璧な『王の戦い方』。圧倒的な格好良さと、実戦の冷徹さを背中で教えてくれた父親の背中を見つめながら、僕の胸の心臓は憧れと興奮で、痛いくらいに激しく高鳴り続けていた。
「今のを覚えているか?」
猫を踏みつけたまま、お父さんが僕の方を振り返って静かに問いかけてきた。
「……うん。ちゃんと見てた」
「なら、やってみろ」
「えっ?」
予想もしなかった言葉に、僕は思わず声を裏返した。
「戦い方というのは、頭で理解するだけじゃ絶対に身につかない。自分の身体に、その痛みに刻んで覚えるんだ」
そう言うと、お父さんは何のためらいもなく、拘束していた猫を再び解放した。自由になった猫は、今度こそこの場所から逃げ出そうとするかのように、凄まじい勢いでバックステップを踏んで距離を取る。そしてお父さんもまた、バサリと翼を広げて静かに身を引き、僕にこの戦場のすべてを譲ってきた。
「僕が……やるの……?」
僕は戸惑っていた。だって、目の前に現れたお父さんは圧倒的に強くて格好良くて、このまま目の前の化け猫を全部片付けて、僕を助けてくれるんじゃないかって……どこかでそう、期待をしてしまっていたから…。
「甘えるな。この広い世界で、都合よくいつも自分を助けてくれる存在がいると思うな。お前自身のその手で、最期まで戦い抜け」
厳しい……本当に厳しいよ、お父さん……。でも……僕、やるよ。頑張る……! ここで逃げたら、あのお父さんの子供として、あの暗闇の洞窟で僕の命を繋いでくれたお母さんに、顔向けができない。絶対に勝つんだ……!
けれど……猫が再び獰猛な鬼火を全身から噴出させるのを見て、僕の肉体は本能的な恐怖に小さく震えた。
「……でも、やっぱり痛いのは、怖いよ……っ」
「怖いなら怖いままでいい。そして、その痛みも絶対に忘れるな。恐怖と痛みを忘れた者に、本当の危機管理能力は育てられない」
怖いままで、いいの……? 痛いのを、忘れちゃいけないの……?お父さんの教えが、僕の胸の奥のにじわじわと染み込んでいく。そうだ、痛いのは嫌だ。苦しいのも、もう真っ平ごめんだ。
だから――攻撃に当たらないように、全力で避ければいいんだ。あの霧の盾に頼って足を止めるんじゃなく、お父さんのように、空間を身軽に、素早く使って……!
「ただし、相手をよく見ろ。恐怖によって過剰に警戒しすぎると、かえって視界が狭くなる。広い視野を持ったまま、戦場全体を『見る』ことを意識しろ」
「――うん、分かった……ッ!!」
僕は翼を、今度は力任せではなく、風の、空気の絶妙な流れを五感で捉えながら、しなやかに、そして力強く大空に向けて一気に広げた。恐怖はある。痛みもある。けれど、僕の瞳は、先ほどよりも遥かにクリアに戦場を、相手の微細な動きのすべてを『見て』いた。お父さんの瞳が、僕の背中をじっと見つめているのを感じる。僕は吼え狂う猫に向かって、真っすぐ見つめ返した。
猫が、再び低く吼えて突っ込んでくる。僕はさっき見たお父さんの洗練された動きを頭の中で必死に巻き戻し、突進してくる相手をギリギリまで引きつけた――
(ここだ! この動きは……横へ回避! そして、大空へ飛び上がる!)
イメージは完璧だった。しかし、現実の僕の肉体は、その一瞬のスピードに追いつかない。
「遅い」
背後から、お父さんの小さく冷徹な呟きが聞こえた、その瞬間。マガイマガドの強靱な尻尾が僕の脇腹を容赦なく掠め、僕は成す術もなく地面へと吹き飛ばされた。
ガシャァンと音を立てて瓦礫に叩きつけられ、激しい痛みが全身を走る。
「痛いよ……っ……やっぱり、僕には、お父さんみたいなことは出来ないのかな……」
悔しかった。お父さんのように動けなくて、自分が情けなくて仕方がなかった。涙が溢れそうになるのを堪えていると、すぐにお父さんの足音が近づいてきた。不甲斐ない動きをした僕への、厳しいお説教が飛んでくるのだろうか。僕は身を縮めた。
「気落ちしなくていい。今はまだ、出来なくて当たり前だ」
「……え?」
お父さんの口から出たのは、予想外の、静かで温かい言葉だった。驚いて顔を上げる僕に、お父さんは威厳を纏ったまま言葉を重ねる。
「俺だって、生まれた最初から今の動きができたわけじゃない。最初から強かったわけでもないんだ」
え……? 格好良くて強いお父さんが、昔は僕みたいに上手く動けなかったの……?
「戦い方なんてものはな、何度も何度も失敗して、何度も傷ついて覚えるものだ。その身体に刻まれた傷を糧にして、これからの自分を育てていくんだよ。その傷も、失敗も、決して無駄じゃない。何が足りなかったのか、どうすれば次は避けられるのか。それを考え、学び、次の一歩に繋げろ。傷ついたことを理由に諦めるな。だが、傷つくことそのものを目的にするな」
傷を、糧に……。
「『自分は強い、だから戦える』のではない。才能が有ろうが無かろうが、命ある限り、そいつには等しく成長の道が残されている。俺は、痛みを恐れるなとも、恐怖を捨てろとも言っていない。怖いなら怖いままでいい。痛いのが嫌なら、痛い思いをしないために考えろ。生き延びるために工夫しろ。何度失敗したって構わない。生きている限り、お前にはまだ学べることがある。それを絶対に忘れるな。それに……」
お父さんは僕のすぐ目の前まで歩み寄ると、その瞳で、僕の目を真っ直ぐに覗き込んできた。
「さっきの動きは……惜しかったぞ。俺の動きをよく見ていた証拠だ。いいか。強さに、自分の限界を決めさせるな。才能がないから無理だと決めつけるな。『今はできない』ことと、『一生できない』ことは違う。お前が何を為したいのか。それを忘れず、自分の意志で前に進め。そうすれば、今日できなかったことだって、いつかできるようになる」
その言葉が、僕の胸の奥にある心臓を、恐怖ではなく、震えるほどの歓喜と熱い闘志で満たしていく。
(お父さんは僕を見捨てていない。僕の不恰好な挑戦を、ちゃんと認めて、見てくれているんだ……っ!)
お父さんの言葉を咀嚼し、僕は再び、泥まみれになりながらも力強く地面を蹴って立ち上がった。脇腹の傷は痛むけれど、その痛みさえ、僕を強くするための「糧」に変えてみせる。僕は翼を広げ、もう一度、吼える相手の正面へと堂々と立ち塞がった。
相手が、憎悪を剥き出しにして再び大量の鬼火を繰り出してきた。僕は本能的に、お父さんに言われた「広い視野」を意識しながらも、身を守るために再び紫黒の霧の盾を展開する。
霧が広がり、鬼火の群れと接触する――まさにその直前だった。
バサリ、と視界を覆うように、お父さんが翼を大きく広げて、僕の前に立ち塞がって僕を庇ったのだ。
「え……? お父さん、何で……!?」
せっかく自分で戦おうとしたのに、何故遮るのか。困惑する僕に、お父さんは荒れ狂う鬼火の爆炎をその身に浴びながら、僕の展開した霧を見つめて静かに教えてくれた。
「……その力は便利だが、頼りすぎるな」
「……どうして? 相手の攻撃を防いで、エネルギーも奪えるのに」
お父さんはその真意を言葉にする。
「お前のその力は非常に強力だ。だからこそ、それに依存しすぎると、お前自身の肉体が『避ける』『耐える』という本質的な成長の機会を、すべて奪ってしまう」
依存――頭を強く殴られたような感覚だった。確かに僕は、外の世界に出てきてから、自分の想定を超える攻撃が来るたびに、あの便利な霧の盾ばかりを使って、自分で避ける努力を怠っていた。
「吸収、それはお前にとって最強の『守る力』だ。だが、戦いにおいて、ただ攻撃を食らい続けて守るだけでは、いつか必ず限界がくる。お前も、さっき胸が苦しくなっただろう?」
「……っ!」
見透かされていた。さっき火を吸収したとき、心臓が破裂しそうに痛んだ理由。あれは、僕の肉体が許容量を超えたエネルギーを無理やり溜め込んだ、限界のサインだったんだ。
「守ることだけを考えて足を止めていると、いつか必ず致命的な隙が生まれる。その盾は、本当に必要な時だけ、一瞬だけ展開すればいい」
「……うん、分かったよ……!」
……あれ?でも、お父さんが今、僕の前に立って僕を守ってくれているってことは。お父さんにとっては、今がその「本当に必要な時」だったってことなのかな?
僕がそんな疑問を抱いた瞬間、お父さんは、猫の激しい猛攻を鱗だけで完全に耐えきってみせた。そして、ゆっくりとこちらを振り向くと、その鋭い翼爪で、僕の胸元を優しく突き刺したんだ。
「お前には、そのウイルスの力とは別の強い
お父さんの黄金の瞳が、僕の目と胸を真っ直ぐに見つめる。
「その胸の中にある――『太陽』だ。お前の力は、守るためのものだけじゃない。あのマガイマガドを焼き尽くす、最強の攻撃の力も、備わっているはずだ」
胸の奥の太陽の心臓が、お父さんの言葉に呼応するように、ドクン、ドクンと激しく、熱く波打ち始めた。僕のなかに宿る、受け継いだ本物の太陽の熱量。それを、ただの盾として消費するんじゃない。今度こそ、僕を、僕たちの思い出を傷つけた目の前の化け物を、完全に打ち砕くための「牙」として解き放つんだ――!
「理想の自分を追い求めろ」
お父さんの言葉が、僕の脳裏に深く突き刺さる。
(理想の自分……。お父さんみたいに、あいつの攻撃をすべて見切って、上空から格好良く制圧する…)
そんな自分の姿を真っ先に連想した。けれど、お父さんは僕の思考を見透かしたように、小さく首を振った。
「違う。俺が言っているのはそうじゃない」
「え……?」
僕は困惑した。だってお父さん、僕は、お父さんみたいに強くて格好いい存在になりたいのに。
「俺は『理想の誰かになれ』とは言っていない。お前自身の『理想の自分を追い求めろ』と言ったんだ。違いが分かるか?」
頭の芯が、カッと熱くなった。お父さんになるんじゃない。お父さんの背中をなぞるだけじゃ、僕はいつまで経ってもお父さんを超えられない。
僕のなかには、あの孤独な暗闇のなかで、僕を信じて命を繋いでくれたお母さんの血が流れている。そして、この胸には、お父さんから受け継いだ太陽がある。
黒と金。そしてお父さんの赤。三つの命の色彩を宿し、混沌のウイルスさえも従えて、両親の愛のすべてを背負って立つ――僕だけの、最強の姿。
「……うん。全部分かったよ、お父さん!」
僕のなかの迷いが、完全に消え去った。ただお父さんの真似事をするだけの子供は、もうここにいない。僕は僕として、目の前の敵を打ち砕き、これからの新しい人生を僕の足で歩んでいくんだ。僕が顔を上げると、お父さんはフッと、誇らしげにその口元を緩めた。
「良い眼になったな……。俺と同じ、太陽のような黄金の瞳だ……」
お父さんの黄金の瞳が、僕の目を覗き込む。その時、僕の瞳の奥底で、お父さんから注がれた遺伝子が、そして僕自身の「太陽の心臓」と激しく共鳴を起こし、僕の瞳はギラギラとした圧倒的な『黄金の輝き』へと完全に染まり上がっていった。
お父さんが一歩身を引き、戦場の主役を僕へと完全に明け渡した。僕は黄金に輝く瞳で、吼え狂うマガイマガドを静かに見据え、胸の奥で燃え盛る本当の太陽の力を解き放つために、深く息を吸い込んだ。
胸の奥の「太陽の心臓」の鼓動を、さらに激しく、熱く早めていく。
ドクン、ドクンと、極限まで高まった熱を帯びた血液が、僕の肉体の隅々にまで爆発的に行き渡るのを感じる。身体の奥底から、信じられないほどの温もりが、力が、溢れかえっていく。
僕はお父さんじゃない。だから、お父さんの洗練された動きをそのままなぞるような戦い方はしない。僕には、お母さんの遺してくれたウイルスたちが、さっきまで命懸けで吸収してくれたあのマガイマガドの鬼火のエネルギーがある。
そして、人間たちの放った砲撃の熱量がある。それをただ溜め込むんじゃない。僕のなかにある太陽の熱と融合させて、僕の『牙』として今ここで再利用するんだ!
喉の奥へ、体内に渦巻くすべてのエネルギーを極限まで集約させていく。お父さんの太陽の熱。お母さんの混沌のウイルス。そして、マガイマガドから奪い取った鬼火の怨念。そのすべてを完全に統べ、ひとつの破壊の力へと昇華させる。
……これが、僕の……この戦いにおける、僕だけの『理想の自分』だ!
「グゥゥゥオォぉぉぉーーーッ!!」
猫が全身の鬼火を激しく燃え上がらせて、一直線に僕へと突っ込んできた!僕は広い視野でその軌道を完全に見定め、お父さんの教え通りに、ギリギリまで引きつけてから足腰にすべての力を込めて、大空へ向けて力強く跳躍した。
フワッ――と、僕の身体が重力を置き去りにして宙を舞う。猫の牙が、僕のいた地面を虚しく引き裂いた。
(――避けられた……ッ!!)
初めて、自分の力で相手の最大火力を完全に躱してみせた。その浮遊感に歓喜した次の瞬間、お父さんの声が飛んできた。
「終わってないぞ。避けて満足するな、次に何をするんだ?」
「うん、分かってるよ、お父さん……っ!!」
空中から見下ろした視界の先、突撃の勢いを殺しきれず、完全に地面へ突っ伏しているマガイマガドの、無防備でガラ空きの背中。最高の、決定的な隙。
お父さんの言った通りだ。相手が攻撃を放った刹那、そこには必ず致命的な隙が生まれる。僕は空中で器用に身体を反転させると、喉の奥に限界まで溜め込んでいた、三つの色彩のエネルギーをすべてその口元へと解き放った。
お父さんのように、格好良く、けれど僕だけの最大火力を込めて!喰らえ! これが僕の、お父さんから受け継いだ命の証だ!
「――豪火球ーーーーーーッッッ!!!!」
僕の口から放たれたのは、ただの炎ではなかった。お父さんの燃え盛るような紅蓮の火球のなかに、マガイマガドの禍々しい紫の鬼火、そしてすべてを分解するお母さんの紫黒のウイルスが螺旋を描いて激しく渦巻く、見たこともない三色の超巨大なエネルギーの塊。
それが、無防備なマガイマガドの背中へと、彗星のような速度で真っ直ぐに直撃した。
◆
激しい三色の爆炎が吹き荒れ、濛々と立ち込める爆煙がゆっくりと晴れていく。その中心には、先ほどの息子の強烈なブレスを背中にまともに喰らい、全身を焼かれ、もはやピクリとも動けないほど完全に瀕死の姿になったマガイマガドが横たわっていた。
「――とどめを刺さないと!」上空で風を掴んだあいつが、その瞳を爛々と輝かせながら、息の根を止めるべく再び急降下しようとした。だが、俺はそいつを制するように短く言葉を投げかけた。
「もういい」
その途端、あいつはまるで目に見えない壁にぶつかったかのように、空中でピタリと急停止した。
「え……?」
あいつの気配が困惑に揺れる。まあ、無理もない。生まれて初めての戦いで、興奮と熱狂の最中にいる子どもだからな。
「あいつはもう、指一本動かせない。戦える状態じゃないんだ。だから、これ以上わざわざ攻撃する必要はない」
俺の言葉に、あいつは明らかに納得のいかない様子で翼を不満げにバタつかせた。
「でも……あいつが、僕の岩を壊したんだ……っ!」
……ああ、成る程。ようやく謎が一つ解けた。俺がこの地に完璧に封印したはずの、あの巨大な大岩。それを破壊した張本人は、俺がかつて骨を砕いてこの地に捨てていった、あの執念深いマガイマガドだったわけか。
「納得できないかもしれないがな。勝負が決した後にこれ以上の攻撃を加えるのは、ただの弱い者苛めと同義だ。それに……こいつには、わざわざお前がとどめを刺すほどの価値もない」
理性を説き、なんとかあいつを納得させようと試みる。だが、あいつの鱗の奥底からじわじわと染み出してくる怒りは、そんな綺麗事では到底収まりそうになかった。あいつは悔しそうに喉を鳴らし、悲痛な声を絞り出す。
「でも……僕のお母さんの、眠る場所を壊したんだ……!」
お母さん……か。その言葉が、俺の胸の奥にある心臓を、ドクンと冷たく跳ね上がらせた。数年前、俺が命のすべてを懸けて愛し、そしてこの地の洞窟にその思い出ごと封印した、あの愛しい妻の姿が、鮮烈に脳裏に蘇る…。
俺は胸のざわつきを抑えきれず、あいつを真っ直ぐに見つめ返した…あくまで…念のための確認だ…。
「……お前の母親は、一体誰だ?」
「僕のお母さんは、ゴア・マガラだよ」
その一言が耳に飛び込んできた瞬間、俺の全身の血が完全に凍りついた。この俺の身体が、金縛りにあったように動かなくなる。瞳が、激しい衝撃と動揺で小刻みに震えた。
「……ゴア……だと……?」
あいつは俺の異常な取り乱しように、不思議そうに首を傾げていた。
「うん。僕のお母さん。僕が生まれる前に死んじゃったんだけど……」
そう言って、あいつは自らの鱗の隙間に、大切に、本当に大切に挟み込んでいた『何か』を、誇らしげに俺へと差し出してみせたのだ。
あいつの爪の間に握られていたのは、見紛うはずもない――燃え盛る夕焼けのような、一枚の【赤黒い鱗】。それを見た瞬間、俺の頭の中のすべてのパズルが、一つの真実へと繋がった。
(あの鱗は……間違いない。数年前、この地の洞窟で息絶えた彼女の傍らに、俺が最期の愛を込めて供えていった、俺の鱗だ…)
目が見えないあいつが、暗闇のなかで一匹きりで寂しくないようにと、俺の残り香を遺していった、あのたった一枚の形見。それを、この子は……俺と彼女の愛の結晶は、生まれてからずっと、暗い洞窟の中で大切に抱きしめ続けていたんだ。
「……そうか……やっぱり……俺の、思い違いじゃなかったんだな……良かった…」
喉の奥から、掠れた嗚咽のような声が漏れる。すべてを理解した俺の視界が、溢れ出しそうになる涙で激しく滲んでいった。
目の前にいるこの大きく幼い王は、俺が世界で一番愛した、あの不器用で優しい妻が遺してくれた、俺たちの本当の『子ども』だったのだ。
レウス(本当は全部俺が片付けて甘やかしたいが…我が子のために我慢だ…!)
息子(なんかお父さんが凄い歯ぎしりしてる…怒ってるのかな…)
レウス(ここまで俺の教育論を熱く語っておきながら、実は我が子ではない可能性があるのかもしれない…)
息子(お父さん…顔が怖いよ…)
レウス(俺の本能はこいつを我が子だと叫んでいる。こいつも俺をお父さんと呼んでいる。だが…億が一でも…俺の思い違いの可能性があるのかもしれない…)
息子(お父さんがまた凄い顔してる…怒ってるのかな…)
息子「僕のお母さんは、ゴア・マガラだよ」
レウス「……そうか……やっぱり……俺の、思い違いじゃなかったんだな……良かった…」
皆さんはこの中ならどれが読んでみたいです?
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著・ギルマス「赤い竜の君」
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巣立ちしたレウスの子ども達のその後
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ベビーシッターの一日
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