だいたいゴリラのせい 作:ゴリラ13
緑谷が雄英高校へ入学を果たしてから数日。
短い期間ではあったものの、その間にも色々な出来事があった。
戦闘訓練に、クラスの委員長決め。その後のマスコミ騒動など。
ただでさえ慣れない高校生活だというのに、雄英へ入学してからというもの、一日一日の密度が中学時代とはまるで違う。
そんな慌ただしい日々にも、ほんの少しずつではあるが慣れ始めてきた頃──。
「今日のヒーロー基礎学だが、俺たち担任とオールマイト。それからもう一人の、四人体制で見ることになった」
昼休みを終えた、午後の教室。
いつものように教壇の前へ立った相澤が、Aクラスの生徒たちを前にそう告げる。
その隣には、副担任である近藤の姿もあった。
初日こそ盛大な遅刻をかましたらしい近藤だが、流石に毎日のように遅刻しているわけではないらしい。少なくとも今日は、副担任らしく相澤と並んで教壇の前に立っていた。
(今日はオールマイトも見てくれるんだっ!)
オールマイトから直接指導を受けられると聞いて、生徒たちは俄かに色めき立つ。
以前行われた戦闘訓練に続き、今回も現役のトップヒーローから直接指導を受けられるのだ。ヒーローを志す彼らにとって、期待するなという方が無理な話だろう。
当然、その中でも緑谷の反応は一際大きかった。
前回はヴィランとヒーローに分かれての屋内対人戦闘訓練だった。ならば今度は、より実戦を意識した戦闘訓練だろうか。それとも複数人での連携や、個性を活用した特別な訓練だろうか?
そうして頭の中で次々と可能性を並べていると──。
「今回の訓練は、災害水難なんでもござれ……
相変わらず淡々とした声音で、相澤が今回の授業内容を告げた。
「お前らも当然分かってるとは思うが、ヒーローの仕事は何もヴィランをブッ飛ばせば終わりって訳じゃねぇ。事故だろうが災害だろうが、助けを求める奴がいりゃ駆けつける! それだって立派なヒーローの仕事だ! 今日はその辺りについて、基礎を叩き込んでやるからな!」
力強く言い切り、近藤は胸の前で腕を組む。
戦闘訓練とは違う、ヒーローとしての人助けを学ぶ授業。その内容に、生徒たちの間から期待に満ちた声が上がった。
「場所は雄英の敷地内にある災害訓練施設。ここからは距離があるから、移動にはバスを使う」
そう言いながら、相澤は教室の壁へ視線を向けた。
「コスチュームの着用は各自の判断で構わない。着替え終わったら指定の乗り場へ集合。以上だ」
「「「「はい!」」」」
返事と共に、生徒たちが一斉に席を立つ。
人命救助訓練。
これまでとはまた違ったヒーローとしての授業に、緑谷も自然と胸が高鳴っていた。
一体、どんな訓練が待っているのだろう。
そんなことを考えながら、緑谷も皆と共に更衣室へ向かうのだった。
■
それからしばらくして。
各自着替えを済ませた緑谷たちは、指定されたバスを利用し目的の場所へとやって来ていた。
外観は巨大なドーム状。
中へと足を踏み入れれば、そこには水難事故、土砂災害、火事などなど。あらゆる事故や災害を想定した訓練区域が、いくつも設けられていた。
「す、すごい……!」
思わず、緑谷の口から感嘆の声が漏れる。
一つの建物の中にいるとは思えないほど広い。
遠くには水面が広がり、別の区画には崩れた建物や瓦礫の山が見える。それぞれが異なる災害を再現するために造られたものなのだろう。
他の生徒たちも同じらしく、初めて目にする施設を興味深そうに見回していた。
「水難事故、土砂災害、火事……etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った訓練施設です」
そんな生徒たちを出迎えたのは、宇宙服のようなコスチュームに身を包んだ一人のヒーローである。
「スペースヒーロー、13号……!」
その姿を目にするなり、緑谷の声が弾む。
災害救助を中心に数多くの人命を救ってきたプロヒーローにして、雄英高校の教師の一人。校内で姿を見かけること自体は珍しくないが、こうして直接授業を受けるのは初めてだった。
「その名も──ウソの災害や事故ルーム。略して、USJ!」
「USJ……」
その略称を耳にした瞬間、何人かの生徒が僅かに反応した。
おそらく、頭に浮かんだものは緑谷と同じなのだろう。大阪にある、有名なテーマパーク。
略称同じだけど、大丈夫? などと、考えていると──。
「13号。オールマイトは?」
「姿が見えねぇが……。ここで待ち合わせるはずだったろ?」
不意に、相澤と近藤が13号の傍へと歩み寄る。
三人は生徒たちから少し距離を取り、声を潜めて何やら話し始めた。
「……またか」
その途中、相澤の呆れたような声だけが僅かに聞こえてくる。
詳しい内容までは分からない。
ただ、13号が申し訳なさそうに何度か頷いている様子を見る限り、どうやらオールマイトは予定通りには来られないらしい。
(遅れるのかな……?)
緑谷としては残念ではあるものの、今ここにオールマイトがいないからといって、授業そのものがなくなるわけではない。
ならば今は、相澤たちの指示に従って訓練へ集中するだけだ。
そう気持ちを切り替えていると、視界の端の近藤が腕を組み、呆れたように大きく首を振っているのが見えた。
「まったく! 教師ともあろう者が授業に遅刻するとは感心せんな! 生徒の模範となるべき立場なんだぞ! 時間くらいキッチリ守らんでどうする!」
「アンタが言うな」
やたらと偉そうな近藤の声は、相澤によって即座に切り捨てられた。
口には出さなかったが、おそらく緑谷だけでなく、この場に居る大半が同じことを考えていたことだろう。
「それでは皆さん。訓練を始める前に、一つ大切な話をしておきましょう」
13号の声に、それまで近藤たちを眺めていた生徒たちの意識が再び前へと向く。
「皆さんの『個性』は、どれも素晴らしい力です。使い方次第では、多くの人を救うことができるでしょう」
そう前置きしてから、13号はゆっくりと自身の手を持ち上げた。
「ですが同時に、使い方を間違えれば人を傷つけることもできるでしょう」
「…………」
先ほどまで僅かに残っていた浮ついた空気が、少しずつ静まっていく。
ヒーローを目指す以上、誰もが分かっていることではある。
個性は便利な力だ。だが、それは決して安全な力という意味ではない。実際、先日行われた戦闘訓練でも、爆豪の爆破は建物そのものを大きく損壊させていた。
そして何より、自分自身も。
制御できないほどの力を振るい、そのたびに身体を壊している。
力があるからといって、ただ使えばいいわけではない。
「今回の訓練では、自分の個性をどう使えば人を救えるのか。そして、何をすれば逆に危険を招くのか。それを学んでもらいます」
13号はそこで一度言葉を切り、生徒たちを見渡した。
「人を傷つけるためではなく、人を救うためにこそ個性を使う。そのことを忘れないでください」
「「「はい!!」」」
生徒たちの声が揃う。
緑谷もまた、強く頷いていた。
自分の持つ力を、誰かを救うために使う。
今はまだ、満足に扱うことすら出来ていない。使うたびに身体を傷つけ、誰かを助けるどころか、逆に心配を掛けてしまうことだってある。
それでも、いつか必ず。
誰かを救うための力として、使いこなせるようになりたい。
そう胸に刻みながら、緑谷は静かに拳を握り締めた。
「それじゃあ、そろそろ始めましょうか」
13号がそう告げる。
いよいよ、人命救助訓練が始まる。
緑谷も気持ちを切り替え、改めて広大な訓練施設へと視線を向けた。
──その時だった。
「…………っ!」
相澤の目が、僅かに細められた。
それとほぼ同時に、それまで13号の話を聞いていた近藤も、何かに気付いたように施設中央へと顔を向ける。
「……相澤!」
「ああ……っ!」
短い言葉を交わす二人。
その声に、緑谷も遅れて二人の視線を追った。
「……?」
施設中央に設けられた広場。
そこに、黒い何かがあった。
先ほどまでは何もなかったはずの空間に、黒い霧のようなものが渦巻いている。それは見る間に大きく広がっていき、やがてその中から一つ、また一つと人影が姿を現し始めた。
「な、何だ……?」
緑谷だけではない。
異変に気付いた生徒たちの間にも、ざわめきが広がっていく。
これも訓練の一部なのだろうか。
「一かたまりになって動くなッ!!」
一瞬過ったそんな考えは、相澤の鋭い声によって即座に掻き消された。
「13号! 生徒を守れ!」
「はい!」
先ほどまでとは明らかに違う、切迫した声音。
振り返れば、相澤は既に首元のゴーグルへ手を掛けている。
そして、その隣に立つ近藤も。
「…………」
先ほどまで相澤と言い合っていた男は、もうそこにはいない。
口を固く結び、広場へと鋭い視線を向けながら、右手を腰へと伸ばす。その先にあるのは、黒い鞘へと収められた一振りの刀。
近藤はいつでも抜けるよう、その柄へ静かに手を添えていた。
(明らかな戦闘態勢……! ──ってことは……!!)
緑谷が息を呑む。
その間にも、広場を覆う黒い霧からは次々と人影が姿を現していた。
一人、二人ではない。十人、二十人……。
数えることすら馬鹿らしくなるほどの人影が、黒い霧から吐き出されるように現れ、広場を埋め尽くしていく。
「なんだアリャ!? また入試の時みたいな、もう始まってるパターン?」
切島の緊張感のない声が上がる。
「違う」
相澤が即座に否定する。
「ありゃ、訓練じゃねぇ……」
続いた近藤の声もまた、普段とはまるで違っていた。
二人とも、既に先ほどまでの空気は微塵も残していない。
相澤はゴーグルを装着し、近藤は刀の柄へ手を添えたまま、眼下の広場を鋭く睨みつけている。
その間にも、黒い霧から現れる人影は増え続けていた。
異形の姿をした者。武器らしきものを手にした者。
広場を埋め尽くしていくその集団を前に、相澤の表情が険しくなる。
「……ヴィランだ」
その一言で、生徒たちもようやく理解する。
これから始まるのは訓練ではない。
ヴィランを相手にした、本物の戦いなのだと。