だいたいゴリラのせい 作:ゴリラ13
──
何故彼らが他者を貶め、最悪命を奪うのか。
金のため。恨みのため。己の欲望を満たすため。その理由は様々だが、一つだけ共通していることがあるとするならば、他者へ向けた悪意に歯止めがないということだろう。
誰かを傷つけるために個性を使う。
何かを壊すために、その力を振るう。
ヒーローを目指す緑谷たちにとって、決して越えてはならない一線を──彼らは平然と踏み越えてくる。
そんな存在が今、数十人もの集団となって眼下にいる。
「…………っ」
緑谷は、無意識に息を呑んだ。
ここは雄英高校の敷地内だ。日本最高峰のヒーロー養成校。その生徒と教師以外が、ましてやヴィランが好き勝手に入り込めるような所ではない。
そんな場所に、多くのヴィランが侵入を果たしているその事実に、緑谷は言いようのない不安を覚えた。
どうやって雄英の警備を突破したのか。その目的とは一体何なのか。
何一つとして分からないが、ただ一つ確かなのは、眼下にいる彼らが偶然迷い込んできたわけではないということだろう。
「13号、避難開始! 学校に電話試せ!」
「はい!」
相澤の指示を受け、13号がすぐさま生徒たちの前へ出る。
「侵入者用センサーが機能してねぇ。偶然とは、とてもじゃねぇが考えられねぇな」
眼下のヴィランたちを睨んだまま、近藤が低い声で告げた。
「センサーを無力化する個性持ちがいる。そう考えた方がよさそうだ」
「……なら、通信も妨害されてる可能性がありますね」
「だな」
その言葉を受け、相澤はすぐさま生徒たちへ視線を向ける。
「上鳴!」
「は、はい!」
「お前の個性でも外部と通信できないか試せ。繋がったら学校に状況を伝えろ」
「分かりました!」
「他は13号の指示に従え。迅速にここから避難しろ」
矢継ぎ早に飛ばされる指示。
突然の襲撃にもかかわらず、相澤と近藤に迷いはない。
そんな二人とは対照的に、緑谷たちは未だ状況を呑み込み切れていなかった。
つい先ほどまで、これから始まる救助訓練に胸を躍らせていたのだ。それが今では、本物のヴィランを前に避難を命じられている。
あまりにも突然すぎる事態に、思考が追いつかない。
「行きますよ、皆さん! 僕から離れないでください!」
13号の声に、生徒たちがようやく動き出す。
緑谷も慌ててその後に続こうとして──ふと、足を止めた。
「相澤先生……近藤先生は……?」
二人は動いていなかった。
生徒たちと共に出口へ向かうのではなく、揃って眼下のヴィランたちへ視線を向けている。
「俺たちはここで連中を止める」
「えっ!?」
「心配すんな。お前らはさっさと逃げろ」
近藤が腰の刀へ手を掛けた。
「ここから先は──俺たちの仕事だ」
そう言い残し、近藤は相澤と共に階段へと歩き出す。
眼下では、広場へ集まったヴィランたちがこちらへ向けて動き始めていた。
その数は、どう見ても二人で相手取るようなものではない。
「近藤さん」
「ん?」
「どれくらい溜まってますか?」
唐突な問いかけだった。
少なくとも緑谷には、相澤が何について尋ねているのか分からない。おそらく近藤の個性にかかわるものなのだろうが、理解できるのはその程度だった。
だが、近藤にはそれだけで十分だったらしい。
「今日は授業だからな。そんなに溜まっちゃいねぇよ」
そう答えながら、近藤は眼下のヴィランたちを一瞥する。それから腰の刀をゆっくりと鞘から引きながら、いつもの調子で微笑んで見せた。
「けどまあ──アイツら程度なら、本気出すまでもねぇな」
「そうですか」
相澤も、それ以上は何も聞かなかった。
「なら、行きますよ」
「おう」
短い言葉を交わし、二人同時に階段を飛び降りる。
その背中を、緑谷は思わず目で追ってしまう。
相手は数十人。対するこちらは、たった二人。
それなのに──不思議と、二人からは気負った様子が感じられなかった。
■
数の差など、二人の前には何の意味も為さなかった。
「──ッ!」
相澤の視線が、一人のヴィランを捉える。そうして瞬時に自身の個性『抹消』を発動。こちらに向けて指先を伸ばしていたヴィランの個性を封じてみせた。
「あ、あれ!? 個性が使えねぇッ!!?」
突然の異変に動揺した一瞬を、相澤は見逃さない。
捕縛布を腕へ絡ませ、一気に引き寄せる。その勢いを利用して体勢を崩し、懐へ潜り込むと同時に地面へ叩き伏せた。
「……次っ!」
立ち止まっている暇はないと、相澤の捕縛布が次の標的へと伸び、身体を絡め取っていく。
個性を封じ、僅かに動揺したその隙へ肉薄。体勢を崩して地面へ叩き伏せていく。その繰り返しで、次々とヴィランたちを制圧していった。
「馬鹿野郎っ!! あいつは見ただけで個性を消すっつう──イレイザーヘッドだッ!!」
気づいた頃にはもう遅い。
その身を捕縛布で絡め捕られたヴィランは、抵抗する間もなく相澤の元へと引き寄せられる。
「──ッ!?」
大きく体勢を崩したところへ、相澤が一気に距離を詰めた。
懐へ潜り込み、その勢いを殺すことなく肘を叩き込む。
身体がくの字に折れ曲がり、呻き声を上げながら悶絶するヴィラン。その頭上へ飛び上がると、空中で一回転し、その勢いのまま後頭部へ踵を落とした。
「がッ──!!」
鈍い音と共にヴィランの身体が地面へ崩れ落ちる。
それを確認することすらなく、相澤の視線は既に次の敵へと向けられていた。
一対多。
本来ならば数で押し切られて然るべき状況だろう。
しかし、個性を封じる『抹消』と、長年の経験によって磨き上げられた体術。その二つを前に、ヴィランたちは数の利をまるで活かせなかった。
「個性を消すっつっても、俺ら見てぇな異形型は消せねぇだろッ!!」
そう叫びながら、巨体のヴィランが相澤へと迫る。
確かにその通りだ。
相澤の『抹消』は、異形型の個性そのものを消すことはできない。生まれ持った肉体そのものを、無かったことにはできないのだから。
「もらったァ!!」
巨大な腕が振り上げられる。
だが──。
「遅ぇッ!」
その拳が相澤へ振り下ろされるより早く、横合いから近藤が飛び込むと、両手で握った刀を大きく振りかぶり、その巨体目掛けて横薙ぎに叩き込んだ。
「ごッ──!?」
当然ながら刃を潰した刀では、その身を切り裂くことは出来ないだろう。だが、その一撃に込められた力まで失われているわけではない。
刀身がヴィランの脇腹を捉えた瞬間、ミシッと音を立てながら巨体が大きくくの字に折れ曲がった。
それと同時に──。
「ぐおおおおおおっ!?」
『100㎏』を優に超えているだろう巨体が、まるでボールでも打ち返したかのように横っ飛びに吹き飛んでいった。そのまま地面を何度も転がり、最後には後方にいたヴィラン数人を巻き込んで、ようやく止まる。
「なっ……!?」
周囲のヴィランたちが、揃って言葉を失う。
異形型ゆえに『抹消』が通用しない。
確かにそれは、相澤を相手にする上では一つの強みだったのだろう。だがそれは、あくまで相手が相澤一人だけならばの話だ。
「悪ぃな。俺もいるんだわ」
振り抜いた刀をゆっくりと肩へ担ぎ、近藤が口角を吊り上げる。
「な、なんだ、あのゴリラっ! あんな奴がいるなんて聞いてねぇぞ!?」
「馬鹿野郎っ! アイツは……。アイツは………………あい……」
近藤を何度も指差していた男の動きが止まる。
「──いや、本当に誰だ……?」
「知らねぇのかよ!!」
思わず別のヴィランからツッコミが飛んだ。
「──余所見してる暇があるのか?」
「え?」
声が聞こえた時には、既に遅い。
近藤へ意識を奪われていた男の身体へ捕縛布が巻き付き、そのまま勢いよく頭から地面へ叩き落とされる。
「がっ!?」
「戦闘中だぞ」
冷たく言い捨て、相澤はすぐさま次の敵へと視線を移した。
「…………」
一方、近藤はというと。
先ほどまでの威勢はどこへやら。刀を肩に担いだまま、ほんの少しだけ肩を落としていた。
「……まあ。仕方ねぇとは思うけどよ。俺ってそんな知名度ねぇのかな……。いや、別にチヤホヤされてぇわけじゃねぇけどよ……」
「今気にすることですか?」
「だってお前は一発でバレたじゃん! 俺だって、『ヤベェ、ゴリラだッ!!』って、警戒されても良いじゃんよッ!!」
「知りませんよ」
「同じプロヒーローなのに!?」
「しらん。はよ戦え」
「はい……」
しょんぼりと返事をしながらも、近藤の動きに鈍りはない。
迫ってきたヴィランの一撃を躱し、刀の峰で足を払う。宙へ浮いた身体を蹴り飛ばし、その先にいた別の一人まで纏めて薙ぎ倒した。
相澤もまた、近藤が作った隙を逃さない。
近藤が崩し、相澤が仕留める。
相澤が封じ、近藤が仕留める。
長年、共に現場へ立ってきた二人に、いちいち言葉を交わす必要などなかった。
一人。また一人。
広場を埋め尽くしていたヴィランたちが、目に見えて数を減らしていく。
このままなら、そう時間も掛からない。
相澤がそう判断しかけた、その時だった。
「…………」
次の標的を探して戦場へ視線を走らせ──眉を寄せる。
最初にヴィランたちを引き連れて現れた、あの指だらけのヴィラン。その傍にいたはずの黒い靄の姿が無い。
おそらくは一瞬の瞬きの隙に個性を発動したのだろう。
「……チッ」
嫌な予感に突き動かされ、相澤が咄嗟に振り返る。
視界に映ったのは避難していた生徒たちと、それを率いる13号。
そして──その行く手を塞ぐように立ちはだかる、黒い靄の姿だった。
「近藤さん!!」
「──ッ!!」
相澤の一声で近藤の視線が同じ場所を捉える。
状況を察したらしい近藤は、それ以上は何も聞かずに地面を蹴り、生徒らの方へと駆けだした。
「行かせると思うかッ!!?」
当然、ヴィランたちは行く手を遮るように近藤の前に立ちはだかる。
異形の個性を持った連中が徒党を組み、肉壁でもってその進路を塞いでみせた。
「邪魔だァァァァッ!!」
だが、近藤は足を止めない。
一歩、二歩、三歩と、肉壁との距離が縮まるにつれ、その勢いは加速度的に増していった。
「止めろッ!!」
「ここを通すなァ!!」
迫り来る近藤を前に、ヴィランたちも互いに身体を押しつけ合い、より強固な壁を作ろうとする。
だが、近藤が肉薄した頃には、その勢いはもはや人間が束になった程度で受け止められるものではなかった。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉッッッ!!!」
渾身の力でもって振るわれた横一閃が、正面のヴィランたちをまとめて薙ぎ払う。
ある者は横へ、ある者は上へ。
それでも近藤は止まらない。返す刀でもう一人を弾き飛ばし、さらにその先へ。立ち塞がる相手を一人、二人と薙ぎ払いながら、勢いを殺すことなく人垣の中を駆け抜けていった。
「チクショウッ!! 追えッ!! アイツを黒霧さんの所へ行かせるんじゃ──」
暴走列車のように、立ち塞がるもの全てを吹き飛ばしながら突き進む近藤。
そんな近藤を指差し声を荒げていたヴィランだが、最後まで言い切るよりも早く、背後から伸びてきた捕縛布が彼の全身を縛り上げる。
「追わせると思うのか……?」
「──ッ!?」
直後、捕縛布が勢いよく引かれた。
ヴィランの身体が宙を滑るように後方へ引き戻され、その先で待ち構えていた相澤が懐へ潜り込む。
「がッ──!?」
勢いそのままに地面へ叩き伏せると、相澤は倒れた男には目もくれず、近藤の後を追おうとしていたヴィランたちへ鋭い視線を向けた。
近藤の邪魔はさせないとばかりに、相澤の髪がふわりと逆立つ。ゴーグルの奥では、『抹消』を発動した両眼が赤く輝いていた。
「チィッ!」
「数で押せ! 一人になったぞ!」
「だからどうした」
相澤の視線が、前へ出たヴィランたちをまとめて捉える。
一瞬──それだけで十分だった。
今まさに発動しようとしていた個性が掻き消され、ヴィランたちの動きに僅かな乱れが生じる。
その隙を、相澤は見逃さない。
捕縛布を絡ませ、引き寄せ、体勢を崩す。
近づいた者から、容赦なく地面へ叩き伏せていく。
近藤が抜けたことで、当然ながら負担は増えた。
──だからといって、相手にできないわけではない。
「来いよ、三下共……。全員、纏めて俺が相手をしてやる」
そう言って相澤は、ヴィランたちを挑発するように人差し指をクイッと曲げてみせた。