だいたいゴリラのせい 作:ゴリラ13
始まりは、中国・軽慶市。『発光する赤子が生まれた』というニュースだった。
そんな奇跡のような大事件を皮切りに、世界各地で同様の『超常』が確認され始める。先天的に力を持って生まれるものもいれば、その成長の過程で突然その力を発現する者もいた。
原因も、法則も、何一つとして不明なまま時は流れ──。
いつしか『超常』は『個性』と名を変え、人々の生活に溶け込んでいた。
炎を操る者がいれば、空を飛ぶ者もいる。
岩のような身体を持つ者もいれば、およそ人間とは思えない姿で生まれてくる者だっている。
今や、人類のおよそ八割が何らかの『個性』を持つ時代。
かつて『超常』と呼ばれた力は、もはや超常でも何でもない。
それは人々の暮らしに根付き、社会を発展させ──同時に、新たな犯罪を生み出した。
『個性』を悪用し、人々を脅かす犯罪者──『
そして、そんな彼らから人々を守るため、かつて空想の中にしか存在しなかった職業──『
ヴィランを取り締まり。
災害が起これば現場へ駆けつけ。
助けを求める人々へ手を差し伸べる。
いつしか彼らは子供たちの憧れとなり、その活躍が連日のようにテレビやネットを賑わせる、現代社会の花形となっていた。
そんな数多のヒーローたちの中に、つい最近デビューしたばかりの一人の女性がいる。
ヒーローネーム──《Mt.レディ》こと、岳山優。
巨大化という極めて派手な『個性』と、人目を引く華やかな容姿を持つ若手のヒーロー。デビューしてまだ日が浅いのにもかかわらず、その知名度は急速に高まりつつあった。
巨大な身体でヴィランを取り押さえる姿は映像映えし、本人もカメラを向けられることを嫌うどころか、むしろ積極的に自分を売り込んでいく性格だったため、取材があれば愛想よく笑い、ファンには手を振り、テレビカメラを見つければそれとなく映り込んだ。
良く言えば世渡り上手。悪く言えば少々俗っぽい。
それが岳山優という女性である。
「……イメージって、大事なのよ」
東京都内に構えられたとあるヒーロー事務所。
その一室で机に頬杖をついた優は、何やら深刻そうな面持ちでそう呟いた。
机の上には何冊もの雑誌や新聞が広げられている。
その中には当然、彼女自身が大きく取り上げられたものもあった。
デビューしたばかりの若手ヒーローにとって、世間からどう見られるかというのは決して馬鹿にできない問題である。
どれほど優れた『個性』を持っていようと、それだけで仕事が舞い込んでくるわけではない。確かな実績と、人々からの人気や信用が不可欠なのだ。
故に──。
「イメージって、大事なのよ」
「さっきも聞きました」
「大事なのよ!!」
「分かりましたって」
向かいに立つスタッフの気の抜けた返事に、優は苛立たしげに雑誌を叩いた。
「だったら、これは何なのよ!?」
ビシッ!! っと、彼女の指先が紙面へ突き刺さる。
先日、彼女が路上でヴィランを取り押さえた際の記事。
そこには巨大化したMt.レディがヴィランを確保し、その周囲を警察や野次馬が取り囲んでる様子が大きく取り上げられていた。
写真写りも悪くなく、新人ヒーローの華々しい活躍としては申し分ない一枚だと言えるだろう。
「……え? 目ヤニでも付いてるんですか?」
「ブッ飛ばすわよ!? そっちじゃないわよっ!! こっちっ!!」
スタッフのあんまりな指摘に怒鳴り返しながら、優は写真の隅へと指先を滑らせる。
指し示したのは見栄えのいい立ち姿を披露した自分——ではなく、その足元。規制線の向こうに集まった野次馬たちのさらに向こう側に立つ、電柱の陰から自身を見つめる大柄の男の姿である。
何がそんなに嬉しいのか、笑みを浮かべながら巨大化した優に向けて真っ直ぐに視線を向けている。少なくとも悪意はないようだが、見られる側からすれば普通に恐怖である。
「あぁ、また映ってますね。これで何度目でしょうか?」
「分からないわよ! ……ハァ、8回目くらいじゃない?」
「熱心なファンですねぇ」
「その一言で済ませていい頻度じゃないでしょうが!!」
バンッ!! と、優が机を叩く。
衝撃で積み重なっていた雑誌が僅かに跳ねた。
「そもそもね、一回や二回なら私だって気にしないわよ。人気商売なんだから、追っかけの一人や二人くらいいたって不思議じゃないし。むしろファンが増えるのは大歓迎よ」
「じゃあ、いいじゃないですか」
「限度があるって言ってんの!!」
優は別の雑誌を引っ掴み、机の上へと叩きつける。
「これ!」
先週、市街地で起きたヴィラン事件。
逃走するヴィランを巨大化した優がビルとビルの間に追い詰めている写真だった。
そして、その遥か後方。
人混みの中から頭一つどころか二つほど抜けた大柄な男が、彼女の方をジッと見ている。こちらもやはり笑みを浮かべたままだ。
「それからこれ!」
今度はテレビ番組の取材を受けた際の記事。
街頭でインタビューに答えながら笑顔を浮かべる優。その後ろを行き交う大勢の通行人に紛れて——やはり、いた……。
「これも、これもっ、これもっ!!」
優が取り上げる全ての記事に、必ずと言っていいほどに男の姿は確認できた。
自分の傍を同じ男がうろついている。ハッキリ言って恐怖以外の何ものでもなかった。ヒーローだって人間なのだ。怖いものは怖いのである。
そして、最近になって優が本格的に頭を抱え始めた理由がもう一つある。
「しかも最近、変な噂まで流れ始めてんのよ……!」
「噂?」
「そうよ!」
優は忌々しげに机の上へ置いていたスマートフォンを手に取ると、何度か画面を操作し、そのままスタッフへ突きつけた。
そこに表示されていたのは、ネット上に書き込まれたMt.レディに関する話題の数々。
デビューしたばかりにもかかわらず、派手な『個性』と容姿のおかげで注目度は高い。目撃情報や写真が投稿されること自体は珍しくなかった。
問題なのは、その内容である。
『最近Mt.レディの近くにいつも同じ男いない?』
『この前の事件現場にもいた気がする』
『というか、毎回いるの怖くね?』
などなど、様々な内容や憶測が記されていた。
ただでさえ新人である。
今は一つでも多く実績を積み、世間に自分の名前と顔を売っていかなければならない大事な時期なのだ。それなのに最近では、彼女の写真が出回るたびに、
『またあの男いるぞ』
『この二人どういう関係なんだ?』
などと、妙なところに注目する者まで現れ始めていた。
「私はね! もっとこう、『期待の新人ヒーロー!』とか! 『今後の活躍に注目!』とか! そういうイメージで売っていきたいの!」
「実際、そういう評価も多いじゃないですか」
「そこに余計なもんが混ざり始めてんのが問題なのよ!」
バンッ、と再び机が叩かれる。
「このままじゃ、そのうち『Mt.レディ』じゃなくて『なんかいつもデカい男に付けられてる人』みたいになるでしょうが!!」
「それはそれで覚えてもらえそうですけど」
「そんな知名度いらないわよッ!!」
優の悲鳴にも似た怒声が事務所に響く。
スタッフは呆れたように肩を竦めながら──。
「これが同業者だってんだから、世も末ですよねぇ」
雑誌を片手に淡々と告げる。
そう。件の男は同業者──つまりはヒーローだった。
あまりにしつこいものだからと、身元を調査した時には流石の優も言葉を失った。
どうせ少し行き過ぎた厄介ファンだろうと思っていたのに、蓋を開けてみれば同業者。それも、少なくとも十年以上前から活躍中のベテランである。
「全くよ……。何かの間違いだと思って、何度も資料を見返したのに。出てきたのはやれヴィランを制圧しただとか、インターン生を救っただとか。真っ当にヒーローやってるものばかりだし」
「経歴だけ見れば、結構立派ですよね。資料は少ないですけど」
「腹立つくらいにね!」
優の怒声が事務所に響いた。
「ベテランならベテランらしく後輩の見本になりなさいよ!! 新人ヒーローのストーカーなんてやってる場合じゃないでしょうが! 仕事しなさいよッ、仕事ッ!!」
とうとう『ウガーッ!!』と頭を抱え始める優。
そんな彼女をしばらく眺めていたスタッフだが、ふと疑問に思ったのか小さく首を傾げた。
「──というか、何でこの人ここまでMt.レディに執着してるんです?」
「…………っ」
ピタリと、頭を掻きむしっていた優の手が止まった。
「そもそも、どうやって知り合ったんですか?」
「…………」
「Mt.レディ?」
「……知り合ったっていうか」
先程までの勢いはどこへやら。優は気まずそうに視線を逸らした。
「なんです、その反応」
「いや……別に?」
「何か心当たりあるんですか?」
「心当たりってほどじゃ……」
「じゃあ、何なんです?」
「…………」
スタッフの視線が痛い。
優はしばらく抵抗するように口をへの字に曲げていたが、やがて観念したように深々と息を吐いた。
「……最初はちょっと落ち込んでたから、声掛けただけなのよ」
「向こうからじゃなくて?」
「……私から」
「へぇ」
「何よ、その顔!」
「いえ、てっきり向こうから声を掛けてきたのかと」
「違うわよ! 最初に声掛けたのは私よ!」
そこだけは誤解されたくないのか、優は妙に力強く言い切った。
「なんか見るからに凹んでたし! あんなデカい図体して、この世の終わりみたいな顔してたのよ!? そりゃちょっとくらい気にもなるでしょうが!」
「なるほど。純粋な善意だったんですね」
「…………」
「Mt.レディ?」
「……それに」
「それに?」
優の声が少しだけ小さくなる。
「そこで私が優しく話を聞いてあげたら、『一般人にも優しいMt.レディ』って感じで好感度も上がるかなって……」
「思ったより打算的ですね」
「別にいいでしょ!? ちゃんと心配もしてたわよ!」
「そこは疑ってませんよ」
「だったらその疑うような目やめなさいよ!」
打算があったのは事実である。
ヒーローとしてデビューしたばかりだった優にとって、世間からの評判は何より重要だった。
困っている一般人がいる。
そこへ偶然居合わせた新人ヒーローが声を掛け、親身になって相談に乗る。
誰かが見ていれば好印象。見ていなくても、助けた本人がファンになってくれるかもしれない。ついでに本当に困っているのなら助けてやれる。
損など一つもない。──そのはずだった。
「……ハァ。それで、話を聞いてみたら、女の子に振られたみたいでね」
「なるほど。失恋ですか」
「そう。それであんまりにも落ち込んでるもんだから、ちょっと励ましてあげようと思ったのよ」
詳しい事情までは知らない。
ただ、話を聞く限りでは随分と惚れ込んでいたらしく、見ているこちらが心配になるほど落ち込んでいた。
だから優としても、ほんの少し元気づけてやるつもりだった。
世の中、女なんて一人ではない。
今回が駄目だったからといって、そこまで自分を卑下する必要もないだろうし、彼のような男性を好む女性だって必ずいるはずだ。
そんな意味を込めて──。
「『私はあなたみたいな人、結構好きよ』って」
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
スタッフが何とも言えない顔で優を見つめた。
「……それは」
「違うわよ!?」
「まだ何も言ってませんけど」
「そういう意味じゃないから! 分かるでしょ!? 『私から見ればアンタだってそんな悪い男じゃないんだから、いつまでもウジウジしてないで元気出しなさい』って意味よ!」
「まぁ、そうでしょうね」
「そうよ!!」
「それで、相手は?」
「…………」
優の顔が見る見るうちに険しくなった。
忘れもしない。
つい先程までこの世の終わりのような顔をしていた大男は、その言葉を聞いた瞬間──勢いよく顔を上げた。
『本当か!?』
『え? ええ、まぁ……』
『そうか……』
何故か震え始める巨体。
そして次の瞬間には、先程までの落ち込みようが嘘だったかのように勢いよく立ち上がると、緊張した面持ちで──。
『お、俺と結婚してくれェェェッ!!』
『…………は?』
突如として結婚を申し込んできた。
「……ってわけ」
「…………」
「…………」
「Mt.レディ」
「何よ」
「責任取ったらどうです?」
「何の責任よ!? 取るわけないでしょ!!」
バンッ!! と、本日何度目か分からない音を立てて机が叩かれた。
「私は励ましただけ! そしたらアイツが勝手に勘違いしたのよ! 大体、会って数分の女にいきなり結婚申し込む!? 普通!」
「最初はお友達からですよね」
「そういう問題でもないわよ!」
「で、それ以来ずっと?」
「そうよ!!」
それからと言うもの、男は優の前へ度々姿を現すようになった。
最初のうちは、優もそこまで深刻には考えていなかった。
一度盛大に振ったのだ。そのうち諦めるだろう。そう高を括っていた。
──ところが、諦めない。
一週間経っても。
二週間経っても。
仕事先で目が合えば嬉しそうに駆け寄ってくる。
記事にもあるように遠くからこちらを観察してくる。
そして隙あらば──。
「優ちゃーん!! 俺と結婚してくれェェェっ!!」
「そうそう、こんな感じで──」
そこまで言って、優の動きが止まった。
相槌を打っていたスタッフも黙り込む。
事務所の外から聞こえてきた無駄に大きな自分を呼ぶ声に、嫌な予感を覚えて優はぎこちなく首を動かし窓の外を見る。すると、そこには──奴がいた。
窓ガラスに両手と頬をベッタリと押し付け、満面の笑みで室内を覗き込む変質者。
ガラス越しに目が合った瞬間、その顔が嬉しそうに綻ぶ。
「優ちゃんッ! 一度や二度振られたくらいじゃ、俺は倒れんよッ! 『女はさぁ、愛するより愛される方が幸せなんだよ』って、母ちゃんが言ってた!」
「…………」
「…………」
優はもちろん、スタッフも無言だった。
窓の向こうでは、大男だけが満面の笑みを浮かべている。
微妙な空気が流れる中、一拍置いて──。
「誰が幸せになるかァァァァァッ!!」
優の怒声が事務所を揺らした。
「私は1回だろうが2回だろうが100回だろうが嫌だって言ってんのよ!! 人の話を聞けェェェッ!!」
「だが優ちゃん! 101回目には気持ちが変わっているかもしれんだろう!!」
「変わらないわよ!!」
「未来のことは誰にも分からん!!」
「そこだけ前向きになるなァァァッ!!」
窓ガラス一枚を隔てて叫び合う二人。
片や、今にも額へ青筋を浮かべそうな新人ヒーロー。
片や、罵倒されているというのに何故か嬉しそうな大男。
傍から見れば、あまりにも奇妙な光景である。
「帰れ!!」
「だが!」
「帰れッ!!」
「せめて今日の夕飯だけでも──」
「帰れェェェェェッ!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れた優の拳が窓へ叩き込まれる。
「ぬおおおおおおおおっ!?」
派手な破砕音と共に窓ガラスが砕け散り、その向こうに張り付いていた大男は情けない悲鳴を上げながら弾き飛ばされ、そのまま視界の外へ消えていった。
「…………」
「…………」
事務所の中に、何とも言えない沈黙が落ちる。
優は拳を突き出した姿勢のまま固まり、スタッフはそんな彼女と、何事もなかったかのように静まり返った窓辺を交互に見比べた。
「……行きましたね」
「…………」
「Mt.レディ?」
「…………なんなのよ」
「はい?」
「なんなのよぉ!! アイツぅぅぅぅぅっ!!」
とうとう優はその場に崩れ落ちた。
頭を抱え、半ば涙目である。
「何で私がこんな目に遭わなきゃなんないのよぉ!! ちょっと励ましただけじゃない!! 私はただ好感度が欲しかっただけなのにぃ!!」
「好感度なら稼げたじゃないですか」
「世間からのよ!!」
即座に顔を上げ、優が吠える。
「誰が一人の男からこんな重たい好感度稼げって言ったのよ!!」
「大成功ですね」
「失敗よ!! 大失敗よォォォォォッ!!」
再び事務所に響き渡る絶叫。
華々しいデビューを飾った新人ヒーロー、Mt.レディこと岳山優。
巨大化という派手な『個性』と、人目を引く容姿。
将来有望な若手ヒーローとして、その前途は明るい。
「もう二度と来んなァァァァァァッ!!」
毎日のように結婚を迫ってくる、あの大男さえいなければ。