だいたいゴリラのせい 作:ゴリラ13
国立雄英高等学校。
数多くのプロヒーローを輩出してきた、国内最高峰のヒーロー養成学校。その門をくぐることは、ヒーローを志す少年少女にとって一つの大きな目標である。
当然、その道は決して容易なものではない。
毎年、全国から多くの若者たちがこの学校を目指し、その中でも難関として知られる『ヒーロー科』へと挑む。その倍率は驚異の300を超え、推薦入試を除けば定員は僅か36名。
優れた『個性』を持つ者など、この時代では決して珍しくない。
大勢のヒーロー志望の受験者たちが競い合い、筆記と実技による試験を乗り越えた者だけが、この狭き門を潜ることを許されるのだ。
──そして、今年もまた厳しい入学試験を突破した少年少女たちが、新たな一歩を踏み出すため、この雄英高校へと集っていた。
「1‐A……1‐A……。広すぎる……」
そんな新入生の一人。──緑谷出久もまた、真新しい制服に身を包み、広大な校舎の中を駆けていた。
幼い頃からヒーローに憧れ、いつか自分も誰かを救うヒーローになることを夢見続けた少年。
その道のりは決して順風満帆ではなく、総人口の約八割が何らかの『個性』を発現するこの世界で、何の力も持たずに生まれた──いわゆる『無個性』だった。
それでも彼は、ヒーローへの憧れを捨てきることはできなかった。
テレビやネットでヒーローの活躍を見ては、その『個性』や戦い方をノートへ書き留める。街中でヒーローを見掛ければ夢中になって観察し、その情報をノートへと纏めた。
いつか自分も、彼らのように……。憧れのあの人のように……。恐れ知らずの笑顔を浮かべ、困ってる誰かを救ける最高のヒーローになりたい。
そんな夢を抱き続け、周囲からの嘲笑や、幼馴染からの理不尽な虐めに耐えながら過ごしていたある日のこと。
平和の象徴──No.1ヒーローオールマイト。
偶然から始まった出会いを切っ掛けに、緑谷は彼から『個性』を受け継いだ。
『ワン・フォー・オール』
人から人へと代々受け継がれ、育まれた力を次代へと託す『個性』。
その九代目継承者に緑谷は選ばれたのだった。
もっとも、『
そもそもからして、次なる継承者となるには緑谷の身体は貧弱すぎた。そのためまずは、十カ月もの過酷なトレーニングを余儀なくされたのである。
来る日も来る日も身体を鍛え、オールマイトに課せられたトレーニングに食らいつき続ける毎日。そうして長い期間を肉体改造に費やし、ようやく個性を受け継ぐに足る器を手に入れた。
──のだが、長年『無個性』だった緑谷にとって、その力はあまりに強大過ぎた。
初めて実戦で使用した雄英高校の入学試験では、巨大な仮想敵を一撃で破壊するほどの力を発揮した半面、その代償として自らの手足まで負傷する羽目になってしまった。
力は手に入れた。だが、未だ自分のものにはできていない。
それが、今の緑谷出久である。
「あった……!」
ようやく見つけた目的地を前に、ホッと胸を撫で下ろす。
雄英高校ヒーロー科1年A組。
かつて『無個性』だった自分には、夢見ることしかできなかった場所。
その教室が、今は目の前にある。
「……ここが、僕のクラス」
緑谷は緊張した面持ちで大きな扉を見上げる。
この向こうにいるのは、自分と同じ難関を突破したエリートたち。これから三年間、共に学び、競い合っていくクラスメイト達だ。
出来ることなら、幼馴染と眼鏡の人とは別のクラスだと有難い。
そんな淡い願いを胸に、緑谷は目の前の扉へと手を掛ける。少し緊張しながら、ゆっくりと横へ滑らせてみれば──。
「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や、机の製作者様方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよ! てめー、どこ中だよ!?」
直ぐ目の前で、見覚えのある二人が言い争っていた。
椅子にふんぞり返るように腰掛け、机の上へ堂々と片足を乗せてる幼馴染。そして、その行儀の悪さを大真面目に注意している眼鏡の少年である。
(2トップ……!!)
別のクラスであって欲しいと、そう願っていた二人が揃って同じクラス。
どうやら自分の淡い願いは、数秒と経たずに打ち砕かれたらしい。
思わず尻込みしていると、緑谷の姿に気づいたらしい眼鏡の少年──飯田天哉が真っ直ぐ歩み寄って来ると、実技試験について尋ねてきた。
曰く──あの試験には、仮想敵を倒して得られるポイントとは別に、他者を救うことで加算される採点基準が存在していた。それを緑谷が事前に見抜いていたのではないか、というものである。
もちろん、そんなことはない。
緑谷自身も合格通知でオールマイトに告げられるまで、その存在すら知らなかったのだ。
あの時はただ、巨大な仮想敵の足元で動けなくなっていた
「あっ! そのモサモサ頭は!!」
そんな二人の会話へ加わるように現れたのが、まさにその時助け、そして助けてくれた少女──麗日お茶子だった。
入学試験以来となる再会。
飯田とは思いのほか普通に話すことができ、麗日からも明るく声を掛けられたことで、初めこそ緊張していた緑谷も徐々に表情を和らげていく。
幼馴染が同じクラスだったことはともかくとして。
(楽しい高校生活になるかも……!)
そんな淡い期待まで抱き始めていた。
──その時だった。
「……友達ごっこがしたいなら、他所へ行け」
「え?」
不意に聞こえてきた気怠げな声に、緑谷たちの会話が止まる。
「ここはヒーロー科だぞ」
声のした方へ麗日と共に振り返ってみれば、教室の入り口近く、床の上に黄色い寝袋のようなものが転がっていた。お世辞にも顔色が良いとは言えない顔を覗かせ、こちらを見上げる姿はハッキリ言って不審者である。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」
生徒たちの視線が一斉に集まる中、寝袋からボサボサの黒髪をした男が這い出てくる。
目元には深い隈。手入れされてるとは言い難い無精髭。何より、全身から気怠そうな雰囲気を漂わせている。
(……先生、だよね?)
緑谷は困惑しながら男を見つめる。
いくらなんでも部外者が雄英高校の、それもヒーロー科の教室へ勝手に入り込み、寝袋に包まれて眠っているとは考えにくい。
ならば、おそらく雄英の教師なのだろう。
そして、雄英高校のヒーロー科で生徒を指導する教師ともなれば、その多くが現役のプロヒーローでもあるはずなのだが──。
(見たことないぞ。こんなくたびれた人……)
幼い頃からヒーローの活躍を追い続けてきた。
テレビで活躍する有名ヒーローはもちろん、ネットの記事や事件の記録。ヒーロー専門誌なども読み漁り、気になったヒーローについては個性や戦闘方法までノートへ纏めている。
自分で言うのも何だが、ヒーローに関する知識にはかなり自信がある。
にもかかわらず、彼についての情報がまるで思い浮かばない。
緑谷が頭の中で必死に記憶を漁っている間にも、男は周囲から向けられる奇異の視線など気にした様子もなく、寝袋から完全に抜け出す。それから緑谷ら生徒を一通り見渡すと、何の感慨もなさそうに口を開いた。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
そんな一言にクラス内にどよめきが走った。
(担任!!? この人が……!?)
緑谷は改めて、相澤と名乗った男を上から下まで見つめる。
これから三年間、自分たちをプロの世界へ導くことになる担任。
どんな凄いヒーローなのだろうと密かに期待していたのだが──。
(寝袋……無精髭……すごい隈……)
どう見ても、思い描いていた人物像とは程遠い。
つい先ほどまで教室の床で寝袋に包まれていたことまで含めれば、むしろヒーローらしさを探す方が難しいくらいだった。
困惑しているのは緑谷だけではないらしい。
チラリと教室内を見渡せば、麗日を始めとしたクラスメイトたちも、どう反応したものか分からない様子で相澤を見つめている。
しかし──。
「…………」
そんな生徒たちの困惑など、相澤にとっては知ったことではないらしい。
自己紹介は済んだ。ならば、もう用はない。
そう言わんばかりに視線を外して再び寝袋へ手を突っ込むと、青と白を基調とした一着の衣服──学校指定の体操服を取り出して掲げてみせる。
「早速だが、
それだけ告げると、相澤は生徒たちの返事を待つことすらなく踵を返した。
「あ、あの……!」
何か質問しようとした麗日が声を上げる。
しかし相澤は振り返らない。
そのまま気怠そうな足取りで廊下を歩き、あっという間に教室から姿を消してしまった。
残された生徒たちの間に、何とも言えない沈黙が流れる。
入学初日。これから三年間、自分たちを指導することになる担任との初対面。
普通ならば自己紹介なり、学校生活についての説明なり、今後の授業についての話なりがあって然るべきだろう。にもかかわらず、言うだけ言ってさっさと退場とは……。
「何なんだ、あの先生……」
誰かが小さく呟いた言葉に、何人かが無言で頷く。
とはいえ、いつまでも困惑しているわけにもいかない。
疑問はいくらでもあったが、本人がグラウンドへ来いと言っている以上、行けば嫌でも分かるだろう。と、緑谷たちは言われるがままに体操服へ着替え、グラウンドへと歩を進めた。
■
言われた通りに着替えを済ませ、広大なグラウンドへとやって来た緑谷たちを待ち受けていたのは、なんとも奇妙な光景だった。
「全員揃ったな」
教室を出て行った担任相澤先生の姿。それ自体は何もおかしなことは無い。
先に教室を出て行ったのだから、緑谷たちよりも早くに到着しているのは当然だろう。
問題は、その下である。
「あ、相澤ァァァっ!! 話を聞いてくれェェェ!!」
一人の男が転がっていた。
いや、ただ転がってるわけではない。その逞しい身体に何重にも灰色の布が巻きつけられ、両手両足纏めて拘束されている。
早い話が簀巻き。
そして、相澤は見苦しくも声を上げるそんな男の背中に腰を下ろしていた。
(((誰ェェェッ!!?)))
緑谷だけではない。おそらく、その場にいる全員の心が一つになった瞬間だった。
それも当然だ。担任に言われるがままにグラウンドに出てみれば、見知らぬ大柄な男が簀巻きにされて転がされている上に、件の担任がその上に腰掛けているのだ。
入学式は? ガイダンスは? その男の人は何!? 何でその上に腰掛けてるの!!?
などなど、聞きたいことはいくらでも出て来る。
だがやはり、そんな生徒らの様子など知ったことではないとばかりに、相澤は自分が腰かけている男へ一切触れないままに話を進め始めた。
「これから個性把握テストを行う」
「……個性把握テスト?」
聞き慣れない言葉に、麗日が小さく首を傾げた。
「中学まで、お前らも体力テストくらいは受けてきただろ」
そう言いながら、相澤は手にしていた端末を操作する。
50m走を筆頭に、握力、立ち幅跳び、反復横跳び、ソフトボール投げ等々。
そこに表示されたのは、どれもこれまで何度となく経験したことのある、ごく普通の体力測定の種目だった。
「ただし、ここでは『個性』の使用を許可する」
「個性を使っていいんですか!?」
「ああ。ここはヒーロー科だ。素の身体能力だけ測ったところで意味がない」
相澤は淡々と言葉を続ける。
「自分の個性を使った場合、何ができるのか。どこまで出来るのか。まずはそれを客観的に把握してもらう」
なるほど。そう言われれば、確かに筋は通っている。
これからヒーローを目指す以上、『個性』を使うことを前提とした自身の能力を理解することは必要不可欠だろう。
緑谷も説明そのものには納得した。……納得はしたのだが──。
「相澤ァ……せめて先に俺の話をだな……」
「黙ってろ」
「はい……」
個性把握テスト以上に、簀巻きにされた男が気になって仕方がない。
この学園にいる以上は彼もプロヒーローではあるのだろう。相澤とのやり取りからも旧知の仲なのは間違いない。だが、それはそれとして何故あんな状態にされてるのだろうか。
「相澤先生!」
とうとう耐えられなくなったのか、飯田が勢いよく手を挙げた。
「何だ」
「個性把握テストについては理解しました!」
そこで一度言葉を区切り。
飯田はビシッと、相澤の足元へ手を向ける。
「ですが、その方はいったいどなたなのでしょうか!」
(聞いた!!)
緑谷は内心で叫んだ。
周囲からも、どこか安堵したような空気が流れる。
やはり全員、同じことを気にしていたらしい。
「ああ」
そこで相澤はようやく、自分が腰掛けている男へ視線を落とした。
「コイツは近藤勲。俺と同じプロヒーローで──1‐A組の副担任だ」
「「「副担任!!?」」」
直後、グラウンドいっぱいに驚愕の声が響き渡る。
「おうよ!!」
簀巻きにされた男──近藤が、勢いよく顔を上げてみせる。
清々しい笑みを浮かべてはいるが、その身体は未だ簀巻き状態で色々台無しである。
「俺こそが、今日からお前たちを立派なヒーローへと導く──」
「初日から遅刻した副担任だ」
「相澤ァァァァァッ!!」
近藤の絶叫が響いた。
「そこまで言う必要あるか!? 初対面だぞ!? 俺にも教師としての威厳ってもんがあるだろうが!!」
「遅刻した時点でない」
「それには深い事情があるんだよ!!」
「どうせロクでもない理由だろ」
「聞いてから判断しろ!!」
「聞く時間が無駄だ」
「お前さっきから俺への扱い雑すぎねぇ!?」
拘束されたまま必死に抗議する近藤。
その背中に腰掛けたまま、相澤は心底どうでもよさそうに応じている。
「…………」
緑谷は、そんな二人を何とも言えない顔で見つめた。
担任は、教室の床で寝袋に包まれていた。
副担任は、入学初日から遅刻して簀巻きにされている。
(雄英って……こんなところだったんだ……)
幼い頃から憧れ続けてきた国内最高峰のヒーロー養成学校。
その現実は、どうやら緑谷が想像していたものとは随分違うらしい。
「紹介も済んだな」
「済んでねぇよ!! 俺まだ一言だってもまともに自己紹介してねぇぞ!!」
「名前と役職は伝えた」
「最低限にも程があるだろ!!」
「十分だ」
相澤はそう言い切ると、近藤の抗議を完全に無視して立ち上がった。
「始めるぞ。実技入試成績のトップは爆豪だったな。中学の時、ソフトボール投げ何mだった」
「……67m」
「なら、個性を使って投げてみろ」
こうして、入学初日から何もかもが予想外だらけの中、緑谷たち1年A組にとって最初の試練が幕を開けようとしていた。
「……なぁ相澤」
「何です……?」
「その前にこの縄を解いてくれねぇ?」
「駄目だ」
「何でだぁぁぁぁッ!!?」