だいたいゴリラのせい 作:ゴリラ13
「ちなみに除籍はウソな」
「「「はぁぁぁああああああああああ~~っ!!!???」」」
グラウンドいっぱいに、1年A組の悲鳴が響き渡った。
それはそうだろう。
突如として始まった『個性把握テスト』も、残すところ結果発表のみ。
最下位は除籍。
そんなあまりにも理不尽な条件を突きつけられた生徒たちは、それでも雄英高校ヒーロー科へ残るため、自分たちの持てる力を出し切って八つの種目へ挑んだ。
得意な種目で少しでも記録を伸ばそうとした者。
不得意な種目でも個性を工夫して結果を残そうとした者。
そして、追い詰められた状況でも最後まで諦めず、自らの弱点を乗り越えてみせた者。
すべての測定を終えた緑谷たちは、自分が一体何位なのか。誰が最下位となり、この場から去ることになるのか。誰もが戦々恐々としながら、その結果を待っていた。
そんな中で告げられたのが、『除籍はウソ』なのだから、悲鳴の一つも上げたくなるというものである。
「君らの最大限を引き出すための合理的虚偽さ」
一切悪びれもせずにそう告げる相澤に、緑谷は思わず腰砕けになりそうになる。
「よ、良かったぁ……」
全身から力が抜けていく。
特に緑谷にとっては、心の底から安堵できる言葉だった。
ソフトボール投げでどうにか結果を残したとはいえ、それまでの種目では一度として個性を使用できていない。残る種目でも負傷した指が足を引っ張り、決して満足のいく結果を残せたとは言い難かった。
「……っ」
チラリと結果表を確認してみれば、やはり自分の名前は最下位に記されている。
仮に、『
ようやく掴んだヒーローへの第一歩を、入学初日に失いかけた。
その事実を改めて突きつけられ、安堵と共に冷たい汗が背中を伝っていく。
(僕には、出来ないことが多すぎた……)
雄英に入学できた。オールマイトから託された力もある。
けれど、それだけでは足りない。
憧れ続けたヒーローになるには、何もかもが足りていない。
力を使いこなす技術も。
咄嗟の状況に対応する判断力も。
自分自身を傷つけることなく、誰かを助けられるだけの力も。
今日のテストで、それを嫌というほど思い知らされた。
「…………」
緑谷は結果表の一番下に記された自分の名前を、もう一度だけ見つめる。
今は最下位。
なら、ここから這い上がればいい。出来ないことがあるのなら、一つずつ出来るようになればいい。せっかく掴んだこの場所を、もう二度と失いかけることのないように。
(もっと頑張らなきゃ……!)
胸の内で決意を新たにした──その時だった。
「緑谷」
「は、はい!」
名前を呼ばれ、反射的に顔を上げる。
相澤はいつもの気怠そうな表情のまま、緑谷に向けて一枚の用紙を手渡してくる。
「お前は保健室に行け。リカバリーガールに診てもらってこい」
「あ……」
言われて、自分の右手を見る。
興奮で忘れかけていたが、人差し指は未だまともに動かせる状態ではない。このまま放置していい怪我ではないだろう。
「わ、分かりました!」
「場所は分かるな?」
「はい!」
相澤へ頭を下げ、保健室へ向かおうとする。
だが──。
「他は残れ」
「え?」
足を止めた緑谷だけでなく、解散するものだと思っていた生徒たちからも困惑の声が上がった。
八種目すべての測定は終了した。
順位も発表された。
何より、除籍もないと告げられたばかりである。
この場に残る理由など、もうないはずなのだが──。
「……おい、相澤」
生徒たちと同じ疑問を抱いたらしい近藤が、訝しげに眉を寄せた。
「もうテスト終わっただろ? 他に何かあったか?」
「ありますよ」
「ん?」
近藤が能天気に首を傾げる。
そんな彼を見据えながら、相澤は何でもないことのように告げた。
「追加テストを行う」
「追加テスト?」
「ああ」
相澤がそう告げた直後──。
「ぬおっ!?」
彼は首元の捕縛布を近藤に向けて飛ばしてみせる。
布は完全に油断していた近藤の身体へ幾重にも巻きつき、両腕ごと胴体を締め上げる。ほんの一瞬で、再び簀巻きゴリラの完成である。
「ちょ、待て待て待て!? なんで俺を縛ってんだよ!?」
「必要だからだ」
「何に!?」
理解が追い付かないとばかりに喚く近藤を横目に、相澤は生徒たちへと向き直った。
「ヒーローに必要なのは、個性の最大出力だけじゃない」
「…………?」
「状況に応じて威力を調整する技術も必要になる。例えば敵を制圧する時だな。相手はヴィランとはいえ人間だ。加減もできず、必要以上の力をぶつけて命を奪いましたじゃ話にならない」
ヒーローに許されているのは、ヴィランを好き勝手に叩きのめすことではない。
必要な力を、必要なだけ行使し、可能な限り被害を抑えながら事態を収拾すること。
強大な個性を持っているのなら、尚更その制御は重要になる。
「救助活動でも同じだ。瓦礫を退かすために力を使って、その下にいる人間まで傷つけたんじゃ意味がない。自分の個性がどれだけの威力を持っていて、それをどこまで抑えられるのか。把握しておくのもヒーローに必要な技術だ」
「なるほど……!」
相澤の説明に、飯田を筆頭として何人もの生徒が納得したように頷く。
「そこで最後に、お前たちが自分の個性をどの程度加減できるのか確認する」
「確かに! ヒーローを志す以上、個性の出力調整は必要不可欠な技術ですね!」
真っ先に声を上げたのは飯田だった。
胸の前で力強く拳を握り、深く納得したように何度も頷いている。
「理解が早くて助かるよ」
「待て待て待て!!」
だがここに、一人だけ納得していない男がいた。
「それと俺を縛ってることに何の関係がある!?」
「ありますよ」
相澤が捕縛布を引く。
「うおっ!?」
バランスを崩した近藤が、そのまま地面へ転がされた。
そして──。
「アンタを的にする」
「何でだァァァァァァァァッ!!?」
近藤の絶叫がグラウンドいっぱいに響き渡った。
「いやいやいや! 終わっただろ!? テスト終わったからもういいじゃねぇかッ!?」
「何言ってるんですか」
相澤は心底不思議そうに首を傾げる。
「初日から遅刻した上に、俺の捕縛布まで壊したんです。これくらいあって当然でしょう?」
「後半ただの私怨じゃねぇか!! 布は仕方なかっただろ!? 爆豪止めるためだっただろうが!!」
「それとこれとは別ですよ」
抗議を完全に無視し、相澤は生徒たちへ向き直る。
「緑谷はさっさと保健室へ行け。怪我人は参加させない」
「は、はい!」
「おい待て緑谷ァ!!」
呼び止められ、反射的に振り返る。
そこには地面に転がされたまま、必死の形相でこちらへ顔を向けている近藤の姿があった。
「行くな! 先生を置いて行くな!! お前なら分かるだろ!? 今ここで俺を一人にしたらどうなるか──」
「早く行け」
近藤による必死の説得が、相澤によって一蹴される。
髪を逆立て、こちらを見据える赤い双眸からは、反論など一切受け付けないという意思がありありと浮かんでいた。
「は、はい! 行ってきます!」
「緑谷ァァァァァァァァッ!!?」
後ろ髪を引かれる思いはあった。
ものすごくあった。
しかし、担任教師からの指示である。
緑谷は心の中で近藤へ謝りながら、逃げるようにグラウンドを後にした。
「じゃあ始めるぞ。まずは威力を抑えて当ててみろ」
「お前ら待て!! 先生だぞ!? 副担任だぞ俺は!! 話し合おう!! 暴力では何も解決しな──」
情けないそんな声が背後から聞こえて来たかと思えば、その直後に──。
「ぎゃああああああああああああああッ!!?」
どこまでもよく通る副担任の悲鳴が、雄英高校の青空へと響き渡った。
■
「これにてテストは終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから、目ぇ通しとけ」
「「「はい!」」」
生徒たちへそれだけ告げると、相澤は踵を返した。
その片手には、一本の捕縛布が握られている。
そして、その先には──。
「…………」
白目を剥き、完全に沈黙した近藤が転がっていた。
つい先ほどまであれほど元気よく喚き散らしていた面影はどこへやら。
ところどころが焦げ、ズタボロになった衣服。
髪や肩には溶けかけた氷がこびりつき、一部は妙に湿っている。その他にも、一体誰の個性を受けた結果なのか分からない痕跡が至る所に残されていた。
そんな副担任の惨状を気に留めることもなく、相澤は捕縛布を引っ張って歩いていく。
「相澤君のウソつき」
不意に投げかけられた声に、相澤は足を止める。
視線を向けた先。校舎の陰から、ずっとこちらの様子を窺っていた男が姿を現した。
No.1ヒーロー、『オールマイト』その人である。
「君は去年の一年生……。一クラス全員を除籍処分にしている。『見込みゼロ』と判断すれば、迷わず切り捨てる。そんな男が前言撤回!」
大仰に腕を広げながら、オールマイトはニヤリと笑みを浮かべる。
「君も、
「…………」
相澤は答えない。
否定することもなく、ただ面倒そうにオールマイトを見返す。
「最初は『見込み無し』と判断していたようだが、彼はあの状況から自分なりの答えを導き出した。身体への被害を最小限に抑えながら、結果も残してみせた」
「……結局、指は壊してますけどね」
「それでも、だよ」
オールマイトは笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「できないからと諦めるのではなく、今の自分に何ができるのかを考えた。そして、ほんの僅かでも前へ進んでみせた」
「…………」
「だから君も、もう少し様子を見ようと思った。違うかい?」
「……買い被りすぎですよ」
相澤は小さく息を吐く。
「確かに、最初よりはマシになった。追い詰められた状況でも思考を止めず、自分なりに出来ることを考えた。その点については評価してます」
「なら──」
「ですが、根本的な問題は何一つ解決していない」
オールマイトの言葉を遮り、相澤は淡々と言い切る。
「腕一本が指一本になっただけです。自分の個性をまともに扱えないことも、その代償として身体を壊していることも変わらない」
「…………」
「あのままじゃ、いつか取り返しのつかない失敗をする。自分だけならまだしも、助けるべき人間や一緒に戦う仲間まで巻き込むかもしれない」
だから、まだ認めたわけではない。
今日見せた機転一つで、それまで抱えていた問題のすべてに目を瞑るほど、相澤は甘い教師ではなかった。
「ただ──」
そこで一度、相澤は言葉を切る。
「見込みがないと切り捨てるには、少し早かった。それだけですよ」
「……なるほど」
その答えを聞いたオールマイトは、どこか満足そうに笑った。
「それなら十分さ」
「何がです?」
「いやいや、こちらの話だよ」
「…………」
何がそんなに嬉しいのか。
相澤には理解できなかったが、わざわざ問い質すほど興味もない。
再び歩き出そうとして──。
「ああ、そうだ相澤君」
「まだ何か?」
「──近藤君のことなんだけどね?」
オールマイトの視線が、相澤の手元から伸びる捕縛布を辿っていく。
そして、その先。白目を剥いたままズルズルと引き摺られている近藤へと辿り着いた。
「その、もう少し手心を加えてはもらえないかな? いや、私が口を挟むことではないかもしれないが……彼とそのご家族には、昔から随分と世話になっていてね」
言い難そうに告げるオールマイト。
そんな彼から視線を逸らした相澤は、何も言わぬまま再び歩き始めた。
手にした捕縛布が引かれ、それに合わせて近藤の身体もズルズルと地面を滑っていく。
「それは俺も同じですよ。オールマイトさん」
「……む?」
思いがけない返答だったのだろう。
オールマイトが僅かに目を丸くするが、相澤は構わず歩き続ける。
「俺もこの人には……いや、この人たちには昔から世話になってます」
相澤もまた、近藤には──そして彼の家族には、返しきれないほどの恩があった。
今こうして自分がヒーローを続け、雄英の教師としてこの場所に立っていられること。その人生を振り返れば、決して無関係とは言えないほどに。
だから、オールマイトの言いたいことが分からないわけではない。
むしろ、その気持ちについては誰より理解できるつもりだった。
「だったら──」
「ですが、それとこれとは別です」
ピシャリと言い切る。
「恩があるから遅刻を見逃す。恩があるから授業中に好き勝手させる。そんなことをしてたら教師として示しがつかないでしょう」
「いや、まあ……それはそうなんだが……」
「それに──」
相澤が手元の捕縛布を軽く引く。
地面を引き摺られ、近藤の身体が僅かにこちらへ近づいたかと思えば、地面から生えた大きな石にそのまま頭を打ち付ける。
『ゴンッ』と、非常に良い音がした。
「この程度でどうにかなる人じゃありませんよ」
「それは……うん。私もよく知っているとも」
「なら問題ないでしょう」
「いや、そういう話では──」
オールマイトが言い終えるより早く、相澤はその場を後にする。
ズルズルと恩人とは到底思えない扱いで、地面を引き摺られていく近藤と共に……。