異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~   作:日月ゆう

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拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです


ep.31 レイドボス~魔獣Ⅰ

「――ちょっと待った……気を付けろ! 何かが迫って来てるぞ!」

 

 

 雑談に興じながら帰路に就くと、またもや唐突にジョニィが警鐘を鳴らす。

 

「お前なぁ、いくら活躍の場が欲しいからって、さっきの今だぞ」

 

 再三聞かされたセリフに、そろそろ聞き飽きていたオレは溜息を吐く。

 

「今度こそマジなんだって! 超絶ヤベーのが来てやがる! 見ろよ、ほら! 鳥肌が止まんねぇ!」

 

蜥蜴男(リザートマン)のときも似たようなこと言ってたじゃないか。(ドラゴン)級の危機が迫ってるとかなんとか……イマイチ信用できないんだよ」

 

 あれは通算何度目の警鐘だったろうか。

 

 生きるか死ぬか。不退転の覚悟を決めて迎えた相手が、実際はただの友好的な獣人種で、一同は盛大に肩透かしを食らったのだった。

 

 臆病なジョニィが右往左往する度、それに付き合わされる身にもなって欲しい。

 

「いや、待て。確かに精度こそイマイチだが、ジョニィの危機感知能力は目を見張るものがある。やはり、ここは警戒して然るべきだ」

 

「おぉ、いつになく高評価だ」

 

 歯に衣着せぬ物言いで定評のある、あのドロシーが褒めるのだから、こと感知能力においてジョニィは光るものがあるらしい。

 

「へっ、恐れ入ったか! 俺たちは環境の変化に敏感だからな。農家舐めんなよ!」

 

(お前は家業を(うと)ましく思っているのか、そうでないのかどっちだよ……)

 

 事あるごとに引き合いに出す辺り、アイデンティティの根幹を成しているのは間違いない。

 

「な、なにが始まりますの……?」

 

 不安げな表情を浮かべているマティルダを、ドロシーは近くに引き寄せる。

 

「来るぞ……構えろ!」

 

 

『――――グルルルル……』

 

 黒い獣。

 

 凶悪な様相を呈している猛獣だ。

 

狂熊(ルナティックベア)!!」

 

「う、嘘ですわよね……!?」

 

「な、なぜだ! 生息域はもっと北のはず……!」

 

 立木を割り草葉を踏み鳴らして姿を現わしたのは、狂熊と呼ばれる体長が3メートルはあろうかという巨大な熊だった。

 

「狂熊ね……一応訊くけど、こいつはもちろん魔物(モンスター)だよな……?」

 

 頭に半月状の角があったりして、オレが知るものとは多少の差異あれど、どこからどう見てもやはり熊だ。

 

 凶悪なビジュアルからして、人類にとって脅威足り得ることは自明(じめい)()。魔物の定義に触れている。

 

「いいか、無様に敵前逃亡などしてくれるなよ? 猛獣の類は弱者を狙い獲物を狩る。背を向けたら最後、臆病者はたちまち餌食に……おっと、視線も奴から外すな」

 

 声に緊張を孕ませているドロシーは、立ちすくんでいる面々に忠告する。

 

「……だってさ」

 

「……ですって」

 

「そうらしい……って、いや俺かよ!!」

 

『グオオォォォォ!』

 

「馬鹿者! 大声を出す奴があるか!」

 

 この仲間(パーティ)の中で、臆病者といえば誰を思い浮かべるか。皆の見解が一致し、暗に不名誉なレッテルを貼られたジョニィが、反発して考えなしにがなる。

 

 すると、それに触発された狂熊が興奮して、こちらに向かって走って来てしまう。

 

「おい……おいおい、どうすんだよこれ!!」

 

『ヒヒィィィインッ!』

 

 捕食者の狂熊を怖れた被捕食者の馬鹿山羊が、マティルダを乗せたまま一目散に逃げだした。

 

「あぁれえぇぇ! どなたか止めてくださいましぃぃー!」

 

「ジョニィ! ここはいいからマティルダ嬢を頼む!」

 

「は? 俺!? 頼むつったって、俺は畜産農家じゃねぇぞ! ――ああ、クソッ!」

 

 リーダーに指示されたジョニィは、遠ざかっていく馬鹿山羊と近付いてくる狂熊を見比べて、前者を追うため駆け出した。

 

 

(やばい……! こ、腰が抜けそうだ……)

 

 魔王より盗賊を恐れるマティルダのように、現実世界の生態系に即した猛獣は、大鬼(オーガ)のような空想の産物より、よっぽど身近な脅威だ。現代人はリアルな恐怖心を掻き立てられる。

 

 自然と呼吸が荒くなり、膝が小刻みに笑う。

 

 ジョニィではないが、オレの本能が逃げろと警鐘を鳴らしていた。

 

 

「――い、おい! 聞いているのか!」

 

「……ぁ、ああ、なんだ?」

 

 珍しく焦りの色を浮べているドロシーが、ドアップで映る。放心していたオレの肩を掴んで大きく揺すっている。

 

「私の一撃では、おそらく狂熊を仕留めきれない、トドメは君に任せるぞ!」

 

 それから勇ましく杖を突き出し、魔法の詠唱を始める。

 

(さすがは先輩冒険者、切羽詰まった状況でも頼もしい――じゃなくて!)

 

「マ、マジかよ!? ちょ、ま、待て!」

 

 急に大役を振られて動揺するオレは、突進する狂熊にペットにするような待機の命令を飛ばすが、調教などされていないそいつは止まらない。

 

 そもそも魔物といえど、本能に突き動かされている猛獣が、人語を解するはずもなく。唾液をまき散らし食欲に支配されている顔からは、いつかの大鬼と同じく知性をまるで感じられない。

 

「まだ心の準備が――って、あれ?」

 

『グフッ、ブオォォ……』

 

 近距離まで来ていた狂熊がいきなり急停止し、なぜか後進を始める。かと思えばまた前進し、今度は鼻息を荒くして地面を叩いている。

 

威嚇突進(ブラフチャージ)だ。怪我を負ったとき、自然治癒が頼りの野生生物にとっては、かすり傷でさえ命取りになる場合がある。だから、ああやって慎重にこちらの戦力を見定めているのさ」

 

「な、なるほどな、意外と賢い……ちなみにだけど、あの熊は大鬼とどっちが強いんだ?」

 

 戦闘経験の浅い、新米戦士(ウォリアー)にとって、すでに倒したことのある大鬼は強さの指標だ。

 

 男爵やドロシーの見立てでは、相当な手練れのオレだけど、世間一般の基準を知らないので、自分がどのくらいの領域に達しているのか、いまだに不明瞭だった。

 

(中の上? いや、上の下は固いか? 最強を豪語するのは、さすがに(おご)りすぎだろう)

 

 こうなると、やはり組合に集う冒険者たちをスキルで観察するべきだったか。

 

(病気履歴とか、その……イロイロと(つまびら)らかになるから、覗き行為をしてるみたいで、気が引けるんだよなぁ……)

 

 前回の戦闘では、力に目覚めハイになってたお陰で恐怖心は抑えられていた。

 

 だけど今回は違う。初めて見る魔物に、果たして自分が敵うのか戦々恐々だ。

 

「大鬼は見た目通りの怪力と、道具を扱うことのできる技能を持つ魔物だ。ゆえに一概(いちがい)には言い切れないが、純粋な力比べでは狂熊が()()上回る」

 

「それを聞いて安心したぜ」

 

 オレは観察眼(サーチ)スキルにより狂熊のステータスを詳らかにし、自分のものと比較する。

 

 主なスペックは――

 

狂熊(ルナティクベア)♀ レベル21

 

生命力35 精神力8 体力24 筋力31 技術5 知性19 神秘7

 

特殊能力:野性の勘 威嚇 その他

 

 ――といったところか。

 

 小鬼(ゴブリン)醜妖精(コボルト)が幅を利かせている地域に、出没していい強さではないが、数値が三桁に届くオレのステータスとでは、その差は歴然としていた。

 

(なんだ見掛け倒しか。全然大したことないな)

 

 腰に下げている長剣(ロングソード)を鞘から抜いて口角を吊り上げる。

 

 彼我の戦力差が判明した今、狂熊など恐るるに足らず。

 

(そう、重要なのは心持だ。大鬼を瞬殺したオレなら、狂熊だって余裕のはずなのだから)

 

「魔法を使うときは、ちゃんと合図してくれよ、ドロシー!」

 

「承知しているさ。同じ(てつ)は踏まない!」

 

 他人とつるむことを嫌い、長らくソロプレイヤーだったドロシーは、戦闘においても仲間との連携に不慣れだ。

 

 先の醜妖精戦では、独断で魔法を放ったせいで、先走ったジョニィを危うく丸焦げにするところだった。文字通りのフレンドリーファイアだ。

 

『グオオオォォーッ!』

 

 威嚇突進とやらを繰り返していた狂熊が、聞く者の魂を凍らせてしまうような咆哮を上げ、これまでにない速度で迫って来る。

 

「火球〈ファイアボール〉!」

 

 そこへ狙いを定めたドロシーが得意の魔法を放つ。味方を巻き込まないよう、大声で技名を通知することを忘れない。

 

『ギャオォォンッ!』

 

 正面から火球〈ファイアボール〉が直撃し炎に包まれる狂熊。

 

 あれほど憎らしかった魔法が、味方のものとなるとなんと頼もしいことか。

 

(仲間最高! やっちゃってください姐さん!)

 

 ドロシーは続けて二度三度火球〈ファイアボール〉を狂熊に容赦なく叩き込む。

 

(うわぁ……さすがにこれは……同じ魔法使い(ウィッチ)と敵対した者として、狂熊には同情するよ)

 

 だがしかし、タフな狂熊の勢いは衰えず、体毛を焦がしながらドロシー目掛けて突進を続ける。

 

(なんつー生命力だよ!)

 

 現実の熊も、銃弾一発では仕留められない場合があるらしい。

 

 一般のピストルなどではまず火力不足で、分厚く頑丈な頭蓋骨や毛皮と筋肉により銃弾が阻まれてしまう。

 

 より強力なライフルを用いたとしても、急所を見極め正確に狙う必要があるのだとか。

 

 狂熊ともなれば、銃弾どころか魔法の一つや二つ耐え得るというわけか……。

 

「戦士の出番だな」

 

 オレは敵味方両者の間に割り入り、長剣を正眼に構える。

 

(こんな魔物に単身で立ち向かえって、相当な無茶ぶりだよな)

 

 オレと決闘をして、この実力を垣間見たドロシーでなければ、まず下さなかった指示だ。

 

『ガァォォオオオオッ!』

 

 目の前まで来た狂熊は、直立すると己の巨体を強調し威圧してくる。

 

(で、でけぇ……! やっぱり怖えぇぇ!)

 

 猛獣と対峙し、草原を駆け被捕食者であった太古の記憶が呼び覚まされる。

 

 計算や理屈ではなく、心持だけでは抑え切れない恐怖。それが再び頭をもたげるが構えは解かない。

 

「よ、よし! やってやる!」

 

 虚勢であっても勇気は勇気。

 

「ハアァッ!」

 

 剣を上段に構え、力を込めてその場で振り下ろす。

 

 凄まじい風圧により足元の地面が抉れ、狂熊がたじろんだ。

 

『ギャオッ!? グルルルル……グガァ!』

 

 どちらが格上の存在なのか行動で示したつもりだったが、しかし、それでも狂熊は戦意を失くさない。

 

 ぞろりと生えた牙を剥き攻撃の態勢に入る。

 

(野生の勘はどうしたよ! チィ、狂熊とは言ったものか……!)

 

『グガアァァッ――!』

 

 空気を唸らせ振るわれた凶悪なベアクローを、オレは強化した長剣の側面に掌を添え、盾のように使って受け止める。

 

『グガッ! ググッ! ブフウゥゥッ!』

 

 ナイフのように鋭い爪と長剣が擦れ合い、ギシギシと嫌な音を鳴らせる。

 

 鍔迫り合いになり、狂熊と間近で向かい合うと、生暖かい鼻息がオレの顔に吹き付けられた。

 

「……どうした熊公。相撲がご希望か? 力比べなら負けねぇぞ……!」

 

 魔物とはいえ命を奪うことに思うところはあるが、こいつは人間を襲う個体だ。

 

 逃がしてしまえば、きっと他の旅人が犠牲になる。

 

「…………八卦(はっけ)よぉい――――ぅおりゃあァ!!」

 

 瞬間、オレは全身の筋力を爆発させ狂熊を押し出す。

 

 前脚を跳ね上げ、無防備になった首元目掛けて長剣を突き出そうとした、その時――。

 

「キャアアァァッ!!」

 

 

 耳をつんざくような悲鳴が上がり、戦況の変化が知らされた。




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