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その怪獣はみんなから嫌われていました。何故なら、みんなの大事なものをことごとく踏みつぶしていたからです。
彼は天へ届くほどの大きな身体を持ち、大木のような足に全体重をかけて、のっしのっしと山の向こうから毎日やってきます。
例えば、とある女の子の、パンジーやマリーゴールド、ヴィオラなどが咲くお庭。
ある日、女の子がお庭に水をまいていたとき、怪獣が歩いてきたのです。
もちろん、女の子は悲鳴をあげて、鉄のじょうろも投げて逃げ出しました。その後の悲劇を待ちかまえるようにして、じょうろはその場で空しくからころ鳴りましたっけ。
そして、怪獣は女の子の目の前で、大切なお庭をぐちゃりと踏みつけたのでした。
女の子は、小さく「あ」と口を開けました。
でも、時は既に遅く、大事に育ててきたお庭は無茶苦茶になってしまいました。
あんなにも美しかった花びらは土にまみれ、茎からは汚い汁からにじみだしています。やわらかな土も怪獣の巨体に押しつぶされ、ぎゅうぎゅうに押し固められていました。
しかし、そんなことをしでかした怪獣は、さっさとどこかへ行ってしまいました。
憎々しい背中を睨みつけながら、女の子は踏みにじられたお庭に立ち尽くしていました。
他にも、木の上に作られた秘密基地だって、怪獣に壊されてしまいました。その持ち主である男の子のショックははかりしれません。
事件が起きた日、男の子は友達を基地へ誘い、トランプで遊んでいました。勝負がなかなか盛り上がっているときでした。そういう意味でも、怪獣はとんでもないことをやらかしたのです。
奴は、そこに森がひろがっているにも関わらず、踏み込んできました。一歩進むたびに、あたりの空気や地面がぶるぶると震えます。
男の子たちは基地から一目散に抜け出しました。近づいてくる怪獣の姿を見上げつつ、その大きな足に押しつぶされないように必死で走ります。
その結果、怪獣の足が男の子たちの基地をぐしゃりと踏みつけました。そこに隠しておいたセミの抜け殻も、海辺で見つけたきれいな貝がらも、すべてすべて壊されたのです。
もちろん、トランプゲームの決着もあやふやになってしまいました。
男の子たちはあんぐりとして、去っていく怪獣の背中を見つめていました。その顔は真っ青だったそうです。
こんなことを何度も繰り返し、人々の怪獣に対する憎しみはどんどん強くなっていきました。そんなことにも気づかず、怪獣はのんきに暮らしていました。
どうしてそのようにしていられたのかと言うと、彼は自分を怪獣だということを知らなかったのです。
朝、山で彼は目覚め、空を眺めます。その透き通るような青空に、可愛らしい白い顔が浮かんでいました
怪獣は、それが自分だと思い込んでいたのです。
本当は汚らしい緑色のうろこまみれの皮膚に、凶悪そうにつり上がった目。鋭い牙が光る大口が揃った顔だというのに。
自分は愛らしく、弱々しく、誰からも守ってもらえる存在だと信じていたのです。まったくふざけた話ではありますが、怪獣は大まじめでした。
だから、彼は誰を傷つけても気づかずにいたのです。自分のやったことは大したことではない。みんなを大変傷つけるような真似などしていない。自分は悪くない。
もちろん、そんな屁理屈が人々に通じるはずもありませんでした。
やがて、怪獣の住む地のそばから一人、また一人と人々が遠くへと去っていきました。これ以上、怪獣に大切なものを壊されたくないからです。
怪獣のいない地に行った人々はそこで幸せになりました。それを風の便りで聞いた人々は、どんどん怪獣の地から離れていったのです。
それだけではありません。散々踏みつぶされた草花や木々も、怪獣の地から無くなっていきました。
それと時を同じくして、動物たちも別のすみかを探しに旅立たねばなりませんでした。彼らも怪獣からよくいじめられていたため、いずれは逃げようと考えていたのでしょう。
こうして、怪獣は独りぼっちになってしまいました。
彼は毎日のように誰かを呼びつづけましたが、その恐ろしい叫び声が、ほんの少し残っていた人や草木や動物すら遠ざけました。
こうなってくると、動物も草木もいませんので、食べるものすらありません。
怪獣はだんだん弱っていきました。緑色の皮膚に覆われた巨体はしぼんでいき、地を這う叫び声はかすれていきました。
それだから、最後の最後には、その身を砂地に横たわらせ、死んでしまいました。
その後、怪獣の身体は腐り果てましたが、その地に草木が生えることはありませんでした。
このかわいそうな怪獣の骨は、誰にも埋められることなく、長い長い時の中、風でどこか遠くへ飛ばされていったそうです。
もしも、風の中に恐ろしい叫び声が聞こえたら、怪獣が誰かを呼んでいるのかもしれません。