カチカチ山   作:心愛さん

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第2話 カチカチ山のウサギさん

「イタタタ。いやー、参ったねえ。全然外れないや」

 

 足に食いついた罠をどうにかしようと頑張っては見たものの。

 まったく外れる気がしないや。

 

「あたしの人生も、これまでかねえ。死ぬ前にせめて、素敵なダーリンとデートでもしてみたかったもんだ」

 

 そんな相手もいないけど、と自嘲する。

 もし仮に付き合えるとしたら、誰がいいだろうか。

 熊五郎かな。

 すごく男らしくて頼りになる、頼もしい男だ。

 ただ頼もしすぎて、自分の存在価値が不安になりそう。

 私いなくて良くない? みたいな。

 猿次郎はどうだろう。

 頭の回転はいいのだが、いささか男らしさに欠ける。

 友人としては好きなやつだが、付き合うとなるとちょっとイライラしてしまいそう。

 ならタヌ吉だ。

 熊五郎ほどじゃないけど男らしい面もあり、猿次郎ほどじゃないにしても頭も回る。

 どこか抜けてる面もあり、支えてやりたいって感じさせてくれる。

 決して完璧じゃないけど、『ちょうどいい』。

 タヌ吉はそんなやつだ。

 一緒にいて疲れないし、対等な仲間として付き合える。

 そうだな。

 もし付き合うなら、タヌ吉みたいなヤツがいい。

 そんなことをつらつらと考えていると、向こうからこちらに近づいてくる人影が。

 猟銃を背負ったお爺さんだ。

 ……いよいよ、これまでか。

 背中を流れる冷や汗を感じながら、そのお爺さんを観察する。

 何か、突破口があるかもしれない。

 最後まで、諦めたくない。

 近づいてくるお爺さんの足取り。歩幅。猟銃の形状。お爺さんの表情。

 全てを余すところなく観察して……そして気づく。

 昨日までと比べて、お爺さんの足取りが、やたら重い。

 表情も暗く沈んでいる。

 最初は腹を空かせているのかと思ったものの……罠にかかったあたしをみても、暗い表情のままため息をつくのみ。

 ……昨日、何かあったな?

 そこから攻めてみるか。

 

「やあお爺さん。ずいぶんと暗い顔だね。何かあったのかい?」

 

 お爺さんは、少し驚いた顔をしていたが……こちらが柔和に微笑みながら気長に待っていると、やがてぽつぽつと語り出した。

 昨日の夜、厨房から骨だけの人間の遺体が見つかったこと。

 その直前に、肉のたっぷり入った鍋を食べたこと。

 ……そして、ちょうどその頃を境にして、政子さんが姿を消したこと。

 最後の方はほとんど泣き声で、何を言っているのか聞き取るのがやっとだった。

 

「それはそれは。可哀想なお爺さん。もしあなたがこの罠を外してくれるなら、私があなたの復讐を代行してあげましょう」

 

 同情をたっぷり込めた声と表情で、そう言ってやる。

 このお爺さん、昨日お肉をたっぷり食べたなら、今はお腹は減っていないはず。

 そして、今はそれより伴侶を失った悲しみに暮れている。

 そこまで分かれば、あとはこちらの交渉次第だ。

 なんとか生き残ってみせようじゃないか。

 

「復讐だと? 一体、どうするというんだ」

 

 尋ねてくるお爺さんに対して、待ってましたとばかりに語りだす。

 

「政子さんを殺した犯人は、すでに目星がついてます。おそらくお爺さんが直前に見た政子さんは、その犯人が化けたモノでしょうね。そんなことができるのは、この山には1人しかおりません」

 

 まあタヌ吉くんだろう。

 あいつしかいない。

 

「ふむ。……しかしそれが分かったとて、どうやって復讐するんだい? ウサギさんには、爪も牙もないだろう?」

「ふっふっふ、ご心配なく。正面から挑むだけが戦いではありませんとも。まず大量の枯れ草をタヌ吉くんに背負わせて、その枯れ草に火をつけます。タヌ吉くんとあたしは友達だからね、荷物を持って欲しいと頼めば、きっと2つ返事でもってくれるさ。次に、大火傷を負ったタヌ吉くんに見舞いを装って訪れて、傷薬と偽りながら唐辛子を塗り込む。きっと声にならない絶叫をあげてくれるに違いないよ。最後にタヌ吉くんを川に連れて行き、泥舟に乗せて川底に沈める。タヌ吉くんは泳げないからね、2度と浮かんでくることはないよ」

 

 人間が好みそうな復讐譚を淡々と語ってやる。

 人間は残酷なお話が大好きだからね。

 今の話を本にすれば、何百年と読まれ続ける大ベストセラー間違いなしだ。

 子供たちも大喜びで物語に夢中になるに違いない。

 タイトルは、そうだな。

 枯れ草に火打ち石で火をつける音から、『カチカチ山』とか良いんじゃないかな。

 

「……いやドン引きだわ。そこまでせんでええわ」

「あっれれー?」

 

 おかしい。

 一般的な人間の好みに合わせたはずなのに。

 

「ワシは政子さんの仇がうてるならそれで良い。罠を外せば、本当に仇をうってくれるか?」

「ああ、もちろん。約束しよう」

 

 あたしがそう答えると、お爺さんはカチャリカチャリと罠を触る。

 そしてやがて、カチャリ、と罠が外れるのと同時に。

 

「ウサ子!! どけよクソジジイ、ウサ子から離れろ!!」

 

 と着物のお姉さんが飛び込んでくる。

 ……うん、お姉さんだな。

 本人はお婆さんに化けてるつもりだろうけど、まったくシワのない綺麗な肌なのでお姉さんにしか見えない。

 しかも着物の着方が分からないのか、半分ほどはだけてちょっとエッチだ。

 おいおい冗談だろタヌ吉くん。

 なんでそんな格好で来たんだ。

 

「っ、お前! その服は政子さんの!! おいウサギ、こいつを殺せ! こいつが政子さんを殺した犯人だ!!」

 

 叫びながら、お爺さんも背中に背負った猟銃を構えようとする。

 

「させるかよっ!」

 

 そうはさせまいと、半裸のお姉さんが飛びかかってお爺さんを押し倒す。

 うん、やっぱりエッチだ。

 

「手を貸せウサギよ! 罠を外してやっただろう!? 約束は守らんか!」

「ウサ子! 助けに来てやったぜ。ここで爺さんやっちまおうぜ!」

 

 どうしよう。

 あたし帰っていいかな?

 ダメ?

 うん、そうだよね。

 爪も牙もなければ変身もできないただのウサギに、あまり求めすぎないで欲しいよ、2人とも。

 そんなあたしに出来ることといえば。

 周囲の枯れ草を集めてぶつける。これくらいか。

 くらえ、枯れ葉アタック。

 お爺さんの顔に枯れ葉をかぶせて視界を塞いでやる。

 チクチクとした茎が目に刺さるのか、お爺さんの猟銃を持つ手から露骨に力が抜ける。

 

「よっしゃあ! こいつさえ奪っちまえばこっちのもんだぜ!」

 

 勝利を確信したタヌ吉(お姉さんver)が奪った猟銃を片手にガッツポーズをして。

 

「おのれ騙したのかっ! 約束はどうしたっ!」

 

 とお爺さんが悔しがる。

 騙して悪いが、友達は売れないよ。

 

「くそっ……殺せ。政子さんもどうせもう居ない。生きていても、仕方ない」

 

 お爺さんの体から力が抜ける。

 

「へっへっへ。そんじゃ望み通り殺してやらあ」

 

 タヌ吉(お姉さんver)がお爺さんに銃を向ける。

 こうなるとちょっと可哀想かもね、お爺さん。

 まあ止める気はないのだけど。

 ……。

 

「……」

「……」

「……」

 

 3人とも無言のまま、時間だけが過ぎる。

 

「撃たないのかい、タヌ吉くん?」

 

 そう尋ねると、タヌ吉くんは一瞬だけ迷いを見せつつも、銃口をお爺さんから外して。

 

「……やーめた。爺さん食べても、フツーに不味そうだし」

「ふうん?」

「熊五郎のアニキが言ってたんだよ。俺は自分が食べる分以上に命を奪うつもりはないって。……帰ろうぜ、ウサ子。こんな爺さんよりもさ、美味そうな食料、たっくさん取ってきてんだよ」

 

……その食料って、この爺さんの家から取ってきたんじゃないのかな。

 

「ニンジンもあるぜ」

「あ、食べる」

 

 この爺さんの家から取ってきたんじゃないのかなと思ったけれど、よく考えたら地面に名前が書いてるわけでもないもんね。

 大地の恵みはみんなのものってことで。

 

 去り際にお爺さんの方を振り返ってみる。

 うずくまったまま微動だにしないお爺さん。

 ……ひょっとしたらさっきの「殺せ」って言葉は。

 自分も政子さんのところに行きたくて、そんな言葉が口から出てきたのかな。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「ところでさ、ウサ子。お前、あの罠からどうやって抜け出したんだ?」

 

 タヌ吉くんからニンジンを貰って、カリカリと齧っていると、そんな事を聞かれた。

 

「ああ。それはね」

 

 タヌ吉くんにも、お爺さんにしたのと同じ話をしてやる。

 人間が好きそうな復讐譚。

 

「あっはっは! お前よくそんな話思いつくな! 確かに人間が喜びそうだ」

「でしょ? これを本にすれば大ベストセラー間違いなしだよ」

「そりゃ間違いねえな! なあ、俺たちでその絵本、作ってみようぜ。そんで、こっそり人間の村に置いてくるんだ」

「お、いいねえ。タイトルはもう決めてあるんだよ。『カチカチ山』にしよう」

 

 ニンジンを齧りながら、2人でバカな話で盛り上がる。

 ただそれだけで。

 生きているって素晴らしい。

 心からそう思えた。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 むかーし、むかし。

 あるところに暮らしていたお爺さんは、お婆さんを喪って悲嘆に暮れておりました。

 そんなお爺さんの為に、ウサギさんは悪いタヌキを懲らしめました。

 誰が描いたかも分からないこの絵本は、やがて子どもたちの間で大人気となり、今日まで多くの人々に親しまれ、読まれ続けています。

 

 めでたし、めでたし。

 




読んでいただきありがとうございます。
メインで書いてるSFがスランプ気味なので、気分転換に昔話など書いてみました。
少しでも面白いと思っていただけたなら、これに勝る喜びはありません。
では、縁がありましたら、いずれまたどこかで。
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