異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~   作:日月ゆう

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拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです


ep.34 レイドボス~魔獣Ⅱ

「この声はマティルダ――とジョニィ?」

 

 

 オレは、悲鳴が上がった方向へ視線を向ける。

 

「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ――ッ!」

 

 すると暴走した馬鹿山羊に乗ったマティルダと、その後を追うジョニィが血相を変えて戻って来ていた。

 

『フゴォアァッ!』

 

「チッ、空気読めよ、熊公……!」

 

 獲物が余所見している今が好機と捉えたのか、狂熊(ルナティックベア)が長剣に噛り付いてきた。

 

「マティルダ嬢を連れ戻した……にしては様子がおかしいな……」

 

 牙に爪にタックルと、狂熊の猛攻を(さば)くのに忙しいオレに代わり、ドロシーが状況の把握に努める。

 

「はわ――きゃんッ!」

 

 いつぞやの誰かみたいに半狂乱に陥った馬鹿山羊は、ロデオのように暴れに暴れて、騎乗するマティルダを振り落としてしまう。

 

 そして薄情にも主人を置いて、何処かへ走り去って行った。

 

「アンチクショウッ! こんなとこで!」

 

 落馬したマティルダの元にジョニィが駆け寄り、来た道を振り返るとしきりに警戒している。

 

「ジョニィ何事だ!」

 

「狂熊だ! もう一頭潜んでいやがった!」

 

「な、なんだって!?」

 

『ヴウゥゥゥ……!』

 

 二人より後方の(やぶ)から、のしのしと現れた狂熊がジョニィの発言を裏付ける。

 

「シッ! シッ! こ、こここのやろっ、あっちへ行け!」

 

「しまった! 親子だったか!」

 

 二頭目の狂熊は一頭目より二回りほど体が小さく、それでも成人男性よりも大きい子熊、狂子熊(ルナティックベアJr)だった。 

 

 似た猛獣でも狼や獅子と異なり、本来クマ科の生物は、親子という例外を除いて群れを成さないはずだ。

 

 あちらの世界の生物学が、こちらで通用するか謎ではあるが、複数体との遭遇を想定していなかったドロシーの反応からして、狂熊の習性もクマ科に近いことが予想される。

 

「くっ……射線上にジョニィたちが……!」

 

 ドロシーは狂子熊に杖を向けるが、攻撃範囲内に味方が含まれているため、遠距離魔法の使用を断念した。

 

 やむなく泥人形〈ゴーレム〉を召喚するが、その動きは緩慢で間に合うかは怪しい。

 

「何をしているジョニィ! マティルダを連れて逃げろ!」

 

 ただでさえ子連れの熊は攻撃的になるというのに、親熊とは交戦中にあり、子熊にも接触してしまっている。

 

 相手を刺激せずやり過ごすというシーンは、とっくに過ぎており、子熊とはいえジョニィの手に負える敵ではないと判断したドロシーは、退避するよう命令を飛ばした。

 

「に、にに逃げろだって? あ、生憎とお嬢様が腰を抜かしちまってな! こ、ここここで逃げてちゃあ男がすたるってもんよ!」

 

 歯の根が合わない様子のジョニィだが、しかし、へたり込んでいるマティルダを背に庇い、精一杯の男気を見せる。

 

「待ってろ! オレが」

 

『グオオォォッ!』

 

 すぐにでも二人の(もと)へ駆け付けたくなる衝動を、オレはぐっと抑える。

 

 今この場を放棄したら、目の前の親狂熊に対してドロシーが無防備になってしまうからだ。

 

(スキルを使うか? けど、皆の目があるのに、あまり強力なものを使うのは……でも、いや、しかし――クソッ!)

 

 急遽、決断を迫られ空回りするオレの思考。男爵による、力を衆目に晒すリスクについての忠告、その一点だけがやけに引っ掛かった。

 

『グォォォォオオオオオオンンンンッ!!』

 

「邪魔だああああぁぁぁぁー―ッ!!」

 

 しつこく襲い来る親狂熊の喉元に、下段から大地を削る勢いで逆袈裟(けさ)切りを繰り出し決着を付ける。凶暴な魔獣の命を絶ち切った。

 

(間に合うか!? 加速スキル――を……)

 

 次いで窮地に追い込まれている、もう一方に加勢しようと振り向くと、まさに狂子熊がジョニィに牙を剥き襲い掛かる瞬間だった。

 

『グャオォォオンッ!!』

 

「ヒィ! た、たすけ――うわああああぁぁぁぁ…………ッ!」

 

「ま、待てよ……やめろ……やめろおおおおおおおおおお!!」

 

 (もつ)れる脚を動かして必死の思いで駆け付けるが、もう少しのところで間に合わず、獰猛な狂子熊によってジョニィは押し倒され、そして――……。

 

 その餌食になった。

 

「…………そ、そんなっ!」

 

 初めて直面する人死に。

 

 オレは極度の精神的ストレスにより、酷い眩暈と脱力感に見舞われて膝から崩れ落ちる。

 

「あ、あ……あぁ……なんてことですの…………」

 

 犠牲になったジョニィは、農家の生まれであり平民だ。

 

 残酷な現実を目の当たりにして、打ちのめされているマティルダ嬢のように、死の運命を覆す貴重な魔道具(マジックアイテム)など装備していない。

 

(死んだ? あのお調子者が? 嘘だろ?)

 

 つい今しがたまで冒険を共にし、軽口を言い合っていた者が、こんなあっさりと居なくなるなんて、にわかには信じ難い。

 

 ジョニィとは、まだ出会って日が浅く友情と呼べるものはなかった。だから……。

 

(不幸中の幸い……いや、明らかに不幸だろ!!)

 

 最悪の事態に直面して、いよいよ混乱が極まっている。

 

(馬鹿野郎! こんな唐突に別れがきたって、泣くに泣けないじゃないか……!)

 

 

「止まるな戦闘中だぞ!」

 

 遅れてやって来たドロシーが、杖を構え狂子熊へ狙いを定める。

 

 ジョニィの救出を試みるようだが、望みは薄いだろう。

 

「ドロシーが言ったとおりだ……冒険者にとって最初の冒険が関門だって……ジョニィは、それを越えられなかった……オレのせいだ、オレがもっと……クソッ! いくらでも、やりようはあったはずなのに!」

 

 完全に判断を誤った。

 

 強力なスキルを迷わず使ってさえいれば、狂熊どもを瞬時に一掃し、ジョニィを救うのも可能だったはず。

 

 例えその結果、周囲から脅威と見なされ、恐れられることになったとしても……。

 

 オレは仲間の命を天秤に掛け、保身を選んでしまった卑怯者だ。

 

 

 

「待て。少し様子がおかしくないか?」

 

「……え」

 

 詠唱を途中で止めたドロシーに指摘され、オレは違和感の正体に気づく。

 

 あれほどまでに獰猛な狂子熊が、体を丸め急に大人しくなっていた。

 

「いや、大人しいどころか、これは……」

 

「――――い……おぉぉい、早くこいつをどかしてくれぇぇ……!」

 

 狂子熊から声が発せられ、オレはドロシーと顔を見合わせる。

 

 一瞬、魔物が喋り出したのかと仰天したが、そんなわけがない。

 

 くぐもってはいるものの、その声には聞き覚えがあった。

 

(もしかして――!)

 

 ひとつの仮定が浮かび上がり、狂子熊をひっくり返した。

 

「――ッブヘァ! ゼェ、ゼェ……し、しし死ぬかと思ったぜぇ!」

 

「ジョニィ!! お前、食われたんじゃなかったのか!?」

 

 狂子熊の下から跳ね起きたのは、酸欠に(おちい)り顔を真っ青にしたジョニィだ。

 

「食われた? いやいや、冗談キツイぜ。むしろ逆だ、逆。俺様を食おうとのしかかってきた奴に必殺の一突き! 返り討ちよ! まっ、危うく窒息しかけたがな」

 

 ジョニィは得意気に戦果を語る。

 

 その言葉が示す通り、狂子熊の喉元には短剣が突き立っていた。

 

 喉が破れ苦しみ藻掻(もが)いている姿が、あたかも獲物を貪っているように誤認されたのだ。

 

「――は、ははっ! こいつ脅かしやがって!」

 

「やるじゃないか。窮鼠(きゅうそ)猫を嚙むというやつだな」

 

 奇跡の復活劇に、重く沈んでいた空気が一気に晴れる。

 

「まあな! 俺様が本気を出せば、狂熊を倒すなんざ朝飯前よ!」

 

 ドロシーには魔法が。オレには怪力が。前線で親狂熊を押し留めていた二人には、いざというときに頼れる力がある。

 

 しかし、一方でジョニィにはそれが無い。

 

 強大な魔物(モンスター)を前にして、頼みの綱は凡夫(ぼんぷ)(そし)られたその身とセール品の短剣一本のみ。

 

 もしも、オレがジョニィの立場だったら、同じように勇気を奮い立ち向かえただろうか。

 

(ジョニィ、お前って奴は……)

 

 

 それからジョニィは、いまだにへたり込んでいるマティルダに手を差し伸べる。

 

「もう安心ですぞ、姫。凶悪な魔獣はジョニィが、このジョニィが華麗に退治しました」

 

「まったく、お前は()りないなあ……」

 

 魔物に襲われ散々取り乱していた奴が、脅威が去った途端にこれだ。キメ顔を作り、したたかに自己アピールしている。

 

「じ……じょ……じょっ…………」

 

「じょ?」

 

 どうにもマティルダの様子がおかしい。

 

 目まぐるしい状況の変化に思考が追いつかず、先ほどのオレみたいに混乱しているのかもしれない。

 

「大丈夫か? マティル――えっ?」

 

「ジョニィ様っ! 素敵でしたわ! 巨大な魔物を前にしても、決して退かない雄姿! (わたくし)、感激いたしました!」

 

 マティルダは、御身を案じるオレを押しのけ、勢いよく立ち上がった。

 

「へ? あぁ、そうですかい? いやぁ、照れるなぁ」

 

 これまで散々ジョニィを袖にしていたのに、その態度を一転させる。恋する乙女が如く、頬を染め瞳を輝かせていた。

 

「ああ! どうしましょう! この胸の高鳴り! 私は、私は!」

 

(……なんか既視感あるぞ、これ)

 

 どうやら恋に恋するマティルダ嬢は、かなり惚れっぽい性質(たち)のようだ。

 

 窮地から救われて狂喜乱舞している様は、オレが大鬼(オーガ)から守ってあげた時と同じだ。

 

「どういうことだ、これは? 敵を掃討したというのに、マティルダ嬢はひどくご乱心のようだが……」

 

 頭の上に(クエスチョン)マークを浮かべているドロシーは、女を捨て魔法と結婚したと豪語していただけあって、恋愛事に関して鈍感で状況を飲み込めずにいる。

 

「あー……たぶん吊り橋効果ってやつかな……」

 

「なるほど。これが噂に聞く……興味深いな」

 

 

 何はともあれ、一同は誰一人欠けることなく、この窮地を乗り越えたのだった。




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