異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~ 作:日月 幾人
「なるほど。そんなことが……マティルダ嬢のことは、その、なんだ、残念だったな」
「残念というか、うーん……嫉妬じゃない……対抗意識とも違う……一言では表せない複雑な心境だ」
「人の心は複雑怪奇だな…………か、彼女に恋心を抱いていたわけじゃないんだろ?」
「たぶん……じゃあ、どうしてこんな気持ちになってるんだって話だけど……」
「人は失って初めて大切なものに気づくと言うが、同様に手の届かないものほど強く求める傾向がある。腕から零れたマティルダ嬢に、実際以上の価値が加えられているのだろうな」
恋愛経験ゼロのドロシーは、人間心理を用いて問題を紐解く。
「そうだな……
思えばマティルダの好感度は、出会いからMAX100%だった。最初から関係性が完成されていたから、オレはそこで満足していたのかもしれない。
もしもスタートが30%程度か、あるいは初見のジョニィに対するように0%だったら、オレも順調に恋心を育んだだろうか。
(とはいえ、例え相思相愛になったとしても、いつ新しい男が現れるか気が気じゃなかっただろうけど……)
男爵家の未来の婿に同情する。きっと夫婦生活に一波乱あるだろうから。
(純情を気取るオレに、そんな大役は務まらない)
早々に離れて正解だった。そんなふうに割り切ることにして、心にかかったモヤモヤを晴らす。
会話が一段落したところで、品質の悪い屑肉を材料にしているからだろう、少し塩辛いミートパイの残りを、ドロシーに
「ところで、今日はどんな用事があって来たんだ?」
遅まきながら、本日ドロシーがここを訪れた要件を尋ねる。
よもやミートパイを届けるためだけに、わざわざ来たわけではあるまい。
「これといって要件はないよ。強いて上げるなら、君に会いに来たといったところかな」
「あのドロシーが、わざわざ時間を割いてオレに? ……怪しいな」
効率廚であり、無駄を嫌うドロシーだ。その性格からいって、これは甘言だろうかと邪推した。
マティルダの件があり、疑心暗鬼になっている少年に対して、思わせぶりな態度を取るのは如何なものか。
「バレたか。実はとあるダンジョンの攻略を考えていてね。生息している魔物が強く、一筋縄ではいきそうないのだが、君がいれば話は別だ。まだ未踏の階層がありレアアイテムが眠るとされているのだけれど……どうだろうか?」
ドロシーはいたずらな笑みを浮かべて、腹積もりを白状した。
「その話、乗った!」
「君なら、そう言ってくれると――え?」
ドロシーが持ち掛けた
「ジョ、ジョニィ、どうして、お前がここに……!?」
男爵邸でマティルダとよろしくやっているはずの男が、いつの間にかこの宿に現れて、ちゃっかりと会話に加わっている。
「エースを差し置いて冒険の算段たぁ、ずいぶんと薄情じゃあないか、えぇ?」
「いや、だってお前。冒険者は引退して、男爵家の婿養子になるって言ってたじゃん…………マティルダはいいのか?」
屋敷を出て行く原因となったジョニィに、多少の気まずさを感じながら訊ねる。
「それが聞いてくれよ! マティルダ様ったらヒデェんだぞ!」
「ほう、さっそく仲違いしたのか? 想定より、だいぶ早かったな」
知的好奇心旺盛のドロシーは、自分自身のことはともかくとして、他人の恋路には興味津々の様子。
人格に難があるジョニィだから、破局するのは時間の問題だと考えていたようだ。
「俺がちょっと目を離した隙に、蜂から守ってもらったとかで、庭師なんかに熱を上げてやがるんだ!」
「へ? は、蜂? ……蜂型の魔物とか?」
驚いた。
マティルダは、魔物を引き寄せるフェロモンでも振り撒いているのだろうか。
「いや、敷地内で庭師が魔物と格闘するとは考えづらい。ただの蜂だろう」
ドロシー先生の
強力な魔物から庇ってくれた男に、ときめくのはわかる。
白馬の王子様じゃないけど、窮地に颯爽と駆け付けてくれた相手なら、乙女でなくとも運命を感じるだろう。
(でも蜂って……)
「……もはや何でもありだな。お嬢様は相当に惚れっぽいようだ」
オレの内心の呆れをドロシーが代弁する。
「ハハ……悪い子じゃないんだけどね……」
「ちくしょう……俺の純情を弄びやがって……まだキスだってしてねぇのによぉ……」
「やれやれ、貞操観念が高いんだか低いんだか」
「つーわけだから、冒険者として返り咲いたジョニィ様をよろしくゥ!」
ジョニィは憎たらしい笑顔と共に、その存在を誇示するかのように、自身の胸に両の親指を突き立てる。
相変わらず感情の起伏が激しい奴だ。
「何がよろしくだ。レベルを上げて出直してこい」
「なっ!?」
ジョニィをバッサリと切り捨てたのは、これから高難度ダンジョンに挑もうとするドロシー先輩。実利主義の彼女は、このトラブルメーカーに対して
「どうしてもっていうなら、少しは見込みありそうだし、荷物持ちくらいなら考えてやらんこともねぇぞ」
「ななっ!?」
オレはいつぞやの誰かさんがの
お調子者の扱い方が一致し、オレとドロシーの間に妙な連帯感が生まれた。
「そりゃないぜッ! 一緒に狂熊と戦った仲だろぉぉ!!」
崩れ落ちるように膝を着いたジョニィの嘆きが、ボロ宿にこだまする。
『うるせぇぞ! こっちは疲れてるんだ、休ませろ!』
『騒がしくするなら出て行きやがれ!』
「うおっ!?」
両隣の部屋から、宿泊客たちによる怒声が響く。よくある誤用ではなく、本来の意味での壁ドンだ。
「そうだ、そうだー」
「カ・エ・レ! カ・エ・レ! あ、そら」
悪ノリしたドロシーまでもが加わり、オレたちは口々に
『カ・エ・レ! カ・エ・レ!』
「う、うぅ…………うがあああッ! 上等だゴラァ! 表で出ろ! オマエらまとめて相手になってやる!」
皆に散々責められ
「おお、勇ましいぞ。ちな、右の隣人はかの有名なマックスさんな。頑張れよ、ジョニィ」
身長2メートル超えで筋骨隆々。力自慢で有名な冒険者だ。
「げげっ!? なんで、中級冒険者がこんなボロ宿に!?」
隣人の懐事情から、その実力を侮っていたジョニィは顔面蒼白だ。
狂熊の退治が成功体験となって、増長していたに違いない。
「彼は貧しい村の出で、倹約家だったな。今も親兄弟に仕送りしているらしい。泣かせる話じゃあないか……それはそれとして、ジョニィよどうか安らかに」
これから死地へ赴こうとしている勇者に、ドロシーは手向けの言葉を送る。
「ムリムリムリムリ! お願い、助けてッ! 仲間だろぉぉ!」
「あー、もうその件はいいから。ハア、仕方ない謝りに行くぞ」
強面で近寄りがたいマックス氏だが、実は情に厚く話のわかる御仁だ。
挨拶代わりにと仕掛けられた腕相撲に応じて、好敵手を演じたオレは覚えがめでたい。
一緒に頭を下げれば、ジョニィの無礼も許してもらえるだろう。
そんなこんなで一悶着あったが、三人は談笑を交えつつ、次なる依頼の計画を話し合うのだった。
第3章 旅立ち・完
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