とあるリオレウスの異種族ハーレム物語 作:火遊び竜・リオレウス
背中に、柔らかくも引き締まった桜色の身体が密着する。サクラが寝たふりをやめて、愛おしそうに俺に抱きついてきたのだ。
その熱量から、彼女がさっきまで俺たちが出会ったあの日のことを思い出していたのだと、すぐに分かった。
(あの時は……本当に、俺も冷静じゃなかったな……)
サクラの頭を優しく翼で撫でながら、俺は苦笑交じりにあの激動の時期を振り返っていた。
――あの日。
レイアと共に豊かな新天地を求めて放浪していた俺は、見知らぬ土地の岩場で、人間のハンターたちに追い詰められ、今にも命を落とそうとしていたサクラを発見した。
冷静に、飛竜としての損得勘定だけで考えれば、答えは一つしかなかったはずだ。
俺にはすでに、運命の番として愛するレイアが隣にいた。
目の前でハンターに狩られかけているリオレイア亜種がどうなろうと、俺には何の関係もない。
野生の掟に従ってそのまま無視して通り過ぎるか、あるいは、サクラが狩られて死んだ後に主を失ったその広大な縄張りをそっくりそのまま強奪することだって出来たのだ。
その方が、傷つくリスクもなくて圧倒的に賢い選択だった。
なのに――
当時の俺の頭には、そんな計算高い選択肢なんて、微塵も浮かばなかった。
(無視する? 縄張りを奪う? ――ふざけるな)
傷つき、涙を流しながら冷たい刃に晒されている彼女の姿を見た瞬間、俺の脳細胞は怒りで沸騰していた。
理屈じゃない。
損得でもない。
ただ……
「あの女の子を、今すぐ助けなければならない」
俺の身体に流れる『空の王者』の熱い血が、野生の本能が、耳を劈くような大音量でそう叫んだのだ。
そして俺は、その衝動のままに大空から地上へと突撃した。
その結果がボロボロになりながらもハンターを退け、レイアの天然な後押しもあってサクラを第2夫人として迎え入れるという、今の大ハーレムの礎となる結末だった。
「グルル……」
背中のサクラと、正面で見守るレイアに視線を送る。
あの時の無鉄砲な選択を、俺は一ミリも後悔していない。
ただ、この「困っている雌を放っておけない本能」のせいでこの後さらに俺の縄張りがとんでもない方向へ拡大していくことになるとは、当時のピュアな俺は知る由もなかったのだ。
そう……次に俺の前に現れたのは、レイアたちのような同族ですらない、文字通りの『異種族』。
サクラを背中に乗せてあの日を懐かしんでいると、巣の入り口から軽やかな音が響いた。
美しい艶やかな泡を纏い、まるで舞い踊るように滑らかな動きで入ってきたのは、ミツネだった。
リオ一族どころか翼を持った飛竜種ですらない海竜種、泡狐竜のタマミツネ。それが俺の3番目の番だ。
今思っても、本当に不思議なものだと思う。
俺は空を征く飛竜種で、ミツネは水辺に生きる海竜種。骨格も生態も、根本から種族がまるで違う。本来なら番になるどころか、交わることすらあり得ないはずだった。
なのに……
(……子どもが、産まれたんだよなぁ)
チラリと、子どもたちのエリアに視線をやる。
そこには、俺に似た小さな翼を持ちながらも、タマミツネのような美しい桜色の毛並みと泡をパチパチとはじれさせている、世にも珍しいハイブリッドな幼体たちが、お腹を膨らませて満足そうに丸くなっていた。
どうやらミツネは、巣の外から子どもたちのために新鮮な魚でも狩って、食べさせてくれていたらしい。
おかげでレイアの負担も減ったようだ。
「ミツネ、ありがとうな」
子育てに協力的な彼女にお礼を言おうと、俺が歩み寄った、その瞬間だった。
「――っ!?」
視界が一瞬でミツネの美しい瞳で埋め尽くされた。
ぬるりと滑らかな長い首が滑り込んできたかと思うと、彼女の濡れた口元が俺の嘴へと急接近し、深く情熱的に重ねられた。
泡の甘い香りが鼻腔をくすぐる、巣に戻ってきて早々の、濃厚すぎるディープキスだった。
「クシシ……シュウ……」
唇を離すと、ミツネはうっとりと目を細め、狐のような顔を俺の胸元にすり寄せて甘えたような声を漏らした。
そう、この大所帯のハーレムの中でも、このミツネこそが一番の甘えん坊なのだ。
一度スイッチが入ると、レイアやサクラの視線があろうがお構いなしで、俺にべったりと吸い付いて離れなくなる。
まあ……それも無理はないのかもしれない。あの日、孤独に傷ついていた彼女に出会った時、俺が放った――あの『一言』は…種族の壁に苦しんでいた彼女の心に、あまりにも深く、致命的に刺さりすぎてしまったようだからな――
◆
今でも、昨日のことのように鮮明に思い出せる。
渓谷の奥深く、陽の光すら届かない薄暗い水溜まりが当時のわたしの世界のすべてだった。
水面に映る自分の姿を見るたび、胸が破れそうなほど締め付けられる。同種の雄たちが持つ夕焼けを切り取ったかのような鮮やかな桜色のヒレも、夜空を彩るような艶やかな舞もわたしにはない。
…ただ泥にまみれた岩肌と同じ、くすんだ灰色の身体。
「こんなに地味で醜い私が、あの美しい彼らの前に出られるはずがない……」
わたしは自らの姿を恥じ、群れから離れ、ただ一匹で深い孤独の中に身を潜めていた。
美しい同族たちへの憧れと、それになれない自分への情けなさが冷たい泥のように心に積もっていく。
ただ息をしているだけの、死んでいるのと同じような日々。 その永遠とも思える静寂を破ったのは、天を裂くような轟音だった。
バリバリと音を立てて巨木がなぎ倒され、頭上のわずかな木漏れ日を巨大な影が遮る。
赤い鱗。巨大な翼。『空の王者』――リオレウスだった。
圧倒的な強者の気配。深紅の鱗をまとった圧倒的な巨体が容赦なくわたしの目の前に舞い降りる。地響きと共に巻き上がる土煙。
(ああ、私はここで……この悍ましい強者の餌となって終わるのだわ)
逃げる脚はすくみ、完全に死を悟った。抗う術など、この地味な海竜にはない。
けれど、せめて最期くらいは。 この惨めで、地味で、誰にも愛されず、誰に見届けてもらえなかった生涯の、せめて最期くらいは――ただ怯えて食い殺されるだけの肉塊にはなりたくない!
「――シュウウウウウウッッ!!!」
わたしは天を仰ぎ、喉がちぎれんばかりに叫んだ。
それは強者への無謀な威嚇ではない。自らの理不尽な運命に対する、悲しみと嘆きをすべてぶつけるような、魂の慟哭だった。
その逆巻く感情に呼応するように、わたしの身体から無数の泡が、今までにない勢いで溢れ出す。 死に物狂いで放たれたその泡の群れは、リオレウスの身体から立ち上る凄まじい熱気と、奇跡的に渓谷の隙間から差し込んだ、わずかな夕陽の光を浴びた。
次の瞬間、世界が一変した。
薄暗かった渓谷の底が、見たこともない色彩で満たされる。 彼の熱に煽られた泡が万華鏡のように光を乱反射し、わたしのくすんだ灰色の身体を、幻想的な七色のきらめきで包み込んだ。
それは、雄たちが命がけで魅せるどんな求愛の舞よりも激しく、圧倒的な命の輝きを放っていた。
息をのむような、完全な沈黙が訪れる。
激しく羽ばたいていたはずのリオレウスは、ぴたりと動きを止め、息を吸うことすら忘れたように硬直していた。
その黄金の瞳を大きく見開き、七色の泡の光の中に立つわたしを、ただじっと見つめている。
殺される。
そう思って目を瞑ろうとしたその時。 空の王者はふっと闘気の熱気を収め、低く、地鳴りのような、だけどひどく不器用で優しい声で呟いた。
「……綺麗だ」
その言葉は、わたしが生まれて初めて耳にする言葉だった。 そして、この世界でずっと、ずっと欲しかった――わたしの存在の肯定だった。
その言葉を聞いた瞬間、わたしの中の、頑なに閉ざされていた何かにパキリとヒビが入った。
あまりの衝撃に言葉を失いながらも、意を決してレウスにどうしてここにいるのか理由を尋ねてみたの。すると彼は、大きな頭をきまずそうに掻きながら、男にはたまに一人になる時間が必要なんだ、と語ってくれた。
2匹のレイアたちに囲まれて少し息が詰まったから散歩をしていたら、この薄暗い渓谷の底でひどく寂しそうにしているわたしを見つけたのだそうだ。
その不器用な優しさに触れて、胸の奥のヒビがさらにみしみしと大きくなっていく。
でも、まだ信じられなかった。わたしが……綺麗? 聞き間違いかもしれない。そう考えたわたしは怖々ともう一度、確認の質問を投げかけた。
「本当に……わたしが、綺麗だと言うの……?」
帰ってきた言葉は、わたしの疑念を優しく吹き飛ばすものだった。
「ああ……本当に、綺麗だ」
真っ直ぐにわたしを見つめる黄金の瞳。その瞬間、ヒビが大きくなり、これまでの惨めな自分を縛っていた殻が今にも壊れそうになっているのを感じた。
「どうしてこんな場所に一匹でいたんだ?」
と、彼に理由を聞かれ、わたしは俯きながら、美しい同族たちの前にこの地味な姿を見せたくなくて逃げてきたのだと打ち明けた。
彼はわたしの告白を聞くと、少しの間、真剣な顔で考え込んでいた。
そして、ふっと力強く息を吐き出すと、確固たる覚悟を決めた様子で、わたしにこう告げてくれたのだ。
「同族じゃなければ……いいのか? 例えば……俺とか、どうだ?」
その言葉を聞いた途端――ヒビの入っていた冷たい殻が、音を立てて木っ端微塵に砕け散った。
異種族? 空の王者と地を這う海竜?
――そんなもの、もう何の関係もない。
この雄は、世界で誰一人として見向きもしなかったわたしのすべてを、この灰色の身体を、丸ごと「綺麗だ」と肯定してくれた。
なら、わたしのすべてをこの雄に捧げよう。わたしは生涯、この雄だけのものになる。
そう決意すると同時に熱い衝動が身体の奥底を駆け抜けた。子宮がキュンキュンと激しく疼き、生物としての本能がこの優しくて格好いい雄との子どもを狂おしいほどに欲していることに気付いた。
もう、ただ怯えていた地味な雌の姿はどこにもない。 わたしはくねりと長い身体をくねらせると、愛の情動のままに彼の太い首筋へと絡みついていった――あの後からの記憶は、正直言ってかなり怪しい。
長年、冷たい泥の中に閉じ込められていたわたしの感情は、彼の優しい言葉によって完全に暴走していた。
「シュウウウウウウウッ!」
気づけばわたしは、くねりと長い身体を彼の太い首筋に絡みつかせ、その場で彼との繁殖行為をしようと夢中で縋りついていた。
本来なら『空の王者』を前に、か弱き海竜のわたしがそんな大胆な行動に出るなんて、あり得ないことだった。
けれど、狂おしいほどの愛の情動が、わたしの理性を完全に焼き尽くしていたの……結局のところ、すぐに立場は反転してしまった。
覚醒した『空の王者』の圧倒的な熱量と力強さに、わたしはただただ圧倒されるばかり。
激しい熱情の渦の中で、彼に完膚なきまで腰を砕かれたこと――そして、その時間が人生で一番、息が止まるほど幸せだったこと――それだけははっきりと覚えている。
けれど、それ以外のことは、頭が真っ白になってしまって何も覚えていない。
次に意識がはっきりした時は、わたしは彼に優しく抱きかかえられたまま、この大きな巣へと連行された後だった。
◆
「クシシ……あの時は本当に、頭がどうにかなりそうだったなぁ」
現代の巣の中、ミツネはうっとりと頬を染めながら、俺のの腕の中でくねくねと身体を震わせた。
その隣で、サクラが「あら、あなたもやっぱり腰を砕かれた口なのね。本当に手慣れた旦那様だこと」とジト目を向け、レイアお姉様は「ふふ、レウスは本能に火がつくと凄いのよねぇ」と、相変わらずどこか誇らしげに微笑んでいる。
「頼むからその時の記憶は、そのまま永遠に忘れておいてくれ……」
俺は翼で顔を覆い、本日何度目か分からない限界の溜息を漏らした。
散歩の途中で寂しそうな女の子を慰めただけのはずが、気づけば野生の本能が爆発して、種族の壁すらぶち壊す大恋愛へと発展してしまっていたのだから。
しかし、我がハーレムの限界突破は、これで終わりではなかった。
ここまではまだ、愛の言葉が通じる『陸の女王』や『妖艶なる舞』たちだった。
次の影は――話など一切通じない、純粋な暴力と凶暴性の塊。
あの傍若無人な雌ヤンキーだった。
次回、ハンター