異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~ 作:日月 幾人
初めての
『はい、ジョニィ様。あ~ん』
マティルダは自分の皿から金色のスープをひと匙すくうと、上品な所作でジョニィの口元へ運んでいる。
『あぁーん。ムグムグ……』
『美味しいですか?』
『うん! ウマイ!』
『貴方様もどうですか? はい、あ~ん』
『い、いや、オレはいいよ……』
仲睦まじいカップルがするそれを、戸惑いながら断ると、マティルダはジョニィの方へ向き直る。
『そうですか? ではジョニィ様。あーん』
『あぁーん』
向けられた好意を、ジョニィは前のめりで受け入れている。
いろいろな理由をつけて、煮え切らない態度を取っているオレとは大違いだ。
それからというもの、二人は人目を
マティルダは相変わらず恋に積極的で、ジョニィは初めてできた恋人らしく、終始鼻の下を伸ばして大いに浮かれていた。
一方で、そんな二人に周囲の皆は戸惑う。
男爵は不義理な娘に
そんな中でオレはというと、恋に破れたお嬢様の元カレと見なされ、哀れみの対象になってしまっていた。
皆の目には、よっぽど惨めに映ったのだろう。
なにせ、あの気難しい老執事でさえ同情的だったくらいで、あんなにも優しい彼を見たのは後にも先にも初めてだ。
だからというわけではないが、オレは屋敷を出て独りで生活をする決意を固める。
早速、その意思を男爵に伝えると『どんなかたちであれ、恩人であることに変わりないのだから』と引き留めてくれたが、こんな環境で生活を続けられるほど神経が図太くない。
私物は無いに等しいので手早く支度を済ませて、玄関まで見送りにきてくれた男爵たちと別れの挨拶を交わす。
『本当に出て行かれるつもりか?』
『もう決めたことなので』
『そうであるか……その、済まないな、我が娘が……幼い頃から気の多い子でな。決して、そなたを嫌いになったというわけでは……』
『わかってますよ。大丈夫です』
マティルダは、真っ直ぐに自分の想いを注ぐ愛情深い子だ。
恋愛対象を一人に絞らないのは問題だが、それも富のある貴族なら正妻の他に妻を
複数人の女性を
異世界で身よりがないオレが、孤独感に潰れずやってこれたのは、マティルダの存在が大きい。
だから、マティルダには感謝こそすれ、悪く思ったりはしない。
『う、うむ……』
『まったく……貴殿が手を
(オレらの交流に、目くじらを立てていたあなたがそれを言いますか……)
屋敷に半ば転がり込むかたちで、世話になっているジョニィのことを、老執事は快く思っていない。
恩義に付け込み、年頃のお嬢様にたかる害虫とでも考えているらしく、なにかと当たりが強かったりする。
そんな老執事は『大切なお嬢様を、あのような軽薄な男に奪われるくらいなら、貴殿の方が幾分マシですな』と言うくらいには、オレのことを信頼してくれているらしい。
『悪い虫がマティルダに悪さをしないよう、目を光らせてください』
『貴殿に言われるまでもありません』
委細承知と老執事は
苦戦した強敵ほど、いざ味方にすると頼もしい。
『あの子を心配してくれるなら、やはり屋敷に残られたほうが……そなたも冒険者として、これから一人でやっていくのは不安であろう?』
人の良い男爵は、オレの生活を案じて繰り返し引き留めてくる。
『これでよかったんですよ。オレは男爵様たちのご厚意に甘え過ぎていた。栄養過多で腐る前に、自分で根を下ろす場所を探さなきゃ』
『……であるか……うむ、うむ! そこまで決心してのことであれば、これ以上引き留めるのは野暮というものだな!』
ここまで表情を曇らせていた男爵は、ようやくいつもの明るい調子を取り戻した。
『成長されましたな。陰ながらご活躍を祈っております』
老執事は、先日の
『何かあったときは遠慮なく頼ってくれ。恩義を抜きにして、そなたには協力を惜しまない』
男爵の言葉に、戦う力だけではなく、人間性をも認められた気がして、オレは胸を熱くする。
『ありがとうございます。その言葉だけで百人力だ』
屋敷に住まう彼らとの間に確かな絆を感じながら、それぞれと固く別れの握手を交わした。
『それじゃあ、えっと……』
そうして、いよいよ別れの時がきた。
去り際に、さて何と言おうかとオレは迷う。
(さようなら?
『いってらっしゃいませ』
そう言って斜め45度の丁寧なお辞儀をするのは、側に控えていたネコミミメイドさん。
『いってきます!』
澄み渡る晴天の下、オレは気分を新たに男爵邸をあとにした。
――のはずだったのだが、やっぱり頼れる親族などは居ないので行く宛てもなく、場末の木賃宿に流れ着くと、まったくもって心躍らない貧乏生活が始まったのだった。
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