異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~ 作:日月 幾人
食は万人に欠かすことのできない要素であり、ゆえに民衆の生活や文化が如実に反映される。
中世の時代に相当するこの世界において、庶民の食事回数は3~5回に加え間食と質素ながら意外と多い。
逆に上流階級の人間は、贅沢でありながら昼と晩の2食しか摂らない。
これは日中の活動内容による違いであり、頭脳労働と肉体労働のどちらに従事するかによる。
食事の頻度は社会的ステータスの現れでもあるらしい。
住居環境の問題により、一般家庭で調理場を備えているのは少数で、庶民は食事を摂るのに、わざわざ大衆食堂や屋台へ出向くそうだ。
貴族である男爵の館では、当然のように常勤しているお抱えのシェフにより、出来立ての料理が振る舞われる。
すぐさま消費してしまう食に関することに、金と労力を惜しまないのも、また社会的ステータスの現れなのだろう。
メニューは安価で出回っている魚肉の塩漬けや豆類ではなく、新鮮な鹿肉や方々から取り寄せた色とりどりの果物、それから混じり気のない小麦の白パンなどが並んだ。
味付けは貴重で贅沢品とされる
(今日の朝食は何だろう? ジャンクフード……いや、米が恋しいな……)
オレは空腹を訴える腹をさすりながら、無駄に長い廊下を渡る。
◇◇◇
「遅いですわよ! さ、貴方様は、どうぞこちらに!」
食堂で待っていたのはマティルダ。ゆうに三家族は座れそうな、これまた無駄に長くて大きな食卓に着き隣席を進めてくる。
(目が冴えるな……相変わらず、すんごい巻き髪だ)
本日もお嬢様は絶好調。窓から差し込む朝日を浴びて、ドリルのような巻き髪が金色に煌めいている。
マティルダは絶世の美女ならぬ絶世の美少女だ。
その美貌たるや、海外の映画女優やモデルといった、まるでシンデレラ姫のように見目麗しい女性たちが裸足で逃げ出すほど。
一級の芸術品のように厳かな雰囲気を漂わせており、極東にある島国育ちにはともすれば親和性が低く、異世界の住人さながらの近寄り難い存在だ。
(うん。事実、異世界の住人だけど……)
この様子だと、実家に帰り病気の療養をしているらしい母君も、さぞかし美人であるに違いない。
(玄関に飾られている肖像画も美人だったしな)
屋敷の顔であるエントランスに、一族の頭首である自分の肖像画を差し置いて、妻のものを飾るあたり、男爵は愛娘家のみならず愛妻家であることが伺える。
美しい妻と娘に恵まれて、男爵は果報者だ。
(早く、奥様の病気が治るといいな……)
「何度も言ってるけど、その呼び方どうにかならないかな?」
改めてマティルダの美貌を意識したせいで、声を上ずらせてしまった。
こうして会話を交わすのは、昨日今日の話じゃないのに、いまだに少し緊張してしまうオレなのだった。
(格好悪い……いや、むしろ、ここは変にどもらなかったことを褒めてやりたい)
「あら、貴方様の本名が知れないのですから、仕方のないのではなくて?」
オレがひとつ間隔を開けて席に着くと、マティルダはすかさず席をずらして距離を詰めてきた。
「だ、だって、その呼び方は、なんというか、その……」
「なんですの?」
秒でパーソナルスペースに踏み込んできた侵略者。それに気圧されつい口を滑らせてしまう。
「ま、まるで夫婦間の呼び方みたいじゃないか。事情の知らない人間に誤解を招いてしまうような……」
するとマティルダは、我が意を得たりといった感じで目を
どうやら、絶好の攻撃材料を与えてしまったようだ。
「まあ! でしたら、私たちにピッタリですわね。はい、ア・ナ・タ……あーん」
自分の皿から金色のスープをひと匙すくうと、上品な所作でオレの口元に運んでくる。
「いや、あの自分で食べられるんで……」
「んもうっ! いけずですわ!」
仲睦まじいカップルがするそれを、波風が立たないようにやんわりと断ると、マティルダはわざとらしく頬を膨らませた。
積極的に迫るマティルダとそれを袖にするオレ。幾度となく行ってきたやり取りは、もはや安心感すら覚える日常のひとコマになりつつある。
マティルダとしても、本気で腹に
(あざといなぁ)
マティルダの好意は、誰の目からも明らかだ。
なにせ出会ってこのかた、どんな
けれど、その気持ちを知りつつも、オレは正面から応えられずにいる。
追いかけられると逃げたくなるのが人間心理。なんて冗談はさておき……本来、人に好意を寄せられるのは、たいへんに喜ばしいことだ。
しかも、それが目を見張るような美少女なのだから、心を踊らせるのが男子というもの。
ただ、相手が美少女だから。自分に好意を抱いてくれているから。イコール好きという図式は短絡的というか、節操なしというか、どうも違うと思うのだ。
恋を病に例える話があるけど、熱病に侵されている女子に付け入り、関係を持つのは不誠実な気がしてならない。
(きっかけでもあれば、また話も違ってくるんだろうけど……)
恋に夢見がちなお姫様が、ピンチに駆けつけた王子様に運命を感じるように、人を好きになるには何かしらきっかけか、もしくは想いを育む十分な時間が必要だ。
(我ながら、めんどくさい男だな……)
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます