異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~ 作:日月 幾人
「あらためまして、お礼を申し上げますわ」
少女はそう言ってかがむと、西洋式のお辞儀であるカーテシーのような所作で一礼する。
こちらの世界における礼儀作法など、知りもしないオレだけど、相手の雰囲気から感謝の気持ちはしっかりと伝わった。
「
少女のフルネームは高い身分の者に相応しく、舌を噛みかねないほど長ったらしい。
どうも、前に居た世界で言うところの西洋言語の発音に近く、あまり聞き馴染みがないので、一度聞いたくらいでは覚えられなかった。
先ほど上空で見た地上の街並みを思い返す。
仮に、この世界が西洋の中世になぞらえて成り立っているのなら、現地人である彼女らの目には、東洋人であるオレが
――人類史は迫害の歴史。
自分が異邦人として、いわれのない差別を受ける可能性を
(そうならないためには、ファーストインプレッションが重要だ)
「よろしく。ま、とぃルゥ……ダ? ……マティ……ん”ん”っ! マティルダ。オレは――あ」
少女の難解な名前の中で、かろうじて聞き取れた部分を、確かめるように復唱して挨拶を返す。
続けて自己紹介をしようとして、名乗れる名前がないことを思い出した。
「まぁ……! まぁ、まあ!」
(ん? ……ああ、そうか。まずったかな……)
少女改めマティルダの妙な反応に、初対面でありながら、いきなりファーストネームで呼んでしまった無礼に気づく。
苗字が先で名前が後ろに付く。生まれ故郷の固定観念が出てしまったがゆえのミステイクだ。
「生まれはどちら? 恋人はいるのかしら? それから、それから――!」
マティルダはオレの手を取ると、前のめりになって矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
そこには、恐れていたマイナスの感情は見られない。
「ええと、なんて言ったらいいか……」
「ぉぉおーい! おおぉーーい!」
現在進行形で記憶喪失のオレが、出生について尋ねられ返答に
「おぉ、無事であったか! 我が愛しのマティルダ! お前が空の彼方へ消えたときは、さすがの
「お父様も! ご無事で何よりですわっ!!」
馬車にいた紳士が兵士たちを引き連れてやって来ると、感涙を流してマティルダと熱い抱擁を交わす。
その会話から察するに、どうやら二人は親子関係にあるようだ。
「彼のおかげですわ! 彼が身を挺してオーガから私を守り! そして、退治してくださいましたのっ!!」
顔を異様に紅潮させ、なぜか自慢気に語るマティルダにより、オレは紳士御一行に紹介された。
「ほぅ! ただ者ではないと思ったが、あの怪物をたった一人で倒したのかっ!!」
(この親子、テンション高いなっ!!)
今しがた窮地から脱したばかりの彼らは、まだ興奮が尾を引いていて、変にテンションがブチ上がっているのかもしれない。
「さぞや高名の戦士とお見受けする。此度の助力に深い感謝を申し上げたい」
紳士は襟を正すと、娘を
(さて、こうなるとマジで自分のことを、どう説明したらいいか……)
オレは転移といった不確かな部分は
◇◇◇
「――なるほど。おおよその事情は理解した。つまり、どこにも行く宛てがない、と……であるならば、どうだろう? 当面の間、我が家で暮らすというのは」
「えっ? でも、それはさすがに……」
(さすがに話が上手過ぎやしないか?)
どのみち、人里までの道案内をお願いするつもりでいたので、寝床まで提供してもらえるなんて渡りに船なのだが、普通、出会ったばかりで素性の知れない人間を、自宅に招いたりするだろうか。
しかも、そいつは記憶喪失など
「それは名案だわ、お父様!」
いの一番に賛成を唱えたのはマティルダ。言うが早いか、急かすようにオレと腕を組む。
……その拍子に、オレの肘に少女の柔らかい双峰が触れ、ドギマギとしてしまったことは内緒だ。
「遠慮は不要だぞ。なにせ、そなたは我々にとって命の恩人なのだから。
"ただより高いものはない"という慣用句があるように、無償の善意には大抵何か裏があり警戒して然るべし。
だけど、先の戦闘の加勢に対する礼という理由なら、一応は納得できる。
さして労せず大鬼を退けたので、自分の功績を低く見積もっていたが、もしもあの局面でオレが現れななければ、紳士御一行は全滅していた可能性が高い。
人数の減った兵士たちを見やり、そんなふうに考える。
となれば、紳士がオレを自宅に招くほど深い恩義を感じていても、別段おかしいところはない。
(ここは変に身構えず、厚意に甘えるべきか……)
「……そういうことなら遠慮なく……」
「まあ!」
言葉とは裏腹に遠慮がちに承諾したオレを、満面の笑みを咲かせたマティルダが迎え入れる。
かくして、一同は紳士の邸宅がある町へ向かうのだった。
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