異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~ 作:日月ゆう
ep.25 冒険の夜明け
5月 13日 エノシガィオスの曜日
いよいよ初めての冒険当日を迎えた。
(昨夜は、なかなか寝付けなかったな……)
まるで遠足前の小学生のように、オレの胸は期待と興奮に高鳴っている。
(いかん、いかん。少し落ち着こう)
早朝の澄んだ空気を独り占めにして、大きく深呼吸。それでも静まりそうにない。
まだ日が昇り切らず、少し薄暗い町の出入り口の脇で、ラジオ体操なんかしちゃったりして、出発の時を心待ちにする。
(記憶を失くしても、やっぱりこういうことは、ちゃんと体が覚えてるな)
人格を形成するエピソード記憶は欠落してしまったが、事物の名称や現代社会の常識などの意味記憶、歩行や体操といった運動記憶は健在だ。
(この世界では見掛けないけど、きっと自転車だって乗りこなせるはず)
ラジオ体操第一と第二をキビキビとした動きで滞りなく進める。
続けてラジオ体操第三をしようと構えたところで、
「…………」
(あ……たぶん、この先は習ってないわ)
至急求む。ラジオ体操第三の方法か動画。
◇◇◇
程無くして、
見た者のMPが削られそうな感じの、奇々怪々な創作ダンスをしていたオレは、動作を緊急停止させる。
怪訝そうな顔を浮かべる、魔法使い改めドロシー。
のっけから人を嘲笑する、軽薄男改めジョニィたちと挨拶を交わす。
(おのれ、ジョニィ……精々背後には気をつけろよ……)
それはさておき……何をするのも時間にルーズな世界だけど、遅れることなく皆が揃った。日照時間は旅の進行を左右し安全にも直結するので、冒険となれば話は別のようだ。
「いよいよだな」
「腕が鳴るぜ!」
「準備は万全か?」
町の大通りから外へ続く街道の境目に立ち、両翼にドロシーとジョニィが並ぶ。
オレが二人の名前を覚えたのは、つい先日のこと。慣れない横文字を無理やり頭に叩き込み、それでもネイティブからすると少し発音が違うらしい。
「ドゥロ、シ……ド、ロォーシィ! ドロ……」
「呪文の練習か? 君には
「ま、まあな……それほどでもあるかな、うん……」
発音の練習をしていたところ、魔法の呪文を詠唱していると勘違いされ、明後日の方向からドゥロォシィーッに賛辞を送られてしまった。
気持ちが高ぶっているせいか、どうにも挙動不審なオレだ
これから冒険だというのに、本当にいたたまれない。
(それにしても日常会話は普通に通じるのに、モノの名称となると怪しくなるから不思議だよな)
そもそも異世界人の彼らと、言葉が通じていること自体が不思議である。
(いや、逆か。皆にとっては、オレが異世界人であり、彼らの言語を話している認識なのだろう)
双方都合がいいように、脳内で翻訳と認識の補完がされているのだと推測する。
「出発を前に
「本依頼は依頼人である
依頼の受注手続きから周辺地域の調査まで、冒険に必要な諸々の準備をドロシーは一手に担ってくれていた。
こちらの世界に来てやはりまだ日が浅く、冒険の"いろは"はおろか、社会常識に
「気前のいい依頼主でね。報酬は期待していいぞ」
「おぉ、マジかよ……やったぜ!」
現金なもので、仲間の結成当初、リーダーをやりたいとうるさかったジョニィも、彼女の手際のよさに舌を巻いているようだ。
「隊列は私と依頼主を挟み……前衛に君、後衛にジョニィを置く形だ」
「了解」
「ここから始まるんだな……この俺様、ジョニィ伝説の1ページが!」
そう高らかに宣言すると、ジョニィは新品同様の輝きを放つ
旅の支度を整えるため、共に市場を歩いたオレは知っている。奴が得意になって振るう短剣は、軍資金が足りず
(伝説の1ページも、先立つものがなけりゃご覧の有様か……まったく世知辛いぜ……)
かくいうオレの武器も大した代物ではない。冒険者
主なスペックは――
筋力補正D 斬撃+5 刺突+4 打撃+3 重量D+ 付与:切れ味持続
――といったところか。
ジョニィ同様に軍資金が乏しく、まともな剣の一本さえ自前で用意できなかったオレだけど、実は冒険者試験の合格祝いとして、男爵からそれはもう立派な剣を贈られていた。
それだというのに、いざ冒険当日にレンタル品の長剣を腰に下げているのは、いつまた圧し折るとも知れないので、頂いた剣は
ちなみに貴族から剣を
オレが身構えるような、堅苦しい意味はないそうだ。
決して既成事実を作ろうなどという下心はない、としつこいくらいに念を押された。
(もし戦闘中に折ってしまっても、安物ならショックも小さい……いや、いったい何と戦っているんだろうな、オレは……)
身寄りがないからか、金銭のことばかりに囚われている気がする。
貧すれば鈍する。よくない傾向だ。
(それは、ともかく)
正直な話、自分の拳より
振るう度に耐久力の心配をするくらいなら、いっそのこと最初から素手で格闘した方が気が楽だし、強いのではないだろうか。
以上の
◇◇◇
『ふむ……我ら一家は救世主殿とひとつ屋根の下で生活をして、善人であることを理解しておるが、初対面の者は、そなたの剛力に恐れ
いくら強いからといっても、
怪物を倒すのはあくまで人間であって、怪物であってはならないのだ。
『魔物に勝つのは大前提として、勝ち方も重要だ』
それは単に恰好付けるとかの話ではなく、戦士としての品格の話。
『種として
◇◇◇
――という助言をいただいた。
オレにとっては脆く頼りない武器でも、装備することで力の抑制には役立つし、戦士として一応の体裁は保たれるというわけか。
(人外のパワーを持つオレの人間アピールだ……決闘の時、素手で
今更ながら、亡き
そんなことを考えながら、素振りをしているジョニィを見やる。
得物の短いリーチがどうもしっくりこないようで、刀身を睨みつけブツブツと不満を垂れていた。
「くだらない見栄なんか張らずに、お前もレンタルすればよかったんだ」
「バッカ! 初陣をキメる相棒が借り物じゃ、それこそカッコ付かねぇだろうが!」
「その相棒が気に入らないんじゃあなぁ」
「うぬぬ……!」
ジョニィは短剣と長剣を見比べて、後悔の念を滲ませた。
すると、そんなジョニィを他所にドロシーが耳打ちをしてくる。
「実は、この編成はベターであってベストではない。というのも私がジョニィの能力に懐疑的だからだ。彼は身体能力は人並み、魔法にいたっては並み以下で、特に戦闘の訓練を積んだ様子もない
(し、
「そうか……まあでも、後ろに下がらせておけば、この旅の間くらいなんとかなるだろ」
「前衛は言うまでもないが、実は後衛も同じくらい危険なんだ。野党や野生動物は、獲物を背後から襲う習性があるからね」
だからこそ、リーダーは編成に頭を悩ませているのか。
ゲームのように、体力面に難があるキャラは、後衛におけば敵のヘイトを買わずに安心、というふうにはいかないらしい。
「ジョニィにとって、ここが登竜門だ。この依頼を通して、今後も冒険者としてやっていけるのか決まる……最悪の事態も覚悟しておいてくれ」
続けてドロシーは言う。新人冒険者にとって、もっとも死亡率が高いのは最初に受けた依頼に挑んでいるときなのだ。緊張と興奮から動きを鈍らせ、経験不足から自分の実力を見誤るのだと。
「オレも新人なんだけど……」
ジョニィのことばかり気に掛けているが、オレも初めての冒険を前に緊張している。
「私に勝利した君だぞ? 心配はしていないさ」
ドロシーはそう言っていたずらに笑う。
放任されるのは信頼の裏返しだろうか。
決闘以前のように侮られるのは
冒険の"いろは"を知らないオレが、先輩にしてみれば想定外の凡ミスを犯さないとも限らない。
「いいや、この際武器は関係ねえ! 大事なのはハートよ、ハート!」
ジョニィは短剣を手に散々ぱら悩んだ挙句、無理矢理にでも自分を納得させて、出発の音頭を取ろうと拳を突き上げる。
「よぉし! いざ、出――!」
「出発はまだだぞ。依頼主の薬師が来ていない」
冷静沈着なリーダーによって、勇み足のジョニィは出端を挫かれる。
「んだよもう! 人がせっかく気分を新たに――」
「いざ、出発ですわっ!」
「ほぁ!?」「だ、誰だ?」
「マ、マティルダ! どうしてここに!?」
仲間に割り入り、不意に現れたのは誰もが予想だにしなかった人物。◇◇男爵ご令嬢のマティルダだ。
「どうして?
「あ、あの話は本気だったのか――――……」
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