カチカチ山   作:心愛さん

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第1話 カチカチ山のタヌキさん

 むかーしむかし。

 あるところに、お爺さんとお婆さんが暮らしておったそうな。

 どれくらい昔かといえば、具体的には現代から数えて240年ほど昔のこと。

 その頃の日本は、天明の大飢饉まっただ中でした。

 飢餓による死者は数万とも数十万とも言われ、死した人間の屍を喰らう光景がそこかしこで見られる、まるで地獄のような時代です。

 そんな時代ですから、その影響は山で暮らす動物たちにも降り掛かってきました。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「あー、まったく。シケてやがるなあ」

 

 食料を探して山を歩いてみるが、全くと言っていいほど食えるものがない。

 あの人間どもが山に住み着いてから、ずっとこの調子だ。

 

「やあタヌ吉くん。そっちも相変わらずみたいだね」

「……ウサ子か。そっちも、ってことはアンタも相変わらずか」

 

 ウサ子は俺の問いに、肩をすくめてみせる。

 ぐうぅぅ……、とひもじさを告げる音がウサ子のお腹から響いて、現状を雄弁に語っていた。

 

「つーかよ。なんであの人間どもは、山の食料を根こそぎ持っていきやがるんだ? どう考えても、老夫婦2人で食い切れる量じゃねえだろ」

「さあね。お友達に分けてるんじゃないのかな? この前、山の麓で別の人間に食料を分けてるのを見かけたよ。老夫婦は、お礼に円盤状の金属を受け取ってた」

 

 円盤状の金属? なんだそりゃ。人間ってのは金属も食うのか?

 

「どうやら『お金』っていうみたいだよ。人間は、『お金』と食料を交換する習性があるみたい。面白いよね」

「へえ。詳しいじゃねーか、ウサ子」

「まあね」

 

 えっへん、と胸を張るウサ子。

 しかし、そうなると困ったな。

 ヤツらのため込んだ食料は、時間が経てば経つほどその『お金』とかいう円盤状の金属に交換されていっちまうってことか?

 たかが老夫婦2人、食える量には限界がある。放っておけばそのうち食い物を取るのをやめると思っていたが……そんな習性を持っているんじゃ、いつになるか分からねえ。

 ひょっとしたら、際限なく取り続ける可能性だってあるじゃねーか。

 と、その時。

 

 ダーンッ!!

 

 激しい破裂音が森を震わせる。

 鳥たちが一斉に飛び立ち、森の仲間たちが駆け出す。

 

「ウサ子、タヌ吉! 早く逃げろ、鹿之助がやられた!!」

 

 猿次郎が木の枝の上から教えてくれた。

 

「……くそったれ!!」

 

 俺は音がした方と反対側に駆け出した。

 

「死ぬなよ、タヌ吉くん!」

「あんたもな、ウサ子!」

 

 互いに声を掛け合い、一旦別れる。

 固まっていたら、万一見つかった時に一網打尽になるだけだ。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 山で生きている以上、殺されるのは仕方ない。

 それは自然の摂理だ。

 強い者が、弱い者を喰う。

 そうして勝者は命の重さを噛み締めながら、我が身を生かす全てに感謝して今日を生きるのだ。

 だが、ヤツらは……人間は違う。

 大して強くもないくせに、なんなんだあの『猟銃』とかいう武器は。チートだろチート。

 百歩譲って、武器を扱えるのが人間の強さだとしてもだ。

 自分の奪った命くらい、自分で食えよ。

 金属と交換ってなんだよ。

 意味分かんねーよ。

 そんな訳分かんねー習性の為に殺されてたまるかよ。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 一夜明けて、翌日。

 

「あー、腹減ったなあ」

 

 結局、昨日は何も食べれなかった。

 猟銃から逃げ切れただけでも、マシだと思うべきだろうか。

 山を流れる川までやってきた俺は、ごくごくとその水を飲む。

 かなり走ったので、もう喉がカラカラだ。

 

 ごくっ、ごくっ。

 っぷはー、うめえ。

 

 山の水ってのは、なんでこんなに美味いんだろうな。

 以前人間の里に下りて、井戸水を少しばかり飲んだことがあるが、山の水とは全然違って驚いた。

 飲めないほど不味くはないのだが、決して美味しいとも言えない。

 なんとも微妙な味だったのを覚えている。

 山の水は、もっとこう。

 なんだろう。澄み切った清涼感っていうのかな。

 飲むだけで気分も頭の中もスッキリしてくるような、そんな不思議な力がある。

 ただまあ……やっぱり水だけじゃなくて、食べ物も欲しいよな。

 いくら美味しくても、水で腹は膨れない。

 そんなことを考えていると、上流からパシャパシャと音がした。

 視線を向けると、熊五郎が鮭を獲っているところだった。

 

「おー。いいなあ、熊五郎のアニキ。美味しそうだなあ、俺も欲しいなあ」

 

 熊五郎はニヤリと笑って、チッチッチ、と指を振る。

 

「ダメダメ。欲しかったら自分で取らないと。俺は、自分の食べる分以上に命を奪うつもりはないよ」

「へーへー、分かってますよーだ」

 

 もちろん、俺だって本気じゃない。

 ただ言ってみただけだ。

 俺にも取れるだろうか、と川の中の魚影に手を突っ込む。

 ……指先に鮭の鱗が触れたような感触はあったものの、そいつはするりと滑るように手をすり抜けて泳いでいった。

 全く取れる気がしない。

 取れそうな気配すらない。

 

「熊五郎のアニキはいいよなあ。手先も器用だし、何よりも強いし。なあ、もしかしたらアニキなら、あの『猟銃』って武器にも勝てるんじゃねえの? 頼むよ。あいつら、やっつけてくれよお。山の皆が困ってるんだよお」

 

 両手を合わせて頼んでみる。が、やっぱり熊五郎はチッチッチと指を振って。

 

「ダメダメ。さっきも言っただろう。俺は、自分の食べる分以上に命を奪うつもりはないよ。それに、痩せた骨と皮だけの爺さんよりも、こっちの方が美味しそうだしね」

 

 パクっと鮭にかぶりつく熊五郎。

 いやまあ、俺だってあんな爺さんと鮭なら、鮭食べたいけどさ。

 爺さん、フツーに不味そうだし。

 

「いや、でもっ! あいつらのせいで皆が困って、昨日も鹿之助のやつが……!」

「タヌ吉くん。困ってるのは皆じゃなくて、キミだろう? 自分の身は自分で守る。自分の食う飯は自分で取る。それが山のルールだよ。キミだってよく分かってるはずだろう。鹿之助は、人間のせいで死んだ訳じゃない。自分の身を守れなかったから死んだんだ」

「そ、そりゃそうだけどさ」

「そもそも、人間をやっつけたいならキミがすればいいじゃないか。キミなら俺よりずっと小柄だから、バレずに近づけるだろうし、猟銃さえなければ年寄りの人間なんてキミより弱いだろう。俺が正面から猟銃と戦うより、ずっと勝率は高いと思うけどね」

 

 アニキの言葉に、何も反論できなかった。

 アニキのことを薄情なやつだと言う者もいるが……無闇に力を振るわず、いつも中立の立場を崩さないので、アニキを慕う仲間は多い。

 

「へーへー。アニキの仰る通りですよーっと」

 

 川を離れる前に、ダメ元でもう1度川を泳ぐ鮭に手を伸ばす。

 鮭は、やっぱりするりと泳いでいった。

 ……お腹、減ったなあ。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 川を離れた俺は、人間の老夫婦が住む小屋の前に来ていた。

 アニキに言われたから、というのもあるが、単純に腹が減っているからでもある。

 いくら山を探しても、もう食料がないのだ。いや川とか木の上とかにはあるだろうけど、俺はアニキのように魚を取れないし、猿次郎のように木に登れない。

 他に食い物にありつけるアテといえば、人間の貯め込んだ食料くらいしかなかった。

 離れた場所からそっと小屋の様子を伺うと、まず目に入ってくるのは鹿之助の姿。

 頭を落とされた鹿之助が軒下に吊るされていた。

 人間は倒した生き物を吊るす習性がある。

 鹿之助の隣に、同じように吊るされる俺の姿を想像しそうになって、慌てて頭を振って嫌な想像を振り払う。

 そこから視線を逸らせば、畑だ。

 植えられているのはニンジンだろうか。

 ウサ子が喜びそうだな。

 数本引っこ抜いて、持って帰ってやろう。

 外から見て分かるのはそれくらいか。

 貯め込んだ食糧は小屋の中かな。

 そっと息を潜めて、小屋の中に滑り込む。

 大丈夫、大丈夫だ。

 猟銃さえ構えられなきゃいいんだ。

 あの武器さえなければ、なんとかなる。

 そう自分に言い聞かせて、小屋の中に入ってみれば。

 拍子抜けというかなんというか、留守だった。

 誰もいない。

 ホッとした気持ちで匂いを頼りに食料を探してみれば、それはすぐに見つかった。

 栗をはじめとした木の実や魚、鶏肉、それとこの重たい石は……漬物石か。

 山で採れた山菜を漬けているとみた。

 

「よっこら、せっと」

 

 石を持ち上げてみれば、思ったとおり。

 しっかりと味の染みた山菜が出てきた。

 パクッと一口、つまみ食い。……うん、美味い。

 人間って、食い物を美味しく食べるための情熱がハンパないよな。

 『料理』っていうんだっけ? 食料庫の近くの厨房に、薪や釜戸、鍋や包丁などが見える。

 とにかく、ここにある食料を持てるだけ持って戻……

 

「タヌキッ!? タヌキがおるぞ! どこから入ってきおったんじゃ!?」

「っ!?」

 

 しわがれた女性の声。

 しまった、気づかれた!

 いつの間にか帰ってきていた婆さんが、こちらを見て大きな声を上げる。

 

「まったく、油断も隙もないケダモノだねっ!」

 

 苛立たしげに声を荒げながら婆さんが手を伸ばす先には……包丁!

 玄関に吊るされた鹿之助の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「……させるかあっ!!」

 

 俺は足元に転がる漬物石を持ち上げると、婆さんめがけて思いっきりぶん投げた。当たれ!!

 

 ガツンッ!

 

 やった! 当たった! ……と喜んだのも束の間。

 石はそのまま厨房の鍋に激突し、ドンガラガッシャーンと激しい音をたてる。

 さらには婆さんの体が積み上げられた薪の上に倒れガラガラバキバキと大きな音がする。

 これは、マズい。

 婆さんが帰ってきてるということは、近くに爺さんもいる可能性が高い。

 今の音、聞かれたか?

 猟銃は持っているのか?

 

「ど、どうしたんじゃ政子さんや。何があったんじゃ」

 

 小屋の外から人間の気配。こっちに来る!!

 今逃げたら、確実に鉢合わせる。

 なら隠れるか? 無駄だ。この状況で、隠れてどうにかなる訳ない。

 ここはヤツらのテリトリーだ、すぐに見つかって殺される。

 そうして考えてる間にも、どんどん気配は近づいてくる。

 ……ええい、こうなれば最後の手段だ!

 

 婆さんをじっと見つめて、その姿そっくりに『化ける』。

 これが俺の奥の手。

 婆さんから着物を引っぺがしてその着物を羽織り、婆さんの遺体を漬物に放り込んで、漬物石で蓋をする。

 それにしてもなんだ、この着物って。

 どうやって着たらいいんだ。

 さっぱり分からねえ。

 そして、考えてる時間もねえ。……来た!

 俺は床にゴロンと寝転がりながら、なんとかなれと天に祈る。

 姿を現したのは、予想どおりのお爺さん。肩に猟銃も担いでいる。

 

「どうしたんじゃ、政子さんや! 大丈夫かい!?」

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと転んだだけですから」

 

 政子さんとやらのフリをして答える。いけるか?

 そもそもこの婆さん、普段はどんな喋り方なんだ。

 この口調で合ってるか?

 全てが手探り。

 

「大丈夫って、そんな訳ないだろう。血も出てるじゃないか。すぐに医者を呼んでくるでな!」

 

 医者!? 医者ってなんだ、これ以上誰か呼ぶってのか?

 冗談じゃない。

 

「大丈夫だってば! いらねーよ!」

 

 ガバッと起き上がって爺さんの袴の裾を引っ張る。

 爺さんは首を傾げてじっと俺を見つめて……あれ、やばい?

 疑われた?

 

「……大丈夫だべさ。いらねえべ」

 

 ……この口調で合ってる?

 合ってて頂戴。お願い。

 

「……そうかい? そこまで言うなら医者は呼ばないが……政子さんはしばらく休んでいておくれ。今日のご飯はワシが作ろう」

 

 ご飯。

 『料理』ってやつか。

 漬物石の下には、本物の婆さんが。

 

「いえいえ、本当に大丈夫だべさ。あなたこそ休んでいてください、猟でお疲れでしょう?」

「……そこまで言うなら。ただ、本当に無理はしないでおくれ」

 

 イマイチ納得できないという様子ながらも、爺さんはとりあえず離れてくれた。

 俺は散らばった鍋や薪を元通りの場所に片付けながら、そっと爺さんの様子を伺う。

 ……見てる。

 爺さん、ずっとこっち見てる!

 明らかに視線を感じる!

 婆さんを心配してるのか、俺を疑っているのか。

 どちらにしても、こっそり抜け出すのは難しい。

 抜け出せない以上、このまま婆さんを演じるしかないか。

 えーっと、『料理』。料理をするんだったな。

 確か、釜戸から煙が上がってるのは見たことあるぞ。

 この薪に火をつけるんだっけ。

 ……どうやって付けりゃいいんだ、火!?

 

「あなた。すまねえけんど、一つだけ頼まれてくれねえべか。火を付けてくださいな」

「おお。それくらい任せとけ」

 

 爺さんは手のひらサイズの石や鉄を手に持って、カチッ、カチッと叩き出す。

 人間って、面白いこと考えるなーと見ていると、やがて小さな種火が出来上がる。

 爺さんはその種火を薄い木の板に移し取り、釜戸の下に集めた落ち葉に突っ込む。

 落ち葉が燃え始めると、その上に細い木の枝。

 木の枝が燃え始めると、その上に薪。

 

「ん。これでええかい。せっかく火ぃおこしたんで、風呂も沸かしておくかな」

「んだな。助かったべ」

 

 爺さんが小屋から離れていく。チャンス。

 ちらり、と漬物石に目を向ける。

 証拠を隠滅するなら今のうちだ。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「あなた。お鍋が炊けたんで、後で召し上がってくださいな。私は先に休んでるべさ」

 

 風呂に入っている爺さんに声をかけ、食料を担いでその場を去る。

 お肉のたっぷり入った鍋を用意しておいたから、しばらくは追ってこないだろう。

 十分、逃げ切れる。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 夜が明ける。

 爺さんは、やっぱり追って来なかった。

 食料も、ばっちり手に入った。

 終わってみれば、結果オーライだ。

 

「おーい、ウサ子。どこだー? 出てこいよ、お前の好きなニンジンもあるぜ」

 

 大きな声で呼んでみるが、返事はない。

 代わりに、別のやつがやってきた。

 猿次郎だ。

 

「おや。タヌ吉じゃん。どうしたんだよその食料」

「取ってきた。あんたにも分けてやるよ。ニンジン以外ならな」

「おお、ありがてえ!」

 

 猿次郎は俺の抱えた食料を覗き込むと、バナナがないことにちょっぴり肩を落としながらも、器用に栗を剥いて口に入れた。

 

「なあ猿次郎。ウサ子のやつ見なかったか? あいつにも分けてやりたいんだよ。俺と同じくらい、腹減らしてたからな」

「あ、あー。ウサ子なら、ええっと」

 

 猿次郎は、目を逸らしながら、言いにくそうに言葉を濁す。

 ……こいつ、何か知っているのか!?

 

「猿次郎! どこで見かけた、教えてくれ!」

「お、落ち着けタヌ吉! 俺も木の上から遠目に見ただけなんだよ! ……ウサ子はあっちの方で、罠にかかってた。人間の仕掛けた罠だ」

「っ!!」

 

 咄嗟に駆け出そうとする俺の腕を、猿次郎が掴む。

 

「行くなっ! お前も喰われるぞタヌ吉!! 人間の仕掛けた罠が、俺たちに壊せる訳ないだろう!」

「だけどっ!」

「冷静になれっ!」

 

 冷静に?

 バカな事を言うな、猿次郎。

 仲間のピンチに、熱くなれなきゃ男じゃねーだろうが!

 

「離せっ!」

 

 力ずくで猿次郎の腕を振り払って、そして。

 

「変身っ!」

 

 俺は再び、婆さんの姿に『化ける』。

 一晩経って記憶が薄れているので、正確な姿ではない。特に顔のシワなんて全然覚えてないや。

 けど、この姿なら手が自在に動かせる。

 罠が壊せる訳ないだって?

 そんなの、やってみなきゃ分かんねえだろーが!




第2話は明日投稿予定。
2話で完結です。
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