異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~ 作:日月ゆう
習慣の日記を付けていると、軋む床を踏み鳴らし、誰かが近づいて来る気配がする。
控えめなノックにオレが返事をすると、ドアが勢いよく開け放たれた。
「やあ、こんな所に泊まっていたのか。探したぞ
突然の来訪者は男爵――――ではなく、ドロシーだった。
電話やメールといった便利な通信手段がない世界だから、事前通知もなく物事の起こりはいつも突然だ。
「男爵邸を尋ねたら、君は出て行ったと言うじゃないか。引っ越すなら一報くらいくれよ。町中の宿を探す羽目になったぞ」
「悪い。うっかり知らせるの忘れてた……」
オレは電話やメールがある世界の出身だから、緊急性が低いことは事後報告が癖になってしまっていた。
「何かあったのかい? お屋敷の快適な生活を捨てて、こんなボロ宿で不自由に暮らし始めるなんて」
「それは……――あ」
ドロシーの疑問を受けて、答えようとした時だった。
起き抜けで空っぽの腹が盛大に鳴り響き、会話の続きを遮った。
「ふふっ、やもめ暮らしの君だ。こんなことだろうと思ったよ。はい、これは手土産だ」
(やもめって……オレは妻と死別したりしていないけど……)
暗にマティルダと別離したことを
もしくはニュアンスの違いにより、自動翻訳が正しく機能していていないのかもしれない。
手渡された紙袋を覗くと、中にはミートパイが入っていた。
「おお、助かる! ひょっとして、ドロシーの手作りとか?」
「まさか。この私だぞ。料理に時間を割くくらいなら魔導書の一つでも読む」
「ですよねー」
オレが寝泊まりしているここは、木賃宿だからして食事は提供されない。
一応、追加料金を支払えば調理場を借りられるけど、異世界の市場へ出向き、未知の食材を調理するチャレンジ精神がオレにはなかった。
(三食オヤツ付きの屋敷暮らしが恋しいぜ……)
「まずは腹ごしらえといこうか。私も方々を歩き回って空腹だ」
ドロシーは、自分のミートパイを頬張りながら苦労を愚痴る。
(……意外と豪快に食べるのな)
「ん? そんなまじまじと見て、私の顔にミートパイでも付いてるか?」
ドロシーは三口ほどでミートパイを平らげ、ローブの袖で口元を拭う。
バッド食事マナーについて、多少思うところはあるけど、まあ人それぞれだ。
もちろん、他人を不快にしないよう、最低限抑えるべきマナーはある。
だけど、それで人に嫌われるのは彼女であり本人の問題だ。
オレはそれを
「あーうん。頬にまだパイ屑がな……」
「おっと、私としたことが……そうだ。君が取ってくれないか?」
言うが早いか、身体をよじり顔をこちらに寄せてくる。
求めているのは、口元に付いた米粒を取るような、つまり仲睦まじいカップルがする――じゃなくて!
「えっ? ええっ?」
あのドロシーのドロシーらしからぬ発言に、我が耳を疑う。
「ははっ、冗談だよ。先日ふと手にした恋愛絵巻の一節を試してみたのさ。なかなか面白い反応を引き出せたな」
「おのれ、性悪な魔女め……青少年の純情を
よりにもよって、恋愛事情に
「そうか? 普通だろ。庶民はそうだが、とりわけ冒険者はこんなものだぞ」
冒険者は
(一瞬の隙が生死に関わるのに、食事マナーなど言ってる場合じゃないってことか)
「貴族じゃあるまいし、優雅にお食事なんて柄じゃないしな」
費用にしろ時間にしろ、食を道楽としてコストを費やせることこそが、貴族を貴族たらしめる。
知らないうちに貴族の食卓に慣れていたので、庶民の食事マナーに軽いカルチャーショックを受けたオレだった。
「それで、先の質問だが……いったい何をやらかして屋敷を追い出されたんだ?」
「別にオレは屋敷を追い出されたわけじゃ――いや、ある意味追い出されたのか……?」
オレは屋敷を出るに至る経緯をかいつまんで説明する。
聞くも涙、語るも涙……。
というのは冗談で。別段、込み入った事情があったわけでもない――……。
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