異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~   作:日月ゆう

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拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです


ep.37 木賃宿暮らし

 習慣の日記を付けていると、軋む床を踏み鳴らし、誰かが近づいて来る気配がする。

 

 控えめなノックにオレが返事をすると、ドアが勢いよく開け放たれた。

 

 

「やあ、こんな所に泊まっていたのか。探したぞ()()()殿()!」

 

 

 突然の来訪者は男爵――――ではなく、ドロシーだった。

 

 電話やメールといった便利な通信手段がない世界だから、事前通知もなく物事の起こりはいつも突然だ。 

 

「男爵邸を尋ねたら、君は出て行ったと言うじゃないか。引っ越すなら一報くらいくれよ。町中の宿を探す羽目になったぞ」

 

「悪い。うっかり知らせるの忘れてた……」

 

 オレは電話やメールがある世界の出身だから、緊急性が低いことは事後報告が癖になってしまっていた。

 

「何かあったのかい? お屋敷の快適な生活を捨てて、こんなボロ宿で不自由に暮らし始めるなんて」

 

「それは……――あ」

 

 ドロシーの疑問を受けて、答えようとした時だった。

 

 起き抜けで空っぽの腹が盛大に鳴り響き、会話の続きを遮った。

 

「ふふっ、やもめ暮らしの君だ。こんなことだろうと思ったよ。はい、これは手土産だ」

 

(やもめって……オレは妻と死別したりしていないけど……)

 

 暗にマティルダと別離したことを揶揄(やゆ)しているのだろうか。

 

 もしくはニュアンスの違いにより、自動翻訳が正しく機能していていないのかもしれない。

 

 手渡された紙袋を覗くと、中にはミートパイが入っていた。

 

「おお、助かる! ひょっとして、ドロシーの手作りとか?」

 

「まさか。この私だぞ。料理に時間を割くくらいなら魔導書の一つでも読む」

 

「ですよねー」

 

 オレが寝泊まりしているここは、木賃宿だからして食事は提供されない。

 

 一応、追加料金を支払えば調理場を借りられるけど、異世界の市場へ出向き、未知の食材を調理するチャレンジ精神がオレにはなかった。

 

(三食オヤツ付きの屋敷暮らしが恋しいぜ……)

 

「まずは腹ごしらえといこうか。私も方々を歩き回って空腹だ」

 

 ドロシーは、自分のミートパイを頬張りながら苦労を愚痴る。

 

(……意外と豪快に食べるのな)

 

「ん? そんなまじまじと見て、私の顔にミートパイでも付いてるか?」

 

 ドロシーは三口ほどでミートパイを平らげ、ローブの袖で口元を拭う。

 

 バッド食事マナーについて、多少思うところはあるけど、まあ人それぞれだ。

 

 もちろん、他人を不快にしないよう、最低限抑えるべきマナーはある。

 

 だけど、それで人に嫌われるのは彼女であり本人の問題だ。

 

 オレはそれを(しつ)ける立場にはないし、どっかの講師のように押しつけがましいのはよくない。

 

「あーうん。頬にまだパイ屑がな……」

 

「おっと、私としたことが……そうだ。君が取ってくれないか?」

 

 言うが早いか、身体をよじり顔をこちらに寄せてくる。

 

 求めているのは、口元に付いた米粒を取るような、つまり仲睦まじいカップルがする――じゃなくて!

 

「えっ? ええっ?」

 

 あのドロシーのドロシーらしからぬ発言に、我が耳を疑う。 

 

「ははっ、冗談だよ。先日ふと手にした恋愛絵巻の一節を試してみたのさ。なかなか面白い反応を引き出せたな」

 

「おのれ、性悪な魔女め……青少年の純情を(もてあそ)びおってからに……ハンッ、そんなはしたない食べ方してると嫁の貰い手がなくなるぞ!」

 

 よりにもよって、恋愛事情に(うと)いドロシーにいいようにされた悔しさから、意趣返しのつもりで苦し紛れに言い返した。

 

「そうか? 普通だろ。庶民はそうだが、とりわけ冒険者はこんなものだぞ」

 

 冒険者は魔物(モンスター)の生息地で、見張りを立てつつ交代で食事を済ませる。ゆえに自然と早食いの癖が身に付くそうだ。

 

(一瞬の隙が生死に関わるのに、食事マナーなど言ってる場合じゃないってことか)

 

「貴族じゃあるまいし、優雅にお食事なんて柄じゃないしな」

 

 費用にしろ時間にしろ、食を道楽としてコストを費やせることこそが、貴族を貴族たらしめる。

 

 知らないうちに貴族の食卓に慣れていたので、庶民の食事マナーに軽いカルチャーショックを受けたオレだった。

 

「それで、先の質問だが……いったい何をやらかして屋敷を追い出されたんだ?」

 

「別にオレは屋敷を追い出されたわけじゃ――いや、ある意味追い出されたのか……?」

 

 オレは屋敷を出るに至る経緯をかいつまんで説明する。

 

 聞くも涙、語るも涙……。

 

 

 というのは冗談で。別段、込み入った事情があったわけでもない――……。




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