異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~ 作:日月ゆう
「――ちょっと待った……気を付けろ! 何かが迫って来てるぞ!」
雑談に興じながら帰路に就くと、またもや唐突にジョニィが警鐘を鳴らす。
「お前なぁ、いくら活躍の場が欲しいからって、さっきの今だぞ」
再三聞かされたセリフに、そろそろ聞き飽きていたオレは溜息を吐く。
「今度こそマジなんだって! 超絶ヤベーのが来てやがる! 見ろよ、ほら! 鳥肌が止まんねぇ!」
「
あれは通算何度目の警鐘だったろうか。
生きるか死ぬか。不退転の覚悟を決めて迎えた相手が、実際はただの友好的な獣人種で、一同は盛大に肩透かしを食らったのだった。
臆病なジョニィが右往左往する度、それに付き合わされる身にもなって欲しい。
「いや、待て。確かに精度こそイマイチだが、ジョニィの危機感知能力は目を見張るものがある。やはり、ここは警戒して然るべきだ」
「おぉ、いつになく高評価だ」
歯に衣着せぬ物言いで定評のある、あのドロシーが褒めるのだから、こと感知能力においてジョニィは光るものがあるらしい。
「へっ、恐れ入ったか! 俺たちは環境の変化に敏感だからな。農家舐めんなよ!」
(お前は家業を
事あるごとに引き合いに出す辺り、アイデンティティの根幹を成しているのは間違いない。
「な、なにが始まりますの……?」
不安げな表情を浮かべているマティルダを、ドロシーは近くに引き寄せる。
「来るぞ……構えろ!」
『――――グルルルル……』
黒い獣。
凶悪な様相を呈している猛獣だ。
「
「う、嘘ですわよね……!?」
「な、なぜだ! 生息域はもっと北のはず……!」
立木を割り草葉を踏み鳴らして姿を現わしたのは、狂熊と呼ばれる体長が3メートルはあろうかという巨大な熊だった。
「狂熊ね……一応訊くけど、こいつはもちろん
頭に半月状の角があったりして、オレが知るものとは多少の差異あれど、どこからどう見てもやはり熊だ。
凶悪なビジュアルからして、人類にとって脅威足り得ることは
「いいか、無様に敵前逃亡などしてくれるなよ? 猛獣の類は弱者を狙い獲物を狩る。背を向けたら最後、臆病者はたちまち餌食に……おっと、視線も奴から外すな」
声に緊張を孕ませているドロシーは、立ちすくんでいる面々に忠告する。
「……だってさ」
「……ですって」
「そうらしい……って、いや俺かよ!!」
『グオオォォォォ!』
「馬鹿者! 大声を出す奴があるか!」
この
すると、それに触発された狂熊が興奮して、こちらに向かって走って来てしまう。
「おい……おいおい、どうすんだよこれ!!」
『ヒヒィィィインッ!』
捕食者の狂熊を怖れた被捕食者の馬鹿山羊が、マティルダを乗せたまま一目散に逃げだした。
「あぁれえぇぇ! どなたか止めてくださいましぃぃー!」
「ジョニィ! ここはいいからマティルダ嬢を頼む!」
「は? 俺!? 頼むつったって、俺は畜産農家じゃねぇぞ! ――ああ、クソッ!」
リーダーに指示されたジョニィは、遠ざかっていく馬鹿山羊と近付いてくる狂熊を見比べて、前者を追うため駆け出した。
(やばい……! こ、腰が抜けそうだ……)
魔王より盗賊を恐れるマティルダのように、現実世界の生態系に即した猛獣は、
自然と呼吸が荒くなり、膝が小刻みに笑う。
ジョニィではないが、オレの本能が逃げろと警鐘を鳴らしていた。
「――い、おい! 聞いているのか!」
「……ぁ、ああ、なんだ?」
珍しく焦りの色を浮べているドロシーが、ドアップで映る。放心していたオレの肩を掴んで大きく揺すっている。
「私の一撃では、おそらく狂熊を仕留めきれない、トドメは君に任せるぞ!」
それから勇ましく杖を突き出し、魔法の詠唱を始める。
(さすがは先輩冒険者、切羽詰まった状況でも頼もしい――じゃなくて!)
「マ、マジかよ!? ちょ、ま、待て!」
急に大役を振られて動揺するオレは、突進する狂熊にペットにするような待機の命令を飛ばすが、調教などされていないそいつは止まらない。
そもそも魔物といえど、本能に突き動かされている猛獣が、人語を解するはずもなく。唾液をまき散らし食欲に支配されている顔からは、いつかの大鬼と同じく知性をまるで感じられない。
「まだ心の準備が――って、あれ?」
『グフッ、ブオォォ……』
近距離まで来ていた狂熊がいきなり急停止し、なぜか後進を始める。かと思えばまた前進し、今度は鼻息を荒くして地面を叩いている。
「
「な、なるほどな、意外と賢い……ちなみにだけど、あの熊は大鬼とどっちが強いんだ?」
戦闘経験の浅い、新米
男爵やドロシーの見立てでは、相当な手練れのオレだけど、世間一般の基準を知らないので、自分がどのくらいの領域に達しているのか、いまだに不明瞭だった。
(中の上? いや、上の下は固いか? 最強を豪語するのは、さすがに
こうなると、やはり組合に集う冒険者たちをスキルで観察するべきだったか。
(病気履歴とか、その……イロイロと
前回の戦闘では、力に目覚めハイになってたお陰で恐怖心は抑えられていた。
だけど今回は違う。初めて見る魔物に、果たして自分が敵うのか戦々恐々だ。
「大鬼は見た目通りの怪力と、道具を扱うことのできる技能を持つ魔物だ。ゆえに
「それを聞いて安心したぜ」
オレは
主なスペックは――
生命力35 精神力8 体力24 筋力31 技術5 知性19 神秘7
特殊能力:野性の勘 威嚇 その他
――といったところか。
(なんだ見掛け倒しか。全然大したことないな)
腰に下げている
彼我の戦力差が判明した今、狂熊など恐るるに足らず。
(そう、重要なのは心持だ。大鬼を瞬殺したオレなら、狂熊だって余裕のはずなのだから)
「魔法を使うときは、ちゃんと合図してくれよ、ドロシー!」
「承知しているさ。同じ
他人とつるむことを嫌い、長らくソロプレイヤーだったドロシーは、戦闘においても仲間との連携に不慣れだ。
先の醜妖精戦では、独断で魔法を放ったせいで、先走ったジョニィを危うく丸焦げにするところだった。文字通りのフレンドリーファイアだ。
『グオオオォォーッ!』
威嚇突進とやらを繰り返していた狂熊が、聞く者の魂を凍らせてしまうような咆哮を上げ、これまでにない速度で迫って来る。
「火球〈ファイアボール〉!」
そこへ狙いを定めたドロシーが得意の魔法を放つ。味方を巻き込まないよう、大声で技名を通知することを忘れない。
『ギャオォォンッ!』
正面から火球〈ファイアボール〉が直撃し炎に包まれる狂熊。
あれほど憎らしかった魔法が、味方のものとなるとなんと頼もしいことか。
(仲間最高! やっちゃってください姐さん!)
ドロシーは続けて二度三度火球〈ファイアボール〉を狂熊に容赦なく叩き込む。
(うわぁ……さすがにこれは……同じ
だがしかし、タフな狂熊の勢いは衰えず、体毛を焦がしながらドロシー目掛けて突進を続ける。
(なんつー生命力だよ!)
現実の熊も、銃弾一発では仕留められない場合があるらしい。
一般のピストルなどではまず火力不足で、分厚く頑丈な頭蓋骨や毛皮と筋肉により銃弾が阻まれてしまう。
より強力なライフルを用いたとしても、急所を見極め正確に狙う必要があるのだとか。
狂熊ともなれば、銃弾どころか魔法の一つや二つ耐え得るというわけか……。
「戦士の出番だな」
オレは敵味方両者の間に割り入り、長剣を正眼に構える。
(こんな魔物に単身で立ち向かえって、相当な無茶ぶりだよな)
オレと決闘をして、この実力を垣間見たドロシーでなければ、まず下さなかった指示だ。
『ガァォォオオオオッ!』
目の前まで来た狂熊は、直立すると己の巨体を強調し威圧してくる。
(で、でけぇ……! やっぱり怖えぇぇ!)
猛獣と対峙し、草原を駆け被捕食者であった太古の記憶が呼び覚まされる。
計算や理屈ではなく、心持だけでは抑え切れない恐怖。それが再び頭をもたげるが構えは解かない。
「よ、よし! やってやる!」
虚勢であっても勇気は勇気。
「ハアァッ!」
剣を上段に構え、力を込めてその場で振り下ろす。
凄まじい風圧により足元の地面が抉れ、狂熊がたじろんだ。
『ギャオッ!? グルルルル……グガァ!』
どちらが格上の存在なのか行動で示したつもりだったが、しかし、それでも狂熊は戦意を失くさない。
ぞろりと生えた牙を剥き攻撃の態勢に入る。
(野生の勘はどうしたよ! チィ、狂熊とは言ったものか……!)
『グガアァァッ――!』
空気を唸らせ振るわれた凶悪なベアクローを、オレは強化した長剣の側面に掌を添え、盾のように使って受け止める。
『グガッ! ググッ! ブフウゥゥッ!』
ナイフのように鋭い爪と長剣が擦れ合い、ギシギシと嫌な音を鳴らせる。
鍔迫り合いになり、狂熊と間近で向かい合うと、生暖かい鼻息がオレの顔に吹き付けられた。
「……どうした熊公。相撲がご希望か? 力比べなら負けねぇぞ……!」
魔物とはいえ命を奪うことに思うところはあるが、こいつは人間を襲う個体だ。
逃がしてしまえば、きっと他の旅人が犠牲になる。
「…………
瞬間、オレは全身の筋力を爆発させ狂熊を押し出す。
前脚を跳ね上げ、無防備になった首元目掛けて長剣を突き出そうとした、その時――。
「キャアアァァッ!!」
耳をつんざくような悲鳴が上がり、戦況の変化が知らされた。
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