「イタタタ。いやー、参ったねえ。全然外れないや」
足に食いついた罠をどうにかしようと頑張っては見たものの。
まったく外れる気がしないや。
「あたしの人生も、これまでかねえ。死ぬ前にせめて、素敵なダーリンとデートでもしてみたかったもんだ」
そんな相手もいないけど、と自嘲する。
もし仮に付き合えるとしたら、誰がいいだろうか。
熊五郎かな。
すごく男らしくて頼りになる、頼もしい男だ。
ただ頼もしすぎて、自分の存在価値が不安になりそう。
私いなくて良くない? みたいな。
猿次郎はどうだろう。
頭の回転はいいのだが、いささか男らしさに欠ける。
友人としては好きなやつだが、付き合うとなるとちょっとイライラしてしまいそう。
ならタヌ吉だ。
熊五郎ほどじゃないけど男らしい面もあり、猿次郎ほどじゃないにしても頭も回る。
どこか抜けてる面もあり、支えてやりたいって感じさせてくれる。
決して完璧じゃないけど、『ちょうどいい』。
タヌ吉はそんなやつだ。
一緒にいて疲れないし、対等な仲間として付き合える。
そうだな。
もし付き合うなら、タヌ吉みたいなヤツがいい。
そんなことをつらつらと考えていると、向こうからこちらに近づいてくる人影が。
猟銃を背負ったお爺さんだ。
……いよいよ、これまでか。
背中を流れる冷や汗を感じながら、そのお爺さんを観察する。
何か、突破口があるかもしれない。
最後まで、諦めたくない。
近づいてくるお爺さんの足取り。歩幅。猟銃の形状。お爺さんの表情。
全てを余すところなく観察して……そして気づく。
昨日までと比べて、お爺さんの足取りが、やたら重い。
表情も暗く沈んでいる。
最初は腹を空かせているのかと思ったものの……罠にかかったあたしをみても、暗い表情のままため息をつくのみ。
……昨日、何かあったな?
そこから攻めてみるか。
「やあお爺さん。ずいぶんと暗い顔だね。何かあったのかい?」
お爺さんは、少し驚いた顔をしていたが……こちらが柔和に微笑みながら気長に待っていると、やがてぽつぽつと語り出した。
昨日の夜、厨房から骨だけの人間の遺体が見つかったこと。
その直前に、肉のたっぷり入った鍋を食べたこと。
……そして、ちょうどその頃を境にして、政子さんが姿を消したこと。
最後の方はほとんど泣き声で、何を言っているのか聞き取るのがやっとだった。
「それはそれは。可哀想なお爺さん。もしあなたがこの罠を外してくれるなら、私があなたの復讐を代行してあげましょう」
同情をたっぷり込めた声と表情で、そう言ってやる。
このお爺さん、昨日お肉をたっぷり食べたなら、今はお腹は減っていないはず。
そして、今はそれより伴侶を失った悲しみに暮れている。
そこまで分かれば、あとはこちらの交渉次第だ。
なんとか生き残ってみせようじゃないか。
「復讐だと? 一体、どうするというんだ」
尋ねてくるお爺さんに対して、待ってましたとばかりに語りだす。
「政子さんを殺した犯人は、すでに目星がついてます。おそらくお爺さんが直前に見た政子さんは、その犯人が化けたモノでしょうね。そんなことができるのは、この山には1人しかおりません」
まあタヌ吉くんだろう。
あいつしかいない。
「ふむ。……しかしそれが分かったとて、どうやって復讐するんだい? ウサギさんには、爪も牙もないだろう?」
「ふっふっふ、ご心配なく。正面から挑むだけが戦いではありませんとも。まず大量の枯れ草をタヌ吉くんに背負わせて、その枯れ草に火をつけます。タヌ吉くんとあたしは友達だからね、荷物を持って欲しいと頼めば、きっと2つ返事でもってくれるさ。次に、大火傷を負ったタヌ吉くんに見舞いを装って訪れて、傷薬と偽りながら唐辛子を塗り込む。きっと声にならない絶叫をあげてくれるに違いないよ。最後にタヌ吉くんを川に連れて行き、泥舟に乗せて川底に沈める。タヌ吉くんは泳げないからね、2度と浮かんでくることはないよ」
人間が好みそうな復讐譚を淡々と語ってやる。
人間は残酷なお話が大好きだからね。
今の話を本にすれば、何百年と読まれ続ける大ベストセラー間違いなしだ。
子供たちも大喜びで物語に夢中になるに違いない。
タイトルは、そうだな。
枯れ草に火打ち石で火をつける音から、『カチカチ山』とか良いんじゃないかな。
「……いやドン引きだわ。そこまでせんでええわ」
「あっれれー?」
おかしい。
一般的な人間の好みに合わせたはずなのに。
「ワシは政子さんの仇がうてるならそれで良い。罠を外せば、本当に仇をうってくれるか?」
「ああ、もちろん。約束しよう」
あたしがそう答えると、お爺さんはカチャリカチャリと罠を触る。
そしてやがて、カチャリ、と罠が外れるのと同時に。
「ウサ子!! どけよクソジジイ、ウサ子から離れろ!!」
と着物のお姉さんが飛び込んでくる。
……うん、お姉さんだな。
本人はお婆さんに化けてるつもりだろうけど、まったくシワのない綺麗な肌なのでお姉さんにしか見えない。
しかも着物の着方が分からないのか、半分ほどはだけてちょっとエッチだ。
おいおい冗談だろタヌ吉くん。
なんでそんな格好で来たんだ。
「っ、お前! その服は政子さんの!! おいウサギ、こいつを殺せ! こいつが政子さんを殺した犯人だ!!」
叫びながら、お爺さんも背中に背負った猟銃を構えようとする。
「させるかよっ!」
そうはさせまいと、半裸のお姉さんが飛びかかってお爺さんを押し倒す。
うん、やっぱりエッチだ。
「手を貸せウサギよ! 罠を外してやっただろう!? 約束は守らんか!」
「ウサ子! 助けに来てやったぜ。ここで爺さんやっちまおうぜ!」
どうしよう。
あたし帰っていいかな?
ダメ?
うん、そうだよね。
爪も牙もなければ変身もできないただのウサギに、あまり求めすぎないで欲しいよ、2人とも。
そんなあたしに出来ることといえば。
周囲の枯れ草を集めてぶつける。これくらいか。
くらえ、枯れ葉アタック。
お爺さんの顔に枯れ葉をかぶせて視界を塞いでやる。
チクチクとした茎が目に刺さるのか、お爺さんの猟銃を持つ手から露骨に力が抜ける。
「よっしゃあ! こいつさえ奪っちまえばこっちのもんだぜ!」
勝利を確信したタヌ吉(お姉さんver)が奪った猟銃を片手にガッツポーズをして。
「おのれ騙したのかっ! 約束はどうしたっ!」
とお爺さんが悔しがる。
騙して悪いが、友達は売れないよ。
「くそっ……殺せ。政子さんもどうせもう居ない。生きていても、仕方ない」
お爺さんの体から力が抜ける。
「へっへっへ。そんじゃ望み通り殺してやらあ」
タヌ吉(お姉さんver)がお爺さんに銃を向ける。
こうなるとちょっと可哀想かもね、お爺さん。
まあ止める気はないのだけど。
……。
「……」
「……」
「……」
3人とも無言のまま、時間だけが過ぎる。
「撃たないのかい、タヌ吉くん?」
そう尋ねると、タヌ吉くんは一瞬だけ迷いを見せつつも、銃口をお爺さんから外して。
「……やーめた。爺さん食べても、フツーに不味そうだし」
「ふうん?」
「熊五郎のアニキが言ってたんだよ。俺は自分が食べる分以上に命を奪うつもりはないって。……帰ろうぜ、ウサ子。こんな爺さんよりもさ、美味そうな食料、たっくさん取ってきてんだよ」
……その食料って、この爺さんの家から取ってきたんじゃないのかな。
「ニンジンもあるぜ」
「あ、食べる」
この爺さんの家から取ってきたんじゃないのかなと思ったけれど、よく考えたら地面に名前が書いてるわけでもないもんね。
大地の恵みはみんなのものってことで。
去り際にお爺さんの方を振り返ってみる。
うずくまったまま微動だにしないお爺さん。
……ひょっとしたらさっきの「殺せ」って言葉は。
自分も政子さんのところに行きたくて、そんな言葉が口から出てきたのかな。
「ところでさ、ウサ子。お前、あの罠からどうやって抜け出したんだ?」
タヌ吉くんからニンジンを貰って、カリカリと齧っていると、そんな事を聞かれた。
「ああ。それはね」
タヌ吉くんにも、お爺さんにしたのと同じ話をしてやる。
人間が好きそうな復讐譚。
「あっはっは! お前よくそんな話思いつくな! 確かに人間が喜びそうだ」
「でしょ? これを本にすれば大ベストセラー間違いなしだよ」
「そりゃ間違いねえな! なあ、俺たちでその絵本、作ってみようぜ。そんで、こっそり人間の村に置いてくるんだ」
「お、いいねえ。タイトルはもう決めてあるんだよ。『カチカチ山』にしよう」
ニンジンを齧りながら、2人でバカな話で盛り上がる。
ただそれだけで。
生きているって素晴らしい。
心からそう思えた。
むかーし、むかし。
あるところに暮らしていたお爺さんは、お婆さんを喪って悲嘆に暮れておりました。
そんなお爺さんの為に、ウサギさんは悪いタヌキを懲らしめました。
誰が描いたかも分からないこの絵本は、やがて子どもたちの間で大人気となり、今日まで多くの人々に親しまれ、読まれ続けています。
めでたし、めでたし。
読んでいただきありがとうございます。
メインで書いてるSFがスランプ気味なので、気分転換に昔話など書いてみました。
少しでも面白いと思っていただけたなら、これに勝る喜びはありません。
では、縁がありましたら、いずれまたどこかで。