拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
Scene.01 異世界開幕
終幕。
その瞬間、さまざまな要因が重なり偶然は必然となる。
重量にして、およそ5トンの鉄塊が運動エネルギーを伴い、青信号の横断歩道を渡る少年に向かって突っ込んだ。
もしも、今朝その少年があと五分早く、もしくはあと数秒でも遅く起床して、洗面台で頑固な寝癖にかまけずに玄関を出てさえいれば。
もしも、道すがらヒールのせいで転んでしまったOLに遭遇して、親切に手を貸してさえいなければ。
もしも昨晩、運転手が妻とケンカをして、憂さ晴らしに深酒さえしていなければ。
――暴走したトラックに
◇◇◇幕間~胡蝶の……◇◇◇
ヒラヒラと宙を舞う一頭の青い蝶が、倒れている少年の鼻先に降りる。
運命のいたずらか、その蝶は羽化不全を起こしていた。
胴体は立派な成虫なのに、頭部が未熟な幼虫のまま変態してしまっていた。
蝶として輝かしい世界へ羽ばたいた時、皮肉にも未来は閉ざされてしまったのだった。
この有様では
ならば、肉食性の昆虫や動植物の餌にでもなれば、無残に思えるその命に意義が生まれるだろうか。
死して他者の養分となり命を継ぐことで、せめてもの意義が生まれるだろうか。
何のために生まれ、何のために死ぬのか。
蝶にはもう答えを出す猶予も、再び飛び立つ体力すら残されていない。
それでも、遺伝子の奴隷たる生命は『生きろ』『増やせ』という本能の声に従って懸命に足掻く。
すると、必死に羽ばたく蝶に呼応し、まるで息吹を吹き込まれたかのように、物言わず横たわっていた少年の
◇◇◇
目覚めると、そこは森林だった。
見知った天井でなければ、見知らぬ病室でもない。
(悪い夢を見ていた気がする……詳しい内容は忘れてしまったけど……)
視界いっぱいに埋め尽くすのは、種々様々の木々が織りなす枝葉のカーテン。
風に揺れ、その合間から差し込む木漏れ日により、辺りは淡い
大自然が醸し出す神秘的な雰囲気に圧倒されて、思わず溜め息を吐いた。
それから、体をゆっくりと起こして視線を周囲へ巡らせる。
(なんだか不吉だな……)
人気のない森林――原生林で覚醒した――は、ここに至る経緯をまるで思い出せず、巨木の下で呆然と立ち尽くした。
(落ち着け……落ち着け……冷静に状況を整理するんだ……)
再び瞼を閉じ余計な視覚情報を遮断して、深呼吸を繰り返す。
咽かえるほど濃密な腐葉土の匂いが鼻腔を満たした。
とにかく、意識を外界から内界へと沈める。
日付や住所。
名前や年齢。
家族構成や交友関係。
また勤めている会社など。
自分自身に関する、ありとあらゆる質問を次々と投げかける。細い記憶の糸を手繰り寄せようと試みた。
「………………!?」
迫るエンジン音とバンパー。
凄まじい衝撃と目まぐるしく回転する景色。
赤黒く滲むアスファルト。
そして――――。
「――――ッ!」
突然、脳内にフラッシュバックしたのは、あまりにもショッキングな誰かの交通事故の映像で――は、驚愕に目を見開く。
自身の無事を確かめるように、震える体を抱えて擦った。
「ハッ、ハッ、ハァッ、ハァ……ハァ……ァ…………ふぅ………………」
(……そうか、分かった。自問の結果として、よく解らないことが判った)
しっかりと言語を用いて思考しているように、住んでいた地域で学んだ知識や、一般常識といった記憶はあるものの、人格を形成するのに重要な思い出に関する記憶がひどく曖昧だ。
つまりは記憶喪失。
いわゆる、ここはどこ? 私は誰? 状態である。
(まいったな……)
己が正体を知れず、故に何処へ向かうとも知れぬ……などと、やや哲学めいた文言が浮かび、シニカルに笑いながら、根の溝にできた水溜まりを覗き込む。
水面に
その見た目年齢から、一人称をオレと仮定する。
ボクという線も考え得るが、スーツもとい学生服からしてワタシではないことは明白だ……特殊なケースを除いて。
それから、顔を上げて今一度周囲を見渡す。
原生林で覚醒してから半刻ほど経過しただろうか、依然として誰かがオレを迎えに来る気配はない。
(これって……やっぱり、そういうことだよ、な…………?)
遭難。
頭の中に怖ろしい二文字が浮かび、背中にじっとりと冷や汗が滲む。
(おいおい、マジかよ……現代人が樹海で遭難とかあり得ねぇ!)
唐突に始まった生死を懸けた脱出劇に、心の準備もさることながら、何の装備も整っておらず、ひたすらに戸惑うしかない。
(こんなときどうしたらいいんだ川を探して下流へ歩くいやそれは反って危険と聞いたようなそれとも頂上を目指して上へ登る山道は山頂に向かって収束する捜索面積も減っていくので見つけてもらえる確率が上がりいやそれは山での遭難に限った話か――とにかく! ……とにかくだ。下手に動くのは危険だろう、たぶん……)
自分の中にサバイバルの知識が眠っている可能性。それを期待してみたが、残念ながらコレだという名案は浮かばない。
とはいえ、人と連絡が取れるならまだしも、当てのない救助隊をただ待ち続けるのは
(……ん、連絡? そ、そうだよ! ケータイ!)
携帯電話を使って救助を呼ぶ案に、今の今まで思い至らなかった間抜けに呆れつつ、ズボンのポケットに手を突っ込む。
(クソッ、圏外か!)
人里離れた大自然の中だ。電波が届かなくても不思議ではない。
その他の所持品は財布と鍵……それから、近くに投げ出されてあった鞄に教科書と筆記用具が入っていた。
この状況では燃料くらいにしかならなそうだ。
(
学生は当然として、喫煙者が激減した昨今、ライターを持ち歩いている人間は
所持品を搔き集め、知恵を絞ったものの早々に万策尽きたのだった。
(ええい! こうなったら、なるようになれだ!)
無謀は重々承知。
どうせ失うものなど、この身一つだ。
オレは半ば自暴自棄になり、原生林を自力で踏破する決意を独り固めた。
生きるって残酷 それでも希望はあると信じたい。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
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