異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~ 作:日月ゆう
前触れもなく始まった二人の若者による決闘は、激闘の末に幕を下ろした。
辺境の町にある訓練場は、今や熱狂の渦に包まれている。その勢いたるや、帝都にある闘技場に迫るほどだ。
普段、娯楽の少ない生活を送る中、思いがけず立ち会えた催し物に観衆は沸き、惜しみない拍手が送られていた。
二人の名闘士を称え取り囲む観衆より、少し離れた後方。訓練場の隅で、この闘いの行方を見守っていた人物が居る。
垂れ下がったイヌミミと細い尻尾。現代でいうところの闘犬ピット・ブルの特徴を持つ獣人。
卵型の
ピークが過ぎてなお、鍛え抜かれた屈強な肉体は健在であり、至る所に走る無数の傷跡は、歴戦の猛者である証。
この町の冒険者を取り仕切る者。
「ガハハハハッ! いやはや、まっこと御見逸れした! 見事ッ! 天晴ッ! 愉快ッ! 痛快ッ!」
豪快な人物で知られる組合長は、顔を皺くちゃにして唾を飛ばしながら盛大に笑う。
「見たかね、ンリッチィャアァードゥ(ネイティブ発音)君! 彼らが繰り広げた熱戦を! こんな田舎じゃ滅多にお目にかかれないぞ!」
いまだ興奮冷めやらぬ組合長は、隣に控える秘書の肩をバンバンと思い切り叩く。
「痛い。痛い。痛いです。組合長」
文字通りのパワハラ(物理)を受けても、秘書官はビジネスライクな対応を崩さない。
ただ、生来の真面目を体現したトレードマークの髪型。前髪を糊で固め、現代でいうところの七三分けが崩れることが気掛かりのようで、抑揚の乏しい声音で抗議した。
「かの七星英雄の再来と
かつて人々を恐怖の渦に陥れた魔人を討ち、世界を救ったと伝えられている七人の英雄。
組合長は現役時代、多くの戦場で武功を挙げ、
「よしてくれ、若気の至りだ。英雄に届いていたら、辺境の組合長なんかにゃ収まっていないだろう」
見え透いたお世辞を言う部下に、組合長は苦笑いを浮かべつつ古傷を
「少年の方は……その、なんといったかな……とにかく、いい戦士だ! まだ動きに迷いが見て取れるが、いずれ化けるぞ!」
組合長の疑問に答えるべく、秘書は手元にある受験者名簿に視線を落とした。
「ええと、彼の名前は――おや、書類の不備でしょうか、記入されていません。まあ、男爵に
「ああ、あの
少年の勇士を見た組合長は、
そうしていると、友に関連した追憶が押し寄せてくるが、飲まれる寸前のところでせき止めた。
まだ思い出に
「しかし、うちのエースが敗北を
「そこはむしろ、うちのエースに
命があってこその教訓。
転んでしまったのなら、その痛みを糧にして、また立ち上がればいいのだ。
「てんぐとは?」
「うん? なんだ知らねぇか。ここより東の地に生息する
「魔物退治は業務外なので。私が関心があるのは
完全インドア派かつデスクワークの秘書は、日々部屋に
「いかんなぁ。いかんよ、ンリッチィャアァードゥ(訳:リチャード)お前さんは人生損してるぜ! 俺が若い頃はそりゃあもう! そりゃあ、もう……そりゃあ……むぅ、最近の冒険者は、魔法に頼り過ぎていかん。ひと昔前までは
やいのやいのと秘書をからかっていた組合長は、ふと何かを思い出したかのように説教モードに突入する。
日頃、多くの冒険者と触れ合う機会が多く、現役世代のある傾向に不満を抱いていた。
汎用の利く魔法を絶対視して、やれ将来性や、やれ費用対効果などを気にして、肉体の鍛錬や武術を
「心技体
「いや、畑違いの私に言われましても」
冒険者のなんたるかを熱心に語る組合長は、渾身のマッスルポーズをキメて、隣に控える秘書に同意を求めるも肩透かしを食らう。話す相手を完全に間違えていた。
「かあぁーったくよぉ、
太古からある普遍的なフレーズ。一度、振るおうものなら、世代間闘争の火種になり、発言者はもれなく老害と認定されてしまう禁句。
それを、うっかり口から滑らせてしまい、組合長は我が身を
若い時分、散々親父に言われたものだと嫌気が差した。
「ガハハハハッ! 俺も親父に似てきちまったな! いよいよもって年貢の納め時なのかもしれん!」
組合長はこれまた盛大に笑い。
「と、そうだ。試合観戦に熱中してたようなので、渡しそびれてました。組合長個人宛てに手紙が届いていますよ」
秘書が手元にある書類の中から、一通の白く上等な手紙を組合長に渡す。
「俺宛てに? 最近は珍しいな……暗い知らせじゃあないといいんだが……」
初老を迎えてはや
「ほーう。どぅれ……」
固く封の閉じられた手紙を、片方の眉を吊り上げ訝し気に裏返す。
「それ、差出人が書いてないんですよね」
「おぅ、これは――!」
久しく見なかった封蝋に組合長の気が
その刻印は、まさしく戦場を共にした友による印。
冒険者を引退後、
「奴め、今度は何をやらかしたんだ? お互い、もういい年だろうに」
手紙を
友は王の務めとは別に、個人的な内容をしたためるときは、側近の目を盗み匿名で寄こすことがあった。
そういったときは大抵、愚痴や失敗談など、酒の
組合長は、秘書から手渡されたペーパーナイフで手紙の封を切ると、さっそく読み始める。
楽し気に細められた目が、文章を追うごとに段々と険しいものへと変わってゆき、やがて全文を読み終えると、その大きな掌で手紙を握り潰してしまった。
「て、手紙にはなんと?」
陽気な組合長に珍しく不穏な様子に、個人宛の手紙の内容を尋ねるなど、無礼と知りつつも問わずにはいられなかった。
「世の中にゃ、個人の力が及ばない知らねぇほうがいいことがあるよな」
「え……」
組合長は顔に影を落とし、低いトーンでぽつりぽつりと話し出す。
「女房の前夫……手前が死ぬ日の天気……――それと魔人の復活とかな」
「御伽噺ですか……? ど、どういう……その手紙が……?」
組合長は答えない。
肯定にしろ、否定にしろ、言葉にしてしまえば悪い予兆が形を成し、現実のものとなってしまう。そんな気がして……。
「来たか。とうとう始まるんだな」
はたしてその手紙は、最初に案じた以上の暗く重苦しいものだった。
世界の命運を揺るがすほどに。
第2章 始動・完
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