異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~ 作:日月ゆう
どこからか埃臭い隙間風が入り込み、オレは自身のくしゃみで目を覚ます。
薄い綿の入った粗末なベッドで休んでいたせいか、体を起こすと背中が痛い。
これなら藁束の寝床のほうが、案外寝心地がよかったのかもしれない。
(やっぱり、部屋のランクを上げたのは失敗だったか……?)
先日のクエストによる報酬で懐に余裕があったので、相部屋より個室を選んだことに後悔する。
どうせボロ宿なんだから、部屋が違ったところで大して変わりやしない。それなら割り増し料金を支払うだけ損だ。
(寝ている間に、金をスられる心配をしなくて済むのは、助かるけど……)
スリの多いこちらの世界では、金品が盗られたとしても、現行犯で捕まえでもしない限り自己責任だ。
盗んだ悪人より、盗まれた間抜けが悪いという共通認識らしい。
(監視カメラなんて無いし、目撃証言だけでは、どうしてもな……)
だから庶民は、常日頃警戒を怠らず自己防衛を徹底する。
中には、対策として奪われてもいいダミーの財布を用意していたり、現金を衣服に縫い付ける者までいるのだとか。
(修羅の国だな)
財布が尻ポケットからはみ出している人がいたり、鞄などを場所取りに使って席を立つ人がいるような国とは、民度が雲泥の差である。
そんなことを考えながら、建付けの悪い窓を強引に開けると、空には太陽がてっぺんまで昇っていた。
目覚ましのアラームは無い。
時間通りに起こしてくれるメイドさんも居ない。
寝付きが悪かったのも影響して、どうやら昼過ぎまで寝過ごしてしまったようだ。
寝坊したことに気落ちしつつ、だるい体を軋む椅子に預ける。
そして、これまた軋む机の上で日記帳を開いた。
◇◇◇
5月 24日 ヘーリイオスの曜日。
近況。木賃宿の暮らし。
この世界で目覚めてから、早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。
人間は慣れる生き物である。
日常を離れたどんな贅沢な体験も、感動するのは最初のうちだけ。繰り返せばそれが当たり前になり、そのうち何の有難味も感じなくなる。
また報酬より損失に敏感な生き物である。
例えそれが一時的に貸し与えられた特権で、取り上げられたとしてもプラマイゼロのはずなのに、結果的には損した気分になる。
一度上昇した生活レベルを落とすのは難しい。
一等地にある男爵邸から、場末の木賃宿に生活の拠点を移したオレは、住み心地の落差に苦労している。
人間は七日で環境に適応するという説があるらしい。
この暮らしを始めてまだ三日。慣れるまではあと四日の辛抱だ、頑張ろう。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます