学園都市キヴォトス。
外界から隔絶され政治、軍事、治安維持、医療から商工業に至るまでほぼ全てが学生の手によって運営されている街。皆が当たり前に銃を持ち息を吸うように発砲する街で銃声とサイレンが鳴り止むことはない。
今、この瞬間も無法者とそれを取り締まる者たちは終わることのない闘争を繰り広げている。
《被疑者はフリーウェイを北上中!》
《リンカーン32検問設置完了!》
《ディスパッチ了解、追跡隊は被疑者と距離を取れ》
《シラトリ110!おい熊善巡査長無茶すんな!》
キヴォトスの中心地D.U.の幹線道路を2台の車が激しくチェイスしていた。
先を走るのは黒い艶やかなボディにスモークガラスを貼ったマッシブなスポーツカー。制限速度なんて知ったこっちゃないと乱暴に飛ばすそれを唸りを上げて追っているのは白黒のツートンに『K.S.P.D』のイニシャルが書き込まれた大型セダンだ。パトランプを瞬かせ高らかにサイレンを掻き鳴らしながら白黒セダン、170クラウンパトカーは犯罪者との距離を詰める。
「《K.S.P.Dよ!いい加減車を止めなさい!》」
「ふははは!止まれと言われて止まる奴がどこにいるか!」
170クラウンを巧みに操りながらヴァルキューレ警察学校の2年生、熊善マチコは何度目かもわからない警告を発する。
減速する素振りはなくそれどころか大音量の警告が癪に触ったのか助手席から同乗者が箱乗りになってこちらを嘲笑う。
「ヴァルキューレのオンボロパトなんざ怖くねぇ!公道最速は俺たちのもんだ!」
ご丁寧に中指まで立てて喚くストリートスタイルのロボ市民にマチコは心底呆れた風にマイクを口元に寄せた。
「《5代目チャージャーに乗っておきながら30年前のクルマに追いつかれてるやつがイキんなって。加速のタイミングもハンドリングも下手くそすぎ》」
ロートルの部類に入る170系で警告を発せられる距離まで接近し続けることができているのはひとえにチャージャーのドライバーがクルマのスペックを全く活かせていなかったからに他ならない。
実際、道中も緩やかなカーブにフルアクセルで突っ込み側面を擦って大減速したりそれがトラウマになったのか直線で加速が甘くなったりと走り慣れてる人間が見たら失笑するようなおざなりな運転だった。
「な、なにぃっ!」
マチコの見え見えな挑発にわかりやすく顔の液晶を真っ赤にしたロボ市民は一度車内に引っ込むとすぐ上半身を乗り出した。手には鉄パイプを組み合わせたような貧相な短機関銃が握られている。
「野郎ぶっころしてやる!」
「バスケユニフォームにTEC9とかまんまストリートギャングじゃん」
言いながらマチコはチャージャーから少し間隔を空けて備える。直後にロボ市民が発砲、上半身を高速走行中の激しい風に晒し尚且つ片手撃ちのまるで安定しない姿勢で放たれた銃弾は大部分が路面のアスファルトや中央分離帯のコンクリート壁を削るだけだったが幸運な数発はマチコのパトカーに命中した。
フロントガラスに2つ3つの小さな穴とヒビが入りパトランプの右半分が飛ばされる。
マチコはこの車で最も高価なパーツであるレーダー取締機の破損を察しまた始末書かと息を吐いた。
「やってくれるねまったく」
マチコは片手でハンドルを操作したまま器用に腰のホルスターから自身の愛銃を抜いた。
コルトガバメントを一回り大きくしてスライドから少しバレルを飛び出させた形状の大型拳銃。LARグリズリー、マチコが特号ヴァルキューレ制式大型拳銃1型としてゴリ押して携行を許されたオートマチックマグナムだ。
「こっちの番だよ!《司令室、こちらシラトリ110。被疑者発砲を確認、応戦します》」
とりあえずの一報を入れマチコは銃を握った右手を突き出し銃をダッシュボードで支える形で構える。
「どうせ交換だし必要経費、必要経費…」
念仏のように繰り返しマチコは引き金を引いた。ズドンと車全体を揺らすような爆音が響きフロントガラスにTEC9の9ミリ拳銃弾とは桁違いの大穴が開く。間を置かずもう1発、さらに1発。
放たれた.45ウィンチェスターマグナム弾はチャージャーの車体に突き刺さりその破壊力を遺憾なく発揮する。
最初の1発はチャージャーのリアとフロントガラスを粉砕し次の1発が左のテールランプを基部ごと吹き飛ばした。ダメ押しの1発がトランクドアのど真ん中に命中する。ドアを固定するラッチを破壊したのかトランクのドアが開き中に収められていた荷物を覗かせる。
「なるほどね。だから職質逃げたんだ」
トランク一杯に積まれた透明のボトル。中身はウォッカか清酒かはたまた飲用用途外のアルコールか。どちらにせよ酒類の販売に厳しい規制が敷かれているキヴォトスで商用車でもない車にあの量の酒を積み運搬した挙句逃走を図るのは疑惑を通り越してスリーアウトだ。
再びマチコに向けTEC9の掃射。フロントガラスにまた新しい穴が増えグリルの赤色灯が弾けた。
こちらも反撃し2発が外れ2発が酒瓶を割った。マガジン内の弾を撃ちきりスライドが後退したままホールドオープン。
マチコはマガジンキャッチボタンを押して空マガジンを床に落とすと左手に持ち換え空っぽになった底部を助手席に立っていた小さな相棒に向けた。
「テン助弾お願い」
「きゅきゅ!」
マチコの声に彼女の相棒、薄茶色の毛皮を纏ったイタチが助手席シートから彼女の傍に駆け寄る。イタチの中では大柄な体躯とただのペットの枠に収まらない賢さを持つテン助は小さな前足を慣れた手つきで動かし彼女の左腰の予備マガジンポーチから7発入りのマガジンを抜き取ると口と前足を使って素早くグリップに差し込んだ。
「きゅっきゅい!」
「ありがと」
新しい弾倉が完全に挿入されたことを確認したマチコはまた右手に銃を戻すとスライドストップレバーを押し下げもう一度仕掛ける体勢を整える。
前方にいくつもの赤色の明滅が見えてきた。先回りした別動隊の封鎖線だ。
「そろそろ終わりにしようか」
マチコはグリズリーマグナムの照門と照星をしっかりと合わせて引き金を引いた。
2発、2発、3発。リズムを刻み全ての弾丸をチャージャーの後ろ姿に叩き込む。
トランクドアが外れ、ライト類が砕かれガソリンタンクに穴が穿たれる。トドメとばかりに足回りに向けられた3発は右後輪に命中しタイヤをズタズタに引き裂いた。
突然のバーストに対処できる技量をチンピラが持ち合わせているはずもなくロボ市民はハンドルを取られてコントロールを失った。
激しくスピンするチャージャーから白煙と火花が上がり商品だったであろう酒瓶が遠心力で四方八方に飛んでいく。
やがて中央分離帯や外壁でピンボールよろしく跳ね返ったチャージャーは前も後ろも見るも無惨な姿を晒して動きを止めた。封鎖線まではあと100mといったところだった。
「《武器を捨てて車から降りたらどう?》」
残骸と化したマッスルカーを正面に見据える形で停車したマチコは最後の警告を行ってパトカーから降りた。
2本目の予備マガジンに差し替えグリズリーマグナムをローレディに構えて被疑者に近づく。前方からもヴァルキューレ警察学校の制服に身を包んだ生徒たちがショットガンや円形のシールドを構えて駆け寄ってきていた。
「大人しく降伏しなさい。抵抗は無駄よ」
「く、くそっ!ヴァルキューレのガキなんかに捕まってたまるか!」
「こうなったら!」
よっぽど普段からマチコたちを下に見ていたのかヴァルキューレに逮捕されることを極端に嫌がったドライバーと同乗者のロボ市民は突破に一縷ののぞみを賭けてサブマシンガンを構えた。
2つの銃口がマチコに向けられ引き金が引かれようとした瞬間、マチコの背後から円筒形の缶が投げ入れられた。
スタングレネード、俗にナインバンとも言われる非致死性手榴弾がロボ市民の目の前に落ち炸裂する。
「「ぐわぁぁぁ!」」
「ナイスだよテン助!」
テン助が全身を使って投げたスタングレネードは目を焼くほどの閃光と耳をつんざく破裂音を響かせ犯人の視覚と聴覚を奪った。
体勢が崩れ反射的に引き金を引いた銃口は明後日の方向を向き放たれた銃弾は道路標識に穴を開けるに留まった。
続いて4回の腹に響く銃声。きっちり2発ずつのハートショットが犯人を貫き地面に伏せさせる。火花を散らしピクリとも動かなくなったロボ市民を駆けつけたヴァルキューレ生が手錠を掛け封鎖していたパトカーに積み込んでいく。
死んではいない。許容量を超えた衝撃にシステムが一時的にシャットダウンしただけつまりは気絶しているだけだ。2時間もすれば牢屋の中で目を覚ますだろう。
被疑者確保を受け余剰な人員は撤収の準備に入り入れ違いに現着した鑑識がもはやスクラップになったチャージャーを調べ始めている。
その様子をすっかりぼろぼろになった170クラウンのボンネットに腰掛け奇跡的に無事だったタンブラーのカプチーノを飲みながら見届けていると解体された封鎖線から1人の生徒が歩いてきた。
「ご苦労だった熊善。手放しでは喜べないが良い動きだった」
「カンナ局長?交通取り締まり違反の捕物に公安が来るとは珍しいこともあるもんだね」
長い金髪に頭上の犬耳が特徴的な警官、尾刃カンナ公安局局長がいつもと変わらず険しい顔つきでマチコの労を労う。部署違いの上司からの労いに感謝しつつもマチコははてと訝しんだ。
公安局は主に凶悪犯罪や組織犯罪に対処する部署だ。見れば撤収準備中のパトカーの中にマチコたち生活安全局の物とは違う白地に薄紫のラインが引かれルーフに赤と白の小さなパトランプがブーメラン型に載せられたCVPIやインパラ9C1が混ざっているのが見えた。交通違反の暴走自動車の追跡に公安局の車両が出張ることは基本的に無い。違和感があった。
その疑問に答えるようにカンナ局長が言う。
「あの2人は公安局が追っていた密造酒流通グループの売人だ。確実な証拠を出すまで張っていたんだが、おかげで密造酒の現物と組織の構成員を一気に手に入れることができた。感謝する」
教本通りの綺麗な敬礼にマチコも敬礼を返す。
「ありがとう。手放しで喜べないってのは?」
「君が追跡していると知ったそっちの局長が胃を抑えている」
「あー」
穴だらけになった170クラウンを振り返り上司の怒り顔を想像してげんなりした顔になったマチコは憂鬱を紛らわせるため残ったカプチーノを煽った。
「始末書かな」
「減俸もな」
金の使い道に乏しいマチコにとって減俸は大して痛くないが始末書は勘弁願いたかった。
「慰めになるか分からないが今回の取り調べで組織の尻尾を掴めるだろう。それに君が街中を派手に追い回したんだ。密造酒も少しは落ち着くかもな」
「だと良いけど」
そこまで言ったところで警察官用のスマートフォン、Pフォンに着信が入った。タッチモニターには『生活安全局局長』と表示されている。
「げ、局長からだ」
「あまりいじめてやらないでくれ。では私は戻る」
長くなると察したカンナ局長は証拠を集める鑑識の元へ向かった。
「もしもし熊善です」
『もしもしではない!犯人は確保できたようだな。被害は?無いよな無いと言ってくれ』
「パトカー壊しちゃった。ごめんね」
『あぁぁぁぁぁ…』
電話越しの絶望した声と脱力して椅子に身を沈める音にさすがのマチコも申し訳ない気持ちになり詫びる。
「申し訳ありませんでした」
『パトカー高いのにぃ…もうやだぁ、おうちかえるぅ』
「21のアイス奢るから許して?」
『…ボックスで。全部メロン、代金そっち持ち』
「了解しました」
以後、生活安全局局長は食後のデザートに困らなくなった。
また後日、始末書の山に埋もれたマチコが発見されたのはまた別の話。