だいたいゴリラのせい 作:ゴリラ13
突如として始まった個性把握テストという名の試練。
『最下位は除籍』というあまりにも理不尽なルールを設けられて始まったソレは、当然ながら緑谷たちが中学まで実施してきた体力テストとはまるで違うものだった。
種目そのものはどれも見慣れたものばかり。脚力、瞬発力、体力、柔軟性、肩力などなど。基礎的な身体能力を測るために行われる、ごく一般的な八種目である。
そこへ『個性の使用を許可』という条件が加わるだけで、見慣れたはずのテストは途端に別物へと変貌してみせる。
「3秒04」
50m走では、両脚のふくらはぎに備わったエンジンを唸らせ、凄まじい勢いで駆けた飯田が記録を打ち立てた。握力測定では、複製した腕を持つ障子が人間離れした数値を叩き出し、ソフトボール投げでは測定器の重力を『0』にした麗日が『∞』という結果を出してみせる。
そんな普段の体力測定では見られない、常軌を逸した記録が立てられる中。個性を継承したばかりで、調整もままならないまま臨んだ緑谷の記録は見るも無残なものだった。
当たり前だ。ここまで一度として個性を使用していないのだから。
(マズい……! マズい、マズい、マズいッ……!!!)
心の中で警鐘が鳴り響く。
クラスメイトたちは、結果にばらつきはあるものの必ず一つは大記録を出している。それに対して自分はどうだ。大記録どころか、個性だってまともに使えていない。
(このままだと……僕が最下位──……)
焦りばかりが募る。そんな状態で臨むソフトボール投げ。
「次。緑谷」
「は、はい!」
名前を呼ばれ、相澤から手渡されたボールを受け取る。
指定された円の中へ入り、手の中にある測定器を強く握りしめた。
(やるしかない……!)
脳裏に浮かぶのは、入学試験で初めて『ワン・フォー・オール』を使った時のこと。
あの時は脚と腕。たった二度使っただけで、自分の身体はまともに動かなくなった。
一度の記録のために身体を壊してしまえば、それだけで圧倒的に不利になる。この先にも測定が残ってるからと使用を温存してきたが……もう、そんなことを言っていられる状況ではない。
(腕一本なら……!)
腕一本。
それだけなら、壊れても脚は残る。
残りの測定を全て捨てることにはならない。
何より、このまま何の結果も残せなければ──。
(除籍される……!)
ようやく立つことのできた、夢へのスタートライン。
何の力も持たなかった自分が、憧れ続けたヒーローになるために掴んだ場所。
こんなところで、終わるわけにはいかない!
「…………!」
右腕を大きく振りかぶる。
その瞬間、身体の奥底に眠る力を呼び起こした。
(全力で──!)
『ワン・フォー・オール』の力を叩き込む。
そして、そのまま勢いよくボールを──。
「──っ!」
投げた。……はずだった。
「…………え?」
ボールは飛んでいく。
しかし、緑谷が想像していたような轟音は響かなかった。
爆風も起こらない。腕も壊れていない。ただ普通に投げられたボールが、放物線を描いて地面へ落ちていく様が視界に広がった。
「46メートル」
「……!?」
表示された数字を見て、緑谷は目を見開いた。
(『個性』が……使えなかった!?)
そんなはずはない。確かに使おうとしたはず。
間違いなく、以前と同じように力を引き出したはずなのに。
「俺が消した」
「!」
背後から聞こえた声に振り返る。
そこにいた相澤の姿を目にして、緑谷は息を呑んだ。
先ほどまで力なく垂れていた黒髪が、重力に逆らうように逆立っていた。
首元に巻かれていた布も、風など吹いていないというのに宙へ浮かび、その下から独特なデザインのゴーグルが顔を覗かせている。
幾つもの特徴が頭の中で結びつき、膨大なヒーロー知識の中から一人の名前が浮かび上がる。
「イレイザーヘッド……!!?」
思わず漏れ出た名前に、周囲の何人かが反応を示すが、その多くは聞き覚えの無い名前に首を傾げる者ばかりだ。
だが、それも無理もない。
抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』。
視認した相手の『個性』を一時的に抹消することができる、強力な個性を持つプロヒーロー。活動に支障が出るからとメディアへの露出を極端に避けているため、その存在を知る者は同業のヒーローか、緑谷のような筋金入りのヒーローオタクくらいのものだった。
「見たとこ、個性を制御できないんだろ? また行動不能になって、誰かに助けてもらうつもりだったのか?」
「そ、そんなつもりじゃ……!」
否定しようとした瞬間、相澤は宙を漂っていた布の先端を勢いよく飛ばし、緑谷の身体を絡め捕る。そのままグイッと引き寄せられると、鮮やかな赤色に染まった彼の瞳が、冷ややかに緑谷を見下ろしていた。
「どういうつもりでも、周りはそうせざるをえなくなるって話だ」
「……っ」
何も言い返せず黙り込む緑谷に、相澤は淡々と言葉を続ける。
かつて起きた、とある大災害。
大地には亀裂が走り、建物は次々と崩落。至るところから炎が舞い、逃げ遅れた多くの人々が助けを求めて声を上げる。そんな未曾有の災害現場で、たった一人で千人以上もの人々を救い出したヒーローがいた。
「同じ蛮勇でも、お前のは一人を救けて木偶の坊になるだけ。──そんな力の使い方しかできない奴に、ヒーローになる資格はないよ」
絡みついた布が緩む。
動揺を隠しきれずに立ち竦む緑谷を、相澤は相も変わらず冷ややかな目で見据えていた。
やがて、そんな相澤が親指で自身の背後を示す。
「あの人を見ろ。両手両足を拘束されて、身動き一つとれない無様な姿だ。あんな状態になったヒーローが、次に助けを求める人間を救えると思うか?」
「おい、相澤ァ!? 言いてぇことは分かるが、俺を例えにするのは違うんじゃねぇか!?」
「…………」
動揺し、揺れる緑谷の瞳が近藤を捉える。
両手両足を拘束され、地面に転がされている副担任。
例えば大災害。例えばヴィランに襲われたとき。
誰かを救うために全力を振るい、その代償として身体が動かなくなった自分。そのすぐ傍で、まだ別の誰かが助けを求めていたとしたなら──。
その時の自分はきっと、今の彼と同じ哀れな姿をしているのだろう。
そこにいるのに、もう誰のところへも駆けつけることができない。
「……っ!! なにも、言い返せない……!!」
「緑谷!? 納得するんじゃねぇ!? これからだからっ!! これから近藤さんの大逆転劇が始まるから!! だから、諦めないでッ!!」
「うるさい」
「ぐえっ!!?」
必死に身を捩っていた近藤の背中へ、相澤が容赦なく腰を落とした。
そこに遠慮も加減もない。それなりの勢いをつけて背中を再び椅子代わりにされ、近藤の身体が地面へ沈み込んだ。
そんな副担任を欠片も気にした様子を見せないまま、相澤は手元の端末に視線を落とす。
「計測は二回だ。とっとと済ませな」
「…………!」
その言葉に、緑谷はハッとする。
二回──。つまり、まだ終わってはいない。
もう一度だけ、自分にはボールを投げる機会が残されている。
だが、それを温情だと受け取れるほど楽観的にはなれなかった。
相澤の言葉に嘘はない。
むしろ、それしかできないと証明してしまえば──。
(……終わる)
ここで、ヒーローになる道を断たれる。
「…………ッ!」
緑谷は再び計測器を握り締めた。
(考えろ……!)
今の自分に出来るのは、オンオフの切り替えのみ。オールマイトのように力そのものを調整するようなことはできない。だが、使わなければ記録が残せない。
全力で使えば壊れる。
使わなければ届かない。
(だったら……!)
緑谷の視線が、計測器を握り締める自身の右手へと落ちた。
■
「見込み無し、か……」
別に最初から期待していたわけではない。
実技試験で残した結果は確かに目を引くものではあった。
圧倒的な破壊力と、自身の危険を顧みずに他者を助けようとした行動力。それらがヒーローにとって大切な要素であることは、相澤とて否定はしない。
だが、ヒーローに必要なのは一度きりの自己犠牲ではない。
一人を救って倒れるのではなく、その先にいる二人目、三人目にも手を伸ばす。
仲間と共に現場へ向かったのなら、全員で生きて帰る。
それが、相澤の考えるヒーローだった。
だからこそ、自らの身体を壊すことを当然の代償として受け入れている緑谷の戦い方は、到底看過できるものではない。
一度なら、それで誰かを救えるかもしれない。
だが、二度目はないのだ。
その先に助けを求める人間や、危機に陥った仲間がいたとしても、動けなくなった身体では何一つとして守ることは出来ない。
それでは──ヒーローとは呼べない。
「そいつはどうだろうな」
早くも緑谷に見切りをつけた相澤に、待ったをかけたのは近藤である。
相澤が視線を落としてみれば、彼は未だ捕縛布で拘束され地面に転がされているという何とも格好のつかない姿のまま、緑谷の方を真っ直ぐに見据えていた。
そうしてしばらく様子を見ていた近藤は、やがて不敵な笑みを浮かべて見せる。
「……なんです?」
「相澤。どうやらアイツ、まだ諦めてねぇみたいだぞ」
近藤の言葉に眉を僅かに動かし、相澤は再び緑谷へと視線を向ける。
円の中央に立ったまま俯き加減に自身の右手を見つめ、ブツブツと何かを呟き続けながら自身の指を一本ずつ動かし、何かを確かめるように視線を巡らせていた。
性懲りもなく、今度こそ個性を発動させて腕一本を犠牲にするつもりなのか。
あるいは先ほど自分から浴びせられた言葉に萎縮し、どうすればいいのか分からなくなっているだけなのか。その姿は、相澤の目には悪足掻きをしているようにしか見えない。
「お前の言う通りだよ」
そんな相澤の考えを遮るように、近藤が口を開いた。
「個性もまともに使えねぇ。使ったところで身体が壊れる。そんな奴がヒーローとしてやっていけるほど、この世界は甘くねぇ」
「なら──」
「けどよ」
相澤の言葉を遮り、近藤は笑う。
「どんなに追い詰められても、最後の最後まで諦めねぇって根性も──ヒーローには必要なもんだと思わねぇか?」
その瞬間だった。
「──ッ!!」
円の中央で、緑谷が動いた。
大きく振りかぶった右腕。
先ほどと何一つ変わらない投球動作に、相澤の目が鋭く細められる。
また同じことを繰り返すつもりか。
そう判断し、いつでも『個性』を消せるよう緑谷を視界に収める。
だが──。
「スマッシュ──ッ!!」
ボールが、手を離れるその直後。
緑谷の人差し指へ、莫大な力が集中した。
「──ッ!」
轟音を奏でながら空気を弾き飛ばし、ボールが青空の彼方へと消えていく。
やがて、遥か彼方でボールが地面へ落ちると共に、相澤の手元の端末に結果が表示された。
「705.3m」
個性を使って木偶の坊になるわけにはいかない。かといって、個性を使わず記録を逃すわけにもいかない。そんな追い詰められた状況下で緑谷が選んだ選択は、指先にのみ力を集中させるというものだ。
結果──身体の大部分を動かせる状態に残しながら、それでも確かな記録を叩き出してみせたのだった。
「……先生!」
呆然とした様子の相澤に、緑谷は負傷した右手をグッと握り締めながら声を掛ける。
「まだ……動けますッ!!」
痛みに顔を歪めながら、それでも緑谷は真っ直ぐに相澤を見据えていた。
その姿を、相澤は無言で見つめ返す。
腕一本を犠牲にするのではなく、指一本。
決して褒められた方法ではない。結局のところ、自身の身体を傷つけていることに変わりはないのだから。
だが、追い詰められた状況で思考を止めず、自らの欠点と向き合い、その場で別の答えを導き出した。
少なくとも、何も考えずに同じことを繰り返すだけの人間ではないということなのだろう。
(見込み無し……。と、そう判断するには早過ぎたか……)
考えを改める──とまではいかないが、見切りをつけるという判断は一旦保留にしてもいいかもしれない。
今回のような機転を見せたところで、根本的な問題が解決したわけではない。
自らの力を満足に扱えないままでいるのなら、いずれ本当の現場で自分だけでなく、周囲まで危険に晒すことになる。
これから先、成長の見込みがないと判断すれば容赦なく切り捨てる。
そんなことを考えながら、相澤が緑谷を見据えていた──その時だった。
「デクてめェ──ッ!!」
突如として響き渡った怒号。
相澤が視線を向ければ、掌から爆炎を噴き上げ、その勢いのまま緑谷目掛けて飛び出した爆豪の姿があった。
「どういうことだコラァ!! てめェ、個性あったんかァ!!?」
「かっちゃん!?」
完全な不意打ちに、緑谷の身体が強張る。
相澤が止めようと動く──その寸前にビリッと真下から何かが引き裂かれる音が聞こえた。
「……!?」
直後、それまで尻の下にあったはずの確かな感触が消える。
僅かに体勢を崩した相澤が反射的に足をつき、再び前方へ目を向けた時には──。
「──あぁもう、落ち着きなさいよ。二人の間に何があったのかは知らねぇが、暴力はいかんよ、暴力は」
「あァ!?」
つい先ほどまで相澤の尻の下で簀巻きにされていたはずの男が、いつの間にか緑谷と爆豪の間へ割って入り、振り抜かれる寸前だった爆豪の腕を片手で掴み取っている。
遅れて視線を落とせば、地面には無残に引き千切られた捕縛布の残骸が転がっていた。
「離せや!!」
「離してやるから爆発すんな。先生の手が焦げるだろうが」
「そいつは昔から無個性だったんだぞ!! それが急に何で個性なんざ──」
「知らん知らん。お前らの昔話は後で聞くよ」
爆豪が腕を振り払おうとするが、近藤の手からは逃げられない。
それどころか、掴んだ腕を軽く持ち上げられただけで、爆豪の身体までつられるように浮き上がった。
「クソがアァァァァァ~~ッッッ!!!」
なおも身体を捩り、どうにか拘束から逃れようとする爆豪だったが、近藤の腕はびくともしない。片腕を掴んで持ち上げたまま、暴れる爆豪を何の苦もなく押さえ込んでいる。
そんな光景を前に、生徒たちは揃って唖然としていた。
無理もない。
つい先ほどまで捕縛布で簀巻きにされ、地面に転がされ、挙げ句の果てには相澤の椅子代わりにされていた男だ。
そんなやつが、捕縛布を力任せに引き千切ったかと思えば、爆発の勢いを乗せて飛び出した爆豪を片手で受け止め、そのまま軽々と持ち上げている。
相澤ですら、その動きをまともに捉えることができなかったのだ。生徒たちなら尚更だろう。
彼らからすれば、爆豪が緑谷へ飛び掛かった次の瞬間には、近藤がその間に立っていたようにしか見えなかったはずだ。
「…………っ!?」
そんな生徒たちの中で、一人だけ違った反応を見せた者がいる。
他でもない、近藤によって救われた緑谷だ。
最初こそ他の生徒たちと同じように目を丸くしていたものの、近藤の姿をまじまじと見つめているうちに、その表情が変わった。
先ほど自分のヒーローネームを言い当てたほどのヒーロー好きだ。近藤についても、何かしら知識を持っていたとして不思議ではないだろう。
もっとも──今はそんなことはどうでもいい。
「爆豪──。次暴れたら、除籍処分にするぞ」
「……ッ」
低く、感情の籠もらない声でそう告げる。
それが冗談でも脅しでもないことは、ここまでのやり取りで十分に伝わっているのだろう。
爆豪は納得のいかない表情を浮かべたまま、しばらく緑谷を睨みつけていた。
それでも、やがて苛立たしげに舌打ちを一つ零すと、近藤に掴まれていた腕から力を抜く。
「…………チッ」
抵抗をやめたことを確認し、近藤もようやくその腕を離した。
地面へ降ろされた爆豪は、なおも緑谷へ険しい視線を向けていたものの、再び飛び掛かろうとはしない。
「…………」
相澤はそんな爆豪を一瞥した後、何事もなかったかのように手元の端末へ視線を戻す。
「続けるぞ」
そして、生徒たちを見渡した。
「まだテストは終わってない。次の種目へ移動しろ」
「…………」
突然の騒動に未だ戸惑いを残しながらも、生徒たちは相澤の指示に従って動き始める。
こうして緑谷の二度目のボール投げを巡る一幕は幕を閉じ、個性把握テストは残る種目へと進んでいった。